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第五十一話


『驚きましたよ。到着の報せが遅いと思っていたらサゴスに寄っていたんですね』

「不本意でしたけど。まあ、大方は殴ってドラグノフに引き渡したんで、復興したらマシになるんじゃないですかね」


 俺の言葉に通信魔法の術者が何度目か分からない驚きの表情でこっちを見る。

 神殿都市に到着した翌日、俺は遠方と通信ができる魔法の儀式場にてデラック帝国にいるミハエルさんに到着の報告をしていた。

 通信魔法を行使する術者の前には水鏡が置かれており、そこにミハエルさんの姿が映り震える水面から声が聞こえる。


「そっちはどうなってます? 蓮のクラスメイト達とか」

『落ち着いています。セイゴ教師が生徒達のケアに気を配っていますから。それぞれ自分で出来る事を頑張っています』


 昨日の事もあってか偉いなと思う。教師にしても、昨日の三木の話を鵜呑みにすれば駄目なこっちと比べるとあの中学生達と青木さんは偉い。

 そんな俺の心境が顔に出ていたのか、ミハエルさんは疑問を口にする。


『どうしました? 苦い顔をして』

「何て言うか……こっちの転移者について何か聞いてます?」

『いえ、私はずっと各地を回っていたので暫くは神殿に帰っていません。二つの集団が来たとだけ聞いていますけど……それが何か?』

「あー、いや、何でもないです。そっちも頑張ってください」


 帝国にいるミハエルさんに愚痴っても仕方がない。

 話題を転換してデラック帝国からメシューレ神殿に到着するまでの道中の事を軽く話し、互いの近況を話し終えて通信を終える。

 通信魔法が切れると、術者の神官が静かに長く息を吐いた。結構疲れる魔法らしい。

 礼を言って部屋を出て長い通路を歩く。途中で、俺がミハエルさんと会話している間に神殿内をウロウロしていたベニオと蓮に合流する。


「お前は良かったのか? クラスメイトとも話せるかもしれなかったのに」

「駄弁るだけでわざわざテレビ会話するほどじゃないですから。それにサゴスの事言ってもエログロばっかですし」

「お前殆ど引きこもってただろ」

「そう言うトモヒコはサゴス崩壊の当事者ね。そんな事より、各地の転移者の話を聞いてきたわよ」


 俺がミハエルさんに到着の報告をしている間に二人には俺のクラスメイトの所在について知る為に神殿が収集している転移者達の情報を聞きに行ってもらっていた。


「特徴に一致する転移者のグループはいないみたいね。でも、聖地や神所縁の地に転移者がいる以上、発見している筈の国から転移者発見の報告が無いのが何件かあるわ」

「虱潰しで探すしかないか」


 隠していても転移者は目立つ。ヨーロッパ系の顔立ちのこの世界の住人と違って日本人だし、何より三十人近い力持つ人間を何処かに閉じ込め続けて誰からも隠すなんてのは難しい。どっかで噂になっている筈だ。

 その辺りの情報を大きな組織である神殿に期待していたのだが、あまり成果は思わしくない。


「この地方は多くの小国が集まっていて多くが神殿の影響を受けているわ。でもそうじゃない国もいくつかあるの。中には調査員が行っても誰一人戻らない国もあるみたい」

「薩摩飛脚か。そこが一番怪しいな」

「どうしてこの人は真っ先に一番危ないトコ行こうとしてるんですか」

「行くなら、もう少しここに滞在してからにしましょう」

「どうしてだ?」

「馬を休ませる必要があるし、何より各地でダンジョンが大量に発生してモンスターが地上に出てきているらしいわ。昨日見た避難民はその影響によるものよ」

「パイセンなら一人で突っ切れるでしょうけど、どうしたって派手になるでしょうからモンスタートレインが発生して他の国や街に影響無いとも言い切れませんからね」


 確かに外であろうと大量に発生したモンスター達を殴り進んだ場合、周囲に二次災害が起きる可能性がある。だからって無視すれば蓮の言ったようにモンスターを引き連れてしまいそうだ。


「間引きされないと迂闊に行けないわ」

「じゃあ、するか」

「トモパイセンがしなくてもここの人らがするそうですよ」


 被害に遭ってるのだし、自分達の近所となれば神殿の戦力が出張るのは当たり前だ。だが蓮の言い方には含みがあった。


「ここの兵隊さんだけじゃなくて転移者達もそれに参加するんですけど、私達には連絡なし。ハブられてますね」

「ただの信用の問題だろ。俺達昨日来たばっかりだぞ」

「神殿の人は私達、特にトモパイセンに来て欲しい感じでしたけど昨日の愉快な人が一蹴したようです。曰く、昨日の境界線も越えられない弱者は足手まといだそうですよ」

「ふーん」

「ちょっとぉ、ここは怒るとこじゃないですか?」

「別に競ってる訳じゃないからな。それよりも、神殿が別に拒否してないなら発生源の場所程度は教えて貰うか。あいつらが片付けるまで待つつもりはないし、こっちでもある程度片付けておこう」

「あのコンパスがある分、小さなダンジョンなら四つか五つは潰せるわね」

「非常識なこと言ってるけど、実際できちゃうのが凄いですよね」


 旅のし続けてで蓮など疲れが溜まっているので暫くは休息に神殿に泊まらせて貰うが、向こうの結果待ちでずっと寝ているのも暇になる。

 ケツ持ちの神殿側に拒否する意思がないのなら退屈凌ぎも兼ねてモンスターの大量発生の解決の一助になれば良い。

 そう思いつつ通路を進むが、途中で足を止める。


「誰に話を通せば良いんだ?」


 デラック帝国では大臣の部下に用件を言えば良かった。ドラグノル公国の場合は責任者の方から会いに来た。じゃあ、ここでは?

 大司教に会いはしたが直接会いに行くのも向こうの立場上どうなんだろうか? それに戦いとなれば坊さんは管轄外だ。なら神官騎士の誰かに言えばいいのだろうか?


「パイセン、見た目に反してそういうトコ気にしたりしますよね。サゴスで暴れてましたけど」

「ある程度言っておかないと後始末する方が大変だろ」

「へー……それここに来てからの経験ですか? それとも日本での?」

「……で、誰に言おう?」

「実務は神官騎士なのだからまずそっちに話を通しましょう。関係各所への報告もしてくれるでしょうから」


 蓮の質問には答えずにベニオに適切な人物を聞いて早速向かう事にする。

 神殿の武装部門と言うべき神官騎士団。宗教が武力持ってるとか何かズレていると思うが、歴史を振り返ればいない方がおかしい。そもそもアジア圏だと坊さんが格闘家なのは珍しくもないし。

 神殿の地図をすっかり頭に入ってるベニオの案内で騎士団の詰め所に向かう。見覚えのある道だなと思ったが、昨日転移者が訓練していた場所に向かった時に通った道だった。

 訓練所だから騎士団の近くにあっても別におかしくないか。それで通りがかりの神官騎士に偉い人の居場所を聞くと、作戦会議室で話し合いの最中らしい。


「どうする? 終わるまでそう時間は掛からないらしいけど」

「待ってるか」

「それなら会議室前のホールがあるわ。そこで待ってれば出て来てもすぐに分かるから」


 そういう訳で今度は玄関ホールらしい広くて高い天井の場所へ移動する。この建物、こんな感じの空間がいくつもある。日本では見る事のないであろう様式の建物で、物珍しさで移動が苦にならないのが幸いだ。

 ホールは床から天井に伸びる柱が何本もあり、その傍には椅子が置かれている。頻繁に人が行き来していて神殿に勤める神官やどこか高貴な雰囲気を持つ人達が司教らしき人物と立ち話しているのを見つける。

 メシューレ神殿というのは入場制限とか立ち入り禁止の場所が多い堅苦しい場所だと思っていたのだが、思いの外開放的だ。大学のキャンパスのようでもある。

 開放的な雰囲気のせいか、転移者の姿もチラホラいた。その中に二人の男女、昨日会った須藤と三木の姿もあった。


「くそっ、アイツら調子に乗りやがって」

「スキルを盗もうとするからだよ」

「誰があんな雑魚スキルなんて盗むか。だいたい無闇に奪っても手数が減るだけだ。そんな事も分からない癖に丹羽の言葉を鵜呑みにして」

「でも丹羽くんのスキルは盗もうとしたんでしょ」


 三木の言葉に須藤は気まずげに目を逸らす。どうやらまた揉めたらしい。それも会話から丹羽とではなく別の連中からのようだ。


「それより昨日の奴ら」

「昨日の?」

「ソウカワだとかサンガワとか名乗ってた奴」


 犀川だ犀川。サイガワではなくサイカワ。日本には同じ漢字の河川が結構ある。


「ああ、あの人達。須藤くん、ちゃんとお礼言わないと」

「女二人も侍らせてるハーレム脳の奴に礼とか言えば足元見られるに決まってる」


 酷い誤解の上に偏見に満ちていた。あとニヤケ面で肘で突いてる蓮がウザい。


「お前も気を付けろよ。何かされそうになったら言え。俺が排除してやる」

「またそんな事言って。怒られるから止めなよ」

「平気だ。大体、アイツ体がデカいだけでステータスは大したことない。はっきり言って雑魚だ。この世界はただ鍛えれば良いってもんじゃないのを分かってない」

「どうしてステータスを……あっ、まさか!」

「不用心な方が悪い。防御振りにしても脆いし属性耐性をいくつか持ってるだけだった。奪う価値もなかったよ」

「そういう問題じゃないでしょ!」

「平気だって。明日香が黙ってればな」


 いや、聞こえてるんだが。気まずいし元から盗み聞きするつもりも無かったので、ワザと聞こえる程度の足音を立てて二人に近づく。


「よう、二人――」


 二人とも気付いて俺の方に振り返るタイミングで声をかける――瞬間に横から何か来るのに気付いて足を止める。


「犀川さま」


 相川だった。昨日の取り巻きを連れておらず、何処からか現れたのかいきなり出現した。須藤と三木の二人は驚き目を見開いて、蓮とベニオは即座に俺を盾にする。


「お二人もこんにちは。皆さん、仲が良くて羨ましいです。是非私もその輪の中に入れて貰えないでしょうか」

「取り敢えずそれ以上近づくなよ」

「まずはこの距離から交友を深めるのですね分かりました。この手を伸ばせば届きそうで届かない距離。何だかちょっと焦らされている気分になります」


 そう言って桜色に染まった頰に手を当て熱の篭った息を吐く相川は今日も絶好調のようだった。


「あ、相川はこいつを知ってたのか」

「ええ。実は同じ中学校に通っていたのです。わたしが引っ越してしまってから声を聞く機会もなく。けれどまさかの異世界での再会。クリスは運命を感じられずにはいられません」


 最後の言葉に流し目で見られるが無視する。ふと須藤を見ると、面白くなさそうな表情をしていた。嫉妬しているんだなと思うと同時、まだ嫉妬できる時点で相川に囚われていないと判断できた。


「三人とも、実は今日の夕食はわたしの教室のメンバーで店を貸し切り食事をする予定になっているんです。よろしければ三人とも参加しませんか?」


 何でこの女は異世界で店を貸し切り夕食会を行えるのか。それに須藤と三木を露骨に省いて、さっきの質問を答えはしたもののあっちを見ようともしない。

 相川の言動で須藤が俺に視線を向ける。好意的とまでとは言わないが、敵意を向けるんじゃない。お前はそれよか三木の方を見ろよ。


「相川さんに好意を向けられ嫌がるパイセンに嫉妬する須藤さんを更に嫉妬する三木さん。くっ、完全な第三者ならポップコーン片手だったのに」

「今からでも他人のフリする?」


 後ろのベニオと蓮は役に立たないと言うか、立つ気がないので俺が矢面に立たなければならなかった。

 断る、と言おうとしたところで石の床を歩き音が近づいてきた。意図してか性格なのか、自信の現れと言わんばかりに鳴る靴底の音は顔も見ていないのに誰か分かる。


「クリス、何をやってるんだ?」


 電気男こと丹羽という男子学生だ。数人だが昨日結局見る機会の無かった彼らのクラスメイト達の姿もあった。

 丹羽を先頭に歩く姿はお前らギャングか何かと言いたい。広場にいる神殿の人らも微妙な顔しているし、中にはそそくさと離れて行く人もいる。


「こんにちは、丹羽さん。――それで今夜のディナーですけど、お肉とお魚どちらがお好みですか? この街のパスタも美味しくて――」


 ギャングの若頭風な丹羽の視線を受けている相川は挨拶だけすると素っ気なく顔を背けて話を戻してきた。礼儀だけの対応は下手すると無視されるよりキツいかもしれない。それをこの女はやった。


「いや、行くなんて言ってないだろ。というかお前に用があるみたいだぞ」

「あら、丹羽さん。何か御用だったんですか?」


 すっとぼけているのか本気なのか、そうだったのかと漸くまともに丹羽を見る相川。それに丹羽は目を細め、俺を睨む。


「クリス、そんな腰抜けに構ってどういう気紛れだ? お前は明日香のように偽善を振り撒く程酔狂じゃないだろう」

「気紛れも何も、私は本気ですよ。だって彼ほど逞しい殿方は知りませんから」

「止めろ止めろ、お前そんなセリフよく素面で言えるよな!」


 逆にこっちが気恥ずかしさで鳥肌が立ってくる。俺は相川から数歩下がる。同時に後ろに隠れていたベニオと蓮もついてくる。よく見てみれば、周囲にいる広間の人間が俺達に注目していてこっちが恥ずかしい。


「逞しい? ハッ、何を言ってるんだか。こいつは弱いさ」

「いいえ、犀川さまは誰よりも強いですよ。ずっと前から、少なくとも二年前同じ学び舎で学んでいた頃から」

「転移前からの知り合いか。だが誰よりも強いと言うのは聞き捨てならないな。お前は知ってる筈だぞ、俺の力を」


 なんか二人で盛り上がっている。


「今の内に離れるか」

「そうね。なんだかややこしくなりそうな気がするものね」

「ですねー。見る分には良いんですけど、もっと安全圏から眺めるに限りますからね」


 何にしても向こうで勝手に盛り上がっているので、巻き込まれない内に退散することにした。

 その時、背を向け歩き始めた俺達の後ろで相川が致命的な言葉を発した。


「あら、もしかして犀川さまを差し置いて自分が一番だと思っているんですか? 男の子の根拠不明なプライドというものでしょうけど、ふふ、可愛らしいですね」

「――――」


 ここで相川に怒鳴るなりするならまだ心情は理解できるし同情できた。俺だってあんな事言われたらムカッと来るし。ただ、何でそこで怒りの矛先をこっちに向けるのか。

 丹羽は離れようとする俺達の背中に向けて雷撃を放ってきた。球状の雷で近くの物を見境いなく破壊しながら空気を割いて突き進んでくる攻撃を、俺は立ち止まり腕を伸ばし片手で掴んで握り潰す。

 雷が落ちる音そのものの爆音が響いていた雷球は瞬時に消えて音も余韻だけ。

 雷の音に周囲の人々が悲鳴を上げたが、突如雷球が消えた事で戸惑いを大きくする。


「おい、こんな人の多い場所で何してんだ。当たったら怪我じゃ済まねえぞ」


 俺は雷球を放った丹羽の前に近づく。ここには見るからに戦えない人間が多くいる。そもそも後ろからドラグノルの兵が角から出していた雷撃と比べれば、速度は遅いものの威力は上だった。建物を貫通する攻撃以上の雷を放つとか何考えてんだ。


「自分の力も扱えない連中と違って俺の手元から離れても自在に消せる。お前が掴まなきゃ誰も怪我しなかった」

「アホか。当てないからって銃を撃つような真似が許される訳ねえだろ」

「阿呆は貴様だ。勝手にビビって自爆する奴はそこまでの話だ」

「……同じ世界の誼でまずは口で注意したんだが、お前にはサゴスの連中と同じ対処で良いみたいだな」

「サゴスの連中、というのは知らないがクリスに一時目を向けられたからと言ってイキがるなよ。どうせそこらの暴徒紛いの雑魚どもを――」


 相手が喋っていようと構わず俺は足を振り上げて丹羽の顎を蹴り上げる。

 丹羽の体はかち上げられて足を床から離しそのまま垂直に飛んで行き、天井に突き刺さって胸の辺りまで埋まった。


「人の上にいるのが好きならそのまま埋まってろ」



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