104.まさかの失敗
「へぇー、それで負けてノコノコ帰って来たってのか?」
「も、申し訳ございません陛下……この埋め合わせは必ず、必ず致します!」
「……ざっけんじゃねえぞてめえ、こっちは何の為にてめえを高い金払って雇ってっと思ってんだよオラァ!?」
「ぐほっ!?」
バスティアンの履いているブーツのつま先が、エジットのみぞおちを的確に狙って食い込む。
腹から全身に広がる鈍い痛みに悶絶しつつ、それでもエジットは必死に堪えてゲホゲホと咳き込む。
あの勇者様とやらをこの国に引き入れるつもりなんて、今のバスティアンにはさらさら無かった。
この世界に勇者アークトゥルスの生まれ変わりが誕生して、それがちょっとずつ力をつけて来ている、と信頼出来る有力な情報筋からの情報が騎士団長のセレイザを通して入って来た時、このソルイール帝国のトップに君臨しているバスティアンは危機感を覚えたのだ。
どんな事情があるにしろ、自分の国で勝手な事をされる訳にはいかない。
だからまず、その情報筋の大元であるあの赤毛の二人とコンタクトを取って、その二人がとある目的の為に動いているのを突き止めた。
それに、赤毛の男女二人と一緒にセバクターという傭兵も活動しているのが分かり、まずはこの三人の実力を証明して貰うべく、邪魔な美術商人を暗殺しろと命令を下したのだ。
「ベルフォルテのあいつはなかなか金にがめつかったからよお。まさか皇帝の俺にまで金が足りないとかほざくもんだから目障りだったんだよなー。そいつが長期出張に来ているって聞いた時はチャンスだと思ったね。だからあの赤毛の奴等に頼んで暗殺して貰った。ここまでは順調だったんだが……あの勇者様がなあ……」
まさか、あの勇者様が赤毛の二人から指示を受けた集団に誘拐されてこの国に入って来ていたなんて。
それを聞いた時には既に誘拐犯達を倒して、このソルイール帝国の首都ランダリルに向かっていたと言うのだ。
だからバスティアンは考えた。いっその事、俺の下僕としてこの国の役に立って貰おうと。
「でも今思い出してもムカッ腹が立つぜ……まさかこの俺の誘いを断るだけじゃなくて、俺に向かってクズ野郎だのと抜かした挙句、まさか胸倉を掴まれるとはな……」
この時点で、あのアークトゥルスの生まれ変わりが自分の仲間になってはくれなさそうだ、と確信したバスティアンはゲームを仕掛けてぶっ殺してやろうと思い立つ。
だから、一緒にこのクレイアン城まで連れて来た女達を人質に取ってセバクターと手合わせをさせて実力を図り、勇者様を自分に従わせる。
その一方で、必ずこっちが勝つべくギルドの期待の若手であるエジットに高い金を払って、サンドワームの討伐と勇者アークトゥルスの生まれ変わりをぶっ殺して貰うのを頼んだのに……。
それがまさか、こうして失敗するなんて。
「チッ、こうなりゃ俺自身が出るっきゃねえか……」
「お、お待ち下さい陛下……それはなりませぬ!!」
業を煮やしたバスティアンのセリフに、セレイザが慌ててストップを掛ける。
「あん? 何でだよ」
「この者の実力は私が保証致します。ですがこのエジットが倒されたとなれば相手もかなりの実力者。陛下自らが前線に立たれるというのは危険です!!」
「はっ、誰が俺一人でやるっつった?」
「え?」
「どうせあいつ等の事だ。ああだこうだ何だかんだやって、結局最終的に軟禁している女どもを助けに来る筈だ。って事は、お前等がやる事はこの帝都中の守りを固めろってこった。それからこの城もな。俺を守るのが騎士団の任務。そして俺はお前達に指示する立場だ。分かったらさっさと動け!」
「た、直ちに!!」
あの男と、それから何時の間にか合流していた謎の女は絶対にこの城までやって来る。
その確信があるからこそ、こうして守りを固め始めたバスティアン。
だが、彼には分からない事が二つあった。
(そういや……あのセバクターって奴は何処に行ったんだ?)
アークトゥルスの生まれ変わりと手合わせをさせたあの時以降、気が付いたらセバクターが何処かに行ってしまったのを今になって思い出すバスティアン。
こんなどうしようもない性格でも一国の皇帝なだけあって、国を回す為に自分がやらなければならない仕事は沢山あるのだ。
セバクターは「炎血の閃光」と呼ばれるだけの実力者なのは知っているが、今回はあの赤毛の二人と一緒に行動しているその成り行きで自分の側に置いていただけで、余り詳しい事は知らないのだ。
(まあ良いや、この厄介な事が終わったらセバクターの方も情報を集めてみるとすっか。それからあの赤毛の二人組の姿ももう見かけねえな? セレイザのヤローはちゃんと管理してんのかな?)
国外からやって来た三人の動きも気になるが、今はそれよりもあのアークトゥルスの生まれ変わりであるレウスの動きに最大限の注意を払わなければならない。
なので自分も出撃の準備をするべく、バスティアンは自分の部屋に向かって武器や防具等の準備を始める事にした。