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第四十七話


 黄色の布が糸一本残さずに消えた瞬間、今まで発生した黒風は勿論街全体をかき回していた風が嘘のように消えた。

 周囲では突然消えた風に戸惑いつつも危機が去ったと気付いて息を吐く様子が見られた。

 俺は腕に抱えたヴェラを見下ろす。意識を失っているが規則正しい呼吸を繰り返しているので命がどうとか云う話にはならなさそうで良かった。

 だがまだだ。コンラッドが片付いていない。あいつがどうなっているのか確認しない限りは油断はできない。


「センパーイ!」


 少し離れた場所で蓮が手を振っている。強風の中で力を使っていたからか髪がぐちゃぐちゃになっていた。

 

「……んん?」


 今、何か違和感があった。

 手を振っている蓮におかしな所はないが、何か一瞬止まっていたように見えた。

 一つでも違和感を覚えれば認識の齟齬が大きくなってくる。ビデオの一時停止と再生を交互に連打したように音が突然聞こえなくなったかと思うとすぐの聞こえ始め、周囲がごく自然に動き出す。


「センパイ! ……あれ? じっと見てきたりしてどうしました? 漸く蓮ちゃんの魅力に気付きました?」

「違う。ちょっと待て」

「おぉう、シリアスな声」


 蓮に待てを言って周囲を改めて観察する。何かがおかしい。違和感が段々と大きくなっている。

 こういう時はあれだ。頭良いやつに頼るに限る。だがベニオの姿が見えない。ベニオはコンラッドの奇襲を警戒していた筈だが。

 思考途中にて違和感が決して無視できない大きなものになった。その刹那、俺は動いた。

 ――動きの過程を自分でも漠然としか把握出来ぬまま、俺は確かに体を動かした。

 気付けば、俺は左右にそれぞれ蓮とヴェラを腕に抱えて立っていた場所から数メートル後ろに移動していた。


「え? あ、あれ? 何が起きたんですか!? センパイ、とうとう人の知覚の域を超えたんですか!?」


 右腕の蓮が騒ぎ出す。左右を見渡し足が地面から離れているのを見、抱えている俺を見上げて目を見開くのが見えた。


「――センパイッ、目が!」

「分かってる」


 顔を切られていた。鏡なんて持ってないが額から左目の瞼を通過して頰にまで痛みを感じる。無理をすれば目を開けられ視界の左側が真っ赤になるものの視力自体は失っていない。痛いが、眼球は無事なようだ。

 問題は誰の仕業かって点だ。

 右目で先程までなかった気配のある方を見ると、見覚えの無い男が立っていた。


「また乱入か。次から次へと、どうせなら一度にまとめて来いよ」

「驚いた。まさか君、無意識に動けるのか?」

「こっちが最初に言ってんのに答えず質問してんじゃねえよ」


 男の存在に気付いた蓮を下ろしてヴェラを預ける。

 さっきからの違和感の原因を作っているのは間違いなくこの男と考えていいだろう。

 ただ、男の正体が問題だ。普段なら関係ねえと殴っているんだが、男の肘から先を覆う籠手がベニオの物と非常によく似ていた。髪は茶色で違うが眼はベニオと同じ琥珀色だ。

 間違いなくベニオの関係者だ。このままぶっ飛ばして彼女の記憶に関する手掛かりを失ってしまうのには躊躇う。


「お前、ベニオの関係者か?」

「ベニオとはコンラッドと鬼ごっこしてる彼女の事でいいんだよね? だとしたら答えは是だ。僕と彼女の関係、気になるかい?」

「全然。取り敢えず敵っぽいからどうするかは殴った後で決める」

「恋人さ」

「ああ、そう。人の話聞いてたか?」

「彼女の名前、知りたくない? 僕は知っている。彼女の名前はジ――」

「本人が思い出した時に聞くから要らん」


 そもそも俺の顔に切り傷入れやがった時点で敵だ。そんな敵が語る名前とか信用できないし、本人が与り知らぬところでバラして良い事じゃないだろ。


「おいおい、今まで一緒に旅してた女性と関係のある男なんだぞ。もうちょっと反応しなよ。それとも無関心を装ってるのかな?」


 あっ、こいつは自分の都合の良いように好き勝手喋るタイプだ。


「それとも君はロリコンかな? そっちの子達を必死に守っていたようだし」

「年長者が年下守るのは当たり前だろうが」


 流石にウザくなってきたので殴って気絶させベニオに押し付けてしまおう。

 そう思ったと同時に、ヴェラを背中に背負った蓮が片手を上げた。


「はいはーい、ベニオさんの恋人さんって言うのは本当なんですかー?」

「そうだよ」


 人の関心を集めるのが好きなのか、蓮のやたらと明るい声に男はニコリと笑みを浮かべる。人をロリコン呼ばわりしておいてコレか。


「マジでー? あはは、だとしたらベニオさんは面白い趣味してますね。鼻血出したまま笑顔を振りまく道化が好みとかハイセンスですね」

「…………は?」

「緊張感削ぐれるから言わなかったのにお前は……」


 会話してる途中から、男の鼻から血が滴り落ちていた。敢えて指摘しなかったのだが、蓮はそれを煽るように言った。

 男は自分の鼻に手をやって指先に付着した血を見る。


「まさか、さっきので? ……なるほど、四柱が倒される訳だ」


 男が鼻血を指で拭い取りながら露骨に意味深な言葉を呟いた。そっちは独り言のつもりなんだろうが、俺の耳にはしっかり聞こえていた。


「トモヒコ!」


 その時、ベニオが戻ってきた。一人ではなくベニオを掴んで飛んでいるツェールカもいる。


「あっ、アイツいた! 突然現れたり消えたり面倒な奴!」

「気を付けて。あの男、多分――」

「やあ、ジェーン。もう追いついて来たのかい?」


 俺達の隣に着地した二人だが、ベニオは話を途中で遮られたせいかそれとも男の態度か見るからに嫌そうな顔をした。例えるなら壁にこびり付いた油汚れを見るような目だった。


「知り合いらしいが、どうよ? お前の実名も言ってるみたいだし」

「名前は何だか違和感のない感覚がするけど、アレに呼ばれると腹立たしい気持ちになるわ」

「アイツに邪魔された! せっかくコンラッドと白仮面を見つけて追い詰めようとしてたのにさー」

「随分とまあ嫌っているな」


 ベニオとツェールカの男に対する印象悪いようだ。


「今の僕と君は確かに敵対してるが、だからってその態度は冷た――」

「トモヒコ」


 先程の仕返しかベニオが男の話の途中で俺の名を呼んだ。その意図を察して聞き返す。


「いいのか? アレでもお前が失くした過去を知っているようだぞ」

「捕まえれば後で幾らでも聞けるわ。そもそもコンラッドに味方する悪党の話がどこまで信憑性があるのか疑問だし」


 そういう事ならさっさと済ませよう。そしてコンラッドの居場所をゲロさせてやる。


 俺は地面を蹴って男に向かい飛び掛かる。直後、俺は男が立っていた場所にいて片足立ちのまま蹴りを放ったと思われる姿勢になっていた。

 そして例の男はヴェラの竜巻の中でもまだ形を保っていた建物にぶつかっていて崩壊させていた。


「あれ!? センパイ? やっぱり瞬間移動まで体得を!」


 蓮が驚いていた。速すぎて見えない、という訳ではなくやっぱりそもそもの知覚の空白があるようだ。何だかんだでマナアーマーのお陰か蓮の動体視力は高いからな。

 しかし、この空白の原因は何なのか? 答えを期待せずに聞いてみる。


「お前、まさか周囲の意識を奪えるのか?」


 ぶつかって崩れた建物の中から男が瓦礫を退かしながら立ち上がる。

 俺は段々と慣れてきたのかぼんやりとだが何をしたのか覚えている。男に向かって走り出した瞬間に周囲の人間の動きが止まり、俺もまた意識が希薄だった。唯一動いていたのはあの男のみで、男は俺に向かって籠手から雷撃を放っていた。それを俺は反射的に避けて男に接近して蹴り飛ばしたのだ。

 やった記憶は不明瞭だが、実感は何故かあった。


「動ける癖にズレた推測するね。まあ、種を明かすよりも逃げさせてもらうよ」


 男の背後に楕円形の黒い靄が現れ、男はそこに倒れるようにして入っていった。あれは仮面野郎の空間移動の時と同じ現象だった。


「待ちやがれッ!」


 男を吸い込み消えようとしている黒い靄に向かって飛び出して手を伸ばす。だが一瞬早く靄が消えた――が伸ばした指先から微かな手触りを感じた。

 指に力を入れてその手触りを押し留める。その間に反対の手を貫手で差し込むと、指が何も無い空中に沈むようにして消えた。

 消えた指には感触がある。指を曲げて空間を掴み、力づくで空間移動の入り口をこじ開ける。


「逃すと思ってんのかァ!?」


 空間を裂いた先には真っ暗な世界が広がっていた。その闇の世界で不自然なほど浮き上がって見れる人影が四つ。

 俺と戦った時よりもボロボロのコンラッド、仮面が更に割れてほぼ半分になった仮面野郎、さっき逃げ出した男。そして四人目は全身鎧を身につけ槍を持った人間だ。

 コンラッド達が目を見開いてこっちを見る中、全身鎧が動いて槍を俺に向かって突き出した。


「――――な」


 速い。

 正確に目で捉えられない速度に俺は反射的に胸の前で腕を組んで防御する。

 腕を切られて肩に槍が食い込んだ。腕の骨に刃が食い込んだがそのおかげで槍を僅かに上へと逸らして胴体を刺し貫かれるのは避けた。代わりに肩に槍が突き刺さり肉と骨を斬っている。

 しかも槍が伸びて俺を外へと押し出すどころか、槍そのものが巨大化していく。


「うおおおおおおぉぉっ!?」


 刺さったままの槍が両足で地面に踏ん張っている俺を押し出しながら街を切り裂く。その大きさはとうとうビル一つや二つではきかなくなり、何の抵抗も無いと言わんばかりに深い線を地面に刻んでいく。


「ンのヤロォがッ、邪魔だぁぁぁぁッ!!」


 気合いを入れて瞬間的に足腰に最大の力を入れ、同時に肩と腕にめり込む槍をかち上げる。刃が外れると腕と肩から鮮血が噴き出るが筋肉で出血を止めてついでに骨を圧迫させて切れ目から折れないようにする。右の鎖骨は完全に切断されたが、鈍いながら腕は動く。

 斜めに大きく跳ねた槍はというと、急速に縮んで空間の切れ目の方に戻っていく。

 俺は急ぎそれを追いかけるが、二度目は無かった。

 十分な余裕を持って空間は閉じられてしまった。切れ目があった場所に手を振って感触を確かめるが、ただ空を切るだけに終わった。




 あれから三日経った。

 サゴスを支配していたカリギュラ・サファギリウスは黒風によって血の一滴も残らずに消失し、サゴス含めた周辺の領地は実質的にドラグノル公爵家の物になった。

 こんな荒れ果てた土地と暗黒街なんて貰っても罰ゲームだしドラグノルの当主である姉妹も嫌そうな顔をしていたが、ヴェラが洗脳されて起こした竜巻が怪我の巧妙になった。

 あの時、俺はコンラッドに掛かりっきりだったが他ではバリバリの戦闘中。薬中変身モンスターも暴れ、血の臭いに惹かれたアッパラパーもまたお祭り気分。

 間抜けな連中は外に出ていて大変が竜巻の犠牲となったのだ。鉄火場に参加せず地下に篭っていた街の住人は逆に助かり、事が終わり地下から外に出れば建物が瓦礫も残さず崩壊しているのを見て驚いていたほどだ。

 つまり、破壊した瓦礫ごとヴェラの竜巻と黒風はサゴスの街を象徴していたモノの殆どを掃除したのだ。

 瓦礫も死体も食い消す黒風の暴虐は消えた後となれば良くも悪くもゴミを残さない。

 現在ではアインスとドラグノルの兵達が街(跡地)を管理して生き残った住人の保護と炊き出しをしている。

 俺はと言えば戦闘の後、ベニオにポーション風呂に放り込まれた。鏡で自分の怪我を見てみたが、ブリジットの火傷の時と違い切り傷刺し傷だらけでちょっとしたフランケンシュタイン状態だった。

 翌日、傷口が塞がった俺はエヴァンズの手伝いでまだ隠れていたド畜生供を退治するのに協力し、それが昨日終わった。こういう時、魔法のコンパスは非常に便利だ。

 ベニオは巡回医師のカノン先生と一緒に怪我人の手当を。だが、ヴェラに使った人の血とマナから作った麻薬洗浄薬をこう劇薬扱いしないでほしい。ショック死するから千倍に薄めるとか、その大元の血が流れている俺は何だっていう話だ。

 蓮は翌日の昼まで寝て炊き出しの手伝いをしていた。他にも諜報員として集めた資料と残党討伐で手に入った情報を整理させられているセシルに飲み物を配ったりアインス達に食事を届けたり雑用など、意外と真面目な奴だ。

 そんな感じで三日程過ごした翌朝、俺達は馬車に荷物を詰め込んでいた。


「もう行くとは、慌ただしいな」


 見送りにわざわざアインスとツェールカ、エヴァンズが来ている。


「あんまり長居してもな。好きでこの街に来た訳じゃない」


 そもそもの目的地はメシューレ神殿なのだから、準備が出来ればすぐに出発だ。

 デラック帝国から貰った荷台は駄目だったが、馬の方は生き延びていた。新しい荷台と食料などを調達してしまえば準備完了だ。怪我して削れた肉もベニオが泥みたいな薬を被せて包帯で巻き放置すればこの三日で戻った。処置した本人が胡乱な目を向けていたけど。


「モコモコ達の事は頼んだ」

「オオベレットコウセイだろ? 分かっている。それよりも何も言わなくても良いのか?」

「昨日の内に挨拶は済ませた」

「そっちではなく、ヴェラにだ。貴様、言ってないだろ」


 アインスの指摘に思わず苦い表情を浮かべる。

 変なのに取り憑かれていたヴェラだが、目を覚ました後はブリジット同様に何も後遺症は無かった。しかし能天気なブリジットとは違って大分責任を感じた。


「泣いて謝ってたもんねー。ひゅーっ、この女泣かせーっ!」


 ツェールカの煽り部分はともかくとして、少年兵という経歴を持っていてもまだ子供のヴェラの落ち込みようは凄かった。俺が別に気にしてないと言っても自省の念が強すぎて、それこそもう最初に会った時のようになんでも命令を聞くといった感じだった。


「ヴェラに何も含む所はないからな。時間が経てば落ち着くだろうし、俺は俺でクラスメイト探さないといけねえし」

「今何を言っても女の子から逃げる口実にしか聞こえないわよ?」

「…………」


 ベニオ通り過ぎざまに言葉を吐いて馬車に乗り込んでいった。


「トモセンパイ、早く出発しましょう! ハリーハリーハリィ!」


 蓮は蓮で俺以上に早く出て行きたいようだ。サゴスでの脅威は無くなりもう少し休憩させろだの何だの言いそうだったのに、何故か急いでいる。


「モテモテじゃないか」

「子供にモテてもしょうがない。それより、転移者についてだけど」

「ああ、公国内で見つかったら教える。正直メシューレとは仲が良いとは言えんが、手紙くらいは送れる。ただ、あの槍使いを見たら」

「分かってる。すぐにそっちに知らせる」


 空間転移の入り口に手を掛けた俺をぶっ飛ばしたあの巨大化する槍は、実はドラグノル公爵家の家宝で前当主であるアインス達の父親が何者かの襲撃で死亡した際に無くなっていた物だそうだ。

 つまり、家宝を持っているあの全身鎧の槍使いは仇である可能性が高いのだ。

 あいつらが何者なのかはまだ具体的なところは判明していない。モンスターと同じ青い血を流すコンラッドにベニオと同じ装備を持つ男、ブリジットやヴェラに取り憑いた訳の分からない存在。

 こう何度も遭遇しては無関係とは言えない。色々気になる事もあるし、槍の件がなくとも見つけたら取り敢えず殴っておこう。

 サゴスにいたせいか物騒な思考がまだ抜け落ちていないのを自覚する。自重しないとな。


「それじゃ、エヴァンズもまたな。モコモコやセシル、先生によろしく言っておいてくれ」


 手を上げて軽く別れの挨拶を済ませて俺は馬車に乗り込む。手綱を握って軽く振れば馬は足を動かし始めた。

 寄り道をしたものの目指す場所は変わっていない。メシューレ教の総本山、メシューレ神殿だ。


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