第五十八話
地下にしても妙に凝った建物があると思えば洞窟もあると不思議に思っていたのだが、前提が違った事が判明した。
古代遺跡と言うか滅んだ巨大な都市の地下に地下都市があった、と最初は思っていたんだがどうやら正確には縦横高さが巨大な都市が地下に埋もれているらしい。やたらと学者っぽい知識のあるベニオの見立てなので間違いないだろう。
つまり地上で見た遺跡は古代都市の天辺で地面に沈没した部分が顔を少し出していただけなのだ。
スケールがデカすぎる。
「地球にもピラミッドや地上絵とかあるけど、こっちも負けてねえな」
十階建てのビルほどの高さのある建物の中から土の壁や岩と一部が一体化した建造物を眺めながら思わず呟く。
ここで野営するのは決まったがその為の準備とか諸々は女性陣がすることになった。屋根や壁があるのでテント張りの仕事はなく料理やら周囲への警戒トラップを設置するのが主なので腕力担当は必要ないそうだ。
隠し通路からここまで数時間走り続けたが、結局須藤を発見できなかった。痕跡は見つかったがそれだけだ。
コンパスはまだ反応して動いているので生きているのだろう。この古代都市が思った以上に複雑な構造な上に多種多様な怪物達が邪魔してくるので思ったほど進まなかったのもあるが、須藤が自らより深くへ進んでいるようだからだ。遭難者はその場からじっとして動かないというセオリーを知らないのか。危険に飛び込んで逆に生還するのはハリウッド映画の中だけだ。
思った以上に手間がかかりそうだった。
「ご飯ができたわ」
料理を担当していた三木の声に振り返る。罠を仕掛けていたベニオと蓮もちょうど戻ってきたのですぐに飯になった。
「ビスケットに果物もありますのでどうぞ遠慮なく。ビスケットは固いのでシチューに浸してお食べください」
三木を手伝っていた相川が何もない空間から取り出したデカいビスケットにフルーツの盛り合わせを置く。自称神は変態に便利なスキルを与えたようだ。
「三木さん、料理上手ですね」
「ありがとう。でもこれは材料が多かったから困らなかっただけ」
三木が作ったシチューは野菜ベーコンがゴロゴロ入っていて美味かった。濃い味付けが数時間走り(偶に飛ぶ)続けた体に染み渡る。
だが当の三木は数時間の間でちょっと痩せたように見える。料理前はもっと顔色が悪かったのでこれでもマシになった方だ。次からはもう少し速度を緩めよう。色々と罠やモンスターが出てくるから慎重に進まなければならないし。
食後はダラダラとし、見張りを交代で立てて休むことに。時間的にまだ早いのだが疲れている様子の三木は既に寝入っていて、他は横になっているもののまだ起きている気配がある。
最初の見張りを請け負った俺は窓際に座り周囲の建造物をただ眺める。
焚き火を見張る必要はなく、天井近くに浮いている蓮の光輪が灯りの代わりになっている。最初の頃は白熱球みたいだったのが今ではLED並だ。電子コンロ代わりにも使えてシチューの鍋は光輪で暖められた。ベニオの事を言えないぐらい便利になりつつある蓮だった。
「ずっと見てて飽きない?」
「少し」
暇を持て余したのかベニオが横に立って同じように窓の外を眺める。
俺は窓の一部を指で摘んで抉り取り、外に向かって投げる。三件ほど向こうの建物をウロウロしていたモンスターの頭に命中して弾けた。
「よく見えるわね。暗視で見ても分かりにくいのに」
「まあな。ところでこの街を見てどう思う? 何かおかしくないか?」
「地下都市として作られたのではなくて、元は地上にあった都市なんだわ」
「それだともっとおかしいだろ」
人探しで走り回っていたので真っ直ぐ下った訳ではないがかなりの深さまで進んだ。それでも終わりがまだ見えないとなればかなり大きな都市だ。それが無傷とまでいかないが多くの建造物が原型を留めたまま地面の下に沈没したとは考えにくい。地上顔を出していた建物の方が荒れて廃墟になっていた。
「泥が固まって壁になっていた部分もあるわ。都市全てを飲み込む程の泥沼でもあれば可能ね」
「そんな馬鹿でかいのとあるのかよ」
「トモヒコを見てるとあり得ないこそあり得ないと思えるわ」
人を不思議生物扱いだ。
「通った道の一部が洞窟だったでしょう。あれは多分、泥が固まって塞がった部分をモンスターが掘り進めたものよ。少なくとも自然にできたものじゃないわ」
「えーっと、つまり大昔に巨大な都市が足元に現れた底なし沼に食われて沈没して、モンスターが穴掘って道を作ったのか」
「そうね。問題は誰がそうしたかよ。巨大な都市を沈め、モンスターを解き放ったのがいるわ」
「マジで? もしいたら面倒だな」
ベニオの憶測に過ぎないが、不自然なのはその通りだ。ダンジョンでもないのにモンスターがわんさかいるのは巣を作ったりしていると考えれば納得できるが、こんな地面の中に生息する怪物にしてはバリエーションが豊か過ぎる。まだダンジョンモンスター内部にいたモンスター達の方が統一感はあった。
意図的に無秩序な生態を作っているのがいるのだろう。
ゲームだと復活してボスとして出てくるフラグだが、本当に出てきたら嫌だな。
「早く須藤を回収して帰りたいんだけど、あいつどこまで行きやがった」
「トモヒコの足で追いつけないのがそもそも考えづらいわ。コンパスの向きは?」
言われ、手に持っていたコンパスを見せる。
大まかな方向は変わってないが、細かく動いてる。
「囚われて移動している可能性もあるけど、一日中となると妙ね。モンスターならその場で食い殺すか餌場に運ばれるでしょうけど、移動時間が長過ぎるわ」
「何かに取り憑かれて夢遊病みたいに歩き回ってるとか」
「加えて移動を手助けしてるのかも」
うーん、更に面倒な話になってきた。休憩が終わった次の移動で捕まえられれば良いんだが。
モンスターが湧き出たり崩落する危険を無視して壊しながら行くか? でもそうすると他三人(相川は省いた)を庇いきれなくなる可能性もあるし、須藤が巻き込まれてしまうかもしれない。あと、遅れて進んでいる丹羽達も。
須藤に追いつく算段を考えていると、ベニオが窓から外を眺めたまま考え込むように黙り続けているのに気づいた。
「どうした?」
「……なんとなくだけど、見覚えがあるような気がするの。暗いから何か別のと見間違えて錯覚しているかもしれないけど」
「ふうん……記憶喪失なんだ、寧ろそういう勘違いが手掛かりなんじゃないのか?」
「そう、ね。ええ、そうかも」
「気になることがあったならその都度言ってくれ」
「ありがとう」
ベニオの感謝の言葉に俺はただ頷いた。
腹時計的に一夜明けた次の日、三木も慣れただろうし昨日よりもちょっと加速して俺は荷車を引っ張る。
「こ、この移動方法は何とかならないの!?」
「おっ、三木さんそう言いつつ慣れてきたじゃないですか。ジェットコースターだと思って気楽にしましょう」
「私の知ってるジェットコースターはジャンプもしないしモンスターが襲っても来ないんだけど!?」
喋れてる時点で余裕があるので速度は落とさない。寧ろ上げるか?
念の為乗客に確認しようと首を横に向けた時、視界の片隅で動く影を見つける。もう一度そちらを見ると、須藤だ。こちらに気付いておれず背を向け、奥へと進んでいる。
「見つけたァ!」
地面をより強く蹴って加速する。デカい崖を、正確には高層ビルのような巨大な建造物の側面に俺達がいて、向かい側のデカい建物の屋上に奴がいる。
「い、いき、いきなりどうしたの!?」
「犀川さま、少し激しいです」
「あれですか? 迷子さんですか?」
「ああ、いたわね。よくもまあ徒歩でここまで来れたわね」
荷車に乗ってるベニオ達も望遠鏡みたいな魔法を使い須藤の姿を確認する。
「須藤く――」
「跳ぶぞ! しっかり掴まってろ」
走って向こうまで行くのがもどかしくて荷車を持ち上げて向かい側に向かってジャンプする。頭上から悲鳴が聞こえているが、叫んでいられるうちは大丈夫だろう多分。
「跳ぶって言うか飛んでるに近いですね」
「最近、冷静ね」
「自分以上に慌てる人が隣にいると冷静になれますよね。何でか騒がない人もいますけど」
「私はほら、犀川さまの元クラスメイトですから」
「凄い説得力……」
悲鳴に混じって雑談する声が聞こえる中で崖を飛び越えて俺は建物の屋上に着地する。
流石に気付いた須藤がこっちに振り向き俺達の姿を見ると、走って逃げ出した。
「いや、何で逃げる」
荷車を担いだまま手を須藤に向けて腕を引く。局地的な向かい風が発生し、須藤が吹き飛ばされて床を滑りながらこっちに来る。
「よう」
足元まで来た須藤の襟首を掴んで持ち上げる。
「おあ、お前はッ! 三木まで、どうしてここにいるんだよ!」
宙ぶらりんで暴れる様子から元気そうだった。それに見た目も戦闘で多少薄汚れているが大きな怪我はなさそうだ。
「どうしても何もお前を探しにきたんだよ。ほら帰るぞ」
「俺はまだ帰らないぞ! この手を離せ!」
俺の手を須藤が掴んだ瞬間、唐辛子の調味料を触った感覚がおきた。
「な、何で効かない!? 大型モンスターだって動きを止めるんだぞ!?」
「そーゆー搦め手は効果ないんですよこの人。バッドステータス無効、みたいな」
一応効いてはいる。ただすぐに慣れるだけだ。
抵抗を続ける須藤に三木が説得を試みる。
「須藤くん、帰ろ?」
「断る! 俺にはやらなきゃいけないことがあるんだ!」
「こんな所でなにをするの?」
「……そんなの、お前達には関係ない! いいから離せ!」
火や氷などが発生して俺の手を突くが、全然痛くない。近所の悪ガキ達に体登られて捻られてるみたいだ。
「そんなこと言わずに戻ろうよ。 ここは危険だよ?」
「煩い!」
「女の子がこうして危険な場所まで来て心配してくれてるのに理由もせず邪険にするとかサイテー」
「煽んなよお前……」
蓮の煽りに須藤はただ険を濃くした。これでは余計に意固地になるだけだ。
「仕方ない。無理矢理連れ帰るぞ。誰か縛る物ないか?」
「何なんだお前! 俺のことなんかお前にとっては関係ないだろ! 俺は俺の意思でここにいるんだ、干渉する権利なんて無いだろ!」
「俺も俺の意思でお前を連れ戻そうとしてるんだ。とやかく言われる筋合いは無いな」
喚く須藤を無視して拘束するためにベニオから鎖とスキルや魔法封印の手錠を受け取る。縄って言ったのに何でこんな物持ってんだこいつ?
理由はどうあれ、現状に適している。このまま須藤を縛ろうとすると、足元の床が突然黒く染まりそこから銀色の鋏のような物が飛び出した。
鋏は須藤を掴む俺の手首を挟む。刃の部分が食い込む。一つだけでなく複数が黒い床から現れて俺の体を挟んで動きを拘束してくる。そして一つが須藤の襟を切って拘束を外した。
「こいつら……!」
拘束が解かれたことで逃げ出す須藤。
手足を振り回して鋏を振り払うと、黒い床の中から出てきたのは鋏状の顎を持った蟻に似た虫だった。外殻は銀色で金属質な光沢を持ち、高さだけでも人並みの大きさだ。
其奴らを引き剥がしながら須藤に追いつこうとした瞬間、俺達が立っている建物の屋上全てが黒く染まって大量の蟻が出現する。
視界を覆い尽くす蟻の群に構わず拳を振り上げると蟻達が吹っ飛んでいくが、既に須藤の姿はない。
後ろで三木の悲鳴が聞こえたので仕方なく今須藤を探すのは諦めて三木の周りにいた蟻達を蹴り飛ばす。
「こいつら硬いぞ!」
さっき殴った時もそうだが、外殻凹ませて転がるだけで、直ぐに復帰してくる。
荷車の上にすぐ避難した蓮が回転する光輪を投げつけるが、浅く切り傷ができるだけだ。
「硬すぎですよ!」
「一度ここから離れましょう!」
「犀川さま、三木さん、急いで!」
他の女子達も荷車の上に避難している。俺は三木を掴んでそこに放り投げた。
「須藤くんは!?」
「後だ! 今はここから逃げるぞ!」
さっきよりも力を入れて荷車のに群がろうとする蟻に拳を叩き込むと、派手にバラバラになる。だがすぐに後ろから別の蟻が波のように押し寄せる。
「掴まってろ!」
返事を聞かず、荷車を蹴って屋上の外へとベニオ達を脱出させる。一度蟻達を散らしてから追いかけようと算段を立てると、宙を飛ぶ荷車の上で相川がこっちに手を向けていた。
相川の手から空間が歪んだまま固定されたモノが発射されて俺の足元に着弾する。次の瞬間、空間の歪みが広がって建物全てを球状に包むと内部の空間がその状態のまま固定される。
コンラッドが使っていた空間操作を既に味わっている俺は空間が固定される瞬間にステップを踏んで効果対象から逃れ、時が止まったように動かなくなった蟻達を踏み台に荷車に追いつく。
「犀川さまなら大丈夫だと信じていました」
「え? えっ? 今の何? 何があったの!?」
「中学の同級生からのこの信頼感。地球でも何してたんですか?」
「体術で空間座標から逃げても別段おかしくないと思えるようになったわね」
姦しい女子達の乗る荷車を俺は掴んでその場から急ぎ逃げ出した。




