第五十三話
須藤をそのまま入り口に放置して、俺達は騎士に案内され会議室へと入った。
部屋の中には老騎士とドロシーの婆さんが座って俺達を待っていた。
「早かったね。あのヤンチャ坊主はどうしたんだい?」
「殴られ疲れて医務室で寝てる」
「そうかい。それより座るといい。あっ、クッキー食べるかい?」
婆さんは聞いておいて興味なさそうに返すとクッキーが大量に乗った皿を差し出してくる。近所の婆さんと同じ行動だった。
「ありがと」
「どうも」
「ありがとうございまーす!」
皿ごと受け取って蓮の前に起き、椅子に座る。会議室の中、しかも偉い人二人と対面しているのに緊張感がないが、騎士団長と呼ばれていた老騎士も特に咎める様子がないからだ。
俺がクッキーを一口取って食うと、思ったよりも軽い空気もあって蓮も素早くクッキーを頬張る。
砂糖ではなく花の蜜を使っているのか新鮮な甘さのクッキーだった。
俺達がクッキーを一枚食べ終えたタイミングで
「呼び出しに応じてくれて感謝する。私は神殿騎士団団長のオットー・ファインデルだ。実は君達に頼みたい事があって来てもらった」
「暴れて天井とか壊してしまったんで、できる事なら協力しますよ。俺のクラスメイト達の行方も探してもらっているし」
偉い人が俺を呼ぶのは大体腕っ節を買ってのことだ。そのぐらい俺でも想像ができる。
「先程の騒ぎについてはもう終わった事だとこちらでは認識している。修理費は出して貰おうかと思ったが、その必要もなくなったからな」
「お嬢ちゃん、便利な力持ってるね。今度老朽化した大聖堂の修繕を頼みたいんだけど」
「マクレギス殿……」
ファインデル騎士団長に言われ肩を竦めるドロシーの婆さん。この場にいるのに部外者のような態度だ。
「それで頼みたい事ってなんですか?」
「穢れの駆除だ。君達の活躍はこちらでも耳にしている。その力を見込んで神殿都市近辺に発生した穢れやそれによるダンジョンの破壊をお願いしたい」
まあそんなところだろうと思っていると、菓子頬張っていた蓮が手を上げながら質問する。
「それならどうして朝の会議の時に呼ばれなかったんですかー?」
「おい、蓮」
笑みを浮かべながらだが明らかに嫌味だったので俺は蓮を注意する。そんなことで揉めたくない。
「あれは元から予定していたもので昨日来たばかりの君達には関係のないものだ。気になると言うのなら後で会議記録を見せよう。それに――」
そこでファインデル団長は言葉を一旦切った。
「失礼だが俄かに信じられない話だったからだ」
「あ、ま、まあ、そうですよね……」
「短い期間にどれだけ厄介ごとに巻き込まれているのか、その不運が信じられない」
「えっ、そっちですか?」
異世界来てからの俺の行動は移動以外基本的に寝てるか殴ってるかだけだからな。一応、情報収集もしていたが成果は薄い。
「しかし先程の一件で実力の程は確認できた。改めてお願いしたい」
「場所は?」
俺が聞くと団長は神殿都市とその周辺諸国の範囲まで載っている地図を広げ、いくつかの駒を乗せていく。
「既に耳にしているだろうが、各地でモンスターが大量に発生している。その原因が穢れだ。穢れとは我々がただそう言っているだけで正体不明の存在だ。学者連中は特殊な力場の核とか言っているが」
会った大司祭も穢れがどうのこうの言っていた。
「モンスターが大量発生している原因と言っているけれど具体的には? ダンジョンコアとは違うのかしら?」
ベニオが穢れについて詳しく聞くと団長は渋い顔をした。どうやら正体不明と言っているだけあって分かっている事は少ないようだ。
「穢れは周辺の環境を劇的に変え、モンスターを生み出す。ダンジョンコアに酷似しているが、最大の問題は転移者しか破壊できない事だ」
「何をしても? 破壊はできなくとも封印などは?」
「何度か試みたが無理だった。穢れの汚染拡大を遅くするぐらいだ。なので穢れについては君達転移者に頼むしかない。これが現在判明している穢れの場所だ」
団長が地図の上に黒い小物を置いていく。途中から数えるのを止めたが三十近くはあった。穢れの場所は諸国を割るように伸びた山脈を中心に発生していて明らかに山が怪しい。
「調査を行おうにも穢れが多い。山はさほど険しくもなく行き来は簡単に出来たんだが今は多くのモンスターが徘徊する危険地帯だ。麓にいくつか村もあり、退避させた」
「この山の穢れを何とかすれば良いんですか?」
「正確には隣の国に繋がる道周辺のな」
山脈を国境線にして隣には別に国がいくつもあるようだ。だが穢れから発生するモンスターのせいで行き来が難しくなったらしい。行けるには行けるが、神殿都市も余裕がないので戦力を割きたくなく、遠回りで迂回しては時間がかかる。
なので要は邪魔な穢れを壊してついでに向こうの国の道を確保して欲しいそうだ。
団長の説明が終わると婆さんが口を開く。
「悪いね。どうにも人手が足りなくて困ってるんだよ。私らじゃ穢れはどうにかできないし、モンスターから都市を守るだけで精一杯なのさ。元々戦える人が少ないからね」
「こっちも人探しをしてもらってるから、別にいいよ」
「ああ、その件にも関わるんだけど向こうの国には教会が把握していない転移者がいる可能性が高いんだよ。穢れ退治は決して無駄にならないさ」
それってつまり結局は後か先かの話ってだけじゃないのだろうか? いや、何だかんだで教会の世話になってる訳だし別に何か引っ掛かりがある訳じゃない。
それに世界の外様である俺達が国境を越えて活動するには矢張り伝手が要る。その報酬の為と思えば別にこのぐらい何ともない。
「じゃあ、明日にでも行ってくるんで」
「せっかちだねえ」
「今日一日休んだら十分だから」
「ではこちらも明日の朝までには準備をさせておく。それと、山の向こうには行かないよう注意してくれ。教会でも転移者の有無が可能性止まりなのには訳があるんだ」
「敵対してるって事ですか?」
蓮の質問に団長は苦い顔をして顔の皺をより深めた。
メシューレ教会は各国に影響力を持っているのは散々目にした。そんな教会に友好的でない国とは穿っている。別の宗教でも信仰していて敵対しているのかもしれないが、流石に宗教戦争には巻き込まれたくない。
「敵対していない。ただ何と言うか、油断できない国なのだ」
「困ったちゃんなのさ。あのカミナリ坊やみたいなね」
何処の世界だろうと、扱いに困るのは居るということか。
それから段取りを軽く打ち合わせを終えて広場に戻って来ると、須藤が待ち構えていた。姿を隠したまま。
「あれ? もしかしてさっきの人まだいるんですか?」
俺とベニオを見て気付いた蓮が周囲を見回す。今度は離れた距離から観察しているので分かりづらいのだが、蓮の動きに慌てて柱の陰に身を隠したせいで不自然な布ずれの音が聞こえていて台無しだ。
「変な人ばっかですねココ。あんまりしつこいとキモいです」
「保護者どこ行った保護者は」
三木の姿を探すと、噂をすればかその姿を発見する。誰か探しているらしい素振りを見せていた向こうも気付いて俺達に近づいて来る。
「犀川くん。丹羽くんとの喧嘩見てたけど、あんなに強かったんだね」
蓮の望遠鏡で三木も見ていたようだ。ただ本題は別にあるらしくすぐに話を切り替える。
「ところで須藤くん見なかった。二人の喧嘩が終わると何処かに行っちゃって」
「あー……見てないな」
明後日の方向を見ながら須藤が姿を隠して隠れている場所に向かって親指で空気を弾く。小さな悲鳴は上がったが、それでも姿を現さない。でも声が聞こえたので三木が反応する。
「今、須藤くんの声が……」
「したなぁ」
今度はベニオが指を鳴らすと、突然須藤の透明化が無効化されて額を手で押さえる姿を発見する。
「なっ――」
「須藤くん? え、突然現れたような……?」
三木が驚いている中、バレバレだった事に気付いた須藤が俺を睨む。あー、同年代からのこんな視線懐かしい。地元じゃ反骨心が服着てる不良どもでさえ俺を睨むなんてことしなくなった。だからって完全に愉快とは思わない。
「お前、どうやって丹羽に勝ったんだ!? 何かのアイテムか? それとも隠蔽スキルか?」
「鍛えた(特に鍛えていない)拳で」
「巫山戯るなッ!」
巫山戯た生き物とか言われた経験は何度もあるが、別に巫山戯てはいない。
「だいたいお前、逆の立場だったらお前は素直に答えるのか?」
「……当然だ」
「…………」
「うわぁ……」
「ここの転移者ってメンタルが独特に強い子ばっかりね」
思った以上に図々しい奴だった。透明になって尾行したり、一瞬言葉を躊躇った癖に最後の部分は堂々と言い放った。完全に開き直っているのか誤魔化せたと思っているのか、或いは両方か。ベニオの言う通りある意味精神が強い。
「――ハッ、そうか。その女がお前の力の秘密か!」
須藤がベニオを指差す。
まあ、ダンジョンの更に地下で封印されてた奴だからゲーム的に言えばヒロインかキーキャラクターな立ち位置だ。実際、なんでも出来るスペックを発揮してるし。
「違うわよ。トモヒコが変なのに私は一切関与していないわ」
「なんか怒ってない?」
「理不尽な存在な理由にされたら誰だって怒るわ」
それって俺が悪いのか?
「言う気はないってことか……チッ」
「あっ、須藤くん!? ごめんなさい、犀川くん。私が言っておくから」
誤解したまま須藤は踵を返して去って行き、三木は頭をこっちに向けて下げてから急いで須藤を追って行った。
「いやぁ、本当にトモパイセンはイベントに事欠かないですね」
「イキイキすんなよ……」
楽しそうにする蓮に溜息を吐き、俺達も広場を後にする。
通路を歩きながら、今更ではあるが二人はどうするのか聞いた。一応、目的地に到着して後は結果待ちの状態だ。クラスメイト達を探すのは俺の都合なので、別に穢れ掃除に二人が付き合う必要はない。
「ここに私を置いていかないで欲しいです」
「……そうだったな」
蓮の切羽詰まりすぎて鬼気迫る勢いのある顔に思わず頷く。
相川がいる。俺が不在中に蓮へアプローチをかけないとも限らない。
「私は穢れに興味があるから行くわ。コンラッド達と何か関わりがあるかもしれないし、それだと私の記憶に関係あるのしれないから」
「ストーカーっぽいのもいたしな」
サゴスで戦ったコンラッドと仮面の男、ベニオの事を知っていたストーカーにドラグノル公爵の槍を持っていた鎧野郎。異質な力を持った連中は世界の混乱について思わせぶりな事を言って逃げた。
各地で発生しているという穢れにも関わっている可能性はあるだろう。
「明日出発だし、早めに飯食って寝るか」
「パイセンパイセン! ここって大浴場あるそうですよ。それに香油を使ったマッサージもしてくれるって!」
風呂とか美容マッサージに興味津々なのは女なら誰でもそうだろう。俺も手足を思いっきり伸ばせそうな大浴場に興味があった。だが同時に引っかかりも覚える。
「それさ、誰から聞いた?」
「誰からって、ここのシスターさんから」
「そのシスターが相川の差し金である確率はどのくらいだろうな?」
「えぇ、いやそんなまさかぁ……マジ? ここって宗教施設だし、まさか異国のトコでそんな……」
「そんなの気にする手合いだと思うか? 林間学校でもアレだったんだぞ」
俺の話と相川の取り巻きである女子達の様子を思い出した蓮は顔を青褪めた。
「ハッ、そうだパイセンを生贄に!」
「止めろ。マジで」
「仕方ないから浴槽を部屋に運びましょう。温度調節な簡単だから」
「じゃあマッサージの人も呼びましょう」
「ホテルじゃねえんだから……」
流石に駄目だろと思っていたのだが、一時間後には謎の交渉力でベニオと蓮はそれらの手配を完了してしまっていた。ちなみに水の張った浴槽や色々と必要な道具は俺が運んだ。




