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沢白彩芽=高校教師

初投稿、初小説です。

稚拙な文章で読むのが辛いと思います。

もしお目に触れれば読んで頂けたら幸いです。

 とにかく晴れて本当に良かった。この光景を目の当たりにすればほとんどの教師はそう思うだろう。

 約二十メートルほどの桜並木に咲く満開の桜は、散ってしまう花びらさえ風に乗せ青空を彩っている。

 そんな桜の下を少女達は慎ましやかに学校へ向かって行く。

 濃紺のブレザーにグリーン系のチェックスカート。スクールリボンは紺と水色のストライプ。清楚で品があると同時に可愛さもある。白峰女子高等学校の制服を着たいが為に、入学希望する生徒がいるほどだ。

 コンクリートで造られた年代を感じさせる校門の横には『白峰女子高等学校 入学式・始業式』と書かれた看板が置かれ、私達一年生の担任教師は横一列に並んで挨拶をしているのだ。

 桜並木を登ってくる真新しい制服を着込んだ少女は私の顔を見ると、

「おはようございます」

 歩を止め、礼儀正しく頭を下げて挨拶する。そんな一年生と思われる少女に、

「おはようございます、沢白彩芽です、宜しくお願いしますね」

 私も頭を下げて挨拶する。新生活への期待と緊張感が伝わってきて可愛らしい。

 校舎へと向かう生徒の後ろ姿を見送りながら、高校生の時は先生が大人に見えたものだったな、と八年前を思い出す。あの頃の私が教師になっている、なんて聞いたらどんな顔をするのだろう。きっと必死で他の職に就こうとするだろう。人生何があるかわからないものだとしみじみと感じてしまう。

「あ、彩ちゃん。おっはよー」

 感慨に浸っていると、唐突にフレンドリーな挨拶が飛んできた。手を振りながら笑顔で向かってくる女子生徒。肩から下げた通学かばんには、ファンシーなキーホルダーがこれでもかと付けられている。この子は去年担当した一年生。つまり今年の二年生と言う訳だ。

「おはよう、朝から元気ね」

 気圧されそうになりながらもなんとか挨拶を返す。

 白峰高校は始業式と入学式を同時に行うのが定例となっている。一年生と上級生の顔合わせも兼ねて、ということらしい。

「あーやちゃん、おっはよー」

 この子もニ年生。

「彩ちゃん、スーツ姿も可愛いじゃん。写メ撮っていい? 」

 この子は三年生……。

「彩ちゃん!おはようのハグさせてー」

 身体をぎゅっと抱きしめられる。さ、最近の若い子はスキンシップがすごいわね。

「彩ちゃん先生、これお土産。くまさんのヘアピン。前髪にこう……うん、可愛いよ、似合ってる! 」

 女生徒は私の前髪にくまさんのヘアピンをつけると、嬉しそうにスマホで写真を撮っている。

 あ、あのね、私も一応教師ですよ……。

「彩ちゃん長いけど髪キレイだよね、ブラウンのヘアカラーも似合ってるし」

「ウェーブかけてるのも可愛いよね」

「でも彩ちゃん、アニメとかしか興味無いんでしょ? 」

「勿体無いよね、私が男だったらほっとかないけどなあー」

「私もそう思う。そだ、彩ちゃん今度合コン行く? 」

 ふ、ふふふ……好き勝手言ってくれるじゃない。如何に優しく、知性的で、寛容な私でも堪忍袋の緒はあるんだよ?

 俯きながら聞いていた私は、買ったばかりのウェリントンフレームのメガネを中指で押し上げると、”上を見上げ”大声で叱ってやる。

「あんた達、教師に向かって朝から礼儀がなってないんじゃないの!!」

 周りにいた生徒と教員は、私に驚いたようで水を打った様に静かになる。

 ふふっ、教師というのは威厳も大事。親しき仲にも礼儀あり、よ。

 しかし次の瞬間、

「彩ちゃんカワイイ‼カッコイイ‼」

「あやちゃん、ごめんね〜」

「今の彩ちゃん、携帯の待ち受けにしよ」

「あ、私も欲しい!メールで送ってよ」

 ……全く効果なし、いやさっきより盛り上がってるかもしれない。

 列の一番端にいる教頭先生がこちらを見ながら、顔を引きつらせている。

 あの顔は爆発寸前、新年度早々お小言まっしぐらじゃないの?心の中で頭を抱えていると、

「はいはい、沢白先生の言う事ちゃんと聞いて。一年生がびっくりしてるじゃないか。」

 隣の女性がキリッと声を上げる。

「一ノ瀬先生おはようございます、私達もう行きまーす」

「じゃあ行こっか」

「うん、彩ちゃんもまたね」

 さっきまで私に集まっていた生徒は連れ添って校舎へ向かって歩いていった。列の端をチラ見するとピクついていた教頭も何とか元に戻ったようだ。

 ほっと胸を撫で下ろすも納得がいかない。結構ビシッと決まっていた気がするのに、どうして言うことを聞いてくれないの。

「うー、何で一ノ瀬先生が言ったらみんなすぐに言うこと聞くわけ?」

 毎回そうだ、私が怒ると生徒達にウケるのだ。

 この背の高い女性は、一ノ瀬紗英。私と同期の同僚だ。ショートカットの髪に申し訳程度に化粧を施した顔はいかにも体育教師らしい健康的な可愛さがある。剣道部顧問で同性からモテるタイプの女性である。

「ま、大人の威厳、ってやつかな」

 私を見ずに前を向いたままさらっと言ってみせる。

 あーそう、私に大人の威厳が無いって事を言いたいの?右手の拳を握りしめながら、

「わ、私にだってそれぐらいあるわよ‼」

 上を見上げて抗議する。紗英は百六十五センチはある。女性にしては長身だろう。

「分かった分かった、いいじゃない。生徒に人気があってさ」

 私の肩をぽんぽんと叩いてそう語る紗英には大人の余裕というものが感じられた。

 むぅ、威厳というものは身長に比例するらしい。百四十三センチの私から威厳は感じられないようだ。かなり悔しいがとりあえずこの場を丸く収めてくれたのは紗英の威厳のおかげだった。

「でもありがと、お陰で助かったわ」

 紗英がどんな顔をしているか分からない。私も前を向いたまま喋っているからだ。

「晩飯、一回奢りな」

 紗英はそう言ってもう一度私の肩をぽんと叩いた。


 その後は特に問題もなく、始業式と入学式が始まった。

「皆さん、入学おめでとうございます」

 体育館のステージ上では校長が十分後には皆ほとんど覚えていないであろう有り難い祝辞を述べている。

 私の受け持つ一年三組は四十名のクラスとなっている。別段、問題のありそうな生徒もおらず一安心といったところだ。

 ただ気になっていることはあった。整然と並んだ列の中、着席されていないパイプ椅子が一つ目に止まる。

 出席確認が取れなかった生徒が一名存在していた。

 『城咲 ありす』

 先日渡された生徒名簿にはそう記載されている。

 実はこの生徒に合うことを楽しみに今日は出勤したのだった。理由は単純で、私の好きなアニメ『魔法メイドアリス』の主人公と名前が同じだからである。

 『魔法メイドアリス』は小さい子供から大きなお友達まで幅広く視聴できる魔法少女物のアニメである。

 九条ありすが西園寺美奈からブルー・テスタメントという宝石の力を授かり、主人となる美奈を守るため魔法メイドとなって数多の敵と戦うアニメである。熱いバトル有り、百合要素ありとファンのみならず一般人にもブームを巻き起こしたアニメ作品である。もちろん私も大ファンだ。

 昨晩も魔法メイドアリスのBlu-rayを見ながら、同人誌の原稿を書いていた。私にとって唯一の趣味なのである。ちなみに私の同人誌はそこそこ売り上げており、本職と同程度の稼ぎとなっている。

 始業式が終わり、教室で簡単なホームルームが終わっても城咲ありすは姿を現さなかった。

 欠席するなら連絡の一つでもほしいところだが、今のところ何もなし。正直かなりガッカリしたが、いつかは会えるのだし楽しみは翌日へ持ち越すとしよう。何事もポジティブシンキングが大切なのだ。

 今日の予定は終了し、職員室へ戻ると帰り支度をしている教師がちらほら目に入った。腕時計を見ると時刻は十一時三十分を指している。

 式典は午前中で終了し、午後からは部活動をする少数の生徒以外下校している。教職員も用事が無ければ今日は帰宅が許されているのだ。

 職員室は一般教室で四室分はあるだろうか。私達一年生の担任は西側に固まっている。入り口から比較的近い位置にある机に向う。

 ここが私の机である。よくある事務机で、机上には書籍のほかレターケースやファイル関係などがところ狭しと並んでいる。向かいの席はその壁により見えなくなっている。

 隣の紗英の机上は更に酷く、もはや机部分がほぼ見えない程にプリント類に侵略されていた。この状態でも器用に仕事をこなす姿は逞しくもある。

 事務用チェアーを引き、お気に入りのくま柄クッションの上に腰掛ける。着慣れないスーツで今日は疲れたのか大きな溜息が漏れた。

「朝の一件がそんなにショックだった?」

 ジャージ姿の紗英が心配そうに隣の席から私を覗き込む。

 紗英はプリントの山を一箇所に積上げ、空いたスペースにお弁当を広げているところのようだ。

「今の今まで忘れてた。思い出したらイライラしてきたんですけど」

 紗英は私を怒らすテクニックはプロ並みだ。星三つを進呈してもいいと心底思っている。

「そうやって頬を膨らませるの可愛いよね」

 本気で怒っているのが伝わってないのかね?

 紗英の顔をジト目で凝視する。

「ごめんごめん、もう言わない」

 素直に謝る姿は私の心の火災を初期消火で上手く鎮火して見せた。

「まあ、分かればよろしい。紗英は部活でしょ、一時から?」

 黒色のジャージに着替えた紗英は午後から部活なのだろう。さして興味はなかったが流れで聞いてみる。

「そう、マネージャーにお弁当作ってもらったからさ、出ないわけにはいかないよ」

 爽やかな笑顔でそう話す紗英は、お弁当のタコさんウィンナーを口へと運んでいる。

 あー、なるほど。ずいぶん可愛らしいお弁当だとは思いましたよ。手作り弁当ってやつですね。

「相変わらずね、八方美人も程々にしないと刺されるわよ?」

 私は肩掛けタイプの通勤鞄から、メロンパンとおにぎり一つを取り出して食べ始める。もちろんコンビニで購入したものだ。

「私を刺すには少なくとも剣道三段は必要かな」

 そういうことを言っているわけじゃないけれど、突っかかるとまた面倒なので食事をとることに集中した。

 生まれてから今日まで恋人が一人もいなかった私には手作りのお弁当は少し羨ましくもある。コンビニのおにぎりがいつもより不味く感じられる。

「彩ちゃんはまだ残ってくの?」 

 もう手作り弁当を食べ終えたのか紗英は席を立ちながら私に尋ねる。

「そうね、少し書類を整理しておきたいかな」

「そっか、じゃあ私は部活へ旅立つとしますか」

 紗英は食べ終わったお弁当箱を手に職員室を出て行った。あーやって堂々とみんなの前でお弁当返すのは競争心を煽っているのかね、罪な奴よ。

 教師の仕事は割と多く授業の準備だけでなくイベントごとに進路指導等多岐にわたる。アパートに帰ってからは何もやりたくない私は、仕事は学校で片づけるスタイルをとっているのだ。

 黙々と一時間程書類を整理したあたりで強烈な睡魔が襲ってきた。今まで幾百と死闘を繰り広げた相手だったが、今日はいささか分が悪い。昨晩遅くまで同人誌を描いていた事で、私の睡眠耐性は大幅に弱体化されているからだ。

 私は早々に敗北を認め午睡を取ることにする。こんな状態では仕事もはかどらない、と自分自身に言い訳をしておく。十五分も取れば十分だろう。腕時計の針は十四時きっかりだ、椅子に背を預け目を閉じる。

 睡眠耐性のない私の意識はあっという間に眠りへ落ちていった。


 暗く静寂な空間に金属音が響き渡る。

 激しく舞う二つの影が交錯する度、何度も何度も金属音が鳴り響く。

 時折煌めく白刃が剣戟の響きであることを告げていた。

 幾度かの交錯の末、一つの影が後方に吹き飛び倒れると、影は動かなくなり静寂が訪れた。

 夜空を覆う雲の隙間から差し込む月光が辺りの闇を照らす。

 周囲は瓦礫に覆われており、瓦礫の丘の上には腰まで伸びた黒髪を靡かせて女性が佇んでいた。

 黒のロングワンピースとフリルの付いた白色のエプロン、頭にはホワイトブリムを付けた楚々とした立ち姿はメイドそのものだった。月光を浴び銀色に輝く髪は一糸の乱れもない。

 廃墟のようなこの場所に不釣合なメイドであったが、普通のメイドでないことは明らかだった。

 女性の右手が握り締めているものは日本刀だ。刀剣の形状としては打刀に近い。刀身は片刃で緩やかに反っている。月の光が照らすその刃は青白く煌らめいていた。

 顔には金で装飾されたヴェネチアンマスクのような黒い仮面がつけられ、口元からわずかに白い肌と赤い唇を覗かせる。

 艷やかな唇がゆっくりと開き、

「もう終わりにしましょう」

 抑揚は無く氷の様な声で、眼下に倒れる少女へ告げる。

 少女は切れ長の目が印象的な整った顔立ちを苦痛に歪めながら、うつ伏せの身体を両手で支え起き上がろうとしていた。

 白を基調にしたエプロンドレスは水色のエプロンと、ペチコートでふわりと広がったフリルの付いたスカートが印象的だった。

 一際目を引く水色の大きなリボンでブロンドの髪をポニーテールに結んでいた。

 可愛らしいそのメイド服も少女のものであろう血と瓦礫の煤で汚れていた。

 片膝を付きようやく体を起こすと仮面の女を二重の大きな双眸が捉える。

「何故?寝ていた方が楽だったのに」

 起き上がった少女に問いかける。仮面により表情が見えないからだろうか?語る言葉からも感情が読み取れない。

 メイドの少女は右手に握り締めた西洋刀を地面に突き立て立ち上がる。西洋刀は両刃の剣で鍔の部分は金色で装飾が施されている。

 少女は一旦、視線を地面に落とし、

「……何故か分からない? ……そう……」

 呟く言葉は彼女にしか聞こえない、噛み締めた唇からはうっすらと血が滲んでいた。

 少女は再び仮面の女を見据えると

「私には……貴方に負けられない理由がある! 」

 少女の声が静寂の夜に響き渡る。

 立ち上がり両足を肩幅より少し大きく開く。西洋刀を正眼に構え、小さな口を真一文字に結び、視線は真っ直ぐに仮面の女を捉え対峙する。

 しかし、満身創痍の体であることは、西洋刀を持つ両手が震えていることから一目瞭然であった。

「理由? ……私には興味がない。だって貴方はここで終わりなのだから」

 瓦礫の山から跳躍し仮面の女は飛び掛かる。

 舞い上がる塵と吹き飛ぶ瓦礫が尋常ではない速度を物語る。

 刃は蒼色の焔を纏い、一筋の光となって少女へ突き進む。

 少女が西洋刀を振り上げると刃は金色の光を放つ。そのまま左足を踏み込み刃を振り降ろす。傷だらけの体とは思えない全力の踏み込みだ。

 少女は叫ぶ。

「−−−−−−」

 少女の声が聞こえない。

 仮面の女の刃が揺らぐ。

 二つの刃はお互いの体を捉えたかのように見えた。


 ふわっと体が浮いた気がした瞬間、後頭部に強い衝撃が走った。痛い感覚よりも硬く重い物で殴りつけられた感じのショックが大きい。

 さっきまで見ていたのは夢だったのか、二人のメイドの結末が気にはなったが、取りあえず今はそれどころではない。

 重い瞼を開けると光が差し込む。太陽の光はピーク時と比べるとその明るさには若干陰りがあるように感じる。随分、眠ってしまったのだろうか?

 痛む後頭部を押さえながら上半身を起こしてみる。押さえた手のひらを見ると出血の跡はなく心からホッとする。

 見渡すと私の事務用チェアーがキャスターを天井に向け転がっている。くま柄のクッションも一メートル程遠くへ飛んでいた。

 なるほど、どうやら夢を見ていて椅子から転がり落ちたらしい。

 立ち上がりながら左手で再度怪我の具合を確認する。ウェーブのかかった髪の下にはピンポン玉ほどの瘤が出来ていた。

 買ったばかりの眼鏡は壊れておらず一安心、私以外には誰も居なかったようで無様な姿を晒さずに済んだのは運が良かった。

「あー痛かった。」

 こういうときは声を出したほうが痛みは引くと言うものだ。誰に聞かせる訳でもなく大きな声で口にした。

「あらあら、一旦保健室で見ましょうか?」

「‼」

 驚いて後ろを振り返ると、そこには私の物とは似ても似つかない巨大な胸の膨らみが目の前に迫っていた。

「‼‼」

 更に驚いて私は座ったまま後方に後ずさる。

 後ずさったことにより人物の全景を確認できた。

 長めの髪を、頭の上でお団子に纏めた女性が膝を抱えてしゃがみ込みこちらを見ながら笑っている。

 えーっと、いつからそこに居たんです?全く気配を感じなかったんですけど。

「沢白先生が倒れる五分前位からいましたよ」

 心の中を読んだかの様にそう答えた白衣を羽織った女性は姿の割にはおっとりした喋り方だ。

「鈴木先生、いらっしゃったなら声をかけて頂ければよかったのに」

 鈴木真帆先生、白峰高校で保険医を務める方だ。年齢は三十代前半と思われる。優しそうな顔立ちでありながらスタイルがよくなんと言ってもその大きな胸が私には憧れだ。何カップなんだろうか、Aカップの私はその胸を見る度に自分のまな板具合を思い知らされるのだ。

「あまりにも気持ち良さそうに眠っているものだからつい見惚れていたんですよ。まさかあのまま倒れるなんて思っても見なかったんです、止められなくてごめんなさい」

 申し訳けなさそうに私に話しかける。

 見られていたのか、いくら同性といえども寝顔を見られるのはなかなかに恥ずかしい。更には転がっているところも見られた訳で、私は顔が赤くなっているのを隠すように立ち上がり、倒れた椅子とクッションを急いで元に戻すと、

「お騒がせしてすいませんでした」

 頭を下げて赤らめる顔を隠してみせた。

「いえいえ、でも念の為怪我がないか診ておきますか?」

 確かに、鈴木先生に診てもらえれば間違いない。通常、保健室の先生は養護教諭と呼ばれ教員免許状を所持した正規教員がなる仕事である。が、鈴木先生はなんと、医師免許も持っておられるのだ。つまり医者になれるのに何故か養護教諭をしている私から見ると少し変わった方なのである。

「そうですね、鈴木先生に診てもらえれば安心です」

 心で思ったことをそのまま口にすると鈴木先生はにっこり微笑む。こんな優しい先生なら通う気持ちもわかるよね。鈴木先生目当てで保健室へ赴く生徒及び教員もいるとは聞いたことがあるけれど、少し理解できた気がした。

「はい、じゃあ後ろを向いてもらっていいですか」

 私は指示されたとおりに後ろを向く。目に映るのは鈴木先生から私の机と椅子になり一気に殺風景になった。

 お医者さんに診てもらうのはやっぱり緊張する。少し固くなって正座をしている私の髪に鈴木先生の手が触れたのが分かる。

「やっぱり打撲ですね、少し触れるので痛かったら言ってくださいね」

 触ったら確実に痛いと思うので触らないで頂きたいです、と心の中で呟き

「はい、分かりました」

 と返答したがすでに『痛いです』と言う準備は万端だ。

 私の髪を鈴木先生がもう一段高くかきあげた時、

「鈴木先生、ここにいたんですね」

 ピクッ、と鈴木先生の手が止まる。

 声の方を振り向くと職員室の入り口に紗英が手首を押さえて立っていた。

「剣道の稽古中に手首を捻ってしまって、湿布を一枚頂けませんか?」

 紗英はそう話しながらこちらに向かい歩き出す。

 鈴木先生は私の髪から手を離すとゆっくり立ち上がり、

「ごめんなさい、帰宅するところだったから保健室は鍵をかけてしまったの。」

 紗英を見ながら白衣のポケットから鍵を取り出し右手に摘んで見せた。

「そうですか、私も帰るところだったので帰ってから治療するとします、大した怪我でもなさそうなので」

 紗英はペコリと頭を下げると、そのまま自分の席に戻り帰り支度を始める。

 鈴木先生も席に戻り白衣を脱いで丁寧に畳むと大きめの手提げ袋にしまい込む。

「沢白先生、一応頭部を少し冷やしておいたほうが良いですよ。ではお二人共、お大事に」

 そう言い残して職員室を去っていった。

 なんか微妙な空気だ、紗英と鈴木先生は仲が悪いのかな。そんな話は一度も聞いたことないんだけど。

「部活動お疲れ様」

 取りあえずいつも通りに声をかける。部活動顧問を担当しない私は基本的にこのような声を必ずかけるようにしている。

 自分の時間を削って部活動顧問をしている教職員を本当に尊敬しているからだ。私はその時間を同人誌作成に使っているのだから社会への貢献度は段違いだろう。

「ありがと、彩ちゃんは鈴木先生と何してたの?」

 紗英はいつもと違い少し真剣な話し方だった。

 何って椅子から転がり落ちた私に怪我がないか診てもらう所だったのだ、とは言えない。またからかわれるのが目に浮かぶからだ。

「少しぶつけたから診てもらおうと思っただけよ。紗英こそ手首大丈夫なの?」

 大雑把に言って誤魔化す方法をとる事にした。嘘をつくほどの事ではない。それに紗英は感が鋭く私の嘘などすぐにバレてしまうだろう。返しの質問を加えることで話題を変えるという高等テクニックも織り交ぜた。

「ふーん、そうなんだ。私は大丈夫、湿布貼っとけば治るだろうし。」

 あ、あれ、割とあっさり会話は終了してしまった。

 うむー、鈴木先生と仲が悪いか聞こうとしたんだけどタイミングを逃してしまった。

 紗英は帰り支度を済ますと、

「多分私達で最後だから戸締まり確認だけお願いね」

 そう告げるとそのまま帰ってしまった

 辺りは急に静かになる。私しかいないのだから当たり前だ。

 私はさっきまで見ていた夢のことを思い出す。驚く程にその内容などをしっかり思い出すことができた。

 瓦礫の中で戦う白と黒のメイド。服は私の好きなアニメ『魔法メイドアリス』の衣装によく似ていた。

 日頃よく見るものを夢に見る、そう考えると別段普通の夢なのかもしれない。

 でもあの白色のメイドの女の子……。

 キリッとした二重の目、鮮やかな色の唇と金色の長い髪、今までにテレビでだって見たことない美人だったな。

 トクン。

 胸の中心から音が聞こえる。

 トクン、トクン。

 心臓は私の意志とは関係なく音を刻み続ける。

 落ち着け私、夢を思い出しただけでしょ。

 「すーーーー、はーーーー」

 幾度かの深呼吸により心臓の鼓動が少し落ち着いた。私は顔を小さく左右に振り追い打ちとばかりに頭の中から少女の面影を追い出した。

 何、今の感覚。今まで可愛い物とか見たときに感じる感覚とはまるで違う。湧き出てくるような感覚は一種の恐怖心すら覚えるものだった。

 とても仕事をする気分になれない。左手首につけた腕時計の針は午後五時四十五分を指していた。就職してから腕時計をする様になったが革ベルトの腕時計を今では結構気に入っている。あまりファッションに気を遣わない私でもワンポイントでお洒落っぽく見えるアイテムなのだ。

 あまり遅くまで学校に残ってもしょうがない、図書室に本を返して私も帰ろう。

 白峰高校は教職員も図書室の本を借りることができる。同人誌作成の為の資料用に、価格の高い本を借りられることは大変有り難い。今日は春休み前に借りていた2冊を返さなければ借り入れ期間をオーバーしてしまうのでどうしても返さなければならなかった。

 鞄に持って帰らなければいけない書類等を詰め込む。

 机上に置かれたクリップボードに貼り付けられた名簿に目が止まる。

 名簿の中央付近に赤色のボールペンで丸く囲まれた名前があった。

『城咲 ありす』

 結局今日は彼女に会えなかった。『魔法メイドアリス』の主人公と同じありすという名前が気になっていたけれど、先程の夢を見たからか一段と気になった。

 窓からは斜陽が室内をオレンジ色に染め上げている。

 鞄に入れてきたニ冊の本を確認し身支度と簡単な戸締まりを終えたとき、太陽は地平線へと隠れようとしていた。

 私は少し足早に図書室へと向かう事にした。

 白峰高校の校舎は三階建てになっており。図書室はニ階の一番東側になる。

 階段を上がると図書室から漏れている灯りに気がついた。電気の消し忘れだろうか? いや、始業式は午前中で終了している。明かりを点けなければならない時間は五時以降だとするならば誰かが図書室にいる可能性が高い。

 生徒であれば早々に帰さなければいけない。白峰高校は割と街中にあるとはいえここ最近は物騒だ。特に女子高周辺というのは変質者の出没も多い。叱るのはあまり得意ではないけれどなぁ、と考えながら図書室へ足を踏み入れる。

 図書室の中に入ると書物特有の香りが出迎える。私は学生の頃図書委員だった事もあり、この香りは落ち着くと同時に懐かしくもある。

 やはり天井の蛍光灯が灯っている。生徒がいるのであればこのまま電気を消してしまうわけにもいかない。

 大声で呼びかけるのが簡単だが、図書室という場所で大声を出すことは気乗りしなかった。念の為一回りしてから電気を消そう。

 取りあえず当初の目的である借りていた本ニ冊を返却棚に返却する。借りていた本は建築デザイン関連の本だ。まさか同人誌の背景にされるとは作者も夢にも思うまい。モウシワケゴザイマセン。

 白峰高校の図書室はなかなかに立派で背丈以上の本棚が十数列は鎮座している。専門書から小説まで多種多様に蔵書されている。寄贈の書物も多く今後は可動式本棚の採用も計画されているということだった。

 本棚の間は一列づつ確認しなければ人がいるかどうかは分からない。生徒が残っていないか一列づつ確認していくことにする。

 誰もいないのであれば少し滑稽だなと思いながらも最後の本棚を確認しようと通路を覗き込む。

 私は目の前の光景に息を呑んだ。

 周囲の時間は止まったかのようだ。

 トクン、トクン。

 心臓の音だけが私の身体に響き渡る。

 どうして? 何で? どういうことなの?

 思いつく限りの疑問符が頭の中を駆け回る。

 私の視界には少女が一人立っていた。

 左手の上で開いた本に目を落とし、真剣な表情で本に視線を走らせる。

 濃紺のブレザーにグリーン系のチェックスカート。スクールリボンは紺と水色のストライプ。毎日見ている白峰高校の制服を着ていることからこの学校の生徒だということは分かる。

 身長は百五十センチ中頃だろうか、私より背が高い。蛍光灯の灯りで黒く輝いた髪は絹のように滑らかに腰の辺りまで流れていた。

 何より驚いたのはその顔だった。切れ長で二重の大きな瞳、鮮やかで艷やかな唇、その整った顔は一度見ただけだが見間違えることはない。

 髪の色は違えど今日、夢の中で見た白いメイドの少女そのものだったのだから。

 目の前の光景に頭の中の意識が纏まらない。体がふわふわして現実感がない。

 始業式にこんな娘はいなかった。

 一目見れば忘れないほどの美少女なのだ。あの時にはいなかった、私は始業式を欠席した生徒がいたことを思い出す。

「城咲 ありす」

 名前を口にしていた。少女は私の声に振り返る。長い髪がふわっと靡く。突然声をかけられたからか驚いているように見える。

 正面から見た少女はやはり綺麗で可愛くて、その圧倒的な存在感に私は一段と動揺してしまった。

「あ、ああ。ごめんなさい、突然呼んでしまって。見たことのない生徒さんだったから今日お休みしていた城咲さんかなと思って」

 私は矢継ぎ早に少女に話しかけた。動揺がひどすぎて何を喋っているのか自分でもよく分からない。

 自分の意志とは無関係に高鳴りを増す心臓の音は外にも聞こえているのではないだろうか。

 対して目の前の少女は初めは驚いていたものの、今は表情も変えずただ私をじっと見つめている。

「もう校舎には私達しかいないから、そろそろ帰ったほうがいいと思うの、うん。あ、読みかけの本は借りていったらいいわ、借り方は今から説明するわね」

 ひとしきり喋り、すぐに踵を返した。

 駄目だ、何がなんだか分からない。頭の中が纏まらないのもあるが胸が苦しい。心臓は未だその鼓動を鎮めようとはしない。

 兎に角帰ろう、冷静に考えるには時間が必要だ。

 グイッ。

 左手を何かに掴まれた。

 まさか……ゆっくりと掴まれた方向に振り返る。

 私の左手首は白く綺麗な手でぎゅっと捕まえられていた。

 真剣な表情の少女は振り返った私の瞳を見つめている。

 うぅー、何なに何なの?私はとても見つめ返すことなどできない。目をそらし本棚にある本の背表紙を見つめる事にした。

「貴方、名前は?」

 やはり間違いない、夢で聞いた声と同じだ。

 すごい、こんな事が本当に起こるなんて。

「名前よ、ぼーっとしてないで答えて」

 少女は少し怒った様な口調で私に催促する。

「さ、沢白 彩芽です。あなたのクラスの担任の」

 何故か敬語になってしまった。彼女の真剣な眼差しは言葉に出来ない迫力があった。

「沢白 彩芽ね……、結婚してるの?」

 結婚!?私の人生に一度も関わっていないワードが飛び出した。

 少女の方へ素早く振り返り、

「してないです!恋人も一度も出来たことないのに結婚なんててできないわよ!」

 全力で否定した。

 彼女は私の答えを聞くと無言で微笑んだ。それは私の回答に満足したかの様だった。

 彼女は掴んでいた左手を離すと私の眼鏡を両手ですっと外してしまった。

「あ」

 あまりにも自然に外され抵抗も出来ず、情けない声が漏れた。

 私は近眼で眼鏡が無くともこれだけ近ければ彼女の様子は見て取れる。

 じっと私の顔を見つめたあと眼鏡を私の右手に握らせた。

 眼鏡をかけ直した私に向かって少女は告げる。

 「私、貴方に決めたわ」

 決めた?何を?まさか……結婚相手!

「ちょっと待って、いきなり結婚なんて急すぎよ。第一教師と生徒なんて……」

 赤面する私をポカンと見つめていた少女は次の瞬間声を上げて笑いだした。図書室に笑い声が響きわたる。

 今度は私がポカンとする番だ。ターン制にでもなったのだろうか。

「貴方、面白いわね。うんうん、結婚は早いわよ。っく、ははは」

 笑っている彼女を見ていると急に恥ずかしくなってきた。

 冷静に考えてみれば教師と生徒。出会ってすぐに女同士で結婚なんて。

 更に顔を真っ赤にして俯く私に少女は笑い涙を人差し指で拭き取りながら、

「ごめんなさい、笑いものにしたかった訳じゃないの。気を悪くしないで」

 少女は私の両肩に優しく手をかけるとそう言って慰めた。

 これでは何方が年長者か分かったものではない。

「貴方これから予定はあるの?」

 え?これから?腕時計を見ると18時を回っている。特に用事はなかったがこれからどうするつもりなのだろう。

 そんな私の表情を察したのか、

「夜も遅くなってしまったでしょ、自宅迄送ってもらえないかしら?」

 家まで送ってほしいと。私は自動車通勤なので送っていく事は難しくない。しかし教師が生徒を送っていいものかどうか。

 少女は読んでいた本を本棚に返すと私の横を笑顔ですり抜け図書室の出口へ向けて歩き出す。

 まだ送って行くとも言ってないのに、見切り発車されては追いかけるしかない。急いで追いかけようとすると、少女はくるっと振り返る。長い髪がサラリと弧を描いた。シャンプーの匂いだろうか、フローラルな香りが鼻をくすぐった。

「そういえば私の自己紹介がまだだったわね」

 両手を腰の後ろに回し、少し前屈みに私の顔を見つめる。

 自然な笑顔がとても可愛らしい。私はチャームの魔法でもかけられてしまったのだろうか。

「白峰高校一年、城咲ありす。これからよろしくお願いします。沢白先生」

 どきっとした。

 この瞬間に私は確信してしまう。

 私の心はこの少女に奪われてしまったのだと。

 胸を締め付ける私の心がそう告げているようだった。

お読み頂き大変ありがとうございます。

右も左も分からない者です。

感想、注意、何でも教え頂ければ今後に

活かしていきたいと思います。

何卒、よろしくお願いいたします

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