第四十四話
「ぶっ飛べゴラァ!」
笛の音を聞いた瞬間に俺は杖の男――コンラッドに殴りかかった。だが拳が当たる直前にコンラッドの姿が消えて、向かいの屋敷の屋根の上に奴は現れた。
「瞬間移動とかクッソウザい」
笛のサイズが小さいにも関わらず、屋根へと下りたコンラッドが鳴らす音は街中へと広がっていく。直後、各所から獣のような方向が聞こえて同時に悲鳴や破壊音までする。
カリギュラの護衛達の一部も化物に姿を変える。薬打って変身するのは見たことあったが、無しでも成れるのかよ。それとも、何度も使ってると必要なくなるのか?
いきなりの怪物の登場に、ドラグノルの兵達は驚いた表情を誰しも浮かべた。だが次の瞬間には怪物よりも先に殴りかかっていた。
「こんな大規模な市街戦は滅多にないよ! いえーい!」
ツェールカも小さな身に比べると大きな羽を広げて高速移動しつつカリギュラの兵や怪物達をボコし始める。
「…………なんか」
「センパイ、センパイ! 意気揚々と喧嘩を最初に吹っ掛けたのに横から美味しくかっ攫われて置いてけぼり感を醸し出している時ってどんな気分なんですか? 後学のために知りたいです!」
取り敢えず屋敷から出てきたと思ったらいきなり人を煽り出した後輩はどうしてやろうか。
実際、ドラグノル達の行動が早すぎて俺の出鼻が挫かれた感が凄いある。屋敷に残っていたドラグノルの兵達も出てきて、エヴァンズまでカリギュラに向かって駆け出して行った。
サゴスの各所から怪物の咆哮が轟いた数秒後には街全体が戦場になったようで爆音が色んな方向から聞こえてくる。
住人全員がカリギュラの支配下にある訳じゃない。突然変身した怪物を倒そうとしているのだろう。或いは怪物同士で喧嘩でもしているのか。
「酷い街。みんな力尽きるまで終わらないでしょうね」
ベニオが心底呆れながら呟いた。
警察みたいな治安組織がない場所だからな。もう街全体にまで広がった戦いの気配はちょっとやそっとでは止まらないだろう。相手より先に足を止めれば命を落とし運が良くて身包みを剥がされるんだから相手より先に倒れられないからな。
「ねーねー、センパーイ。どんな気分なのか教えてください」
「お前図太いよな」
「トモヒコがいないと泣き言ばっかり言ってたのに現金な子ね」
「あ、ベニオさんバラさないでくださいよ。ああっ、そんな生暖かい目は止めて!」
「彼女、一人で眠れなか――」
「ストップストップ! 何ですか!? 何が望みなんですか!?」
「静寂、かな?」
姦しいのは放置して、俺は戦場を見回す。乱戦状態の中、離れた場所で呑気に立っているコンラッドを見つける。見つけたと言っても笛を吹いてから場所を移動していない。余裕ぶっこいてやがる。
カリギュラはエヴァンズにとられてしまったので、俺はあっちをやろう。
「俺、あのニヤけてるクソ面ブン殴りに行くから」
親指でコンラッドの指し示すとベニオが呆れた表情を浮かべ、蓮は納得したように頷く。
「いかにも裏で糸引いてますって感じの暗躍キャラオーラ出てますもんね。しかも隠してないあたり、自己顕示欲が強い実は小物タイプに違いないですよ」
「トモヒコの感性で動く生き方以上に思い込みで動く子がここにいるわ」
「俺は一応殴っても構わない理由がない限り殴ってないぞ。サゴスは全体的に即殴りの対象が多すぎるだけで」
言い訳をして二人から離れてコンラッドに向かって歩く。途中でカリギュラ側の人間や怪物が襲いかかってくるが裏拳で退け払いながら進む。
屋根の上で突っ立っているコンラッドを見上げると、さっきからドラグノルの兵や通行人が攻撃しているが全く効いていなかった。
雷撃や炎を浴びても微動だにせず、拳や武器で攻撃されても無傷だ。バリアーみたいな見えない壁でもあるように見えるし、攻撃そのものが通ってないようにも見える。
「殴ってみれば分かるか」
地面を蹴ってコンラッドのいる屋根の上に移動し、その勢いのまま殴りかかる。だが、矢張り瞬間移動によって回避され、コンラッドの姿が向かいの家屋の屋根の上に現れた。
「俺の攻撃は避けるんだな」
「汚れるのが嫌なんでね。ただでさえ埃っぽいのにこれ以上汚されては敵わん」
「ふーん、まあ次は当てる」
言いながら毟り取ったネクタイとスーツの断片を放り捨てて、奴が吹いていた笛を見せつける。コンラッドは目を見開くと自分の胸元を見て、胸ポケットが破れているのに漸く気づいた。
俺はその様子を鼻で笑い、屋敷の庭にいるベニオに後ろ向きで放り投げる。怪物達を操っていると思われる道具と言っても使い方が分からないし、こういうのは博識なベニオに任せるに限る。他に適任なの知らないしな。
「タイミングは掴んだし、空間の取っ掛かりみたいなのも分かった。次はお前の番だ」
脅すように言ったものの、ガチ逃げされたら困る。コンラッドは短い距離での瞬間移動しかしていないが、昨日の夜、カリギュラを追いかけていた時に妙な空気の切り替わりがあってドラグノルの兵と衝突する羽目になった。
不自然な方向転換に場所のズレから空間を操作云々されたと思う。理屈は知らないが当たり前のように瞬間移動してるんだから空間を操ってもおかしくない。
ただ、コンラッドが今使ってる瞬間移動と何か感触が違うのが気になる。
「次は私? ハハッ、どうするつもりかな?」
「…………」
無視して殴り倒そうとするが、次にコンラッドの口から出た言葉に俺は動きを止める。
「笛を取った程度では子供達は助からないぞ」
「……は? テメェ、あいつらに何しやがった?」
「実験体に何もしてないとでも? ましてや少年兵。都合の良い薬があるなら使って無い方がおかしい。ああ、安心していい。死ぬが醜い怪物にはならないさ。成長期の子供に打っても過剰反応して花火になるのが目に見えているからな。だから、少しずつ馴染ませている途中だったんだ。それなのに何処かの馬鹿が連れ去った」
「いや、そもそも実験体にするなよ馬鹿はお前じゃねえか」
「ネズミを気にかける方がおかしいだろう。それと笛を取っただけじゃあ、この騒ぎは収まらない」
笛を盗られたぐらいどうって事ないと言わんばかりに態度を崩さず、コンラッドは逆に俺を嘲るように笑う。
「笛はあくまで出来損ないどもに具体的な命令を下すだけの道具だ。無ければそれはそれで破壊衝動の赴くままに暴れ回るだけで止まる訳ではない。そんな小さな笛で命令権が移るなんて、リスクが大きいと思わないか?」
「ああ、そうかい。それで、治療薬か何かないのか? あるなら寄越せ」
「本当に間抜けだな。そう言われて渡す奴がいる筈がない。そもそも、そんな物を用意する必要性が無いから作ってもいない」
「なら止めろ。どういう原理か知らないが操ってるのはお前だろ。怪物が命令を受けてたように、命令さえ止まれば子供らも苦しまなくて済むだろ」
「勘は悪くないようだ」
褒められても全然嬉しくねえ。話しながら後ろをチラリと見れば、屋敷の方が慌ただしい。屋敷が攻撃を受けているからではなく、窓から医者の先生が忙しく動き回っていて、セシルが子供を抱きかかえてベッドに寝かせているのが見えた。
コンラッドの言う事がただのデマではない可能性が上がった。少年兵全員が偶然にも病気に罹った可能性に期待したいが無理だろう。
「お前がサゴスに来てからの行動を考えると神の回し者の可能性を考えていた。だがそれにしてはやり方が直接的に過ぎると思っていたが、無意識を顕在意識に浮上させるのが得意な個体か」
神の回し者? あの女の手先と思われたのはムカつくが、転移者をそう捉える事もできる。ただそんな話は今はどうでもいい。
「いいからとっとと本題を話せよ。わざわざ説明したって事は企みがあるんだろ」
ペラペラと煩わしい。人を嘲笑って悦に入りたいっていう欲望が透けてみえた。
「せっかちな男だ。要は、だ。失敗作や実験体をどうにかしたいなら命令下している私の息の根を止めるしかない」
俺はそこで首を捻る。こいつ、自分を排除すれば解決するとかバラしてる訳だが……見るからエセ紳士ぶった感じだから頭の出来もアレなのだろうか?
「私が生きている限り、薬に込めたマナが活性化し続ける」
「オフにしろよテメェ」
「そう言われて止めているなら最初からしていない。だから私を殺すしか無い訳だが、それをお前にできるかな?」
「…………」
「心優しいことだ。ドブネズミの中でも最底辺にあるサゴスの人間を相手にお前は誰一人殺していない。それだけの力を持ちながら、殺さないよう手加減していた」
「殺す理由が特に無かったからな」
「ハッ、殺す事に躊躇いを持っていた訳だ。実に下らない。処分してしまった方が随分と簡単なのに。お前達転移者がどの時代から来たのかは知らないが随分と緩い所のようだ。色々と見てきたが、人を殺す覚悟の無いガキばかり。簡単に他人を傷つけられる奴も頭が軽いようなの――」
「ああ、そう」
ペラペラと喋るコンラッドに一瞬で近づいてと頭部を首から捥ぎ取る。直前に反応して瞬間移動しようとしたようだが、そんなの関係なしと無理矢理空間ごと首を取ってやった。
頭部を無くしたコンラッドの首から青紫色の血が夥しく噴出し、辺りを人とは異なる血によって青く染めていく。
「……今のはどう言うトリックだ?」
次の瞬間、いつの間にか掴んでいたコンラッドの頭部が手から消えていて、汚い噴水だった体も飛び散った何も無かったかのように消えた。
代わりに離れた場所でコンラッドが両手と膝を屋根の上につけた状態でいた。
髪の先から滴り落ちるほど汗をかき、死人みたいに青褪めた顔をしている事からさっきのは決して幻という訳ではないだろう。
「キ、貴様……」
挑発してきたのはそっちの癖に、恨めがましく俺を見てくる。まさかこいつ、俺が殺す気でやるとは思っていなかったのか?
「何か色々と煽ろうとペラ回してたけど、殺しとか別に大層なもんじゃないだろ」
屋根の上を歩きながらコンラッドを観察する。俺は今確実に首をもぎ取ってやった訳だが、相手は無傷だ。決して無事とは言えない様子ではあるが致命傷から逃げたのは間違いない。一体どういうカラクリなのだろうか。
考えながら、コンラッドの気を引くために会話を続ける。
「頭を殴れば死ぬし銃弾一発でハイサヨナラ。これだけで済むのに覚悟とか必要ない。必要ならサゴスの連中はもっと殊勝だろ。肝心なのはその後だ。殺した後、死んだ人間の縁を引き受ける責任が生じる」
例えば復讐。悪人だろうと自分の身内には優しく尊敬を集めていたかもしれない。そんな人間を殺せば敵討ちに動くのもいる。或いは友人、部活なども。利害関係というビジネス的なものでも不利益が起きて逆恨みだってあり得る。組織の面子を守る為というのもある。
考え出せばキリがない。怖くはないが面倒だし俺の周囲が巻き添えを喰らう可能性もある。
だから極力人は殺さないようにしているのだ。殺して何もかも片付くなら最初から悩む必要がない。
「覚悟ってのは責任を負う事だ。お前はどうだ? 口振りから外道な事をしてきたんだろ。さぞ沢山殺したんだろうなぁ。そのツケを今、払う時だ」
「ハ、ハハハッ、ゲホ、ゴボッ」
笑った拍子にコンラッドが青い血を口から吐いた。それでもコンラッドの顔からは笑みが消えない。
いや、今までの表面を取り繕った仮面の笑みではなく、口の端を大きく釣り上げて目を剥き敵意を剥き出しにしたその顔は野生の獣が威嚇しているようだった。
「ドブネズミを潰した程度で私が何かする義理がある訳ねぇぇだろ! 叩き潰した虫の死を一々慮るとか頭に蛆でも飼ってんのか!」
言葉遣いも乱暴になったコンラッドがステッキを振ると見えない刃が発生した。ヴェラが使っていたのと同じ力だ。ただしコンラッドの方が分厚く巨大だ。
屋根と進行上にあった家屋を切り裂いて迫る刃を俺は横から殴って斜め上に飛ばす。避けても良かったが圧から何処まで飛んでいくか分からなかったからだ。周囲が乱闘状態なので巻き添えが出る可能性があった。
コンラッドをステッキを構えて俺に向かって飛び掛かって来る。途中、ステッキは両刃の剣となって俺の首を狙う。
刺突の一撃を首を傾けて躱した――瞬間に反対側から突如宙から出現した刃先を摘んで止める。コンラッドの剣が途中から空間に沈み消えた部分が別の場所から現れていた。
剣を掴んだまま姿勢を低くしてコンラッドの腹にカウンターの蹴りを放つ。空間の歪みを感じたが蹴りに捻りを加えたら歪みは弾けて消え、そのままコンラッドの腹に命中する。体をくの字に曲げて吹っ飛び屋根の上にぶつかって跳ね、何度かそれを繰り返して高い建物の壁にぶち当たって止まる。
「ぐっ、が……何なんだキサマァ!! おかしいだろォ!!」
「モンスターと同じ色の血を流す奴におかしいとか言われてもな」
コンラッドは口からの血を拭きとると、先程の一当ての際に折れた剣を宙に投げる。剣は宙に浮いて留まり無数の光の剣を生み出した。
「ブチ殺す!」
光剣が雨の雨の如く俺に向かって降り注ぐ。
拳を硬く握りって俺はまず一番先に来た光剣を叩き折る。すぐ後ろに続いていた光剣のいくつかがそれに巻き込まれるが、隙間を埋め尽くして光剣が続く。
俺を射し貫こうとする剣を俺は順に殴って砕いていく。外れたものや弾き飛ばされた光剣が建物を破壊し地面を抉る。さながら絨毯爆撃だ。
十秒ほど続いた光剣の雨が止み、周囲が尽く廃墟となって崩れ落ちた中、巻き起こった粉塵を腕を払ってかき飛ばす。
「やってみろ」




