第四十五話
戦争映画で爆撃機が爆弾を大量に地上へと落とす場面を観たことあるが、こういうのも絨毯爆撃と言うのだろうか。
大量の刀剣が凄まじい速度で飛来して地面に突き刺さると衝撃で地面が爆発したみたいに捲れ上がる。剣は刺さった際の衝撃で地面を退かすと直ぐに俺に向かって剣先を向けて狙ってくる始末だった。
剣の腹を叩いて粉砕すれば動かなくはなるが、数が多い。そのせいで周囲の被害も多いほどだ。
「コンラッド! 何をして――ぐはっ!?」
風の力で空に浮かんでいたカリギュラは流石にコンラッドの周囲を顧みない攻撃方法に苦言を放とうとして、空を飛ぶツェールカに叩き落とされていた。そして落下地点へと先回りしたエヴァンズが前蹴りでぶっ飛ばした。
「いいのか? 雇い主がボコられてるけど」
「ドラグノルにこうまでされた以上終わりだ。それに素体が完成した今となっては用済みだ。纏めて死ね!」
「雑な黒幕だなオイ」
いや、何か計画はあったんだろうが雑に早まったり潰れたりしたっぽい。俺が関わっているかも知れないが確認する気も起きないし。
それに、余裕を持った態度を豹変させたコンラッドは怒気を発したまま手を動かして印のようなものを組む。
すると直進して突っ込んでいた剣はカーブを描いた軌道を見せたり縦や横に回転しながら俺を追い始める。加えて瞬間移動による背後からの奇襲も織り交ぜ始める。
嫌らしい攻撃だ。だが――
「今更そんなのでビビると思ったか!」
瞬間移動は寧ろ空間の歪みを肌で察知できるのでタイミングが分かる分読みやすく、戦闘機みたいに飛来する剣なんて反応できて殴り壊せる時点で面倒だと思っても俺の脅威じゃない。
背後からの剣を避け、正面からの剣は叩き壊す。死角から瞬間移動しようとしてるのはそのまま体を突っ込ませて転移自体を破壊する。
「物理法則無視してんじゃねえよクソがッ!」
「空間操ってる奴に言われたくねえよボケ!」
コンラッドの後ろの空間から無数の剣が飛び出して群れとなり正面から飛んでくる。
まるで魚群だ。一匹一匹を剣に置き換えた群れに向かって俺は正面から突き進む。拳の連打で剣を叩き落とし、走りながら膝で側面を叩いて軌道を逸らす。
それでも数が多く全てを迎撃出来ずに何本か体に突き刺さり、俺は足を止めてしまう。
「がっ――」
「そのまま細切れにしてやる!」
更に寄り集まり怒涛の勢いで泳ぐ剣の群れ。その中で足を止めた俺は密集する剣を見て、拳で手頃な剣を殴り返した。
剣と剣同士がぶつかったことで衝撃で跳ね回る。ビリヤードのようにぶつかった勢いが伝播していき、密集していたせいもあって剣の塊が破裂した。
開いた空間の中に飛び込んで、一息でコンラッドに接近する。
「何ィ!?」
「捕まえたァ!」
瞬間移動する直前にコンラッドの首を掴む。そのまま力を込めて拘束しつつ、逆の手で腹に拳を叩き込む。
首を絞められ満足に呼吸もできないコンラッドは声も出せないままだが、しっかりと効いているようで苦痛に満ちた顔をする。
「このまま首の骨を折られるのと腹を滅多打ちにされるのどっちがいい?」
直後に首を握り潰す勢いで力を込め、持ち上げたまま腹に連打を浴びせる。聞いただけだ。しっかし、中々死なないなコイツ。
死ぬまで殴っているつもりでいると、突然足元から黒い霧が噴出した。霧と表現したが触れる黒いモノには手触りを感じられず温度もない。勢い良く出ているのに風も感じない。
だがこれには感覚的な覚えがあった。昨夜俺とドラグノルの兵達が正面からぶつかり合う直前に感じたものだ。
「逃すかァ!」
俺とコンラッドを包み込んだ霧を腕で振り払う。手応えはあったが、遅かった。しっかりと握っていたにも関わらずコンラッドの姿が消えていた。
舌打ちして周囲を見回す。コンラッドの姿はすぐに発見できた。柱が崩れ屋根だけとなって建物の上に青い血を吐いて膝をついている。
「ゴホッ、ゲボッ、お、遅かったじゃないか。だが、良くやった!」
コンラッドの隣には仮面をつけた黒装束が立っていた。空間移動はあいつの仕業か。
だが今はそれよりも黒装束が抱えている少女。ヴェラだ。気絶しているのか四肢が弛緩してだらりと垂れ下がっているが呼吸の音は聞こえるので生きている。屋敷の混乱を突かれて攫われたか。空間移動ができるとなれば簡単な話か。
「じっとしてろよ。でなければ――」
人質がいる事に調子を取り戻したコンラッドを無視して俺は一瞬で黒装束に接近して仮面ごと顔を殴る。殴る直前に空間転移らしい術を発動させたのか黒装束体から黒い霧が出てきたが、こっちはコツを掴みはじめている。
そのまま拳から来る手応えのある方向に向かってフックで殴る。すると黒い霧が晴れて俺の拳が仮面を殴り飛ばした。
ヴェラが仮面の黒装束の手から離れたので受け止めて両腕で抱える。
「目の前で悠々と人質見せびらかす馬鹿がどこにいる」
言いながらついでにコンラッドを蹴り飛ばして向かいの建物の壁にめり込ませておく。ヴェラを抱えている中、何かされたら面倒だからだ。
一方で仮面の黒装束を見れば一度は倒れたものの起き上がってきていた。白い仮面が割れて顔の一部が露わになる。
仮面の奥には何もなかった。顔も頭もなくただ奥行きも分からない暗黒だけだった。
黒装束は顔を隠そうとせず、黒い霧を纏うと消えた。同時にコンラッドも霧に包まれて姿を消した。
逃げた、かと思ったがすぐに二人の姿が別の場所に現れた。
ここから離れた周囲の建物よりも高い場所の上だ。高みの見物のつもりか、この距離なら俺が手出しできないとでも思っているのか?
あれだけ殴ってやったのにまだ分からないらしい。コンラッドが苦しそうに咳き込んで青い血を吐いているのがここからでも見えた。
だがその顔には青ざめてはいるが余裕が戻っていた。仲間が来たから調子こいてんのか。
「あいつ、何を……?」
コンラッドの笑みに疑問を抱いた時、脇腹に鋭い痛みを覚えた。体を見下ろしてみれば、禍々しい形をしたナイフが突き刺さっていた。
ナイフを握るのは白く小さな手。俺が両腕で抱えているヴェラがナイフを突き刺していた。
ヴェラはナイフを引き抜くと俺の首に向けてナイフを振り上げる。咄嗟に左手で首を庇う。掌が切り裂かれた。
さっきまで意識のなかった筈のヴェラは俺が腕を離した瞬間に俺の体を蹴って宙に跳び、そのまま空に浮かんだ。
「チッ……テメェら、何しやがった!?」
チラリと見えたヴェラの顔を見て、俺はコンラッドと仮面の黒装束を睨みつける。
ヴェラの開かれた目は虚ろで何も見ていなかった。地下で戦った時も自意識が極度に薄かったが、今回は表情さえも無で完全な操り人形だった。
「ハッ、ハハ、ハハハハハハハハッ! これでお前も終わりだ!」
コンラッドの高笑いが聞こえた。
「そのナイフには魔物化させる毒が仕込んでる。そうだ、サゴスで流してクスリだ! それも本来なら希釈させて使う物だが原液をそのまま使っている! お前はもう終わりだ。醜い怪物になりながら溶けて死ね!!」
コンラッドの言う通り、斬られた腹と手を見れば傷口から変色し俺の体を蝕み始めた。不健康を通り越して毒々しい紫色になるだけでなく、皮膚が泡立ちその下で肉が蠢いている。変化が指先まで進むと爪も鋭く猛禽類のような物へと変化した。
「自らの体が変わっていく恐怖に震えるがいい!!」
「……フンッ!」
「…………あ?」
煩いコンラッドの言葉を無視して手と腹に力を込めると、痙攣していた肉が鎮まり元の人の手に戻ると色の変化も肌色に戻っていく。傷口からは黒と青紫の液体が噴出して地面に飛び散る。最後に俺自身の赤い血が出たところで傷口が筋肉で閉じられて止血を完了した。
「おかしいだろゥがよおおおおっ!!」
「うるせぇ知るか! 力足りてねんじゃねえか!? どうでもいいからヴェラを戻せよお前!」
俺は平気でも問題はヴェラだ。また拳骨を数発当てれば治るだろうか。
「……大気震わせ、雲を千切り、ただ漂うは一切れの布」
自失茫然とした表情で意識もないと思っていたヴェラが突然言葉を紡ぎ出した。だが喋っている言語はこの世界の言葉に聞こえるし日本語にも聞こえる。これには覚えがあった。
「これはブリジットと同じ――」
イベルトの闘技場で戦ったブリジットは途中から様子がおかしくなった。その時に喋っていた言葉と一緒だ。
「クソッ!」
躊躇っている暇はない。俺は急いで瓦礫を蹴って宙に浮かぶヴェラに向かって跳躍する。
「嵐が吹き荒れようと黄衣はただ揺蕩う」
俺の手が届きそうになる距離まで近づいた瞬間、見えない壁が激突してきた。
風が吹いた、程度では収まらない。台風が凝縮してぶつかって来たような圧力が俺の体を弾き飛ばした。
地面に着地してすぐに空を見上げるとヴェラを中心にして風が渦巻いていた。ヴェラから風が吹いているのか、それとも吸い込んでいるのか。それが分からないぐらいに風が滅茶苦茶に動いていた。
「其は天地を渡る風なり、空を刻む粉砕の刃なり。顕れ出でよ、禍津の風」
ヴェラの言葉が終わった途端、吹いていた風が更にその範囲を広げて球状の台風となった。球状とか自分でも訳分からないが、そもそも風が様々な方向から吹いては突然方向を変えるのだ。前からも後ろからも、頭の真上からかと思えば下から吹いてくる時もある。
ヴェラを中心に範囲を広げていく台風の規模は大きく、他で戦闘をしていた者達をも巻き込む。
人為的なものだが天災が来てる真っ只中で戦っている場合ではなく――一部が暴れ続けていたが正気を初めから失ってるタイプで直ぐに他の巻き上げられた瓦礫や家に潰された--全員が退避する。
「こいつは……」
「ト、トモセンパーイ! 何が起こったんですか!? って、あの子が何で!? ヤンデレ化で敵になるパターン?」
ベニオとレンがこっちに来てヴェラの姿を見る。
「ブリジットと同じだよ! 杖野郎の仲間に何かされたようだ!」
原因に違いないコンラッドと仮面の黒装束の姿を探すがいつの間にか消えている。逃げやがった--と思いきや姿は見えないもののコンラッドの笑い声が聞こえた。
『ハハハハハハッ、こうなればお前達はもうおしまいだ! サゴスごと消え去るがいい!』
「え、カマセみたいなセリフ吐いてるこの人ダレですか?」
「誰だろうな」
本当に何者なのか疑問だが、今はそれどころじゃない。ヴェラから発せられる風が段々と強くなっているし、このまま広がれば他の子供達がいる屋敷にまで被害が及ぶ。
「いやーっ、飛ばされる!」
離れていても人の体も軽々と浮かせれるほど強くなってきた風に蓮は俺の体にしがみ付き、ベニオは武装した両腕から剣を出して地面に突き刺して耐える。
その時、俺達の後ろから雷が奔りヴェラを襲った。閃光のように瞬いた雷だが、ヴェラは平然としている。
「コンラッドと同じだな。効いていないと言うか、そもそも届いていないように見える」
「一体どんな原理なんだろ。無敵とかつまんなーい。というかこんな風吹かれたら飛べなくなる」
後ろにいたのはアインスとツェールカの二人だ。どちらも小柄な体ながら強い風の中を二本の足で立っていた。
「チラッと見た程度だが、貴様はコンラッドに攻撃できていた。何か手はあるか?」
「多分、転移者なら攻撃は通る。それとヴェラは、あの子供は操られているだけだから、殺すのは勘弁だ」
「だろうな。サファギリウス家の者は呪われているんじゃないか? それで正気に戻す手立ては?」
「殴って気絶させて様子見か、大元を叩くしかない」
ブリジットと同じなら、操っている原因であり力の源になっている影か何かある筈だ。
風で飛ぶ瓦礫が邪魔になって視界は悪いが、宙に浮かぶヴェラを観察する。正気の無い目をしたヴェラの周囲に影は見えない。代わりに、黄色い布の切れ端が風に影響されず彼女の周囲を漂っていた。
大きさや長さが変わって安定しない布なんて怪しすぎた。
「蓮、どけ。今からちょっとアレを引き剥がしくる」
「いや、捕まえればいいんでしょう? それなら私がやりますから、代わりに支えていてください」
「…………」
「…………」
「二人ともどうしてそんな目で私を見るんですか? 失礼じゃないです?」
だって、なあ? という感じでベニオと目を合わせる。
「あーっ、だったら見せてやりますよ! やるときゃヤる女、それが蓮ちゃんです!」
何をそんなに怒っているのか怒鳴った蓮は俺から手を離すと足覆う形で光輪を出現させて地面を踏みしめて体を固定させる。そして両手から多数の光輪を出現させて輪の内側にそれぞれを通し連らせて鎖にする。
鎖となった光輪は風の影響を受けずヴェラの方へと真っ直ぐ伸びていく。どうやらそれでヴェラを拘束するつもりらしい。
光鎖はぐるりとヴェラを取り囲み、一気に包囲を縮めて少女を拘束する――寸前でヴェラから黒い風が発生した。
風、と言っていいのか分からない。そもそも風に色はない。だがそれを何かと表現する風であり宇宙の暗闇のような色をしていた。
黒い風は光鎖を簡単にかき消すと先の風のようにその範囲を広げる。紙に描いた落書きを消しゴムで消すように、黒風が触れた物が消えていった。




