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第五十二話


 やっちまった。天井に穴開けちまったよ。細かい模様が彫られたアーチとかじゃなくて良かったが、弁償代は幾らになるのか。てか手持ちってどの位あったっけ? 足りるか?


「金、どのくらい掛かると思う?」


 天井から生えたブラブラと揺れる丹羽の足を指差す。


「医療費ですか? 払わなくて良いんじゃないですか?」

「じゃなくて天井。穴空いたろ」

「ああ、そっち。確かにそこはごめんなさいしないといけませんよね」

「直すだけなら何とでもなるわよ。ただ神殿内で暴れた落とし前はどうなるか分からないわね」


 メシューレ教会への詫びはどうするかベニオと蓮に相談すると、丹羽の取り巻きである生徒達が騒ぎはじめる。


「おい、ヤベーって。丹羽がキレるぞ。そうなったら手がつけられなくなる」

「お前、どうしてくれるんだよ! 死んだって知らねーからな!」


 妙に慌てながら、彼らは俺から距離を取る。丹羽なら天井の中で気絶してる筈なのにこの後すぐ暴れてくるのを警戒しているようだった。

 疑問に思っていると今度は須藤と三木が焦りを見せた。


「大変っ! 早く逃げて!」

「放っておけ、自業自得だ! 巻き込まれるぞ!」


 忠告する三木の腕を掴んで須藤が離れていく。そんな彼らに蓮が声をあげる。


「あれー? 一体どうしたんですか?」

「どうしただって? お前らが半端に丹羽の奴を怒らせたんだ。何をやったか知らないが、あの程度の力で調子づきやがって。俺達を巻き込むな!」

「えー……」


 須藤達の学校の生徒は俺達から離れていく。他の広間にいる人らは単純に喧嘩から距離を取る。俺の周囲にいるのはベニオと蓮、あと相川。


「おい、お前が煽ったからだろ。どうなってんだ?」

「私が浅慮だったのは謝ります。ですけどお慕いしている殿方がこうも過小評価されたら私でも頭にきます」


 とか何とか言いながらヨヨヨと俺にしなだれ掛かろうしたので避ける。


「ヤベーヤベー言ってますけど、あんな有名な推理小説のパロみたいな刺さり方してるの何がヤベーのか」

「絵面が既に前衛芸術みたいだからじゃないの?」

「取り敢えず抜くか。あんなの刺さりっぱなしはここの人らに悪いだろ」


 そう思って改めて天井に刺さった丹羽を見上げる。すると丹羽の足先がピクリと動いた。直後、気絶していると思っていた丹羽が動いて自ら天井の穴から顔を出す。

 指を天井に食い込ませて引き抜いた丹羽の頭には細かい破片で薄汚れていてが、埃だらけになった前髪の隙間から赤色に爛々と輝く目が俺を睨みつけていた。髪もよく見たら埃で白くなってるんじゃなくて完全な白髪になっている。


「何だあれ? まさか色素抜け落ちるほどショックだったのか?」

「違うわ。あの赤いマナ関係しているんだと思うけど、ステータスが急上昇してる」

「白髪赤目に変身してパワーアップ? 男子ってそういうの好きですよね」

「あれは丹羽さんのスキルのルベド化です。暴走状態とかキレたとも言いますけど」


 元凶の相川が解説するが、ルベドって何だよ。


「ルベドって何だ?」

「聞き覚えあるような無いような。確か色の名前だったような?」

「赤って意味よ。それよりも来るわね」

「あー、下がってろお前ら」


 巻き添え回避の為に女三人を後ろに下がらせようと掌を向けてあっち行けのジェスチャーをすると、丹羽が天井から指を離して落ちて来る。そして落下しながら赤い稲妻を俺に向かって落とした。

 蚊を叩き潰す感じで両手を叩いて稲妻を潰す。稲妻の余波と言うか雑に範囲が広かったので途中で枝毛みたいに別れた稲妻が俺の後ろにいた三人を襲うがベニオは魔法陣を展開して吸収、蓮は大きさの違う光輪を重ねる事で円形の盾で受け止め、相川の周りだけ空間が歪んで稲妻が奇妙な曲がり方をして逸れる。

 赤い稲妻を放った後、丹羽が俺に向かって踵を落として来た。俺はそれを避けて手を伸ばし、奴の顎にデコピンする。

 その衝撃で丹羽は白目を向いて気絶する――が、直ぐに目を覚まして床に着地すると回し蹴りを放ってきた。流石に顔に靴が当たるのは嫌だったので腕でガードすると赤い稲妻がバチバチなって周囲を破壊する。


「あっ、お前それ止めろよ。壊れまくりじゃねえか!」


 柱に当たって一部が壊れるのを見て慌てる。


「余裕ぶっていられるのも何時までかなッ! ぶちのめジィッ」


 次はもうちょっと強めに頭を殴ってやる。医者からお墨付きの万能パンチではあるが、さてどうだ?


「――ブッ殺す!」


 効かないか。どうやらデバフ消去のみらしい。それよりも、さっきから気絶させているのに直ぐ復帰するのはどうしてだ? ルベド化というのに原因があるんだろうが、どうやって暴れるのを止めようか。


「オラァッ!」


 丹羽が赤い電気を剣の形にして拳を放つと同時にそれを撃ち出してくる。それを何度も繰り返すラッシュをしてきたが、手で適当に捌いて丹羽の拳を掴んで受け止める。

 掴んだまま上から力を込めれば、丹羽は床に膝をついて動けなくなる。


「き、貴様ァ!」

「だからそのバチバチ止めろって。俺に効かねえし無駄に物壊すだけだっての」


 丹羽の体から放出される赤い電気が床や柱を破壊する。空いた手で掴んで潰してはいるが限度がある。気絶させても直ぐに復活するし、例えば手足を潰したとしてアドレナリンが出まくってそうな丹羽が止まる気がしない。

 困っていると、俺達の周りに三本の棒が床に突き刺さった。そして赤い電気がそっちに流れていく。後ろを振り返るとベニオが籠手を出してそこから棒を作り出して投げたようだった。

 丹羽の体から発せられる電気はこれで外の物を破壊しなくなった。代わりに俺と丹羽がいる棒を点に作られた三角形の枠内は電気がバチバチ充満しているが。


「これ以上暴れられても困るから」

「悪いな。ついでにこいつどうにかならないか?」

「私のでふん縛ってみます?」


 蓮が光輪を連ねた鎖を出現させるが、それは切れ味鋭すぎる。蓮の光輪を作るスキルは想像力次第で色々と応用できるが、触れたら切る勢いで鋭いので捕縛とかに向いていない。


「相川、お前が原因なんだから何とかしろ!」

「そんなっ、私は事実を言っただけですのに」

「…………」

「ほんのお茶目です。もうそろそろ来ると思いますので、お任せしましょう」


 相川がそう言った直後、広間の一番大きな扉が開いて甲冑に身を包んだ神官騎士を先頭に大勢が現れる。会議に参加していたのと警備の騎士達だろう。


「これは一体何の騒ぎだ!?」


 先頭に立つ白い鎧の老騎士が怒気を露わに広間を見渡し、俺達を睨みつける。名前は知らないがデラック帝国で見た将軍と同じ武人然とした雰囲気がある。


「すいません、ちょっと喧嘩になって……」

「喧嘩だと?」


 胡乱げな視線を向けられる。赤いバチバチした三角形の空間の中で一方が平気な顔してもう一方が怒りと苦痛で顔を盛大に顰めている光景を見れば誰だって首を傾げるだろう。

 騎士達から――このヤベー状況どうしよう、みたいな雰囲気を感じていると、あのドロシーと名乗った婆さんが後ろから出てきて老騎士の隣に立った。

 何で婆さんがそこにいる。やっぱり、神殿内でも高い位の人間なのだろうか。


「そうかい、喧嘩かい」

「マクレギス様……」


 老騎士が何か言いかけようとしたのを婆さんは掌を向けて遮り、こっちに歩いてくる。


「若いんだから喧嘩の十や二十もするだろうさ。どうしたって気に食わない事もあるだろう。でも場所は選びな。迷惑だろう」


 言いながら婆さんは三角形の中に入って来る。当然、赤い電気が婆さんを襲うが平然としており、それどころか丹羽の首根っこを掴んで軽々と持ち上げて投げた。


「おー……」


 何か言う暇もなく、広場から投げられた丹羽の姿は落ちずに遠くへ行って姿が段々と小さくなって見えなくなった。


「ほら、あんたもだよ。終わるまで帰って来たら駄目だからね」


 婆さんに背中を押された瞬間、俺の体もまた遠くへ吹っ飛ばされた。

 広間から景色瞬く間に変わる。丘の上に建つ神殿からその周囲に広がる建物、麓の街並みを見下ろせ、防壁の遥か頭上を通り過ぎて外に出る。


「何かあるだろうなと思ってたら、あの婆さん……」


 痛みは無かった。と言うか単に攻撃じゃなくて俺を彼方に飛ばす為であって、そのぶっ飛ばす方面にだけ与えた力が発揮するよう絶妙な力加減で押したのだろう。

 この世界の人間もやっぱり大概だなと思っていると雲の中から赤い光が発せられた。見上げるとドラゴンの形をした赤い雷が俺を見下ろしており、その頭の上には白い髪に赤い目のままの丹羽が腕を組んで立っている。


「妙なスキルを持ってるようだが調子に乗るなよ。本当の暴力を教えてやる。圧倒的な力でなす術もなく死ぬがいい!」

「ああ、うん、そうだな」


 不意打ちしたと思ったら前口上してきた丹羽に呆れながら、俺は拳を握った。




「ただいま」


 ドロシー婆さんにぶん投げられてから十数分後、俺は漸く事が起きた広場に戻って来れた。肩には全身痣だらけになった丹羽を抱えている。ちなみに彼の髪や目の色は動かなくなった途端に元に戻った。


「おかえりなさーい。喧嘩してた時間より、戻って来る時間の方が長かったですね」

「迷惑かからない程度の速度で走ってたから」


 出迎えた蓮に遅くなった理由を説明する。

 丹羽は気絶しても直ぐに復帰する上に全方位に電気をブッパするので疲れ果てるまで殴ってやった。それよりもまた外からこの神殿に戻るのが面倒だった。


「見てましたから知ってます」


 蓮の前には外に向かって光輪が何枚か立てられ望遠鏡みたいになっていて、外にできたクレーターの中央が拡大されて映っていた。


「パイセンなら壁飛び越えて屋根とかピョンピョン跳ねて戻って来れたでしょうに」

「それ傍から見たら不審者だから」


 サゴスの時のように移動はできない。だから普通に道を走って戻ってきた。幸いなのか、昨日と同じ門番が俺を覚えていて顔パスで防壁を通してくれた。防犯上大丈夫かと思ったが、この時ばかりはありがたかった。


「それよりもだ。なあ、お前らのクラスメイトだろ。医務室に運んどいてくれ」


 外を映していた光輪の前には蓮だけでなく、広間で丹羽の取り巻きをしていた学生達もいる。全員、蒼褪めてこっちを見ていたが、俺が丹羽を放り投げて手渡すと慌てて去って行く。


「みんな、あんぐりしてましたよ。面白かった!」


 満面の笑みを浮かべる蓮は性格が悪いなと思いつつ、もう一人の姿を探すとちょうどこっちに歩いて来るところだった。


「あなたが壊した場所は直しておいたわ」

「マジか、助かる。それで元凶の相川は?」

「決着が着くのを見届けずにどこか行っちゃいましたよ」

「あいつ。まぁいいか」


 思わず舌打ちするが、追及してものらりくらりと躱されるのがオチか。スキルなのか空間に作用する妙な力を持っているようだし、物理面でも捉えようがなくなっている。放置して気楽に身構えておこう。


「あっ、そういえば騎士の偉い人は?」


 当初の目的を思い出したところで出待ちしていたかのように神殿の騎士がこっちに早足で近づいて来た。


「トモヒコ殿、お時間の方はよろしいでしょうか? 騎士団長とマクレギス卿がお呼びです」

「……お説教ですかね?」

「異世界まで来て呼び出し食らった気分になるから止めろ」

「見ての通り暇だから行くわ。案内をお願い」

「は、はぁ……」


 騎士が戸惑いながら先導する。と言っても広場のデカい門の向こうへ行くので迷いようもないが、部外者立ち入り禁止の部屋があったり区画だったりするので通行証代わりなのかもしれない。

 名指しで呼ばれたのは俺だけで平然と付いてくるベニオと蓮だが、騎士からは何も言われないので良いのだろう。

 扉の左右に立つ戦斧を持った門番二人もスルーだ。だが、アレは――


「いいの?」

「うーん、誰も気づかなかったら途中でバラすか」


 ベニオに聞かれ取り敢えず極力こっちから関わらない指針に決めた瞬間、背後で門番二人が動いて斧を交差させて壁を作る。


「此処から先は部外者の立ち入りを禁止している。いくら客人と言えど守ってもらおう」


 フルフェイスのヘルメットで顔の見えない門番の重い声が響いた。それに応える者はいない。と言うか単に往生際が悪い。

 ベニオが指にだけ装甲を纏って指先から光を放つと交差した斧の前に突如須藤が現れた。


「なっ!?」

「透明になっているだけでは姿を消しているとは言えないわよ」


 トンチのようだが、言葉のままだ。足音はしないように歩いていたようだが動く際に起きる気流や床の埃が舞ったり移動するのまで気が回っていない。呼吸や布ずれの音もあるし、更に言うと人には体温があって暖かい。透明なだけでは人サイズの存在感は消せないものだ。


「待て、俺も転移者だぞ。どうして駄目なんだ?」

「いや、呼ばれたのはトモパイセンであなたじゃないでしょ。と言うかわざわざ透明になってた時点で本当はわかってますよね?」

「お前こそなんだ!? 中学生の女子が偉そうに!」


 蓮が門番の戦斧に阻まれている須藤に向けて呆れたような顔をする。俺は口には出さなかったが、蓮こそ別に呼ばれて……止められてないからいいのか。


「自分達だってたかが高校生なのに何行ってるんですか」

「俺もうモンスターと何度も戦ってきた。死ぬような目にもあった。経験が違うんだよ!」

「は?」


 おっと……。別に俺のせいじゃ無いんだが思わず蓮から距離を取る。ベニオも同じだ。


「じゃあ高校生聞きますけどいきなりクラスメイトが変な鎧着て襲いかかって来た事があるんですかぁ!? その後すぐにバトルロイヤル状態になって放火されたりしたことは!? キモいダンジョンモンスターに食べられてこれまたキモいモンスターと戦って脱出したことは? ブラクラ都市で貞操の危機を感じながら一日を過ごしたことは? 無いでしょこのバーカバーカ!」


 蓮の奴、実はストレス溜まってたのだろうか?


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