第六話
俺を見て何故か驚愕した少女。だが俺からすればそっちこそ何言っているのかという気分だ。
「ス、ステータスは?」
「あっ、それ知ってる。本で読んだ。ステータスオープンって叫ぶんだろ」
「ステータスを分かる人!」
俺の答えを無視して少女はモコモコ達に振り返り叫ぶように問うと、この場にいるモコモコ達が全員手を挙げる。
「マナアーマーの補正値表示は?」
「キュー」
知ってて当然と言わんばかりにモコ長が頷く。今時スマフォどころかケイタイも持ってないのー? 的な疎外感を感じる。
「マナの欠乏? いえ、最低限のマナアーマーは張られるはず。そもそもマナを貯蓄してない? 仕組みそのものがない? ……あなた、これを倒したのよね? オーガを」
ピピピッ、と少女が玉を動かして空中に立体映像を表示させる。出てきたのは洞窟で散々殴り飛ばした鬼の姿だ。
「倒したぞ」
「キューイ」
「ギョエ、ギョギョー」
俺の言葉に賛同する槍モコや銀モコのおかげか、少女はそれを信じたようだ。信じたようだがどこか釈然としない様子だ。
「さっきから何なんだよ。俺は余所者だからこっちの事に詳しくないんだよ」
「詳しい詳しくないどころの問題じゃないんだけど。マナは生物無機物関係なく万物に宿る組成よ。私達生物はマナを纏って生きているの。これがマナアーマー」
なんか異世界講義が始まった。
「これが無いと私達は自然環境に耐えて生きる事は出来ないわ。それだけじゃなくて、戦う力も与えてくれるの」
「へー」
「ステータスはマナアーマーの性能を表示させたものよ。補正値分が数字として出るけど、体調や集中力によって上下するから目安程度ね」
「アーマーなのにコンディションが関わってくるのか」
「服を着ているんじゃないの。あくまで自分のマナを纏っているから安定していないのは仕方ないわ」
「ふーん」
相槌を打っていると、少女が胡乱げに視線を向けている。モコモコ達も頷いているのでここでは常識らしかった。
「なんだ?」
「どうして持っていないの?」
「いや、俺んトコの世界にそんな不思議パワーないから」
「…………仕方ないわ」
何が仕方ないのか知らないが、少女はおもむろに立ち上がると槍モコから槍を借りていきなり指の腹を切った。
「何やってんだお前?」
「じっとしてて」
「は――っ!?」
ぷくりと血が赤い玉となって傷口から出ているのを見下ろした少女が、俺に向き直ったかと思うと血の出ている指を口の中に突っ込んで来やがった。
「汚ねぇ! 何すんだテメェ!」
「そのまま飲み込んで。血を媒体にしてマナを送り込んだわ。あなたの体内でマナを集めて次第に下地を作るから、暫くすればマナアーマーを形成するようになる」
口から抜いて血と唾液を拭き取りながら淡々と少女は説明する。する前に言えよ。
少女は杖モコから魔法で治療を受けると何事もなく玉の前に座り直して作業を再開した。
「わざわざ必要か?」
「無い方がおかしいの。外に出るなら絶対に必要。あなた、赤ん坊の免疫力以下なのよ……何で生きてるの?」
「知らんがな」
何がなんだか分からないが最低限どころか必須な物というのは伝わった。それは口の中から鉄の味が消えない。どうすんだコレ。
俺の舌など知った事かと言わんばかりに少女は黙々と作業を行う。一通りの廃棄物を玉に吸い込ませると一旦手を止めてモコ長と玉から映る画像を前にして何やら相談。結論が出たのか少女が玉を操作する。
赤い玉から今度は赤い粒子が出て何かを形作り始める。青い玉から鬼が出て来たのと色違いの現象だ。
だが出て来たのは鬼でもなければ生物でもない。俺の彫像だった。
「フンッ!」
「キューッ!?」
問答無用で殴り潰すと大ブーイングが巻き起こった。
「うるせェ! 訴えんぞ! お前も何を作ろうとしてんだよ!」
「私は村の恩人であるトモヒコの像を作ってくれと頼まれたもの」
「止めろ恥ずかしい。もっと役立つ物とかあんだろうが」
「キューキュー」
「ギョェエー」
そんな残念そうな顔しても駄目。
何とか説得と言うか作れば壊す的な方向に持って行ったので像が建てられる事はなくなった。俺が集落を出て行った後はどうなるかは分からないが。
その後、像なんて巫山戯た物ではなく、何かの金属のインゴットや煉瓦、植物の種が大量に入った袋、色とりどりの液体が入った瓶などが玉から生産されていく。
「クッソ便利だなそれ」
「使い方によってはね。都市と言える場所には必ずコアが置かれて、その力で都市の管理と防衛を行なっているわ。こうして物だけ作るのは本当は勿体無いやり方なの」
「ふうん」
「でも元からマナが沢山残ってるから大丈夫ね。多分出来て間もないダンジョンだったんじゃない?」
「罠とか半端だったからなぁ。ああ、そうだ。それで俺の服とか量産できねえ? これしか着る物持ってねんだよ」
着の身着のままで自称女神によって飛ばされて来たので黒の学ランの上下と白のワイシャツのみで、替えの服がない。下着はモコモコ手編みのパンツを貰ったが、流石にこれだけって言うのもマズイ。
それに頑丈な学ランでも森の中を歩いたり洞窟のダンジョンを進み鬼達と戦っている内にボロボロで端っこの方がほつれてきた。
「できるわ。でもその服は軍服でしょう? 勝手に量産して良かったの?」
「軍服じゃなくて学生服だから」
なんか変な勘違いをしつつ少女はモコ長に了承を取ってから俺の方に玉を向ける。そして玉の前に学ランとシャツが何セットか出現する。
「おお、すげぇ。新品同然だこれ」
「他にも作れるけど、それだけでいいの? 新しい服とかもデザインして作れるわよ?」
「そういうの苦手だからいい。それに制服は葬式結婚式と何でもござれの万能服だぞ。どこ行くにしても制服があれば十分だ」
「そうなの?」
「そうだよ。それじゃあ、明日の朝には出るから、ついて来るなら遅れるなよ」
新しい制服を荷物に詰める為、俺は制服を回収してリサイクル作業場から移動する。服を詰め直した後、小さな子モコモコ達と球蹴りをして出発の出鼻を挫かれた事を忘れてその日は過ごした。その後も飯食って濡れた布で体を拭き、草のベッドの上で横になると瞬く間に俺は眠りに落ちた。
体を揺さぶられる感覚で意識が覚醒する。朦朧としそうな意識を総動員して再び閉じそうな目を開けると、ボヤけた視界の中に人影があった。
「紅緒? あっ……あー……」
言った瞬間、何を言っているのだろうかと自覚する。その段になって視界が明確になり、人型が記憶喪失の少女と判明した。
「おはよう」
「おはよう。もう朝よ。一日待って貰ったのは私だけど、起きるの遅いわよ」
「あー、悪い」
離れる少女。体を起こして彼女を見てみればあり合わせの布で取り繕っていた格好から、ローブはそのままだがワンピースのような服を着ており手首などに飾りをつけている。
「オシャレだな」
モコモコが水の入った桶を持ってきてくれたのでそれを受け取り、顔を洗ってから言う。日本の街中で見る女物の服装とか分からないが、趣が違う服は一目で異国を感じさせる。
「ありがとう。ところでさっき『ベニオ』と言ってたけど、家族?」
「近所の奴。母親の菓子目当てに偶に朝起こしに来るんだ」
あの日は母親の口振りからすると一応は顔を出したようだが、俺を見捨てて先に行った。紅緒は同じクラスなのでクラスメイト達と一緒にこっちに来ているだろう。ちゃんと連れて帰らないとババアに何言われるか分かったもんじゃない。
「準備は終わったんだな?」
「ええ。おかげで」
「じゃあ行くか」
顔洗ってスッキリした俺は早速事前に準備が出来ていた荷物を肩に担ぐ。
「躊躇いもないのね」
「別れの挨拶は既に終わってるしな。いや、嫌味じゃねえよ? ただこれ以上は後ろ髪引かれるから出れるなら出るぞ」
「ちょっと待って。半日以上経ってるからそろそろマナが適応したと思う。確認して見て」
何の話だろうかと思ったが直ぐに昨日の血を飲まされたのを思い出す。
「ああ、アレ。じゃあ、ステータスオープ――」
「そんな呪文唱えなくても視えるはずよ」
少女の言う通り言い切る前にゲーム画面みたいのが視界に現れる。
「何か出た」
「それがあなたのマナアーマーの状態。数字が高いほど強力だから」
項目はパワー、タフネス、スピード、テクニック、マナ量というゲームみたいなのが並んでいる。
「プラス一とか二しかないんだが?」
「最初はそんなものよ。成長するよう頑張るのね」
「ふーん」
ゲームのようにエネミーでも倒してレベルを上げる必要があるのだろうか? 正直言って面倒な上にこれがあるからと言って別に力が強くなった気がしない。ぶっちゃけ貰っても扱いに困る。
「妙な空欄があるんだが?」
「そんな指差されてもステータスを見れるのは本人だけよ」
「マジか。うわっ、目ェ瞑ってても視えるぞこれ!」
両目を瞑って真っ暗になってもステータス画面がはっきりと視える。近未来を舞台にしたシューティングゲームをした事はあるが、それに拡張現実とか言う機能が出て来てそれに似ていた。
「空欄が下にあるなら位置的に機能欄ね。何も書いてないなら何もないわ。それとステータスは自分の健康状態も教えてくれるから、体調が悪かったら確認してみなさい」
説明されて健康状態の項目であろう『状態』を見てみると『状態:寝起き』とあった。当てにできなさそうである。
ステータスを黙って閉じると俺は首を回し、骨が鳴るのを聞く。
「ぼちぼち出発するか」
俺の言葉に少女が頷く。
俺が先に横穴から集落の出口に向かうと、モコモコ達が待っていた。
モコ長に銀色の体毛になった銀モコ、ダンジョンで共に鬼達相手に戦った槍モコと杖モコの面々、最初に俺と出会った子モコなど沢山のモコモコ達が集まっている。
「暇なのか?」
「キキュー」
「キュケ、キ」
「ギョ、グギョキ」
「おう、あんがと。世話になったな。帰る前に一回は顔出すから」
「……何で会話が成立してるの? してるのよね?」
少女が困惑気味だが、こういうのは内容分からなくてもふわっと受け止めて返事してやればいいんだよ。
「キューッ!」
「ああ、元気でな!」
外に出ればモコモコ達も入り口前まで付いて来、歩き去って行く俺達に向かって鳴く。俺もまた手を振り、別れを済ませた。
深い森は少し歩けば背の低い彼らの姿を隠したが、声だけはしっかりと届いた。
暫く歩けば声も届かなくなって木々が風で揺れる音だけが周囲から聞こえる。
「あっ!」
道中、ふと思い出して思わず声を上げる。
「いきなりどうしたの? 忘れ物でもした?」
「このタイミングで戻ったら恥ずかしいどころの話じゃないよな――って、そうじゃなくてだな。名前だよ」
「彼らはオオベレットコウセイという種族よ」
「あいつらそんな名前なのか!? いや、そっちじゃなくてだな、お前の事なんて呼べば良いんだ? 記憶喪失で名前も分からないのか?」
「ええ、名前も思い出せないわ。でも呼び名がないのは不便よね」
考え込むように少女が顎に手を当て、空を見上げた。次に目だけ動かして俺を見る。
「イシ子。あるいはラ子」
「もしかして私の名前のつもり?」
「そうだ。だから俺を当てにせず自分で決めてくれ」
名前なんてパッと思いつかない。基本的にデフォルトで済ませている。
「そう……そうね。決めたわ。記憶が戻るまで『ベニオ』と名乗る事にするわ」
思わず足を止めて振り返る。こいつマジか?
「色々考えたけど私もネーミングセンスが無いようなの。ならあるのを借りる事にしたわ」
「それならオオベレなんちゃらのモコモコの名前で良いだろ」
「彼らの名前は何処何処の長男とか何番目の孫とかよ? 参考にならないわ。だから悪いけれど、あなたの仲間が見つかるまで借りる事にする」
「ああ、それなら良いか」
「……良いんだ」
紛らわしいのが嫌なだけだ。そもそも人の名前に本人じゃない俺が文句を言ってもしょうのない事だ。大体名前なんて探せば同姓同名なんていくらでもいるだろうし、途中で少女の記憶が戻って名前も元に戻す方が早いかもしれない。
「名前も決まったとこでキリキリ進むぞベニオ」
「方向はそっちじゃないわよ」