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第五十五話


 俺に攻撃を仕掛けて来たのは行方知れずだったクラスメイトの一人、葛西誠一だった。やけに古ぼけた刃の無いバタフライナイフを持ち歩いている変わり者で、時々手慰みにカチャカチャと回しているのを何度も見た。


「クソがぁ……化け物度が上がってんならガチでやっときゃよかった。腹イテェ……」


 その奇行と濁声気味の喋り方は感じが悪いので他のクラスメイトにも距離を置かれていた男だった。


「なにやってんだよお前は。他のクラスの生徒は一緒じゃないのか?」

「あぁん? ああ、首都にいる。武国って所のな。この山に来てンのは数人だァ」

「全員生きてんの?」

「死んだって話は出てねェから生きてンだろ?」

「先生は?」

「……自動迎撃マンになってた」


 意味が分からん。担任教師はただでさえ精神的ショックでボケ寸前だったので心配だ。

 不安に思っていると、別の場所から木が倒れていくのが見えた。

 ベニオと蓮が戦っているのだ。行かない、と……。


「おい、まさかアッチにクラスの誰か行ったのか? こっちで知り合った俺の連れもあっちにいる筈なんだけど?」

「マァジかァ。あっちは姐さんが行った方角だな」


 誰だよ姐さんって。


「下手したらお前の連れ、殺されるかもな。いや、粘ってるみたいだし、お前の連れならやっぱアレだから平気か」

「どんな結論だよ。もういい、後でな」


 色々と気になる事はあるが詳しい話は後にして二人の所に急ごう。そう思ったところで俺は膝と腰を曲げて頭を下げる。視界が地面に向いた後頭部から何か鋭いものが音も風を感じさせずに通り過ぎる。

 頭を下げた状態から即座に今度は体を逆に逸らして顎を上げる。下から刃が振り上げられたからだ。

 俺は剣を避けながら足で襲撃者を蹴り上げる。見てはいないが剣で受け止められたらしく硬い感触がした。

 互いに距離が取れたところで俺は相手の姿を確認しながら顎を撫でる。少し間に合わず少し斬られて血が出ている。

 襲撃者は黒髪ではあるが顔立ちや瞳の色から現地人らしい。鎧を着て二本の長さの違う剣を持っている。


「カイさんよォ、そいつ俺らの仲間だぞ。前に言ったろ、来てないのが一人いるって」

「えっ、マジ?」


 何者かと思ったら葛西の言葉で剣呑な雰囲気が消える。いつでも斬れるように隙は無いままだが。


「やっべ、危うく斬るところだった」

「おい、葛西。この人斬りはお前の知り合いでいいんだよな?」

「武国ヴォーダンの騎士だってよ」


 武国ってあの困ったちゃん国家か。騎士でこれなら確かにアレだが、今はそれどころじゃない。


「そうか、先行ってるからな」


 二人を置いて森の中を駆ける。三度目の邪魔はなく、バッサバッサと木が倒れていく場所に到着するとそこでは両腕と足に鎧を纏ったベニオと星の環みたいに光輪を浮かべている蓮が、大鎌を持った女に襲われていた。

 さっきから木を倒しているのは大鎌の女で、簡単に切り裂いている上に刃のない筈の柄部分でも切断していた。魔法的な力場が発生しているのか、鎌を振った後に目に見えない壁のようなあって攻撃を防いでいるようだ。

 それで、普通なら鎌女をすぐに止めるべきなのだが……。


「ヴィーネさん! ちょっと、落ち着きましょうよ! なんだか事情が違うそうですし!」


 少し離れた場所で鎌女に叫んで止めようとしている少年に見覚えがあった。見覚えっつーか葛西と同じ俺のクラスメイトだ。

 名前は一ノ瀬悠太郎。剣道部だったから矢張りと言うか腰に剣を下げて武装しており、以前よりも引き締まった顔をしているが真面目なのが幸いして苦労人っぽい感じが鎌女を止めようとしているところ時点で変わっていないと思わせる。


「違うもなにも、この女あの男と同じ装備よ! 絶対関係あるわ!」

「だからって問答無用もどうかと思いますよ! ああ、もうっ、こうなったらこっちで止めよう!」

「私は別に構いませんよ。フィーネさんとやり合うチャンスですし」


 一ノ瀬の隣には槍を持った金髪の少女がいた。困ったように剣を引き抜く一ノ瀬とは対照的に冷静でいて楽しんでいる雰囲気があった。

 クラスメイトの姿を続々と発見できたのは喜ばしい事だが、ベニオと蓮が絶賛ピンチだ。特に蓮。

 再会の挨拶は後にして、俺は鎌の女の前に鎌の側面に向けて蹴りを放つ。女は割り行った俺に即座に反応し体を傾け鎌を回転させ蹴りを受け流し、刃の先端を俺に向けた。

 反応が速い。その上大振りな武器で妙な器用さを持っている。

 人を輪切りにしようと迫る鎌の刃だが、指で挟んで受け止めようとも思ったが嫌な予感を覚えて肘と膝を上下から叩き込み挟んで受け止める。鎌から何か反発する力場が発生して見えない力が解き放たれようとしたが、力を込めて上下からそれを無理矢理押さえつける。

 力場の解放が不発に終わると鎌女は柄を支えに体操選手みたいに器用に俺の顔面に向けて蹴りを放ってくる。それを後ろに避けて鎌から離れると鎌女も同時に横槍を入れた俺から距離を取る。離れ際にしっかりと人の首を狙っていて、物騒な女だ。


「パイセン遅いですよ! 殺されるかと思った!」

「そもそも何でいきなり喧嘩になってんだよ」


 俺の登場に蓮が騒ぐので無視してベニオを一瞥し、すぐに視線を鎌女に向ける。今にでも切りかかって来そうな剣呑な雰囲気がある。


「穢れの魔獣が出たから倒したんだけど、いきなり襲われたの。私の武装がどうのと言っていたから、あの男絡みね」


 サゴスでコンラッドの味方をしていたストーカー臭のする男はベニオが両腕に纏っている鎧に似た物を装着していた。確かにこの珍しい装備を持っていれば関係者と思われるだろう。


「あんた、何者?」


 鎌女が鋭く俺に問う。こいつ、質問しといて隙を見せれば切って来そうな感じがする。さっき会った二刀流の男もそうだった。

 俺が答えようとする前に驚いた顔した一ノ瀬が慌てて駆けて来た。


「犀川!? ヴィーネさん、待って待って! 彼は味方だ。一人来てない仲間がいるって話したよね」

「あー、確かにそんなこと聞いた気がするわね。でも向こうの世界で仲間でもこっちでそうとは限らないんじゃない?」

「そんな……」


 ヴィーネの言葉に一ノ瀬が唖然とするが、他人事だからこそ言えるのかもしれないものの強ち穿った意見ではない。

 鎌女が一向に構えを解かない間に、さっき会った葛西と剣士がようやくやって来る。だらだらと歩いて止める気は一切ない感じだ。


「何でいきなり睨み合ってるんだ?」


 剣士が聞くと鎌女がベニオを指し示す。


「街を襲った襲撃者と同じ装備を持った女がいる」

「マジか? マジだ」


 武国の騎士は口調は軽いが極自然に剣を抜いた。


「同じ装備だからって仲間とは限らないだろ。詳しい事情は分からないが、その街を襲ったっていう男に関してはこっちも襲われて迷惑してるんだ」


 このままだとガチで戦う事になりかねないと思い、俺が説明する。ターゲットにされてるベニオは二人がいつ襲って来るか分からないので警戒するのに精一杯だし、蓮は離れて距離を取っている。


「二人とも落ち着いてください。このまま犀川と戦う気ですか。彼は敵じゃない」

「ほっとけよォ。寧ろ殺ってまェやァア!」

「煽ってどうすんの!?」


 クラスメイトである一ノ瀬は押しが弱いし葛西は喧嘩の野次馬みたいな感じだし、槍を持った知らない少女はただ事の成り行きを見ているだけだ。

 役に立たない学友達だ。仕方ないので俺が説得するしかない。


「メシューレ神殿に話を通して各地へ情報は行ってる筈だ」

「あったな。でも悪い、まだ目通してないんだわ」

「それに読んだら教会の言いなりになってる気がして嫌なのよ」


 宿題忘れた学生の下手な言い訳に似ていた。なんだこいつら。鎌女は知らないが一人は騎士だろうが。


「ああ、そう。だから国境越えてもいいと?」


 山を境にして神殿側と武国側の領地の線引きがされている。そしてこっちは明らかに神殿側のテリトリー内だ。


「ーーえ?」


 騎士の男が山の頂に振り返り、次に太陽の位置を見る。方角を確認したようだ。


「…………やっべ」




「今回の事は不幸な行き違いって言うか、お互い見なかったことに!」

「……そうですね」


 誤魔化すように朗らかに笑って宣った武国の騎士に、メシューレ教会の騎士は感情の抜け落ちた顔で答えた。関わりたくねー、という雰囲気がバリバリだった。

 本来なら国境を越えた挙句に戦闘まで吹っ掛けてきたので国際問題になるのだろうがここは地球じゃない。その辺りのルールは知らない。それに襲われたのは他所者だからな。

 だがそんな真っ当な考えが吹き飛ぶぐらいに、よく切れるナイフに触れたくないオーラを感じる。


「お前みたいな国だな」

「アアァン? 喧嘩売ってるだろうテメェ」


 葛西が盛大に舌打ちし、刃のないバタフライナイフを回す。相変わらず何もしてない時はカチャカチャとナイフの柄を鳴らしていた。

 まあ元から葛西から詳しく聞こうと思っていないので一ノ瀬に向き直る。向こうで大人の会話をしている間にクラスメイト達の状況を聞く。


「それでお前らどういう状況? ちゃんと全員生きてる?」

「生きてるよ。武国にお世話になりながらそれぞれ自分の力を使って人の役に立ってる」

「人の役にねぇ……。紅緒はどうしてる?」

「ああ、彼女は……うん、まあ……実は厨二病だったんだね」

「いや、寧ろそれが素」

「マジかー」


 マジだよ。後ろで名前を借りたベニオが嫌な顔をしているのが見なくとも分かる。


「ここに来てるのはお前ら二人だけか?」

「穢れの間切りでね。武国でテロ騒ぎがあって警戒しないといけないんだけどこっちも放っておくと増殖して手遅れになるから少数精鋭でさっさと処理して早く戻って来ようって事に」


 ベニオのストーカーが武国でテロっていたらしいのはさっき聞いた。コンラッドといいストーカー野郎といい、色んな所で事件を起こしている。


「犀川はどんな調子? 可愛い女の子二人も連れてるみたいだけど」

「記憶喪失なのを拾って、ちっこい方は何か付いてくる。まあ成り行きだな。お前こそ連れがいるじゃねえか」


 そう言って同じ学校の野郎三人で立ち話している所から少し離れた場所を見る。女四人が二組に分かれて向かい合ったまま一歩も動かない。別に武器を取り出して緊迫した空気という訳ではないが、勘違いで戦ったせいか若干気まずい。

 ヴィーネとか言う鎌使いの女は素知らぬ顔で、槍を持った少女は最初から傍観を貫いている。

 槍の少女は振り向いた一ノ瀬の視線に気付くと微笑みを浮かべた。


「……あれってお前の彼女?」

「エルサって名前だよ。彼女とは別に正式に付き合ってるとかじゃないけど……」


 曖昧な言い方だったが少なくともそれに近い関係に見えた。日本では部活に集中して恋人とか作らず汗臭い青春を送っていた筈なんだが、異世界に来た途端にこれである。


「あンなの男女交際じゃねえだろうがぁ。殺し合ってるようなもんだろ。初対面で腹をブッ刺してきた女を手元に置くのか理解できん、鍛錬とか言ってガチで殺しに行ってやがる」

「マジかよお前」


 葛西の言葉に思わず一ノ瀬とエルサという名の槍の少女を交互に見る。目を逸らした一ノ瀬の反応からマジのようだった。


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