第九話
モコモコ達が暮らしている山の麓にある伐採地から大きな川を下った先にあったこれまた大きな都市。発音はちょっと怪しいがデラック帝国と呼ばれる国のシルフェリアと言う伯爵貴族が治める場所だそうで、街の特色として川を利用した交易が盛んで商人が取引に良く訪れるらしい。
そして何よりも、国でも有数の闘技場だ有名だとか。名声や富を得たい挑戦者、自分の腕を試したい武芸者、そして戦士達が繰り広げる激闘を見たい観客達が集まるアミューズメントパーク!
……闘技場なんて血生臭い場所を娯楽施設と言っていいのか? いや、ボクシングだって試合内容で血が最前列に飛び散ったりするし、興業としては間違ってないのか。
さて、何でいきなり街の紹介に入ったかと言うと、偶々発見した日本人らしき少女が乗っていた馬車がこの街の闘技場へと入って行ったからだ。
「何でだと思う?」
「闘技場に参加する為とか色々考えられるけど、事実確認もしてないから全てが憶測ね。それに、闘技場でなにか用事があって、今はもう別の場所に移動しているかも」
「ああ、それもあるか……」
入って行くのは見た後暫くは外で闘技場を見ていたが、一晩中監視する訳にもいかないし、不審者に思われるのも面倒なので暗くなる前に宿に戻った。
「じゃあ、行ってみるか。闘技場」
だが闘技場は前売りの入場チケットが無いと入れない。
「一応、明日の入場チケット買ってあるわ」
「マジか。いつの間に?」
「あなたが馬車が消えた門の方を見ている間に」
準備が良い旅の道連れだった。
翌朝、開場と同時に俺達は石造りの闘技場へと入った。朝から暇なのかと言えば実際に俺は他にやる事がないし、ベニオもここで情報収集を行う腹づもりらしい。
闘技場は朝から人が多くいた。関係者かと思ったが客だらけだ。
今日行われる試合のスケジュールらしき文字が何メートルも高さのある黒板に描かれ、壁には宣伝ポスターのようなカラフルな絵が何枚も貼られている。別の一角では賭博かなのか金と券が引っ切り無しに交換されている。
「朝から試合があるのか」
「新人や人気の無い試合が早くからやっているみたいね」
掲示板や壁の張り紙、自由にお取り下さい的に置かれた冊子をペラペラと捲っていたベニオが文字の読めない俺に補足してくれる。
「登録選手は第一から第八と新人の九階級に分かれていて、注目の低い選手の試合は早くからやっているみたい。向こうは単純に賭博。ただ階級の低い選手の試合は配当も低いようね」
「へー」
ならここにいる客はそれでも賭けたいギャンブル好きか闘技大好きの熱心なファンなのだろう。
闘技場内には入場チケットを買っておけばその日の出入りは自由だが、ここに来て何も賭けないのはおかしな話だ。なので俺も名前も読めない選手の券を何枚か買う。
「ここに試合する闘士の簡単な説明があるんだけど、聞かなくて良かったの?」
「施設内を動き回っても怪しまれないようにする為のポーズだ。そこまで気を回さなくて良い」
俺の行動に微妙そうな表情をしたベニオと一緒にホールから階段を上がって観客席に移動する。
円形闘技場の観客席は注目試合でないからか半分も埋まっていない。それでも闘士に声援やヤジを飛ばす声が賑やかに聞こえる。だが、俺は客の盛り上がりや舞台の上で戦っている選手達よりもまずはこの一帯の空気が気になった。
「……ダンジョン?」
覚えのある中で一番近い雰囲気の物を思い出す。確証も何もないが何となく鬼達のダンジョンと似ていた。
「知識は無い分、感覚が鋭いのかしら。ダンジョンと言えばダンジョンよココ」
「マジか。てか何で? 物騒だろ」
ゲームでもシティダンジョンとか複雑なのが多いので苦手だ。いや、そうじゃなくて大丈夫なのかこの街。
「コアの大きな使い方には二種類あるの。ダンジョンを作りモンスターを生み出す使い方。コアが青色の時はこれで、ダンジョンコアと呼ばれてるわ。赤色の時はシティコア。結界を張って外敵を遠ざけて周辺環境の改善を行うわ。人類が生存圏を確保するにも、魔物が拠点を作るのも必ずコアが必要なの」
「あのボーリングの玉凄いんだな」
「この闘技場はシティコアで直接造ったみたいね。内部の空間は見た目以上に大きいわ。違和感を感じたのはそのせいでしょう」
「へぇ……モコモコ達もアレ使って街作りとかすんのかな?」
「オオベレットコウセイの彼らなら、もう少し時間が置いてからと言っていたわ。前より立派な集落を作るって」
再会した時、モコモコの地下帝国が出来ていたらどうしよう。
取り敢えずはこうして来た訳なので試合を観戦する。いつのまにかパンフレットを手にしていたベニオが今行われている試合の概要を説明してくれる。どうやら闘士と闘奴の戦いのようだった。
前者は普通に身分ある者で、後者は何かしらの理由で奴隷に落ちた者だ。闘士は自分の財産を持っているから素人目ながら立派な武具を持っていたが、闘奴の方は見劣りした。
試合は装備の差もあって闘士が有利に進んだ。時折危ない場面もあったが、最終的に装備の質が勝敗を決めた。
持っていた剣を弾き飛ばされ闘奴が尻餅をつく。何を言っているのか分からないが、掌を向けて相手選手に何か言っているところで、どこにいたのか審判らしき男が両者の間に割り込んで何かを宣言する。どうやら勝敗が決定したらしい。観客席から喜びの歓声と怒気の篭った大声が半々で発せられる。
「もっと血生臭いのを想像してたんだが、案外ちゃんとしてるんだな」
「エンターテイメントよ? 怪我は仕方ないにしても消費するようなやり方が出来る訳ないじゃない」
「それもそうだな」
肩の力を抜く。
映画とかからのイメージだとロクでもない物と思い込んでいた。正直嫌な気分にならないかと不安だったが、審判もいて負けたら即殺されるという訳では無いようだ。実際にそんな調子でやってたら選手もいなくなるよな。
「私はこの闘技場の構造が気になるから少し歩くわ。もしかしたらあなたの同郷が入って行った理由がわかるかも。そっちはどうする?」
「俺もどっかテキトーにブラブラ歩いてみる」
「それじゃあ、お昼になったら一階のレストラン前で」
「おーう」
一旦ベニオと別れて闘技場内を散歩気分で見て回る。普通に歩く分には問題ないのだが、巨大ロボットが歩けそうな広い通路とかだと遠くを見ながら歩けば距離感が狂う。シティコアで造った空間云々も関係しているのかもしれない。
そんな感想を抱きつつ田舎者丸出しな感じでキョロキョロと建物の中を歩いていると、中々大変な状況になった。具体的に言うと道に迷った。
方向感覚にはそれなりの自信はあったんだけどな。方角だって勘で大体分かる。だけどここだと微妙にズレていっているような気がした。観客席の喧騒も一切聞こえず、いきなり別の建物に入り込んだようなこの感覚はやはりダンジョンなのだと思わせる。
「やっぱ地道なマッピングが一番なんだな」
モコモコ達に頼ってばかりでなく教えて貰えば良かったと後悔しながら床に這いつくばって耳を当てる。
何か聞こえないかと思っての行動だが、正確だったかもしれない。床を通して人が歩く振動が伝わって来た。どうやらこっちに向かって来ているようなので、俺は床から起き上がり下手に動いてすれ違わないようそこで待機する。
服に付いた埃を叩いていると肝心な事を忘れていた事に気付く。道を聞こうにも言葉分かんねえよ。
気付いた所で通路に向こうから人影が現れた。質素なワンピースドレスを着た黒い長髪に赤い瞳の女だ。
女は俺に気付きはたと立ち止まる。
「よ、よう……」
黒い髪だけど明らかに日本人の顔じゃない。だが念の為に手を挙げて軽く挨拶。
「…………」
「えーっと、道に迷ってしまったんだ、が……」
「…………」
無言で俺を見上げる女から反応がない。そう思った矢先、女が懐から指で摘んで持てる程度の小さな筒を取り出した。筒には紐が括り付けられており、少女は紐の端を握ったまま筒を振り回した。
すると筒から笛の音が鳴り始める。そして、その音に反応してか左右の壁から人が『めこっ』と現れた。いや、正確に言うなら壁に擬態していた人形が動き出した。
「おお、ファンタジー」
ゴーレムと言う奴だろうか。ゲームや漫画でもお馴染みだけあって正直、植物を操るデカイハムスターやボーリングの玉から道具をポンポン作る女よりもファンタジーしていた。
いや、そんな事言ってる場合でなかった。積み木を重ねたようなカクカクなゴーレム達が俺を取り囲む。
「いや、待て待て待て! 道に迷っただけで俺は怪しい奴じゃない!」
両手を上げて無害さを笛を振り回す女にアピールしても言葉が通じない以上、意味がなかった。ゴーレム達の包囲が狭まり掴みかかって来る。
掴まれた腕を振り解くと案外脆くてゴーレムの手が捥げる。
「………っ!」
笛の勢いが増してゴーレムが数が増えた。
「オイオイオイッ」
しかもゴーレムの凶暴性が増して掴むどころか殴って来る。なんか着ぐるみに集られている気分だ。頭突きや身震いで振り払うがしつこい。そうこうしている間に騒ぎを聞きつけて通路の前後から色々な格好の人達が現れる。その中には武器を持ったのもいた。
これ以上抵抗すれば、よりややこしくなりそうだ。仕方なく俺はゴーレムのなすがままにされて床に押し倒される。集まって来る集団の中、奥の方で日本人らしい少年少女達の姿がチラリと見えたが直ぐに人垣を作る足によって見えなくなってしまった。
捕らえられた俺をその後、一枚で手枷と首枷を兼用する分厚い木の板を装着させられて狭い牢屋の中に押し込められた。
大きさは精々三畳ほど。奥に便所があって部屋の半分近くが質素なベッドに占領されていて、残ったスペースは奥と入り口の通路でしかない。何が言いたいかと言うと狭い。あと牢屋と言っても室内なんだから枷は外して欲しかった。
ベッドに横になろうにも枷が邪魔なので端の方に座って無為に過ぎる時間に何度目か分からない欠伸をしていると、足音が通路側から聞こえてきた。
段々と近付いて来る音に俺は鉄格子へと視線を向けると、足音の正体は牢屋の前で立ち止まる。
男が二人だ。片方は一目で上流階級と分かる程度に貴族らしい装飾の多い服を着た若いのと、もう片方は特に装飾もなく地味だが清潔感のある白いローブの幾分か歳を経た中年の男だ。
わざわざ牢屋の前に来て何やらこっち見ながら二人で会話しているが、知らない言葉なので何を言っているのか分からない。ただ俺の悪口ではなさそうだった。
「君、私の言葉が分かるか?」
「…………え?」
白ローブの人からいきなり流暢な日本語が聞こえたような気がした。
「もう一度言おう。私の言葉は分かるか?」
「分かります。えっ、日本語?」
「やはりそうか。申し訳ない、異界の人よ。勘違いがあったようだ」
そう言ってからローブの人は貴族らしい男に振り返り、男が頷くと警備兵に牢屋の鍵を開けさせた。戸惑いながら牢から出ると枷も外してくれ、漸く自由になる。
「あの……」
「お聞きしたいのは分かりますが、此処では些か手狭なので落ち着ける場所に移動しましょう。詳しい話はそこで」
「……分かりました」
言われるがまま、白ローブの後ろについて行く。武装したのが両脇で目を光らせているのはご愛嬌だろう。ちなみに貴族風の男は牢屋を出た曲がり角で別れてどこかに行った。
あっ、今更だけどベニオはどうしてるだろうか。闘技場の観客席で別れてからそう時間は経っていないが、まあ子供じゃないんだし俺よりしっかりしてるから平気か。
連れられて入った部屋は応接室なのか調度品に囲まれた部屋だった。中央には細かい細工の施されたテーブルに派手な飾りはないが良質な木を使ったと思われる椅子が置かれている。
武装した男達、白髪の多い中年の男と俺より数歳程度上の若い男の二人はドアの傍で待機して、俺と白ローブは椅子に座る。
「手荒な扱いをしてしまい申し訳ない」
「怪我とかしてないんで別に。と言うか俺の方こそ申し訳ない。もしかして、入っちゃいけない所だったとかですか?」
「一応は。警備兵が少し離れたタイミングと運悪く重なったようですが、立ち入り禁止の表示はあった筈で……やはり文字は?」
「ええ、全然」
「そうかですか……っと、自己紹介が遅れました。私はメシューレ教会の神官、ミハエルと申します」
「犀川智彦です。苗字がサイカワで、名前がトモヒコ」
「トモヒコ殿ですね。さて、どこから話したものか」
「取り敢えず最初から。俺は自分のいた場所からいきなり知らない世界にいたんですけど」
最初の最初では自称神様を殴ったが、教会の神官とかモロに宗教関係の人を相手にわざわざ言う必要はない。
「い、いきなり?」
「いや、それ以上説明できないですから。てか寧ろそっちの方が詳しいと期待してるんですけど」
「では、お話ししましょう。ある日、メシューレ教に属する各地に教会や祈りの場にいた者達の耳に神託が聞こえたのです。破滅に向かう世界を救う異世界からの若き英雄の卵達がやって来ると」
神託と来たか。宗教色が段々強まって来たぞ。
「神託から暫く経った後、大きな教会や聖地とされる場所に複数の若い少年少女が突如現れたのです。教会は現れた彼らを保護しています」
「昨日、俺の同郷らしいのが馬車に乗って此処に入って来たの見たんですけど、此処って闘技場ですよね」
「先程の言葉に語弊がありましたね。保護しようと奔走中なのです。神託はあったものの何時どこで、そして何箇所で何人来られるのかまでは分かっていないのです。それに現在分かってるだけでも大陸中で起きてますから、捜索は難航し中には国との協力体制が整っていない所もありまして」
俺でも分かるほど最後の方をマイルドに言ったな。
というか話が本当なら俺の想像以上の規模で転移が行われていて、こっちの人達もてんやわんやなようだ。
「俺が見た彼らは?」
「ここデラック帝国で発見された転移者達です。帝国は協力的な姿勢を見せており、転移者の方々もこの世界の為に戦ってくれると言っています。ただ、成人を迎えていないばかりか聞く話によると戦とは無縁の方々。どういった形で協力して貰うのかについては協議中です」
「はぁ……」
話が長くなってきたな。堅苦しい話を聞くと段々と眠くなってくる悪癖が作動しそうだ。モコモコ達との会話はフィーリングで良かったんだが。
「そもそも破滅から救うとか曖昧ですが、具体的には? わざわざ素人を違う世界から連れて来て何をさせたいんですか?」
「多岐に渡ります」
「曖昧なままですね」
「明確な理由は神託にありません。ですがこの世界で異常が起きているのは確かです。森林の砂漠化に荒れたままの海、大量発生するダンジョンとモンスター、自然災害も目に見えて増加傾向にあります」
「そこまで?」
モンスターとかは正直よく分からんが、自然環境云々は身近だから大変だ。同時に人の手に負えるとは思えないが。
「普段通りの生活を維持できてはいますが、それも時間の問題であるのが各国の認識です。なので多種多様なスキルを身に付けた転移者殿は我らにとって希望の星なのです。元の世界から連れて来られた貴方がたにしてみれば迷惑な話でしょうが」
「まあ、そうですね」
確かに誘拐された身はこことは無関係だ。それを分かっているミハエルさんは本当に申し訳なさそうな顔をした。
うん、まあこの世界が何気に追い詰められつつあるのは分かった。分かったが、どうして俺らが力になれる前提なのだろうか。
その根拠は神に喚ばれたからか? それもあるんだろうが、気になる単語が一つミハエルさんから出ていた。
「ところでスキルって何ですか?」