第四十二話
傘の少女ヴェラに過去の事を聞いたが、答えは何も覚えていないだった。
「仕方ないじゃない。小さい頃からあの施設にいて拷問や薬漬けにされてたもの。今もあやふやだったのに昔の記憶なんて覚えてないわ。他の子達も似たようなものよ。特に私含めて素質がある子はより調整されてたから尚更ね」
「サラッと重い話が出てきましたね。トモセンパイ、どこから攫って来たんです?」
「攫ってない。保護したんだ」
物は言いようと思われるかもしれないが、実際保護したのだから間違っていない。それにあのまま放置する訳にもいかなかったし。
「そうだ、その事で聞きたいんだが」
不意に医者の先生が口を開いた。
「君はあの子達に何をしたんだ?」
「誤解を招くような言い方は止めてくれませんかねえ?」
「センパイ、去勢する? しちゃう?」
ほら見ろ、蓮が反応した。ベニオも無言で刃物を出すなよ。
「先生、もうちょっと具体的に説明してくれ」
「すまない。一から説明すると、私は元々子供達を診察するためにセシルに呼ばれたんだ」
「セシルって?」
「君が助けた女性だ。この屋敷の元の持ち主に捕まっていた金髪の」
「ああ、成る程」
「それでいざ診てみたら驚いた。自意識がはっきりと残ってるのだから。あの子達のような境遇の子供はここじゃ珍しくない。仮にこの街に出せても後遺症で普通の生活を送れるようになるのに一体何年掛かるのか分からない。なのに、完全と言えないまでも薬や洗脳の影響から抜け出ている。一体どうやったんだ?」
「どうやったんだって……心当たり無いんだが」
「そう言わずに、何か思い出してくれ。中毒症状解決する糸口になるかもしれないんだ」
「そう言われても……」
「特に元気なのはお兄さんと戦った子達ばかりよね」
何とか思い出そうと記憶を引っ張り出しているとヴェラが会話に混ざってきた。
「私もお兄さんに殴られる度に段々と正気に戻ったから、それが関係あるんだと思う」
「センパイ……ドン引きですわ」
「どいつもこいつも含みのある言い方しやがって。頭に拳骨落とした程度だよ!」
「まあ、センパイが本気で殴ったらミンチどころじゃ無いですもんね」
「本当にそれだけか? マナが作用した痕跡があったんだが」
「知らん知らん。俺魔法とか使えねーもん」
「多分、トモヒコのマナアーマー、マナの加護が外向きになっているからだと思うわ」
今まで黙っていたベニオに全員の視線が集まる。こいつ、本当に博学と言うかこういう知識系の話には的確に混ざってくるな。
「本来マナの加護は当人を守り強くなるように成長していくけれど、トモヒコの場合はそれをしても意味がないとマナが判断したのね。代わりに衣服を頑丈にしたり外への作用を強くしてる」
「え? これってお前が作ったから頑丈なんだとばかり」
今着ているのはモコモコのシティコアで量産して貰った制服だ。ブリジットの黒い炎には燃やされたが、それ以外には十分に耐えるほど丈夫なんだと思ってた。
「頑丈に作ったけど、服の範囲での話。貴方のマナが服を強化したからまだ原型が残ってるの。それと同じ要領で、無意識の内にマナを子供達に流し込んだと思うわ」
「大雑把と言うか都合が良いと言うか。そんなの有りなのか?」
「元来、マナは生存力を高めるものよ。魔法として破壊方面にリソースを使うよりは生成強化の方が効率が良いわ」
「なんで俺だけそんな……」
「マナなしでオーガを殴り殺してたトモヒコの方が奇天烈なのよ。もう少し自覚してほしいわね」
「えー……出来たからやっただけなんだけどな」
「待ってくれ。色々と興味深い話だったが、マナが無い? それっていつからだ?」
「数ヶ月前までだけど?」
医者の先生が未確認生物を発見したかのような目を俺に向けてきた。
「今まで病気になった事は? マナの加護は胎児の時に母親から株分けされて得るものだ。そこで何か不備があって加護を持たず出産すればすぐに病気になって衰弱死する筈なんだが」
「こっちに来た時に一回だけ。覚えてる限り生まれて初めての風邪だったな」
何とも言えない視線が俺に集まっているんだが、失礼じゃないか?
「……そういえば、私が手当てした場所にまだ包帯を巻いているようだが、もしかして既に治ってるのか?」
ヴェラとの戦闘で切り傷だらけになった腕や縫ってもらった傷だが、もう瘡蓋程度にまで治っている。頭の割れた場所も昨夜の内にベニオに縫合糸を切ってもらった。
ベニオが念のため包帯をまき直したが、そう時間を掛けずに回復するだろうという話だった。
「気持ち悪いレベルで治りが早いわ。だからトモヒコに関してはありえない事が起きてもおかしくないと思っていた方が良いわ」
「気持ち悪いって……。まあ医者には治りが早くて特異体質とか言われた事あったけどよ」
そんな不思議生物であろう言い方をしなくても。
「……つまり子供達に何が起きたのか端的に言うと、よく分からない男の独自進化を遂げたマナが子供達に良い方向で影響を与えたのよ」
「わー、パイセンまじスゴーイ」
説明になってないベニオの説明と、将来を諦め開き直った受験生のような頭軽い発言をする蓮。それには医者の先生も、もういい、という空気を纏ってしまった。
「皆して酷くないか? 名誉毀損で勝てるレベルじゃね?」
「トモセンパイがおかしいからですよ。そもそも何でこんな話になったんでしたっけ?」
「私が口を挟んだからだな。結局理由は分からないがそういうものだとしておこう」
「医者がそれでいいのかよ」
「ただ、後で試しに他の子供達にも会ってみてくれ。まだ薬が抜けきっていない子もいるんだ」
「そういう事なら、どこまでやれるか分からないが手伝うよ」
「それなら私も一緒に行くわ」
ヴェラが俺の手を掴んで引っ張る。
「いや、その前に、お前に客かもしれん。なんか貴族の生き残り探していて、カリギュラってジジイを始末した後に後釜にするためだってよ」
「センパイ、説明が雑過ぎません?」
「よく考えたら俺にはあまり関係ない話だなって思って。まあ、何言われるか知らないけど、心構えはしておいた方がいいぞ」
「えっと、何の話なのかさっぱりなんだけど。私が貴族の生き残り?」
ヴェラも驚きで戸惑っている。いきなり、あなたは何処そこの金持ちの子供です、とか言われたようなもんlだからな。
「ああ、あの痣ってやっぱりそういう血筋だからか」
「先生は知ってたのか?」
「何処の血かは知らなかったが、この地域の上流階級は痣が遺伝する一族が多い。流石に痣の形で判別はできないけど、あんな独特の痣があるならきっと何処かの貴族の血を引いているんだなと思った。その辺りに関してはセシル任せだからそれ以上は知らない」
「先生、患者以外には興味薄そうだもんな」
モグリの医者みたいな格好なのにサゴスのチンピラどもを平等に治療してたり、サゴスの闇組織と明らかに敵対してるここに患者の治療という理由で平然といたり、こうして話すのは初めてだが短い間の行動だけでこの人の行動理念が何となく察せられた。
「巡回医師だからね。お客さんが来たりと騒がしいようだから、子供達に関しては終わった後に協力してほしい。今は安定しているが、治りが早いことに越したことはない」
一度目を伏せた医者の先生はそれだけ言い残すと、もう用はないとばかりに去っていった。
その背中が通路の角へと消えると、服を引っ張られる感触に気づく。ヴェラが引っ張っていた。
先程の話に不安そうにして俺を見上げている。
「お兄さん、わたし……どうしたらいいの?」
「好きにしろ。今まで散々不自由だったんだから、好き勝手生きれば良いんじゃないか?」
突然の話で戸惑うのも分かるが、結局は自分で判断するしかないのだ。
「それならわたしは――」
「ちょっぷ」
ヴェラが何か言おうとした瞬間、蓮が手刀でヴェラの手を叩いて俺から引き剥がし、俺の腕を取って引っ張る。
「このガキ、油断も隙もない」
「お前なぁ、子供相手に何ムキになってんだ」
「甘いですよトモセンパイ。子供でもオンナです」
「お前…………エグいよな」
そんな言葉しか出なかった。
サゴスという街と今までの会話からヴェラがどんな生活を送っていたか察せられるはずなのでその上で本気で言っている蓮にちょっと引いた。
「一理ある」
「ベニオ、お前もか」
ロクな女がいねぇ。
「まだこんな所にいたの。でもちょうど良かったわ」
公爵の所に行っていた筈のセシルが戻ってきた。スパイ活動の報告とかもういいのかと思ったが、なんだか少し慌てているようだった。
「ちょっと問題が発生したわ。カリギュラ・サファギリウスがこっちに来てる」
「カチコミ返しか」
「狙いは間違いなくセンパイですね」
「そっちもあるんでしょうけど、メシューレ教の司教も一緒にいるのよ。迂闊にこっちから攻撃できないわ」
「ああ、そういう手を……」
「いや、なんで坊さんがあんなのと一緒にいるんだよ」
ベニオが何か気付いたように頷くが、俺にはさっぱりだった。
メシューレ神殿はミハエルさんも所属していた宗教組織だ。メシューレ教はこの世界ではメジャーらしく、そんな所の司教がどうしてカリギュラと一緒にいるのか。というかこの街によくいれたものだ。
「カリギュラは寄付って形で司教に賄賂を贈っているの。ほら、君が機能壊した聖堂、そこ司教よ」
「おっと……」
そういや昨夜に襲撃した会合の場所は宗教施設だった。別に忘れてた訳じゃないのだが、こんな街に坊さんがいる事自体おかしいと思い込んですっかり考えの外にあった。
「仮にも司教だから神殿に手を回されると面倒なのよね」
「チッ、生臭坊主か」
「どこの世界でもいるもんなんですねー」
「そういう訳だからいきなり攻撃できないのよ。司教がいる以上、一応は話し合いの場を設けないといけないの」
「へー。で、それが俺と何の関係が? 別にいきなり乱入したりしないって。そもそもお偉いさんと会うのが苦手だ」
職員室のドアの前で躊躇う程度の苦手意識だが、内容は何であれ話し合いの邪魔をする気はない。
「いや、そうじゃなくて、備えるのを手伝ってよ。ウチで匿ってる各国の諜報員を押入れに押し込めて、子供達は隠し通路に隠れて貰うわ」
「子供と大人で凄い差だな」
「それと、場合によっては地下牢に押し込めた犯罪者達を処分する必要があるから。折角の情報源だけど取り返されても堪らないから火事に扮して焼き殺すのよ」
「……殺人幇助はちょっと」
「今更何言ってんですか? 散々人を殴り飛ばしておいて」
俺の言葉に蓮が首を傾げる。
「いや、生きてるから。少なくとも俺が殴った時点では生きてるからな。その後事故でもない限り生きてるから」
「え、そっち方面の童貞は捨ててると思ってました」
「何でそう思った? あと言い方」
「だって殴るのに躊躇いないから。相手、流血しまくりなのに」
「トモヒコは力加減が異様に上手いわよね」
本気で殴れば人死が出る自覚はある。だからって加減して殴ってもアドレナリン出まくりの馬鹿は倒れないから相手の戦意が消えるほど全力で且つ死なないようにする匙加減を普段から意識している。
「なんでもいいから手伝って。馬車でこっちに向かってるんだから、一時間もしない内に来るわよ」
「どうしても手伝わせたいのか」
「だって燃料って重いんだもん」
「もん、って……」
セシルの言動や雰囲気からタメ口で会話しているが、彼女は明らかに年上だ。大学生ぐらいだろうか。十代後半でもキツイのに二十歳越えた人が『もん』とか言うと微妙な気持ちになる。
「今失礼なこと考えたでしょ。ほら、手伝いなさい!」
図星だった為に抵抗も出来ず、俺は燃料を地下牢に運ぶ作業を手伝わせられる羽目になった。
薪でも運ぶのかと思ったら、ガソリン臭い樽を幾つも運ばされた。地下牢には昨夜捕まえた連中もいて、ただの火程度で死ぬのか疑問だったが、セシルによればそもそも窒息狙いなのと運んでいる燃料は火がつくとスライム状になって燃え続け体に触れればへばりつき肌から染み込んでいく代物らしい。ヤッベー物運ばされてるな俺。
一仕事終えて一階に戻ると、ベニオが台所の隅にいた。肘を乗せているテーブルの上には蓄音機のアサガオみたいな形のホーンが置かれていて、向かい側には蓮が疲れた様子で果実入り水を飲んでいた。
「あ、トモセンパイ、おっつー。よかったら飲みます? 飲みかけですけど」
「お前が今ワザと涎を垂らしてなかったら貰ってた。――悪いけど水貰えます?」
傍を通った女中に声をかけたらビビられたものの、水を一杯貰う。用が済み去っていく女中が「喋った……」とか呟いていたのが聞こえた。しまいには俺でも泣くぞ。
「聞いてくださいよセンパイ。私、お子ちゃまーズを非難させるの手伝ってたんですけど、一緒に誘導していた人の中に例のモコモコがいたんです。これは私もちょっとコミュってやろうかなって身振り手振りでジェスチャーしたら盛大に溜息吐かれて肩を竦めやがったんですよ。あの子供用着ぐるみパジャマ!」
「どうでもいいわそんな話。それより何してんだ?」
蓮よりもホーンが置かれていることの方が気になる。
「ドラグノル公爵とサファギリウス子爵、ついでにメシューレ教の司教の話し合いを盗み聞きしているのよ」
見向きもせずにベニオはあっさりと盗聴を自白した。
「もう到着したのか」
ホーンの向こうから聞こえる声に三人して口を閉じ耳を傾ける。
『公爵、提案があ――』
『奇遇だな私もだ。今ここで全ての権利を剥奪され捕まるのがいいか、外で惨めに死ぬのがいいか選べ』
初っ端からマフィアみたいな発言が出た。




