7.マウデル騎士学院
マジで意味が分からない。
騎士学園に辿り着いたレウスは、男女問わず大勢の人間と獣人に囲まれて尋問を受ける羽目になっていた。
それもこれも、全てはとある「事故」が原因である。
「だぁ、かぁ、らぁー、あれは事故だよ事故!」
「嘘をつけ」
「本当だって!!」
こんな状態で話が平行線を辿るばかりの状況から、レウスは一刻も早く抜け出したくてたまらなかった。
こんな事になるんだったら騎士学院に着いて来なければ良かったと後悔しながら、レウスはこれまでの経緯を頭の中で振り返り始めた。
◇
「おい、何時まで寝ている気だ。さっさと起きろ」
「ん……あれっ?」
「寝ぼけていないでさっさと起きないか!!」
馬車の中でぐっすり眠っていたのに太ももを誰かに蹴りつけられたレウスは、その衝撃でせっかくの睡眠から目を覚ました。
同時に、こんな乱暴に自分を起こしたクソバカの顔を拝むべく声のする方を向いてみると、やっぱり予想通りの顔―赤いコートのエルザの姿―がそこにあった。
「何なんだよ、別に普通に起こせば良いだろう」
「うるさい。貴様が早く起きないのが悪いのだろう。良いからさっさと降りて私に着いて来い。学院に着いたぞ」
「あー……そうか、ずっと寝てたのか」
外はすっかり暗くなっており、何回か見覚えのある建物が窓の外に見える。
石造りの低めの外壁に囲まれた、真っ白な壁と所々に掲げられている紫を基調としたリーフォセリアの国旗がその存在をアピールしている、重厚感のある建物……王都カルヴィスにあるマウデル騎士学院の本館だった。
アレット曰く、半日の馬車移動を経てようやく辿り着いたこの学院に、会って欲しいと言う人物が居るらしいので遥々ここまでやって来たのだ。
(わざわざ半日かけて会いに来たのに、しょうもない相手だったら俺はさっさと帰るぞ)
別に望んでここまで来た訳じゃないのもあって、レウス自身は全くと言って良い位に乗り気では無い。
そんな彼の気持ちなんて知る由も無いであろうエルザやアレットに先導される形で、これまた重厚感のある黒い両開きのドアが出入り口となっている正面玄関へと案内される。
騎士学院と言うよりはまるで城の様な雰囲気であり、レウスが初めてここにやって来た時はまだ10歳だったのも相まってなかなかの威圧感を覚えたものである。
こここそが、リーフォセリアの未来の騎士団員を育成するマウデル騎士学院。
この世界を形成している陸地の左上部分を統治している王国の守護を主目的として存在している、戦闘のプロ集団を育成する機関の総本部がここになる。
その建物の大きさだけでも、実に千人弱の学生がここで生活しているだけあってかなり大きい。
学院生活を送る為に必要な校舎の中には訓練場は勿論、大きな食堂や、座学で戦術や魔術を学ぶ為の教室もある。
更に王都カルヴィス以外からやって来た学生達の為に宿舎も存在しており、父のゴーシュ曰く風呂の設備まで備えられており、風に当たりながら湯に浸かる事が出来る露天風呂まであるのだと言う。
それもこれも全ては国民の税金で運営されており、それによって多数の若者がこの騎士学院を卒業して騎士団に入団する事が可能となっているのだ。
ただし入学を希望する場合には年齢制限があり、満二十歳までの人物しか入学出来ない決まりがある。
(五百年前も同じ様な施設は色々とあったが、今の時代まで受け継がれて来たと言う事か)
それから年数が経った今でも変わらない場所なんだとレウスが思いつつ正面玄関のドアをくぐると、彼にとって身近な人物がいきなり目の前に現れた。
「あれっ、レウス……どうしてお前がここに居るんだ?」
「あ、父さん……」
学生のアレット達と同じ様な黒いコートを着込み、赤いベルトで身体を引き締めている格好の男……今のレウスを育ててくれた、父親のゴーシュ・アーヴィンである。
そのコートの下の、冒険者だった頃の鍛え上げられた肉体は未だに衰えていない。
青みがかった黒い瞳も凛々しさは失われておらず、やや白髪混じりの黒髪を顎の辺りまで伸ばし、顎からもみあげまで繋がるヒゲによって貫禄が出ている、まさに歴戦の冒険者と言える風貌だ。
母親のファラリアから聞いていた通り、この騎士学院に色々な物資の取り引きや配達でやって来る事が多い彼がここに居る事は知っていたレウスだが、ゴーシュはレウスが来る事なんて一言も聞いていないので驚くのも無理は無かった。
なのでレウスはゴーシュに、自分が何故こうしてここに居るのかと言う事を一から話し始めた。
◇
「……なるほど、大体の事情は分かった。それでお前に会わせたい人間って誰の事だ?」
「それが分からないから俺も困ってるんだよ」
会わせたい人物が居るってアレットやエルザが言うからここまで来たのに……と思いつつ彼女達の方を見れば、言い出しっぺのアレットが一つ頷いて答える。
「それならこれからエルザと一緒に案内するわよ。だから私達に着いて来て」
「ん……分かった」
「なら俺も一緒に着いて行っても良いか? レウスの保護者としてな」
「え? ……ええ、良いですけど」
「なら案内を頼む」
こうして、息子に会わせたい人物とは一体誰なのか父親として気になると言うゴーシュも一緒に来る事になり、レウスは女二人に先導されてその人物の居場所に向かい始めた。