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第四十三話


『君は確かに公国の代表だ。だがあまり調子に乗ればその座から引き摺り下ろされるぞ』

『それまでにお前が生きているばいいな。それとその言葉、そっくり返すぞ』


 アインス・ドラグノルとカリギュラ・サファギリウスの会話は貴族と言うかマフィアそのものだ。

 お互い酷く冷たい声色で、今すぐにでも殺し合いが始まりそうな雰囲気がホーン越しからでも感じられた。


「ひゅー、アインス公爵様初っ端からやる気満々ですね」

「外見年齢考えると微笑ましくあるけど」

「エルフとか鬼がいるんだし今更だけどな。でもこれ本当に大丈夫か? 爆発したりしねえだろうな?」


 映画でも見るような勢いで食い物と飲み物をテーブルの家に並べてすっかり観戦モードの俺達は無責任に好き勝手言っている。

 第一声の時点で居丈高な公爵だが、よく考えると占領した屋敷、しかも自分は何もしていない場所でのこの態度なんだよな。

 実際、さっきその点を突っ込まれていた。だが要約すると「知るかボケ」で片付けたのは凄い開き直りで寧ろ感心した程だ。まあ不法地帯にしてる奴が何言って来たって鏡見ろよで済むし、向こうが好き勝手やってるのにこっちだけが意識高いルールを守る理由はないわな。

 カリギュラもカリギュラでよくも今更真っ当な事を言えたもんだと呆れを通り越して感心してしまう。表面上は遺憾の意を訴えている感じだが、ただのジャブのつもりなのか言い返されたら多少の抵抗を見せるものの、引き下がる時は呆気ない。


「トモセンパイ、私政治家にはなりません」

「そうだな。頭おかしくなりそうだ。でもお前は別方向でおかしいからできそう」

「おかしさで言えばトモパイセンの存在には負けますよ」


 俺らが軽口を言っている間に中盤戦は終わったようだ。第三者の声が聞こえた。


『お二人とも、落ち着きましょう』


 老人の声だ。穏やかな声だが、響き方からカリギュラの隣に座っているらしい。うん、ロクでもない人物だな。


『そういえば、メシューレの司教がおりましたね。聖職者がまさか人の形をしたドブの隣に座っているとは思いたくないので忘れていましたよ。ところで街の荒廃と治安の悪さに反して聖堂のような立派な建物がありましたけど、まさかメシューレと関わりが?』


 初っ端かな嫌味と言うかなんというか。もしかしたら煽っているのかもしれない。


『教会が無事なのは神のご加護があってこそです。他ではサファギリウス殿の努力も虚しく悲しい有様になっておりますが、これも彼らの信じる思いが足りなかったのでしょう。可哀想なことですが』

「ひゅーっ、クソ坊主が言いそうなことですねっ。神のご加護とか便利な言葉!」

「お前楽しそうだな」


 遠回しな表現で行われる会話に当事者でもない蓮がはしゃぐ。いや、傍観者という立場だからこそ楽しいのかもしれない。


「……向こうにいるのは公爵とエヴァンズ、カリギュラと司教、でもう一人か」


 ホーン越しの気配から会話が行われている部屋には五人の気配がある。エヴァンズは護衛として、もう一人は?


「部屋に入っていったのはその五人ね。どうしたの?」

「公爵の赤い方……ツェールカって名前の方は?」

「いつのまにか居なくなってたわ」

「そうか。五人目はステッキ持った胡散臭い感じの男か?」

「カリギュラと一緒にいた男が持ってたわね。それがどうしたの?」

「いや、個人的なブン殴るリストの一人だから後でカリギュラともどもやれるなって」

「乱暴ね」


 咎めるように言いながらも大して強く止める感じでもないベニオに肩を竦める。

 そうこう言っている間に、向こうの方も会話が進む。


『そのような態度では困りますな、公爵殿。態度を和らげてくれなければ私でも教会の過激派を止められない』

『……一応、どういう意味か聞いておこうか』

「なんか空気が変わりましたねっ」

「この子、ワクワクしてるわね」

「昼ドラとか好きそう」


 だが蓮の言う通り、司教の言葉にアインスの余裕に陰りが生まれたのは確かだ。


『ドラグノル公が代々支配する土地には角や羽を持つ者が多く生まれてきます。亜人にしてもその恐ろしい特徴は青い血が混ざっていると噂されているのですよ。彼らを統べる貴女がそれを分かっていない筈がありません』

『そうやって根拠のない噂を信じる馬鹿がいるのは知っているとも。それが司教とどう関係している? それとも貴様もそいつらと同じか?』

『いいえ、私は平和を愛しています。貴女がたとは良き隣人でいたい。けれども権力を盾にし横暴な振る舞いをこうもされては私でも庇いきれません』

「これ、遠回しに脅してますね。これ以上介入してくるなら魔女認定しちゃうぞーって感じで。これだから宗教は」

「受験シーズンと正月に神頼みする日本人が言えたことじゃないと思うぞ」

「善い神様にもっとくれと崇めて悪い神様には大人しくしてくれと崇めて、やり過ぎたら神でも首切りするのが日本人でしょう」

「狂った国なのね。トモヒコみたいなのが生まれる筈だわ」


 ベニオが日本を激しく勘違いしているが、訂正したくとも上手く言い訳が思いつかない。

 馬鹿話でも時間は過ぎる。だが向こう側のアインスは司教の言葉から沈黙し続けている。

 話から推測するにドラグノルの種族は差別される側であるようだ。クラルやアスノッドのようなエルフとはまた立場が違うのかもしれない。助けて向こうに保護してもらった商隊の人の反応からは決してそうは見えなかったが、何か事情があるのかもしれない。それか逆に周囲からの嫉妬からか。肌が違うだけで問題が発生するのだし、些細な事で差別する空気が生まれていてもそれ自体には驚かない。


『……お前達の意思は分かった。とっとと去れ。顔も見たくない』


 アインスは絞り出すようにそれだけを言うと、完全に黙ってしまう。カリギュラ側から失笑に似た息遣いが聞こえ、形ばかりの別れの挨拶だけして三人が去っていく。


「各国への販路を持つ公国は多方からの圧力があって大変ね」

「それにヤバイ街が勝手にヤバイ実験して他所の国にも迷惑かけてるらしいですから、外も内も針の筵ですね」


 他人事ながら若干楽しそうに聞こえる。ウチのババアが昼ドラを観てる時のノリに似ていた。


「さて、と……」


 残ってた食事を口の中に掻き込み、飲み物で流し込む。手足を伸ばして首を回して解した後で椅子から立ち上がる。


「どこに行くんですか?」

「喧嘩」


 キッチンから出て玄関前に視線を向けると護衛の連中に挟まれ外に出て行こうとする白衣の老人を発見する。カリギュラと杖の男がいない。

 もしやと思い、屋敷の奥の子供達が隠れている場所に通じる通路を進む。

 思った通り、護衛と杖の男を伴ったカリギュラがいた。その前にはセシルがボウガンを肩に担いで立ちはだかっている。


「又姪を引き取る。どこもおかしな話じゃあない」

「はっはっは、今更なに言ってんでしょうかねこのジジイ」


 どうやらヴェラを引き取りに来たらしい。セシルの言う通り今更だ。というかこいつ、太々しい奴だ。

 そう思いながら近づくと護衛二人が俺の前に立ちはだかった。


「邪魔」


 回し蹴りで二人まとめて蹴り飛ばす。壁を破壊し樹海と化した庭の中に放り込まれた護衛達を放置し、俺はカリギュラと杖の男の前に立つ。


「よう」


 挨拶と同時に二人に向けて拳を振るうと、衝撃によって穴の空いた壁が更に崩壊した。だが手応えが薄い。

 あいつらが逃げた先を見れば、モコモコ達が作った森の中に飛び込んでいた。そのまま植物が二人を襲うが、カリギュラから無数の鎌鼬が発生して絡み付こうとした植物が根こそぎ薙ぎ払われた。

 切り拓かれた森の中心で、カリギュラと杖の男は平然と下り立つ。


「ちょっと、先にこっちから手出したら不利になるわよ。でも拍手送りたい気分」

「あいつの顔変形させてからにしてくれ」


 ボウガン持ってるセシルが言ってきたが、肩を竦めて俺もまた庭に下りる。


「ガキが。公爵との会話、聞いていなかったとは言わせんぞ。こんな事をすれば--」

「いや、関係ないし」

「あぁ?」


 マフィアみたいに凄みを効かせるカリギュラの言葉を遮る。やっぱり思い違いをしている。


「勘違いしてるみたいだから言っておくけど、別にドラグノルの手下でも何でもないから。俺は単純にお前がムカつくから殴りに来ただけだ」

「……世の中の事を何もわかっていないイキがったガキが言いそうなことだ。お前は確かに強い。だが、メシューレ教会に敵として認定されればこの大陸に安寧の場所は無くなる。転移者となれば尚更だ」

「それ含めて関係ねえんだよボケ」


 地面を蹴り一瞬でカリギュラに接近し拳を腹に打ち込む。インパクトの瞬間にカリギュラは後ろに跳び退き、不自然な風の流れがカリギュラを引っ張り逆に俺を押し出す。

 それでも勢いを殺しきれなかったカリギュラは敷地を囲む塀をぶち抜いて向こう側にまで飛んでいった。

 大した突風だが、ヴェラのと比べると弱い。風に構わず即座にカリギュラの横に立っていた杖の男に手を伸ばす。


「おっと」

「チッ」


 手を伸ばした瞬間に杖の男の姿が消えてしまう。次の瞬間には塀の外のカリギュラの隣に立っていた。


「き、貴様……」


 カリギュラは大きな怪我をしていないものの腹に受けたダメージは大きいらしく、俺の拳が触れた場所を押さえながら睨みつけてくる。


「わっかんねえかな。人の怒りに鈍感なのか? 寧ろ警戒心が強くなりそうなもんだけどな。お前、門での人攫いを許してるだろ。積極的に絡んでるのか黙認してんのかどっちでもいいが、その時点でテメェは俺の怒りを買ってんだよ」


 仮にも出入りを管理する門での行いを領主のこいつが把握していない筈がない。知らなかった無能だとしても責任はこいつにある。

 それに俺達がサゴスに入るキッカケとなったモンスター達の大群。それを指揮していた奇妙な生物に、それが反応した街の中から聞こえてきた笛の音。ついでに魔法の大砲にしこたま撃たれた。

 これはもう街で一番偉い奴に責任を取ってもらわなければならない。


「だったら、この街の流儀で返してやる。こいつを潰せ」


 決して大きくないカリギュラの声だが、敷地の外に止まっていた馬車の周りをかためていた護衛達が武器を構えて一斉に動き出す。逆に司教が乗っていると思われる白い馬車の周りは防御を固めた。

 敵が俺に向かって突進し始めた直後。外から火の玉や雷、氷の刃、岩などが彼らに降り注いだ。

 不意を打たれ浮き足立つ連中から視線を外して俺は周囲を見る。ドラグノルの兵達がカリギュラ達を包囲していた。

 翼を持ち空に浮かぶ者の中にはアインスと色違いの赤いワンピースドレスを着たツェールカ・ドラグノルがいる。


「ちょっとちょっと、空気読もうよ君。あるいは遠慮とか。せめてこっちの顔立てて少しの間は大人しくしてるとかさ」


 アインスと違い見た目相応(翼を除いて)の陽気さで俺に文句を言ってくるツェールカ。いや、何の話だよ。


「いきなり何をする!? ドラグノル家とは話がついたんだぞ!」

「返事してないじゃーん」


 ケラケラと笑いながらツェールカは羽を動かして宙を8の字描いて飛び回る。完全におちょくっていた。


「こちらにはメシューレ教の司教がいるんだぞ!?」

「だからなにさ。元から帰り道に正体不明の襲撃者に襲われて消える未来のお坊さんなんか気にすると思う?」


 ツェールカの言葉に周りが絶句する。俺も少なからず驚いた。

 特に司教が一番狼狽して引きこもっていた馬車の窓から顔を出した。


「わ、私に手を出したら教会が黙ってないぞ!」

「だから?」


 司教の震えながらの脅しにツェールカは首を傾げた。言っている事をしていないのか、本気で気にしていないのか判断に迷う態度だ。


「メシューレの信者は大陸中にいる! 教会と敵対するという事は信者全てと敵対することになるんだぞ!?」

「大丈夫。サゴスの領主が治安の悪い自分の街でチンピラに殺されるのは自業自得で、それに巻き込まれた司教は可哀想だね、で片付く話だから!」

「なっ、あ……」

「そんなありかよ。どう考えても怪しまれるだろ」


 絶句する司教の代わりにという訳ではないが、俺も無理があるだろうと突っ込みを口走っていた。


「怪しくても言ったもん勝ち! ポーズは必要だけど、それも打ち壊されちゃったし開き直って今からヤろう! なぁに、ここは悪名高き魔都サゴス! 最後に立ってたもん勝ちさ!」


 開き直ったにしても酷い話だが、分かりやすくと良い。ぶっちゃけ、後からドラグノルに怒られるだろうなと少なからず申し訳ないとは思っていた身としてもやりやすい。

 そしてそれは向こうも同じだ。


「ハッ、だったら望み通りに全面戦争だ! コンラッドォ!」


 カリギュラが名前を叫びながら視線を向けた先は杖を持った男だった。


「おや、いいのかい? ここにいる戦力だけでも抵抗は可能だが」


 はじめて杖の男の声を聞いた。コンラッドと呼ばれた男は確認をしながらも手に小さな笛を持って口元にまで既に持って来ている。


「足りん。今日ここで国を手に入れる!」

「ま、在庫整理には丁度良いか」


 コンラッドが笛を吹く。その音はサゴスの外でモンスターの大群に追われた時に聞こえた笛の音そのものだった。

 直後、街中から獣の咆哮が聞こえはじめた。


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