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第五十四話


 翌日、メシューレ神殿が用意した馬車に揺られて山の麓にある砦にまで移動した。

 メシューレの領地は広くない。だから朝出発して太陽が頂点に昇る頃には到着した。これを遅いとか遠いとかではなく、案外近いと思ってしまうのは今までの馬車の移動で慣れてしまったからだろうか。

 何であれ砦では守将が俺達を歓待してくれた。本気で嬉しそうにしているので実はかなり追い詰められていたのではと思ったが、ちょっと方向性が違った。


「あの国とは常に情報を密にしてやり取りしておきたいのです。向こうからの旅人や商人、傭兵からの情報は貴重なので。それが穢れが発生してから人の行き来が減ってしまって」


 少し遅めの昼飯をご馳走になった後に聞かされた話、というか愚痴を聞く限り山を挟んだ向こうの国は本当に困った手合いらしく詳しい事は分からないが敵対してないものの目を離したくないらしい。

 地図を見る限り大陸の大小様々な国がある。ドラグノル公国は内部に独立性の高い領主貴族が沢山あったが、それの拡大版のようなものだ。そんな諸国の左端にメシューレ神殿があって大陸の西側の窓口になって中央と南側と繋がっている。自然と影響力のある立地にいるあたり宗教は強かだ。

 そんな強かな組織が面倒だと思う国って何だよ。

 まあ、そんなお上の話は俺達と関係ない。働かざるもの食うべからずと言うし労働に勤しむ。

 砦の騎士と兵士達が道案内兼お手伝いと同行し俺達は山へと入って行った。

 穢れというのはダンジョンのような空間を作るが、地上に浮かんでいる場合もある。正確には地上にポッと現れて周囲に悪影響を与えつつ数日するとダンジョンを作りモンスターを発生させるらしい。

 神殿でオットー騎士団長に見せて貰った地図よりも数が増えていた穢れを潰すのが俺の仕事な訳だが。


「面倒臭ェ。俺が突っ込んで壊してくるから地上は任せた。夕飯までには帰ってくるから」

「行ってらっしゃーい」

「壁抜きは多様しないで。あんまり壊すと地殻に影響が出る可能性もあるし」


 魔法のコンパス片手に言うとベニオと蓮は普通に見送って、付いてきた騎士達は――えっ? という顔をした。

 穢れがダンジョン作っていてもこっちには目的の場所への道や方角を教えてくれる魔法のコンパスがある。コンパス見ながら走ってモンスターを轢き殺しながら進めば一時間もしないうちに最奥だ。

 穢れは蝋燭に灯る黒い炎というか、水の中でも燃え続ける炎とそこから発生する泡のような奇怪な現象としてあった。

 取り敢えず両手で挟んで叩き潰すと消えてなくなった。手応えがブリジットやヴェラに取り憑いていた存在と酷似していた。

 転移者でしか壊せないという点からやはりコンラッドと関わりがあるのは間違いない。正直腹が立つので会いたくはないが、顔を見たらぶん殴っておこうと改めて思う。

 だいたい五件ほど穢れを潰し、地上で増えた穢れを蓮が切り裂く頃には日が落ちてきた。ついでに発生した穢れ産のモンスターを駆除しながら砦に戻れば夕方になっていた。


「何だか学校でやるボランティア活動で町のゴミ拾いと似てますね」


 砦の食堂で夕食を食べていると蓮がそんな事を言い出した。分からなくもないのが微妙な気分にさせられる。

 近くの村がモンスターの災害から避難する時に買い取ったという羊の肉を飲み込んでから俺は嫌そうな顔をする。それが伝わったらしい蓮は葡萄を搾ったジュースを片手に笑う。


「ああいう行事にコキ使われるから嫌だ。町内会でも散々なぁ……菓子や飲み物が出るだけ学校のよりマシだけど」

「むしろトモセンパイを使わない方が勿体ないですよ」

「お前は適度にサボってそうだよな」


 俺の指摘に蓮は目を逸らした。そして露骨に話題を逸らすために話を変え始める。


「そういえば、トモパイセンってクラスメイトの方を探しにここまで来た訳ですけど、どんな人達なんですか?」

「それは私も気になるわね。皆、トモヒコみたいに変なのかしら?」

「変ってオイ。普通だ普通」

「えー、本当ですかぁ? 正直に言ってみてくださいよ。学園モノの有り得ない個性満載なクラスでも驚きませんから」

「そんな訳ないだろ。ただまあ、良いも悪いも関係なしにクセのあるのがいたな」

「どんな人達なんです? 空飛んだりビーム撃ったりするんですか?」

「するわけ無いだろ。だいたい、大半は普通の生徒で変なのも空気読めなかったり思春期の病気引き摺ってるだけだよ」


 頭は良いが協調性が皆無な奴、授業中にも関わらず刃の無いバタフライナイフを回している奴、この世に秘密結社が無いのを本気で憂いている奴、学校に堂々とアニメ雑誌を広げる二枚目、一見まともだが竹刀持たせると殺気立つ奴。

 普通にしてれば変なだけで別に害は無い連中だ。学校もコイツらバラけて配置するより一箇所に集めて相殺させようとしたんじゃないだろうか。

 ただ普通じゃない事態に巻き込まれる魔法なんてある世界に来てしまっているからちょっとその辺り羽目を外していないか心配が無いこともない。


「なんか怪しいですね。あっ、そうだ。ベニオさんの名前の元ネタの人もいるんですよね。どんな人なんです?」

「普段は猫被ってる。まあ、普通に接してれば問題ない」

「普通じゃない接し方だったら?」

「夢に出そう」

「なに言ってるんですか?」


 蓮が首を傾げるが俺も何を言っているのか分からない。紅緒は別に喧嘩が強いとか相川のように怪しい訳ではないが、得体の知れない迫力があるので言葉で表現しにくかった。

 そこまで思い出してから肝心な事を忘れていたのに気付いた。


「運良く再会したらそれはそれで紅緒とベニオで区別がつかないな」

「その時は名前を変えるわ」

「軽っ」


 あっさりと名前を変えると言ったベニオに蓮が驚く。


「仮とは言えずっと使ってきた名前なんですから愛着とかないんですか?」

「無いわ。そもそも名前とか考えるのが苦手だからトモヒコの寝言から拝借しただけだもの」

「寝言、から?」


 蓮の関心がこっちに来た。


「詳しくお願いします!」

「近所。向こうは猫被ってる。近所のおばちゃんにいい顔してるだけ。その一環」

「なんでそんな無表情で淡々と語るんですか。怪しい!」


 怪しいも何もその通りだし、俺からすれば敷布団ごと取ってくるババァに並ぶ安眠妨害の悪魔だぞ。それ以外の付き合いは今ではほぼ無い。そのくせ朝から機嫌悪いと外で回収した蝉を乗せてくるなど八つ当たりしてくる。これは敵だろ。

 ただ言ったところで通じなさそうなので、蓮を無視してベニオ(仮)の名前について話を戻す。


「それでどうする? あのストーカー言ってた名前が嫌ならまたどっかから名前を拝借するか?」

「ジェーン、と言っていたわね。名前が嫌ではなくて、こっちの記憶が無いのを分かってて妙に馴れ馴れしいあの男の言う通りに名乗るのが嫌なの。それに嘘の可能性もあるわ。だから記憶が戻るか何か確証があればジェーンと名乗るわ」

「そうか。じゃあもう暫くはニュアンスの違いで区別しないとな」


 紅緒とベニオ。まあ、なんとなくで区別出来るだろ。万が一の時は紅緒を日下部と呼べばいいだけだし。


「しかし、こうしてクラスメイトの話題が出ると段々と心配になってくるな」

「オチは? というか私の質問に答えてもらってないですよ!」


 どうしたって普通じゃないクラスとしている蓮を無視して俺は良く焼かれた羊の肉を食べる。すき焼きにして食べてみたいと思った。




 翌朝、早速穢れ潰しを再開する。昨日は予測していた以上に穢れが増えていたので少なくとも午前中は新たに発生した穢れ探しになった。それで役立つのが魔法のコンパスだ。


「この方角に穢れは?」

「以前の偵察では何も」

「なら新たに発生した可能性があるな。どうせ近くに大きな穢れもあるからついでに寄ってみよう」


 穢れの位置を書いた地図の上に魔法のコンパスを置いてみれば空白部分に針を向ける時がある。そこを調べると新しく発生した穢れを発見できた。


「本当、探し物に便利ですねそれ」

「持ち主であるトモヒコの直感と感覚の鋭さでレーダーみたいになってるのよ」


 魔法のコンパスと言えどそこまで制度があるのかと戸惑い気味だった兵士達だが、実際にいくつか見つけると信じてキビキビと道案内してくれるようになった。

 そんな大きな山ではないが、土地勘がない身としては方向だけ分かっても地形上遠回りになる可能性もあるので山に詳しい彼らの案内は頼もしい。

 俺一人で突っ切るということも出来たが、それをやると森に被害が出てモンスター達はともかく野生動物が混乱し、あまり騒ぎが大きくなれば向こう側の色々と困る国が警戒するかもしれない。

 砦の騎士からも国境線は絶対に越えないように固く釘を刺されている。

 まあ、そんな訳で慎重に森を進みながら穢れのある場所を探し、時間のかかるダンジョン化した穢れを俺が潰している間に蓮が地上の穢れを処理するというのが現在の流れになっていった。

 そうしていくつかの穢れを潰し、昼飯と休憩を取るため俺達は立ち止まって火を起こした。残念ながら野生動物は麓の方まで逃げるか魔獣化したかで現地調達は難しかった。

 ただ兵士達が色々と持ってきてくれていたので新鮮な肉がないだけで特に困らない。

 手伝う隙もなくテキパキと準備をする兵士達を見ながら俺は手頃な石の上に座ってその様子を眺めた。ちなみにベニオと蓮は花を摘みに行った。ここで女子はあの二人しかいないので見張りもまた互いに分担していた。


「魔法で冷やした水です。どうぞ」

「ありがとうございます」


 飯の準備とかその他色々とやってくれている上に兵士の一人がよく冷えた水を持ってきてくれた。それにお礼を言うと、兵士は恭しく頭を下げて離れる。

 教会所属の兵は矢鱈と礼儀正しい。今まで見た兵隊は正しく兵隊と言えるような固さだったが、メシューレ教会側はまた別の堅物さが感じられる。

 国ごとの特色に面白いなーと思っていると、森の奥が騒がしくなった。木が倒れる音が聞こえて地面を軽く揺らしたのだ。

 音がした方向は用を足しに行った女子二人が向かった先だ。


「俺が行ってきます。皆はここで警戒してください」


 音に反応して手を止めた兵士達に言ってから俺は地面を蹴って高く斜めに跳び上がる。いくつかの木々を飛び越えて、上から二人の姿を探す。

 姿は見えずとも次々と木が倒れていくので場所はすぐに分かった。適当な木を蹴ってそちらに向かって跳ぼうとした瞬間、森の中からガラスが飛んできた。


「あん?」


 指で挟んでそれを受け止める。直後に掌サイズのガラスが爆発した。

 地味に痛い。しかも、刺さりはしなかったが爆散して細かくなったガラスがまた爆発を起こした。これ、刺さって爆発したらエグいことになってただろう。

 地面に着地して埃を払って周囲を観察するーーまでもなく全方位にあのガラスが囲んでいた。一斉に俺に向かって飛んでくるガラス爆弾。

 俺は地面を思いっきり踏みつける。衝撃で周囲の地面が波打って勢いよく上に噴き出、ガラスは土の壁に揉みくちゃにされて連鎖で爆発を起こす。

 ガラスを処理した後、俺は地面がひっくり返った煽りで倒れ落ちた木を掴んであっちにいるなーと思った方向へと舞い上がった土が地面に戻ったタイミングで投げつける。

 ボーリングのピンのように倒れていく木々の中、人影が倒れる木の中から飛び出した。

 人影に向かって手を伸ばし、空気を引くと俺の方に向かって風が吹いた。


「うおおおおぉぉいっ!? 何だこりゃァ!?」

「あっ――」


 怒声か悲鳴かツッコミか分からないダミ声を出して風と共に来るその人物を見て俺は拳を握った手を止める。代わりに腹へ直蹴りする。

 カエルが潰れたような声を出して転がるソイツ。地面を何度もバウンドして倒木にぶつかり止まればすぐに起き上がった。


「化け物がァ! テメェ、より化け物になってんじゃねえかッ!」

「いや、そもそも攻撃してくんな」


 襲撃者は俺のクラスメイトの一人、刃のないバタフライナイフを持ち歩いている変人の葛西誠一だった。


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