すれ違いコミュニケーション:クリスマスのプレゼントは
クリスマス。街には色とりどりのイルミネーションや軽快な音楽が流れ、みんな心なしか浮かれる時期。
かく言う俺も友人数名とクリスマス会と称して飲み会でもするか、という予定があるんだけど。
けど。
「ちかくに としでんせつ います」
「……いるのかあ」
さっきから携帯の黒猫がうるさい。
携帯に住み着いている黒猫、つくもは都市伝説を察知しては退治依頼を出してくる。
基本的に一番近いところにいる人にその指示は行くんだけど。
今日は俺が一番近くにいるらしい。
敵のランクを見るに急ぐほどではない。影響度も低いからのんびりと向かう。
予定までの時間を確認。まあこれなら自分の予定も余裕でしょう。
都市伝説退治は基本的に二人一組とされている。
と、いうことで今日の相手は誰だろう。とつくもに確認をする。
「つくも。今日の相手は?」
俺は基本後衛だから、前衛がいてくれるとすごく嬉しい。攻撃もできるけど強いカードを育ててない。だから、ランクEとかじゃないと相手にならないんだけど。
「きょうのあいて。 ダブルシザー です」
「……ふむ」
ダブルシザー。その名の通り大きな鋏を二つ手にして戦う女の子だ。
それ以上の情報は置いておこう。特筆するなら俺は彼女に怖がられている。くらいだろうか。
俺の目つきの悪さと、何を話せばいいかわからないあれやこれやの結果なんだけど。まあ、置いといて。
クリスマスだと言うのに彼女も大変だな、と思いながら歩いているとケーキ屋が目に入った。
ホールケーキの呼び込みをするわけでもない、静かな店構え。でも、店頭には赤と緑に彩られた小さなお菓子が手頃な価格で売ってある。
「……」
まあ、せっかく。クリスマスだし。
ということでひとつ買っておくことにした。
□ ■ □
「やあ」
「こんにちは」
俺渾身のフランクな挨拶はなんとも言えない視線で受け止められた。
「クリスマスだってのに大変だね」
「そうですね」
「予定とかあるでしょ」
「……残念ながらこの後塾です」
「あらまあ」
それは大変だ。と呟くと彼女は「ひとごとみたいに……いや、ひとごとですけど」とごにょごにょ言っていた。
今日の敵は小さな雪だるまだった。
手のひらに乗りそうなのが数体。
つくもが言うには「溶けてしまうことを恐れた雪だるまが、溶けないようにと実体を持ったもの」らしい。どうして作ってしまったのか。そう問いながら雪だるまはころころと足元に突撃してくる。
倒すのは割と楽そうだ。実際楽だった。
雪だからちょっと再生能力は高いけど、核になるものを潰してしまえばそのまま自壊していき、残った雪は溶けていく。
が、最後の一体をダブルシザーの鋏が切り裂いた瞬間。
何か黒いものがこっちに向かって飛んできた。
「!?」
咄嗟に持ってた鞄で防御すると、その黒いものは俺の鞄に当たって消えた。
「……?」
もしや。と耳をすますと鞄の中からごそごそと音がした。
ははあ。中に入り込んでしまったらしい。中で何かが動いているのが手に伝わってくる。具体的には鞄が勝手に揺れている。
「大丈夫ですか……!?」
「ああ、まあ。鞄の中身がちょっと心配だけど」
ところでこの鞄、開けていいものなのだろうか。少し悩む。いや、このままほっといていいもんじゃないんだけど。
「ダブルシザー。この鞄、あけていい?」
「えっ」
「いや、えっ、じゃなくて。そうしないと倒せないし相手が何かも分からないから対策だってできないし」
現に、いつもなら情報をくれるつくもは黙っている。
相手の正体を誰も認識していないから、つくもにも判断できないのだろう。
鞄はごそごそと動き続けている。ぶら下げているのに揺れ動く鞄。クリスマスホラーって感じだ。
「はい決めた。開けよう。飛び出してきたらよろしく」
「うぇ? は、はいっ。わかりました……!」
彼女は素直に頷いて鋏を構える。
俺は勝手に揺れている鞄を地面に下ろし、フラップをめくる。ファスナーを開けると何かが勢いよく飛び出してきた。
こっちに。
「ごふ」
俺の腹に直撃したそれを、両手で捕まえる。テニスボールほどの大きさのそれは、あっさりと捕まった。
「いてて……一体なんだっていうんだ。俺の鞄にそんなもの入って……」
た。
うん。入ってたわこれ。
握っているそれは、紐のような黒い手足をジタバタとさせている。ぺちぺちと手に当たるけどそんなに痛くない。ランクでいうならEというところだろう。
問題はこの正体なんだけど。
「あー。これは……」
さっきケーキ屋で買ったマフィンだ。
黒くなっていて面影が大きさしかないけど、多分。
他にこのくらいのサイズって俺の鞄の中になかったし。
「ブックマーカー。なんですかそれ」
「んー。ちょっと元気のいいクリスマスの怨霊かな」
「なんですかそれ」
「戯言」
「そうじゃなくて正体です正体っ」
まったくもう、と覗き込んできたダブルシザーがそいつを見て目をぱちりとさせた。
「……飼えないよ?」
「飼いませんよ!?」
でも少し名残惜しそうではある。かわいいとか思ったのだろうか。見た目は確かにファンシーだが、こいつは都市伝説だぞ。
いいやつもたまにいるけどこの真っ黒感はアウトの部類だと思う。
「これ、どうします?」
「そうだな……つぶすかなあ」
「かわいいのに」
「外見に騙されないように。可愛いく見えても――っとぉ?!」
とっさに顔を逸らす。
ぴ、と頬に何か痛みが走って、眼鏡が飛んだ。
「大丈夫ですか!?」
「……ほら、油断するとこうなるからね」
気をつけような、と言いながらそいつを片手に持ち直す。
親指で傷を拭う。赤い液体が滴になってついてきた。舐めるともちろん鉄の味。おいしい訳がない。
傷の原因はわかる。手に居るこいつだ。ジタバタするのをやめ、手を鋭い刃物のように変えて俺の顔を狙ってきた。顔を背けなかったら目をやられていただろう。思ったより凶悪だ。
よし、さっさと片付けよう。
「つくも。武器セット」
「おんせいにんしき ぶき なんばー」
「48-2」
「48-2 ブックマーカー・プロトスタイルⅡ かくにん しました」
空いた手に、栞を呼び出す。硬い銀色の栞を指先で縦半分に折る。指先でつまんで手首のスナップで回す。と、かしゃんと小さな音がしてメスのような鋭利な刃物ができあがった。
「さて。なんの話かはわからなかったし聞く気もないんだけど。――君の話はこれでおしまいだ」
なんの感慨もなく。
ためらいもなく。
俺はその黒い生き物の真ん中めがけて。
銀色のペーパーナイフを突き立てた。
「ふー。終わった終わった」
手の上には小さな煤のようなものと赤と緑のきらきらしたリボンが残っていた。さすがにリボンはポイ捨てできないから、ポケットに突っ込んで煤だけ払い落とす。
眼鏡を拾ってフレームを確認する。大きな損傷はないから、今度眼鏡屋で調整してもらうことにする。
「ブックマーカー……さっきのはなんですか?」
「さっきの……?」
「栞ではなかったようなので」
「……ああ」
そうか。見るの初めてだったのか。
普段から後衛で武器なんて滅多に見せないし、それもそうだなとひとりで頷く。
「ペーパーナイフ」
「ペーパーナイフ」
彼女は繰り返して首を傾げた。
武器は基本的に1人ひとつ。
俺の武器は金属製の栞だから、なんでそんなものが出てくるのか不思議なのだろう。
「まあ、関係あるんだよ」
「そうなんですか」
「そうなんですよ」
彼女の納得に足るかは分からないけど、そう言うものなのだと飲み込んではくれたようだ。
「じゃ、この後お互い予定あるし解散解散」
「あの」
「?」
まだ何か? という視線に、彼女は少し難しい顔で言葉を続ける。
「そのリボン、なんですが」
「……これ?」
ポケットにねじ込んだリボンを取り出す。
赤と緑のラインに施された銀色が、揺れてきらめく。
「……欲しいの?」
「違っ……!」
違います、そうじゃなくて。と彼女は言う。
「その、誰かにあげるものだったのではと、思って」
「あー」
まあ、そのつもりだった。
せっかくのクリスマスなのに物騒な任務に呼び出されてしまった相方に。
少しでもいいことあったと思って欲しくて。
そこら辺のケーキ屋で買ったお菓子ならいいだろう、って。
手元に残らないし味に間違いもない。
まあ、それが裏目に出て眼鏡吹っ飛んだんだけど。
「あげる相手が居れば、くらいのやつだから気にしないで」
「む」
ダブルシザーはその答えがなんだかご不満だったらしい。
「……それなら、これを」
代わりになるかわかりませんけど、と。彼女はごそごそと鞄を漁り、小さな袋を取り出した。
透明なセロファンの袋。ピンクのリボンで口を閉じてあるそれには、数枚のクッキーが詰まっていた。
「友達と作ったんです」
「手作りなら好きな人にでもあげればいいのに」
「……っ! 渡せるなら、渡しますよ」
「ほほう」
「こ、これ以上は話しません! この話は終わりです! はいこれ!」
「自分で食べるつもりだったし、いや、ホント。気にしないでも」
「いいえ、ブックマーカーでも。あなたでも。プレゼントをもらって嬉しい人、居ると思うので」
なんかトゲのある言葉と共に、彼女はぐっとクッキーを差し出してくる。
「それに、……それをダメにしてしまったの、私のトドメが遅かったからですし。怪我もさせてしまいました」
なるほど。彼女も色々気にしていたらしい。
「まあ、そこまで言うなら」
ひょい。とその包みを受け取る。
「あげる相手居なかったら俺が食べるけどいい?」
「好きにしてください」
「はいどーも」
言質を取ったので、あとでありがたく頂くことにして鞄へとしまう。
「それじゃ、改めて今日はお疲れさま。俺からのクリスマスプレゼントはこの労いの言葉にかえさせてもらうよ」
「べつに期待してませんが、ありがとうございます」
そうして2人とも別方向に歩いていく。
クリスマスの小さな騒動はこれで無事幕を閉じた。
なお、到着した飲み会会場こと友人宅では、既に数人ができあがっていて。
友人妹とため息をついて鍋を囲むことになるのは別の話。
なお、友人妹も同じラッピングのクッキーをくれた。