第五十話
いきなり日本の若者らしい顔平らな少年がちょっと焦げながら扉を突き破ってのダイナミックな登場をかまし、それをやったと思われる目付きの鋭い奴が手に電気バチバチ鳴らして扉(もう無い)の向こうに立っていた。
この計ったかのようなタイミングに蓮は期待を込めた目で俺を見上げ、ベニオは早速眼に映る光景を注視している。多分、前者は見たままで後者は相手のステータスを盗み見ているんだろう。
「須藤くん!」
部屋の中から一人の女子が電気男の横を通って焦げ臭い少年の元に駆け寄る。
女子は床に膝をついて持っていた杖を床に置き、両手を少年に向ける。すると緑色光が少年を包み込んだ。
「あっ、ヒーラー」
少年の怪我が治っていくのを見て蓮が呟いた。
取り敢えず死にはしないし治療の手助けも必要ないようだ。
「……誰だお前達? 日本人二人に異世界人一人。どこの国の転移者だ?」
電気男が怪我人を無視して俺達に目を向ける。何があったか知らないが、自分が吹っ飛ばした相手を視界に入れても無視していた。
「……強いて言うならモコモコの国?」
「あっ、私はデラック帝国から来ましたけどモコモコの国に帰化しました」
「……馬鹿が二匹か」
言ってから巫山戯た答えをしてしまった事を後悔する。完全にアホな人間を見る目で見られてしまっていた。
「どこの国とかはないんだ。クラスメイトと逸れて探して旅しながら探してるんだ。こっちに来たのはデラックって所の国で会った神官が勧めてくれたんだよ」
「フン、戦力集めか。まだ此処の奴らは俺を過小評価してるな」
「…………」
何か会話しているようで会話していないズレを感じる。俺自身会話が上手いとは言えないが、電気男は一方的に言って聞いてキャッチボールする気が初めから無いような気がする。
「――プフッ」
俺が戸惑っていると、蓮がいきなり吹き出した。
ジロリと電気男の目が蓮に向く。
「こいつは無視してくれ。箸が転がっても面白い年頃で、何が拍子に笑うのか分からないんだよ」
面倒なのでテキトーに言い訳しておく。その間ベニオが蓮を後ろに引っ張る。
「いきなりどうしたの?」
「だ、だって、顔からして俺様キャラに加えてあの言い方ですよ? 現実にこんなの本当にいるんだなと思うと……クフ、ククッ」
「男ってあんなもんじゃない。恥を知ると隠すようになるだけで」
「あははははははははっ!」
お前らせめて男子がいないところで言え。
「ところで、これはどういう状況なんだ? こいつ怪我したみたいだが」
電気男の視線がますます鋭さを増しているので、話題転換に何があったのか聞いてみる。正直、まともな返答は期待していない。
「そいつが訓練中、俺に対してスキルを使おうとしたからな。罰を与えたところだ」
「スキル?」
俺が聞き返すと電気男は治療されている男子に侮蔑の篭った視線を向ける。
「ドレインのスキルだ。触れた対象からマナを奪うだけのスキルだが、スキルは成長する。人の能力やスキルを奪えるようになっている可能性があった。だから味方には使うなとは警告してあったんだが、使おうとした。それもこの俺にだ」
「そうなのか……でも流石にこれはやり過ぎだろ」
話が本当なら、能力やスキルを奪う云々の推測を抜きにしても軽率な行動に出た男子が悪いだろう。だからって肉が焼ける程の電撃を浴びせるのは過剰だ。マナアーマーの守りがなければ死んでいたかもしれない。
「不安要素はそのまま消してやってもいいんだ。だが仮にも同じ学校に通う生徒だから手加減してやった。逆に言えば、そうじゃない奴に遠慮してやる義理はない。例えば、さっきから無知なのを良い事に生意気な口を聞いている新参者とかな」
威嚇のつもりなのかこれ見よがしに手をバチバチやって俺を睨んでくる。
近所の不良どもはガタイのデカい俺に負けるかと吠えたが、人を見下ろすのが身に染み付いている。この世界に来て調子乗ったとかレベルじゃなくて、初めからこんなのだったんだろう。
どう考えても孤立すると言うか、疎まれて無視されるタイプなんだと思うが日本でこいつどう生活してきたのか言動の不快感を飛び越えて不思議に思う。
「丹羽くん、止めて! 関係ない人にまで何をするつもりなの!?」
男子を治療していた女子が怒鳴る。隣では男子が上体を起こしていた。火傷が完全に消えてはいるが、痛みのショックから大分疲労しているようで顔色は良くない。
「そいつみたいに馬鹿を晒さないよう早めに上下を教えてやろうとしただけだ。三木、お前も程々にしておけ。それは優しいじゃなく甘さだ」
電気男は丹羽という名で、女子の方は三木というらしい。
丹羽は後ろに下がると壊れた扉の向こうで一旦足を止めて腕を振る。すると電気の幕が扉代わりに設置される。
「ここは俺達が使っている。足手まといにウロウロされても邪魔だ。俺の下についたいならせめてコレぐらいは突破してこい」
そう言って丹羽は行ってしまった。
「マジヤバい人でしたね」
「レン、まだ口元が引き攣ってる」
「お前、さっきと違って本当に楽しそうだな」
蓮に呆れつつ、俺は三木という女子と須藤と呼ばれている男子に近づく。須藤は疲れでまだまともに立てないようだ。
「須藤くん、まだ動いちゃ……」
「うるさい! このぐらいどうって事ない!」
強がって手を差し出した三木を無視して須藤は立ち上がろうとするが一度は立ったもののすぐにバランスを崩す。
転ぶ寸前に須藤の腕を掴んで支え、肩を貸す。
「お前……!」
「流石に放置はできないから運ぶぞ」
「要らない! だいたいあんたは赤の他人だろ。関係ないだろうが!」
「いや、廊下でフラフラされても迷惑だし」
須藤は嫌がっているが、体がまともに動けない上に身長は俺の方が高く肩を貸しているというか半ば持ち上げている状態なので無意味だ。
「医務室とか、休める場所はどこか知ってるか?」
「そ、それならこっち」
須藤ではなく三木に聞くと、彼女は俺に戸惑いながら先導し始める。ベニオと蓮が後ろについてくるが、笑いが落ち着いた蓮は肩透かししたように少し残念そうにしていた。
「あっちに行かないんですか?」
「顔合わせは十分だろ」
須藤、丹羽、三木の三人だけで部屋の中にいた二十人以上の気配とは顔を合わせてもいないが、部屋を入ったところで丹羽の独壇場でまともに会話も進まないだろ。それなら怪我人を運んだ方が有意義だ。
「あのイケイケ……丹羽さんでしたっけ? 前からあんな感じなんですか? それとも異世界来てイキっちゃった系?」
暇を持て余した蓮が三木に聞く。こいつは本当に物怖じしない性格をしている。
「丹羽くんは……あっ、そういえば自己紹介してなかったね。私は三木明日香。それで彼が須藤啓介くん」
「…………」
須藤は三木が代わりに紹介してきてもこっちに見向きもしない。蓮じゃないが、拗らせていると感じる。
「俺は犀川智彦。こっちの世界に来た時にクラスメイトとは別の場所に落とされてな。探してる途中」
「私は池野蓮です。私はデラック帝国の方で召喚されたんですけど、トモパイセンの方が安全そうなので一緒にいます」
「ベニオよ。記憶喪失で自分探しの途中なの」
「は、はぁ……あっ、さっきの電気を操っていたのが丹羽雄大くん」
ベニオのちょっとブラックなジョークに三木は戸惑うが愛想笑いで躱して話を電気男に移す。
「元々あんな感じだったの。魔法がある分、前よりは過激になったかな?」
「まぁじですか? 普通、あんなのはハブられません?」
「丹羽くん、地主の子で頭も良くて喧嘩も強いから……。日本にいた頃も容赦なく攻撃してきたり」
「それでこっちの世界に来ても強くて、より過激になったってところですか?」
「そうなの。穢れを祓うことにも積極的で一番貢献もしているからみんな強く言えなくて……」
「……教師はどうした? いないのか?」
朝のホールルームの時間帯に教室単位で召喚されているので、担任教師も一緒にここに飛ばされて来ている可能性が高い。蓮の担任だってそうだ。
「そうですね。こういうのに注意するのは普通は先生の仕事です? この世界に来ていないんですか?」
「来てるけど、生徒にあんまり関心のない先生で」
「うっわ、それ教師としてどうなんですか?」
「教師つっても色々いるんだろ。そう考えるとお前んトコの青木先生は当たりだな」
「それは否定しませんが……そう言うパイセンの先生はどんな人なんですか?」
「……臨終手前の爺さん?」
「それ別の意味で大丈夫なんですか?」
大丈夫じゃない可能性が高い。去年奥さんに先立たれてから目に見えて老けたからな。異世界に来てショック死してないといいが。
「あっ、ここが医務室」
ダベっている間に医務室の前に到着したようだ。ドアを開けてもらい中に入ると、何台ものベッドが並んでいて随分奥にまで続いている。
多くの負傷者を寝かすために広い空間に多数のベッドを並べた臨時の軍病院みたいな感じだ。ただ、神官の姿があっても実際にベッドで横になっているのは少ない。
そんな数少ない怪我人の周囲には日本人の女子達がいた。彼女達に混ざって金髪が目立つ相川の姿を見つける。
「げっ、あいつ……」
「ああ、あの子達は私達の学校とは別の女子校の人達だよ。戦闘向きのスキルがないかわりに、治療や補助に特化してああやって勉強してるの」
「へー」
生返事しながら須藤を手身近なベッドの上に下ろす。蓮が袖を引っ張り逃げようと催促し、ベニオはすぐさま逃亡できるように出口近くで身構えている。
俺も二人に同意見なのですぐさま部屋から退散する。
「じゃあな」
「えっ!? あっ、ありがとうね!」
三木の声に反応してか、相川がこっちに振り返る。流し目でニコリと微笑みを浮かべた。
「ひぇぇ……、なんか怖い」
病室からある程度離れたところで蓮が恐れ慄いている蓮が息を吐く。
「いちちち動作が意味ありげなのよね、彼女」
「あれヤバいですよ。私達はパイセンから聞いてるから警戒できてますけど、何も知らない童貞とかホイホイ釣られてぱくりですよ。ぱくり」
「中学の時よりオーラ増してるな」
「ねえ、今からでも宿買えません? お金とか余ってるし、足りなくなってもパイセンの金運ならすぐ稼げると思います」
お前は稼ぐ気ないのかとも思ったが、突っ込みを放棄して首を振る。
「宿を特定どころか宿の人間を買収しかねないから意味ねえよ。下手すると逆に罠張られるぞ」
「それを言ったら神殿内も危ないわよ」
神官の二桁ぐらい誘惑していてもおかしくない。ここのモラルと清廉さに期待したいところだが、この世界の貞操感はどのようになっているのか知らない以上当てにできなかった。
「一人で行動しないよう気をつけろよ」
「主にパイセン狙われてるから盾にします」
「本命の周囲をまず落とすやり方もあるわよ」
「止めてください。本当に」
蓮が無駄に震えている。いや無駄と言うか当然か。
「ああ、あんた達無事に着けたんだね」
「あっ、婆さんじゃないか」
通路を歩いていると門の所で別れた婆さんと再会した。
「なんか綺麗なのに着替えてるな」
婆さんの格好は土埃で汚れたり旅の間で擦り切れた服から金の刺繍がされた真っ白な神官服に変わっていた。
「あたしとしては前の格好の方が気楽なんだが、場所に合わせるぐらいはするさ」
「……お婆さん、実は偉い人?」
蓮の言う通り、金の刺繍が施された神官服を着ているとそう見える。それに他の女が神官服と言うかシスターみたいな格好をしている中でこれだ。結構高い位の人なのかもしれない。
「伊達に歳食ってないからねぇ。と言っても普段は近くに村々を回っている巡回神官さ。色々と異常事態が起きてるから村人達を送るついでに戻って来たんだよ」
「年寄りが無茶すんなよ」
「そうだね。半ば引退してるようなものだけど、世界が平和じゃないと難しいよ。何よりもトップの教皇様が頑張ってるからねぇ。早々休めな――」
「――マクレギス卿、こちらでしたか」
老婆が肩を竦めたその時、兜を脇に抱えた神官騎士が早足でこちらに来た。
「おや、見つかった」
「急ぎこちらに。大司教様がお待ちです」
神官騎士は俺達に気付いていないほど慌てている。精悍な顔つきをしたそんな大の男の慌てる様を無視して老婆がこっちに振り向く。
「そうだ、名乗っていなかったね。あたしの名前はドロシー・マクレギス。ようこそ異界からのお客人。何もない所だけでゆっくりしていくと良い」
神官騎士に連れられ、老婆が去っていった。
「卿、とか。やっぱお偉いさんじゃねえか」
「気さくな偉い人ムーブでしたね」
「気づいてなかったの二人とも? 神殿前で配られてたパンフレットに似顔絵があったじゃない」
「パンフレットって……」
色々と新鮮な出会いに加えて無かった事にしたい知り合いの再会など、神殿都市一日目はこうして過ぎていった。




