第四十九話
俺が女を、相川クリスを放り投げると彼女の近くにいた女子達が悲鳴を上げて中庭へと駆けて行った。
そんな女子達を俺は見送っていると、蓮が袖を引いて見上げてくる。咎めてはいないが少し唖然としているようだった。
「パイセン?」
「いや、つい……」
ほぼ反射でやったが反省も後悔もない。
「もしかして知り合い?」
鋭いベニオの言葉に渋々頷く。
「今のクラスメイトじゃないが、中学の時同じ学校だった。二年弱ぶり? ぐらいだな」
「昔の女ですか?」
「違う。それに純粋に趣味じゃない」
蓮がニマニマとした表情になるが、そう楽しい話じゃない。何より俺のストライクゾーンの外なのは奴自身のせいである。
苦い顔をしていると、背後に風の流れと匂いを感じて二歩ほど前進して首だけを動かし後ろを振り返る。
「犀川さま、相変わらずイケズですね」
どうやって移動したのか放り投げた筈の相川が背後に、それも避けなきゃ背中に身を寄せかねない姿勢で立っていた。
「お前もこっちに来てたのか」
「ええ、お久しぶりですね。遠い地に離れてしまいましたが、何時か会えると思っていればこうして奇妙な状況で思わぬ再会を果たし……これは運命と言えるのではないでしょうか?」
「違うと思うぞ。お前は相変わらずみたいだな?」
「いいえ、クリスは日々精進し犀川さまと会える日のために切磋琢磨してきました。犀川さまも以前より一層逞しくなられて……積もる話もあります。良ければ――」
「ああ、そう。俺、用事があるから、じゃあな。案内続けてください」
熱の篭った溜息と共にいつ伸ばして来たのか見逃してしまいそうなゆっくりと艶めかしく近づく指先を避け、ベニオと蓮の背中を押しながら案内係の神官を急かす。
「え、ええ、ではこちらに……」
神官も俺と相川の関係が気になっているようだが、自分の仕事を優先させたようで歩き出し、俺達もそれに続く。
後ろからレーザーみたいな視線を至る場所から感じるが、追ってくる気配はない。取り巻きの女子達が相川の元に集まって心配したという趣旨の言葉を吐いているのが聞こえた。
「えーっと、本当にどういう関係?」
曲がり角を曲がって相川達の姿が見えなくなったところで蓮が聞いてくる。気になって当然だが、正直あまり思い出したくないので語りたくない。
だが、両隣にいる二人を改めて見下ろし、相川の取り巻き達の様子を思い出す。
……忠告しておいた方が良いだろう。
「元同級生だって言ったろ」
「それにしては変だったわね」
「まあ、何て言うか……あいつプレイガールなんだよ」
「は?」
蓮が抜けた声を出す。何言ってんだテメー、と言われているようだった。相川はクォーターでイギリスかフランスか忘れたが祖母に似たらしく、日本人なのに日本人らしからぬ深窓の令嬢みたいな外見にお淑やかな物腰を持った女子だ。見た目は。
「あいつ、中学の頃からボーイフレンド沢山いたんだよ。先輩から後輩、噂じゃ教師までいたらしい」
「えー……実はビッチでしたか」
「隠しもしてなかったんだよなぁ」
「それは、何と言っていいか分からないけど凄いわね」
ベニオが戸惑っている。その気持ちは分かる。毎日違う男と一緒におり、それを隠しもしておらず堂々としている姿は異様さを覚える。これがらしい言動と格好をしているならまだ納得が出来るが、それとは真逆の印象を人に与えるので余計に訳が分からない。
「清楚ビッチ……。属性はともかく、人間関係で絶対に拗れるでしょ」
「拗れて相手同士が殴り合いに発展した事もあるらしいが、どれも相川の視界の外で行われたらしい。元凶が何も被害受けてないんだ。その癖、勝った方を褒めて負けた方を慰める甲斐甲斐しさぶりらしいぞ」
「待ってください。突っ込みどころ多すぎます。え、なに? 洗脳ですか?」
「知らん」
学校内で単独でいると時は普通なのに、集まる男子達を含めた人間関係は毛玉みたいだった。
「でもトモヒコがあそこまで避ける理由にはならないわね。そういうので好き嫌いしないでしょう?」
「嫌いと言うか苦手なんだよ」
「どうしてですか? 人間関係に巻き込まれて、とか?」
「……中三の林間合宿の時に夜這いされかけた」
「…………はい?」
「分かるか? 夜中に同じテントだった男どもが起き出して出て行ったかと思えば入れ替わりに相川が入ってきた時の訳の分からなさを。ホラー映画さながらだったぞ」
「えぇー……そんな堂々と。って言うか男子がグルになって。教師は……あっ、はい、そっちもなんですね?」
「だろうな。当時、噂は聞いてても全く接点無かったからな。意味不明過ぎた」
「わぁー……」
「その時トモヒコはどうしたの?」
「そうです。それ一番肝心なところですよ! ヤッたんですか?」
「中身にヒルが詰まってる人形みたいな女抱けるか。テント崩して閉じ込めて簀巻きにしてやった。そしたら見張りの生徒どもが襲って来た」
「頭おかしい」
蓮の言う通りだ。サイコスリラー映画の世界に入り込んだ方がまだマシだった。殺人鬼とか悪霊とか、殴れば済む話だし。
「それで大騒ぎになってな、流石に親の方がこれは不味いと思ったのか受験前だってのに相川は転校して行ったんだ。風の噂だと、山奥にある女子校に行ったらしい」
「それが異世界で再会とかツいてないで――女子校?」
蓮は恐ろしい想像をして顔を青褪めた。
「ちなみに、転校前から少ないがガールフレンドもいたぞ」
「帰りましょう」
「…………そうすっか!」
「ええっ!? あの、困ります。いきなりどうしたんですか?」
いきなり帰ると言い出した俺と蓮に案内役の新刊が困惑しているが、本気でこの場から立ち去った方が良いと俺は思い始めていた。
「何言ってるの。クラスメイトを探すんでしょう?」
だが、本来の目的をベニオに指摘されそのまま渋々進む事になった。神聖な場所である神殿が一人の人間のせいで地獄の三丁目みたいに思える。
案内された場所は礼拝場らしき円形の部屋で、何ヶ所もある出入り口の間には老若男女の石像がある部屋だった。
そこには大司教と名乗る老人がいて俺達を歓迎した。デラック帝国でのイベルトやダンジョンモンスターを退治した云々と人懐っこい笑みを浮かべながらやたらと俺達を持ち上げて、それ以外は……何だったか? 校長先生の話並だったのでよく覚えていない。
何にしても歓迎されているようだった。ただ肝心の俺のクラスメイト達の所在はまだ判明していなかった。
現在、転移者が転移する可能性の高い聖域の中で人里離れた場所や転移者の存在を隠しているであろう国の調査を行なっているらしいので待ってくれと言われた。どうでもいいが、前者はともかく後者は宗教組織として国への干渉に当たるのでは? 今更か。世界も違うのだから深く突っ込まないようにしよう。
特に目ぼしい情報はなく、大司教とやらの対応もベニオに任せようかと思ったら無視された。早く終わんねえかなと思っていたら、新情報が出てきた。
「穢れ、ですか?」
「ええ、暗い淀みのようなモノが各地で発生し、魔物達を引き寄せ凶暴化させているのです。穢れは我々にはどうする事も出来ないのですが、転移者である貴方がたは攻撃を加えるだけで浄化できるのです。まさしく神に選ばれた者の力でしょう」
神に選ばれた云々は聞き流して俺はその穢れについて考える。
現地の人間にはどうする事も出来ないのに転移者は出来る。まるでコンラッドと戦った時のようだ。ドラグノルの兵達の攻撃は効かない癖に転移者の攻撃は受けようとしなかった。青い血やモンスターを生み出すダンジョンコアといい、何か繋がりを感じさせる。
大司教の話も漸く終わり、俺のクラスメイト達の情報が手に入るまで一応ここに滞在する事になって宿泊する部屋に案内された。
これで一息つけるなとか思っていたら、蓮が騒ぎ出した。
「パイセン、一緒に寝ましょう」
「断る……と言いたいが、うん、まあ仕方ないか」
蓮の気持ちが分かるので普段別々の部屋に泊まる蓮との同室を許した。ついでにベニオも一緒で。
これは相川を警戒しての処置だ。俺の話を聞いた以上あの女に関しては油断をする気は蓮にはなかった。
「ベッドの配置はどうします? 私はドア側嫌です」
「窓は窓で入って来そうね」
「それ言ったら何処からでも入って来そうな……。自動迎撃リング作ったんで浮かしておきましょう」
「打てる手は打っておくに限るわ。ドアには鍵を付け加えて許可なく立ち入った者には電撃を浴びせるトラップを配置して、窓はワイヤートラップ、壁や天井には振動探知を設置して--」
「全力だなお前ら」
気持ちは分かるが寝る場所をトラップ部屋に改造しないで欲しい。
「そういえば、ここには二クラス分の転移者が来てるんですよね」
「らしいな」
大司教が言うには神殿内と都市の中それぞれに転移者の集団が現れたらしい。どうやら学校のクラスごと転移しているようで、相川のいた女子校とは別の学校のクラスが一つある事になる。
どうでもいいが、空から落とされた俺と待遇が違い過ぎる。
「時間もありますから見に行きません?」
「見世物じゃないんだぞ……でも、挨拶はしとくか」
「トモヒコが言うと裏社会流のアイサツに聞こえるわね」
「同感です」
「悪かったなガラ悪くて。トラップはもういいのか?」
「大体仕掛け終わったわ」
「それに最強の防犯装置はパイセンですし。私達はそれを察知して逃げれば良いですから」
こいつら、いざって時は俺を生贄に逃げる気だな。
部屋を出ると警備の人間が戸惑った表情で立っていた。帝国の城の兵士と違って槍ではなくメイスを持っている。
「あの……マナがエライ勢いで動いているのを感じたのですが、一体何を?」
「気にしないでちょうだい。ああ、勝手に部屋に入らないように。何か非常時でやむなく立ち入る場合は離れてドアを破壊した方が良いわ。加えて言うなら、中に入った後のことは保証しない」
「脅すなよ……」
ベニオの忠告? 警告を聞いて警備の人間は不安そうに部屋のドアとベニオの顔を行き来する。話題を逸らす意味でも転移者達の場所を聞いてそこから立ち去る。
どうやら彼らは今の時間、聖騎士用の鍛錬場にて訓練を行なっているらしい。
「こっちでもまず訓練ですか」
「素人をそのまま実戦に出す訳にはいかないだろ」
「一応、実戦も経験しているようよ」
そういえば穢れを浄化したとか言ってたな。という事は少なくとも現場には行ったのか。
「ここには違う学校から二つのクラスが来てるらしいですけど、あの相川って人よりまともだと良いですね。いや、アレぐらいは勘弁ですけど、やっぱりお約束的なのも期待してしまいますね」
「お約束って何だ?」
「それはほら、ウチのクラスの元ヤンチャ坊主達」
「お前なぁ……」
要は異世界に来て力を得た事での特別感に酔っている連中の事だ。思春期の謎の万能感に加えて漫画みたいな力を得てしまえば浮き足立つのも仕方がないと言える。
ただし冷静になれば黒歴史となる。それだけなら日本で生きてても誰しも忘れたい思い出を持ってしまうが、この危険な世界では最悪、伊藤仁のように死んでしまう。
まあ、異世界に誘拐されてからもう随分経った。流石に冷静になってくる頃だ。実戦を経験したなら嫌でも現実を見る。
蓮が期待するようなお約束は流石にないだろう。
相川に震えていたのが嘘のように楽しんでいる蓮に呆れていると、通路の先にある扉が壊れて黒い格好をした少年と留め具の外れた扉の板が吹っ飛んできた。
そのまま床に転がった少年から肉の焦げる不快な臭いが漂ってくる。
そして、扉の無くなった出入り口の向こうにはバチバチと指先に電気を纏う目付きの鋭い少年が立っていた。
「…………」
「これがお約束というやつかしら?」
「来ましたねぇ、これは。来ちゃいましたよ」
隣で目を輝かせ始めた蓮とまたかと言いたげなベニオの視線が俺に向く。
相川の存在もあって先行きが不安しかなかった。




