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第四十六話


「はぁぁぁぁ……つっかえねぇなァ」

「むっ、こうなったら徹底的にやったりますよ!」


 光鎖をいとも容易く防がれた蓮はムキになったのかヴェラに向かってガチに攻撃を始めた。手を翳さすと魔法で光弾を周囲に浮かべて連射し、黒風に遮られたのを見ると今度は大きな光輪を出してそれを捻じって形を変えさせドリル状にして投げた。

 いつの間にそこまで多芸になっていたのか驚きだったが、折角の新技も黒風に呆気なく防がれた。


「うぅ、こっちがレベルアップしても二つ先のダンジョンボスがやって来た感じです」

「分かりにくい。それより、何だあの風っぽいの。ブリジットの同類なら下手に触るとヤバイぞ」


 ブリジットが出した炎は石油みたいな黒色で物質も魔法も燃やす訳の分からないものだったが、ヴェラの風もよく分からない。

 風っぽいが、そもそも風に色はない。あんな触れた物を削って塵一つ残らないのは何なのか? 超スピードで風化させているとか?


「何だあれ?」


 分からない時はベニオに聞くに限る。


「あれは風じゃなくて多重層の亜空間を作ってそれを超高速で動かす事で空間ごと削り取っているんだわ」

「えーっと……紙ヤスリが積み重なってる感じでいいのか?」

「間違えてはいないわね」


 となると黒風を突破するのは簡単ではなさそうだが出来る。ヴェラは元から風でなく空間ごと切り裂いたり振動させる技を持っていた。コンラッドの瞬間移動も見たのでその手のモノを無理矢理掴むコツは既に知っている。

 ただ物凄いスピードなので手の皮膚どころか肉もペースト状になるかもしれない。


「ちなみに生き物がアレに突っ込んだらどうなります?」


 蓮が好奇心か現実逃避なのか、しなくてもいい疑問を聞く。何で聞くかな。


「それは……ああなるわね」


 ベニオが横に顔を向けたのでそちらを見てみると、風に囚われてヴェラの方向へと飛んでいくカリギュラがいた。


「コ、コンラッド、どこだァ!  こいつを止めろォ!」


 お前空飛べたんじゃないのかと思ったが、飛べるが故に捕まったようだ。それ以前にエヴァンズにボコられたのか大分ボロボロな状態だった。

 喚いているが風の音で何を言っているのか分からない。彼の部下も倒され薬で変異した怪物達を大部分が倒されている。精々が死体か気絶した連中で、ドラグノルの兵達が彼らを助ける義理もないのでカリギュラと一緒に空を舞っている。

 非道な行いで地位を得て、背徳の都市の頂上にいた男はそのまま黒風に体を一瞬で削られ血潮一つ出さずに塵の一つも残らず消えてしまった。


「うっわ、呆気ねェ」

「雑に退場しましたね」


 世の無常さを感じていると、後ろから新たな気配がしたので振り向く。カリギュラをぶっ飛ばしたと犯人と思われるエヴァンズが二人の小さな領主の傍にまで戻って来ていた。


「多少手こずりましたが、カリギュラを始末しました」

「見えていたから知ってる。それよりも問題はアレだな。ベニオ、そこまで分析できたのなら何か対処の仕方はないのか?」


 アインスがベニオに視線を向ける。

 現状を簡単に言うと街中で巨大なミキサー付き掃除機が猛威を振るっているような状況だ。不規則ながら強力な風が物を巻き上げてグルグル回りながらヴェラのいる中心部へと吸い寄せ、黒風がそれを消滅させる。厄介なのはその規模が大きくなっている事だ。


「取り敢えず攻撃し続けましょう。それか物を投げつければ勝手に運んでくれるわ。アレは拡大し続けているけど、物を削っている間は減速していたわ」

「時間稼ぎはできると。そのできた時間でどうする?」

「トモヒコに頑張ってもらいましょう」

「オレか。いや、やるけどさ。お前は?」

「私はこの惨状を作り出して高みの見物を決め込んでいる連中の動向を注意しておくわ。また変に引っ掻き回されても困るもの」

「見つけたら言え。ヴェラが何とかなった殺る」


 ベニオが頷いたところでアインスがエヴァンズを連れて場所を移動し始める。


「どういう原理か知らないが、あの少女には私達の攻撃は通じないからな。あの黒い風も同じ可能性がある。我々はサポートに回ろう。ベニオ、足にはツェールカを使え」

「飛ぶよー、風の中でもギュンギュン飛ぶぜぇ」

「ありがとう。でもちょっと待って。トモヒコ、ちょっと手を出して」

「おう――痛ェ!」


 言われるまま両手を出すとヴェラに斬られた掌に何か注射器のような筒状の物を突き刺された。傷口部分に針が刺さるのと血が抜き取られる感触がする。

 いきなり何すんだよ。こいつ、説明もなしにいきなり行動するところがある。


「どこまで効果はあるか分からないけど、トモヒコの血とマナで薬を作るわ。あの子、前にも洗脳されていたみたいだしトモヒコが一発殴っても正気に戻るか分からないから」

「トモセンパイに何度も殴られたら原型ありませんよね?」

「…………」


 実は前回の戦闘で結構殴ったのだが、それは黙っておこう。

 ベニオは俺から血を抜き取るとどこからか水筒を取り出し中身を俺にぶっかけた。青汁みたいな緑色の見覚えのある色と匂い、それとこの味はポーションだった。


「うわ、雑」

「全身傷だらけだからこれでいいのよ」

「確かに痛みとか引いていくけどよ……」


 俺の非難を込めた視線を無視してベニオは篭手の装甲を開いてその中に俺の血の入った注射器をセットする。その際、装甲の奥に赤色の水晶玉みたいなのが一瞬見えた。


「……お前、まさかパクった?」

「…………」


 あの赤色は確かシティコアだ。サイズは少し大きめのビー玉サイズだが、あの色と光沢は間違いなかった。

 ベニオはそっと目を逸らした。


「お前なぁ、いいのかよそんな事して」

「未発見だったコアから株分けしただけだから。残りは王国に渡したし、管理下にあるシティコアには手を出していないわ」


 ダンジョンモンスターのコアから一部をくすねたらしい。両腕のガチャガチャした装甲がとうとう肩にまで行っていたので増殖でもしたのかと思ったが、そうやってパワーアップしていたようだ。

 電子レンジの温めて終了みたいな音がするとベニオの籠手の装甲が開いて筒が出てくる。


「はい、できたわ。横のスライドスイッチがセーフティ、この赤い部分を肌に押し付けて頭のスイッチを押せば針が出て中の薬が注射されるようになっているわ。後は頑張ってね私は行くから」


 誤魔化すように早口で説明するとベニオは薬を俺に押し付け、ツェールカと共に走り去っていった。


「あいつ……。まあいいか。それよりさっさと……?」


 さっきから静かだと思ったら蓮の姿が消えていた。どこに行ったのかと思って周囲を見渡すと、風に攫われて体が宙に浮いているのを発見した。


「お前、何やってんの?」

「――――! ――ッ!!」


 光鎖を近くのまだ吹っ飛んでいない建物に引っ掛けてヴェラの方に飛ばされるのを耐えている蓮は何か怒鳴っているようだが、風で掻き消されて全然聞こえない。

 建物の所に跳んで鎖を引っ張り、蓮を小脇に抱えてその場から離れる。


「何をやってんだよお前は」

「好きでああなったんじゃないですよ。そもそもこんな風の中で平然と立って会話してる人達の方がおかしい!」

「鍛え方が足りないんじゃないか?」

「女の子はやわっこいままで良いんです」


 理由になってもいない事を宣う蓮の言い分はともかく、風が拡大していると同時に勢いが強くなっているのは確かだった。

 ヴェラの所に行く前に、蓮を離れた場所に置いておこうとした時、街の各所から雷がヴェラに向かって伸びた。ドラグノルの兵達の仕業らしい。

 全てが黒風に削られ消えていくが、ベニオが言った通り拡大のスピードは落ちている。


「センパイ、下ろしてください。時間稼ぎに参加しますから」

「……できるのか?」

「さっきは失敗しましたけど、今度こそ良いところ見せてあげますよ。時間稼ぎ程度なら任せてください」


 まだ風の弱い距離に蓮を下ろすと、彼女はヴェラに向けて掌を向け集中を始める。出てきたのは光輪。ただし黒風を含んだヴェラを輪の中に収めるほどの巨大な光輪だった。


「よし――死ねェ!」

「おい」


 何かガチ目に物騒な言葉を叫ぶと光輪の輪が閉じてヴェラを襲う。黒風に阻まれてはいるが、削っても削っても消えることもなく光輪はヴェラを輪切りにしようと襲っている。


「ガチな勢いでやらない無理なんですよ! あー! しんどいなぁー! でもこの殺意が私を強くしてくれる! みたいな!?」

「お前頭大丈夫か?」

「私は至って冷静ですよ! それよりもほら、チャンスですよ!」


 年下の少女の精神が心配だが、おかげと黒風の拡大は目に見えて遅くなっている。別の意味で不安は残るが、今の内にヴェラを助けるべきだ。


「じゃあ行ってくる!」

「終わったらご褒美を希望します!」


 聞き流して俺はヴェラに向かって疾走する。俺を脅威と認識しているのか、球状に渦巻いていた黒風が俺に向かって吹き荒れる。

 取り敢えず殴ってみる。やはり 見た目は風っぽいだけで空間に作用しているようだ。殴った感触はコンクリートとザラついた表面に手を這わせて思いっきり引っ掻いたような感じだ。

 殴って跳ね返す事は出来るが、拳の表面が削られて拳の尖った部分の肉が消えて骨が少し見えた。圧もあるので手を開いた状態で触れば折れ曲り一気に持っていかれるだろう。

 ヴェラを操っているモノも同じように判断したらしい。確実に俺の体を削ぎ落とす方針に変えたようで、黒風がいくつも向かってくる。

 俺は一つを横に飛んで避ける。通常の風が邪魔をするように吹いていて迂闊に地面から足を離せば巻き上げられる。

 なるべく巻き込まれないよう身を低くしながら走って出来るだけヴェラに近づいていく。距離が縮まるに連れて風が強くなり黒風も荒っぽくなる。

 ヴェラに近づいたところで彼女は空にいる。そこまで行くにはジャンプするしかないが、そうしてしまえば風に掬い上げられて格好に的になる。


「ならまあ、来てもらうか」


 槍--と言うかドリルのように空間を削り取りながら来た黒風を紙一重で避け、横を通り過ぎようとするそれに手を突っ込む。

 下手に触れば指が飛ぶが、激しく動く空間が重なり合っているせいか僅かにだが隙間がある。そこに突っ込めば直撃するよりも威力は低い。髭剃りのカミソリが十枚刃から五、六枚刃程度になった感じだろうか。

 理屈はうっちゃっておいて、兎に角掴みやすい隙間があるなら使わない手は文字通りない。

 黒風は隙間を閉じようとするが、それよりも早く俺は掴んだ黒風を引っ張ってその先にいるヴェラを空中から地面に叩きつけた。

 依然として黒風がヴェラを守っているが、俺は掴んでいた空間を離してそのままヴェラに向かってかける。

 俺を警戒してか、ヴェラに巻き付く黄色い布が震えて黒風の密度が濃くなり黒い球体の形を作る。


「フンッ!」


 走りながら黒い球体に向かって肩から突進する。俺の肩の肉を削りはするものの勢いに負けて撓む黒風に蹴りを入れ、捻って黒風を巻き込みつつ蹴り飛ばす。

 全てとまではいかないが黒風が減った。その分だけ前進する。ゆっくりと体を起こすヴェラよりも早く、先程と同じ要領で黒風を掻き分けて到着する。

 眼前に俺がいるのに何の反応を示さない少女。前の少年兵状態の方が活発で厄介だったな。

 その代わり、周囲に漂っていた布が鋭く尖って襲いかかってくる。最初の一枚を掴んで受け止めるが、黒風と同じ性質があるらしく握り潰そうにも潰せず、受け止めるだけで精一杯だった。

 次々と襲いかかって来る布が体に突き刺さり中から血肉を削ってくる。


「ガ――ああああぁぁっ!!」


 全身に力を入れて無理矢理に布の削りを筋肉で押し留める。そうやって全身に力を込めながら空いた手でヴェラを掴んで黄色い布から引き離す。

 ブリジットの黒い影とは違い抵抗は弱くすぐに引き離せた。あの時の奴とは違い意思が微弱で喋りもせず気配が薄いので弱っていると思ったがその通りのようだった。

 まだ完全に引き離せてはいないが、今の状態で引きずり出せただけ出した後に手を離して代わりにベニオが作った薬をヴェラに打ち込む。

 黄色い布が騒めき、抵抗が弱くなる。その隙に右手で掴んでいた布を引き寄せ腕を回転させて巻き上げる。


「どっ、せいぃぃぃっ!」


 手刀で布を断ち切り完全にヴェラから引き離す。巻き上げた布は腕を払って地面へと叩きつける。そして、べチャリと中身が生ゴミで詰まったゴミ袋のように落ちた布の塊を全力で蹴る。

 布の塊は蹴りの衝撃に耐えられずに跡形も無く弾けて断片は摩擦で燃え尽きた。


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