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第七話


 ベニオと共に川沿いに山を下り進んで行くこと数日、漸く人工物を発見する。

 拓けた場所で木造の建物が沢山あり、川には大きな水車があって山から流れる川でグルグル回転している。ビルを横倒ししても沈むほど横幅のある川には幾つも船が浮かんでいた。


「やっと人里か。里って言うほど小さくないが」

「そうね。これで野宿しなくて済むわ」

「俺は楽しかったんだが……」

「お風呂入りたい」


 体洗いたきゃ川で十分だろうに。石鹸もお前が玉で作って持ってたんだし。でも熱い湯に入りたいという気持ちは分からなくもない。

 道中の寝泊まりはベニオが玉で作ったテントを使った。最初にテントの立て方を教えて貰ってからは俺がテント係でベニオは食料調達だ。アナライズとか言う能力を持ってない俺だと食べれない物を持ってくる可能性があるからだ。

 料理は作業を手分けした。兎の捌き方なんて知らなかったが記憶喪失なのに知識豊富なベニオがパパッとやった。本人は調味料が無いので味気ないとか言っていたが、何もなくても結構美味かったと思うぞ。

 街の入り口にはアーチがあって恐らく街の名前だろうが文字らしき物が書かれている。だが読めない。


「何て読むんだ?」

「サンプルが足りないからまだ分からないわ」


 『まだ』と言う事はいずれ分かるのだろうか。


「少し見て歩きましょう。私達はここの常識を知らない異邦人なんだから、情報収集する必要があるわ」

「任せた」

「…………」


 そんな半目になって見られても困る。お前はモコモコや日本語を直ぐに覚えたけど俺は全然だし。情報収集とか言われて困るから全部ベニオに丸投げしてしまおう。

 ――それから体感で約一時間程経った頃、俺は川に接する船着場の一角で腕相撲していた。


「ッシャオラァ! アーイム、ウィナァァァァッ!」


 樽の台にした腕相撲勝負にてスキンヘッドの船乗りから勝利を勝ち取った俺は両腕を上げて両手の人差し指を天に向ける。このポーズの意味は分からないがノリでやった以上は勝利のポーズだろう。多分。

 周囲には船乗りらしき男達が歓声と悲鳴を上げていた。トトカルチョの勝者と敗者。敗者は金を失い勝者が金を得る。

 並み居るマッチョメン達を退けた俺もまた栄光と現ナマを手に入れる。


「◇◯△×」


 胴元らしきオッサンが笑顔で俺の背中を叩いて袋を手渡してくる。重く、中で銭の音がしたので袋を口を開けて中を見るとやはり大量のコインが入っていた。


「何をやってるの?」


 日本語に反応して振り向くと到着してから三十分で言語を覚え船着場の近くの店の中へ一人入って行ったベニオが戻って来ていた。


「腕相撲大会。ほら賞金」

「……言葉が分からないのにどうやったらそんな事になるのよ」

「さあ?」


 最初は、ベニオが店の中に入った直後に絡まれただけだ。何言ってるのか意味不明だったが、視線が店に消えたベニオを追って俺にはガンつけをしていたので恐らくは『マブイの連れとるやんけ兄ちゃん』『良かったら俺達に遊ばせてくんね?』『てかぶっちゃけお前の意見なんて聞いねぇしー。どっか引っ込んでろや』なんて感じだろうと察し、近くで腕相撲による力比べが行われていたのでそれに便乗する事にしただけだ。腕力イコール地位。分かりやすい。


「でも、お金が手に入ったのは僥倖だわ。質に出す用のアクセサリーも作ってあったけど、節約できるならこした事はないから」

「そうか。はい」

「何で私に渡そうとしてるの? あなたが稼いだお金でしょう?」

「でも使いたいんだろ? 俺、ここの基準分かってないからお前に任す」


 俺はそう言ったのだが、ベニオは袋から銀色の硬貨を何枚か回収するだけだった。


「必要な時に必要なだけ貰うわ。お金についても教えてあげるけど、先に宿へ行きましょう。もう夕方だわ」


 そう言ってベニオは踵を返した。俺の背中に船乗り達が同情心溢れる視線が注がれているのが気にはなったが、俺は彼女の背を追う。

 ベニオが言った宿は本当に宿って感じの宿だった。あったま悪い表現だったが、宿泊施設と言えば現代日本のビジネスホテルやカプセルホテルぐらいしか知らない身だ。あとはネカフェ。

 いや、家族旅行で旅館に泊まった事もあるがそれとはまた違う雰囲気だ。近いのは……そうだ、モーテルだ。洋画で逃亡犯がよく利用してたり殺人現場だったりするモーテルだ。

 ベッドが二台と丸テーブルに椅子が二つあるだけの簡素な部屋の中、俺とベニオはテーブルを挟んで向かい合う。


「風呂ねえじゃん」

「近くに公衆浴場があるの。大衆食堂もあるから夕食はそこで食べましょう。それで今後の事なんだけど」


 ベニオは俺が腕相撲勝負で連勝している僅かな時間である程度の情報収集を終えていた。

 この街はこの一帯の開拓と一緒に森の木々を切り倒して運ぶ林業を主に行なっている所らしい。なんでも良質な木材が採れるとか。

 デラック帝国とい言う名の国の支配地で、メッシーナ伯爵と言う貴族が管理しており代官をこの街に派遣しているらしい。

 正直、そんな情報を貰っても覚えてられる自信はない。ただお金についてはしっかりと覚えた。ここでは、少なくともデラック帝国では紙幣が無くて金は全部硬貨だった。千円札以上も普通に硬貨と思えば良い。

 単位はエールで、十円玉を小さくしたのが一エール。五百円玉サイズの銀色のが一万エール。その間にサイズやデザインの違う銅や銀の硬貨がある。

 俺が腕相撲で手に入れたのが約五万エール。ついつい日本円で数えて少ないと思ったが、節約すれば五万もあれば一世帯が一月は過ごせるとベニオは言った。単位が違うのであまり実感がない。


「一応、あなたの仲間についても聞いてみたわ。最近、いきなり現れたりした若者の集団がいないか」

「曖昧じゃないか?」

「神を自称する者に異世界から連れ去られたなんて言ったら頭を疑われるわ」

「ああ、そう。それでなんか掴めた? 創作のパターンだとどっかの国の城だけど。校舎ごとだったら未開の森の中だな」

「どんなパターンなのやら……。残念ながら有益なものはなかったわ。ただここから川に沿って下ればメッシーナ伯爵が直接治める街があるわ。商人や観光客も集まる大都市だからそこになら何か情報があるかも」

「じゃあ、明日には出発するか」

「明日出る船に乗せてもらえる事になってるわ。伐採した木材を運ぶついでに人も運んでるそうなの」

「手際良いな」


 この街に到着してから数時間で言語に貨幣、次の目的地の算段と手続き。あっという間だ。


「やるべき事を順番に処理しているだけよ」

「それでもパパッとやれて凄いってえの。悪いな、色々任せて」

「いいわよ。肝心なお金を手に入れたのはあなたなんだし。役割分担よ。それより、私の方こそ勝手に進めちゃったけど、これで良かった?」

「全然問題ない」

「そう。それならそろそろ夕飯を食べに行きましょう」

「そだな。腹減ったし」


 話し合い、と言うかベニオがスケジューリングしたのを聞いただけだった。

モーテルを出て大衆食堂へ。ファミレスと言うか酒場って言う感じで客は好き勝手に席に座って良く言えば明るく悪く言えば柄悪く飯と酒を食っている。

 ただまあ陽気な音楽が流れて誰も彼も大声なので感じ悪い気はしない。静かにしてる連中は連中で周囲の喧騒を無視して黙々と食ってるし。

 丁度席を立つグループがあったのでそこに座る。従業員の娘が机の上を片付ける間にベニオがメニューを見る。


「食べたいものある?」

「肉」


 俺は言葉も文字も分からないのでベニオ任せだ。俺は物珍しさで建物の中を見回す。お上りさんと思われたのか、従業員の女が片付けを終えて立ち去る際に俺を見てくすりと笑った。

 別に気分を害した訳じゃないが、その背をつい目で追う。スカートの布越しからでも安産型の臀部だと。あっ、安産型が酔っ払いに触られた。だが慣れたように従業員は客の手を強く引っ叩き、客は痛がりながらも笑い、その周囲でも大きな笑いがドッと起きる。

 日本だと速攻豚箱行きだな。社会的信用も色々と落ちて一生モノの恥になる事間違いなし。

 従業員から騒ぐ客達に視線を変えると、盛り上がっている一角があった。何か見覚えのある後ろ姿がチラホラあるなと思ったら、昼間に腕相撲した船場の連中だった。

 向こうも俺に気付いたらしく手招きしてきた。


「注文頼むわ」

「分かったわ」


 席から立って人集りの場所へ向かう。また腕相撲でもしてるのかと思ったら、カードゲームのようだった。雰囲気から奥にいる禿頭のマッチョメンが一人勝ちしているらしくご満悦な表情だ。

 テーブルに着く他の三人に向かって何か言うと、禿頭の後ろにいる取り巻きは大笑いし、他は苦い表情をする。あまり態度の良くない禿であるようだ。

 酒を飲み、カードにも勝っている禿は有頂天だ。更には酒を配るために横を通り抜けようとした従業員の女を無理矢理引き寄せる有様だ。

 腰に手を回され拘束された女の口から怒声が放たれ振り払おうと肘鉄が繰り出されるが、禿のマッスルボディは見せ筋ではないらしくビクともしない。

 日本でそれやったら社会的な死だから。

 なんて思っていると、禿と目が合った。禿は後ろにいた連中に何か言うと、柄の悪いのが二人ほどやって来て俺をこれまた無理やりテーブルの空いた席に座らせる。

 禿がなんか俺の服を指差して何か言っている。


「だから言葉分かんねえんだって」


 俺が口を開くと、一瞬だけ禿一味が驚いたような顔をし直後に大笑いしてきた。馬鹿にされているのは分かるが、肝心の内容が分からない。殴ってやりたいが、店の中で乱闘を始めるとこっちまで悪くなるからな。

 そうこう考えている間に、俺の前にカードが配られた。


「おいおい、ルールなんて知らんぞ」


 俺に手招きした船着場の男を睨むと、男は苦笑いして頭を下げる。悪いとは思っているようだが助ける気はないようだった。

 いいからとりあえずカードゲームのサポートをさせる事にした。

 チラッと見た範囲で言うならこのカードゲームは9枚の手札の中で三枚一組の役を作りその役の強さで勝負を競うようだった。

 問題は俺が役の強さどころか種類も知らねえっつーことだ。船乗りの男が俺の持つカードを指差して何か言ってるが、言葉分かんねえっつーの。ベニオに助けを求めようともしたが人垣で視界が遮られており、探しているうちにゲームが始まった。仕方ないので、似た絵柄のを勘で揃える事にした。

 結果――俺が勝った。ビギナーズラックだ。

 禿が驚いたように目を見開いたが、ゲームに慣れているだけあって直ぐに余裕そうな表情を取り戻す。そしてまたカードが配られた。おいおい、まだやるのか? 俺が言葉話せなくてゲームの詳細なルールが分かってないと分かった上でやってるから質が悪い。

 渋々配られたカードを手に取り見る。それぞれ青、赤、黄のドラゴンのセットが出来上がっていた。そのままカードを伏せて交換しない。

 手札を公開する番になったので見せる。禿含め取り巻き達が急に黙った。やっぱりドラゴンだけあって強いらしい。ビギナーズラックビギナーズラック。

 またカードが配られる。禿が若干赤くなっていてそのまま行くとタコになるのでは?

 と言うかなった。タコになった。ビギナーズラック連発ですっかり禿から軟体生物に変化した。

 捕まっていた従業員はどさくさに逃げ、タコは左右に座る別のプレイヤーをどかして仲間を座らせる。俺の後ろからブーイングが起こるが御構い無しだ。


 最終的には俺対禿プラス二人の勝負になった訳だが――


「こういう時の運は良いんだよなー」


 王、女王、王子のロイヤル感溢れる役をテーブルの上に置いた途端、禿が怒声を上げてテーブルを拳で叩きつけながら立ち上がって俺に向かって拳を振り放った。

 俺は顔を狙った拳に頭突きで対抗する。額越しにフライドチキンの骨が折れるような感触が伝わり、男の野太い悲鳴が店内に響く。


「カルシウム不足だな」


 頭突きした頭を上げれば、人差し指と中指が折れた禿頭が口を大きく開けて痛がっている。

 なんか俺に怒鳴って取り巻き連中が殺気立つ。負けじと俺の後ろで俺の応援をしてたっぽい人らも拳を構える。

 え? なに乱闘? 器物破損とか過剰防衛とか癖で気にしてたんだがそこはイイ感じ? モコモコを襲っていた鬼と違って地球のヨーロッパ系と変わらない人間だったから偶然と言い訳できる頭突きをかましてやったのだが、そんな小技いらなかった?

 ちょっとワクワクしていると、禿頭の怒声を合図にして乱闘が始まった。




「何て言うか、凶暴なのね」

「ここの流儀に合わせただけだ」


 あの後、禿一味を軽くナデてやって店から追い出した。確かにテーブルがひっくり返り滅茶苦茶になったが、ベニオはベニオでそんな騒ぎの中平然と飯を食っていたのだから人の事をどうこう言えないだろ。それに飯はおかげで他の客の奢りになったのだから結果的に良しだ。


「私だけ言葉が通じるのも不便ね。時間が空いている時に言葉を教えるわ」

「嫌だと言いたいが……そうも言ってられないようなぁ」


 身振り手振りである程度の意思疎通はできるが、ある程度で限界だ。数日だけなら乗り切れるが、未だにクラスの連中の手掛かりが掴めてない以上は長期の滞在を覚悟しないといけない。簡単な会話ぐらいは覚えないといけないよな。


「次の街に着いたら私が教えてあげるわ。明日も早いから今日はもう休みましょう」

「そうだな。ところで今更だが、お前って気にしない方なのか?」

「何がよ?」

「男と同じ部屋で寝る事が」


 本当に今更だが、ベニオが取った部屋はシングルベッド二つの一部屋だけだ。異性と同室なのは倫理的に問題ある。それともこっちの世界じゃ違うのだろうか。


「良くはないけど、これから何があるか分からないんだから節約はしないと」

「それはそうだな」

「それに対策はしてあるから」

「対策?」


 聞き返した途端、ベニオが電気を纏った。服を焦がさずどうなっているのか分からないが、紫電がバチバチ言ってる。


「それなら安心だな」

「そうね。お休みなさい」


 ベニオはそう言いながら入り口手前側のベッドに進みながら手首のアクセサリーに触れる。すると一瞬で着ていた服がワンピースみたいな寝巻きに変わった。


「えっ!? 電気よりそっちの方が気になるんだけど!?」


 ベニオは無視してそのまま布団を被ってしまった。大きな腕輪だと思っていたが、まさかそんな機能があったとは知らなかった。

 一人で起きていても仕方ないので、俺もとっとと寝る事にする。制服に上着を脱いで椅子の背もたれに引っ掛け、奥のベッドで仰向けになる。目を閉じれば、俺の意識は直ぐに闇の中に落ちていった。


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