第四十一話
「あの時は悪かった。てっきり連中の護衛だと勘違いしてたんだ」
「それについてはお互い様だ。こちらも敵だと誤認した。幸い軽い怪我の内におさまったのだから、この件については水に流そう」
俺の前には空手使いの顎髭の男が座っていた。名前はエヴァンズと言い、公爵の騎士だ。騎士なのに剣を持ってないのかと思ったが、戦った彼らを思い出してみれば下手な武具よりもタフで力もあるので剣なんていらないのだろう。
「これで漸く通訳をしなくて良くなったわ」
「私は少し残念ですけどね。都合良い感じで通訳してやろうかなって、狙ってたんですけど。そういう時ほど真面目な話ばっかりで……」
ベニオと蓮は少し離れた場所でソファに座り食後のお茶を飲んでいた。仮にも客がいるのに好き勝手喋っている。
翻訳の指輪をベニオが用意した細い鎖に通して首にかけた俺は異世界の言葉を理解できるようになった。
この指輪をくれた少女達は、俺に礼を言うと俺が占領した事になっている屋敷へと明日の朝に案内するよう言ってから部屋から去っていった。
話の流れがよく分からなかったのだが、エヴァンズの話によれば部屋に訪れる前にサゴスに潜入させていたスパイと連絡が取れたらしい。
「外部から雇った人間だ。薄い色の金髪の女なんだが、サゴスで大暴れしている言葉の通じず見ない格好をした青年に助けられたと。お前の事じゃないか?」
「あー、あの人……」
「ここ最近になって、我々が雇った彼女だけでなく各国の諜報員との連絡が取れなくなった。恐らくサゴス側で一斉に取り締まりが行われたのだろう。泳がせていたのを含めてどうしていきなりそんな行動に出たのか分からんが」
持ち主がいなくなった屋敷に何故か集まってきた人間達がその諜報員達らしい。金髪の女同様に拷問されていたり殺されたりしたが、生き残りが屋敷事を知ってここは協力し合う体で集まったようだ。
そりゃあ、周囲を囲まれて襲撃される訳だよな。
「そういう意味ではこちらの方がお前に借りがある。言葉に不自由していると聞いたので、ツェールカ様が保管していた翻訳の指輪を送ることにした。遠慮せず受け取ってくれ」
「ならありがたく貰っておくけど……えっと、ツェールカって人が公爵様なんだよな? あの赤いドレスの」
「正確に言うと公爵の一人だ。角を生やした方がアインス様で、羽の方がツェールカ様、それと領地で留守を預かっているミーチェ様の三人で公爵家の当主だ」
「それってややこしくないか? 当主の座を三等分にしたのか?」
「いや、全権を三人とも持っている」
「…………ところで何か別に用があったんじゃないか?」
訳が分からなかったし、そもそも政治体制に理解がある訳でもないので聞き流すことにした。
「深く追求するのを止めたわね」
「そういうところ、なぁなぁにしますよねー」
俺が異世界の言語に不自由しなくなった途端に交渉(?)の矢面に立たされた。いや、そういうのを任せてばかりで多少は申し訳ないと思っていたのは確かだ。確かだが、やはり面倒だと思う。これはもしかして仕返しに類じゃないだろうな?
「我々がここに来たのはこのサゴスの有様に業を煮やしたからだ。教会が受けた神託に加え実際に国内外で異変が起きている。そんな中でこんな街を放置できず、何よりデラック帝国で起きた事件にサゴスが関与している疑いがある」
デラック帝国と聞いて俺はベニオを見る。
「イベルト伯爵の手。モンスターの物だったじゃない。ここだとモンスターのような生物に変異する薬が出回っているようだし、関わりのある可能性は高いわね」
「ああ、そういえばいたな。だから他所に突っつかれる前に自分達で始末しようって?」
「公爵は以前からここを潰したがっていたからな。他領だが、世界の危機に関わるのなら大義名分が立つというものだ」
「名分とか政治の話は分からないが、それを手伝えって?」
「いや、違う。お前がいくつかの売春組織や奴隷商を潰したと聞いた」
「そんないくつも潰したっけ? ぶっちゃけちゃんと数えてないし、文字も読めないから分からなかった。でもまあ、そっちがそう言うなら潰したんだろうな」
「一部の人間を保護したとも聞いた。その中に珍しい痣を持った子供はいなかったか?」
「子供?」
「正統な後継者としての血を引く子供だ」
聞けば、十年以上前から予兆はあったものの、サゴスがここまで魔都と化したのはここ数年の話で、町としても一地方の町程度の規模しかなかった。
それを変えたのが、会合の出席者の中で唯一逃げ切った頭目の老人だ。名前はカリギュラ・サファギリウス。
サゴスを含め一帯の町々を治めるサファギリウス家の親類で、本家一家が馬車の事故により死んでしまった今唯一の血を継ぎし男だった。
カリギュラが当主になってからは領地にあった他の町や村は飢饉や盗賊によって滅び、その養分を吸ったかのようにサゴスのみが残り魔都となった。
だが最近になって事故で死んだ夫婦の間に生まれた子供かもしれない人物の情報が入ってきたそうだ。
「この街を潰したとして、以後の管理はどうするのかという問題がある。ドラグノル公爵家としてはただ壊滅させて放置では外聞も悪い。サファギリウス家の生き残りがいるのなら、その者に名目だけでも領主に立って貰いそれをこちらでサポートするというのが理想だ」
それって傀儡政権と結局変わらないよな、という言葉が思い浮かんだが俺には関わりのない事なので黙っておく。
「情報が本当なら手間が省ける。見ていないか?」
「そう言われてな。特徴とかもっと詳しく教えてくれないと分かんないぞ」
「すまん、忘れていた。子供の名はラヴェ。十歳ぐらいの少女で、サファギリウスの血を引く者の特徴として鳥の形をした痣が浮き出る」
「…………あ」
スゲェ覚えがあった。
子供は寝てる時間というのもあって(公爵も睡眠の時間だった)、エヴァンズの話から一夜経った今朝方にホテルを出発して皆でスパイの避難所となった屋敷に向かった。向かったのだが、またエライことになっていた。
「屋敷って聞いてたんですけど、ジャングルじゃないですか?」
蓮が恐らく全員が思っている事を口にした。
半日程度離れていただけなのに、屋敷があった場所は森のようになっていた。道やお隣の庭にまで侵食しているほどの広がった森は枝同士が複雑に絡まって中に様子を見せず、生い茂る葉が光を遮ってすぐ手前の場所さえも暗くなっていた。
そしてその暗闇の奥から獣の唸り声に似た巨大食虫植物達の奇声が聞こえてきている。
「これはもう植物の砦館だな。オオベレットコウセイがいるとは聞いていたが、まさかここまでとは」
「おー……これが噂のオオベレットコウセイのドルイド魔術。すっごー」
一緒に来た小さな公爵様二人も森から顔を出して奇声をあげる恐竜の頭みたいな食虫植物を見上げて感嘆していた。
「オオベレットコウセイってアレでしょ? トモセンパイがモコモコ言ってたマスコットでしょ? マスコット枠かと思ったらヤバい生物じゃないですか」
「いや、見た目はそんな感じで大丈夫なんだって。見た目は小動物をデカくしたヌイグルミだし」
「オーガと争いが成立する時点で小動物とは言えないわね」
「オーガってどれくらい強いんですか?」
「下位でイベルトの闘技場にいた闘士の中の上から上の下」
「マスコット? 小動物?」
胡乱な目で見てくる蓮から顔を逸らして俺は草の壁に近寄る。上から食虫植物が動く音が聞こえてくるが、無視して壁の前に立つと目の前の植物が独りでに動いてトンネルを作った。
少なくとも誰彼構わず襲うということはなさそうだった。
全員で草のトンネルを通って進むと屋敷の玄関に到着した。庭が丸々ジャングルになっている。よくここまで徹底してるなと思いつつ扉を開けると、モコモコ達が待っていた。
「キュー」
「おう、ただいま。金髪は?」
挙手して挨拶を終え、実はドラグノル公爵のスパイだった金髪の女の居場所を聞く。
「キキッ」
「なんか仕事中らしいんで、食堂の方で待ってもらえます?」
「何故通じている」
「翻訳の指輪にもオオベレットコウセイの言語はないはずなんだけどなー」
なんか公爵二人が引いていた。
なんであれ公爵御一行を食堂で待たせて俺は屋敷の二階に上がる。茶や菓子ぐらいは何も言わなくても空気を察した屋敷のメイド達が勝手に出すだろう。
「お前らも向こうで待ってれば?」
「別に公爵の配下になった訳ではないもの」
「こっちの方が面白そう。それとトモセンパイ、あとであの子達触らせてください」
「俺に聞かずに本人に聞け」
「いや、言葉分かんないから無理です」
「雰囲気で察しろよ……」
俺の言葉に肩を竦める蓮にイラッとしたが無視して、金髪の女の部屋に向かう。扉が開けっぱなしで中からは紙の束を重ねるような音が聞こえる。
ドアの外から中を覗くと、金髪の女が大慌てで書類を整理していた。
「昨日の今日で来るの早すぎ! って言うか不意打ちにも程があるわ。えーと、国外への資産の流れはこっちで、輸出品の目録がこれで……ああっ、情報整理が追いつかない! 急がないと公爵様が来ちゃう! 昼までに来ないでくれると良いんだけど」
「いや、もう来てるぞ」
「うっそ!? なんで偉い人なのにこんな朝からって喋ったぁぁぁぁっ!?」
この女、こんなに騒がしい奴だったのか。
「翻訳の道具貰ったんだよ。それよりも、言葉通じてなくても喋ってただろ」
「そうなんだけど……異国どころか異世界の人間みたいな感じだったし、オオベレットコウセイと会話してる時点で、ねえ?」
「逆に俺に聞き返されても困る。異世界云々は間違ってないけど、見た目人間だったろうに。それよりも、公爵は下の食堂で待ってるぞ」
「ヤッバ!」
金髪の女は大量の書類を抱えて部屋を飛び出していった。俺はドアに寄りかかってその背中を見送る。
「面白い人ですね」
「言葉って本当大事だわ。あんなんだとは思わなかった」
まあバイタリティ溢れてないと拷問されてた状態から即復帰はできないだろう。
食堂まで駆け下りる足音が聞こえなくなったところで、反対側の通路から医者の先生が姿を現した。
「ちょうど良かった。チビ達はどうしてる? 先生」
「……言葉を喋った?」
「あんたもか」
言葉が通じなかった奴がいきなり喋れるようになったのに驚くのは良いが、金髪の女といい人がまるで人の言語そのものを理解していないような言い方は何なのだろうか。お陰で蓮が後ろで吹き出して笑っている。
深く追求しても蓮に笑いの種を与えるだけなので、もう一つ用件を片付けよう。
「傘の……背中に鳥の痣があった子供いただろ? 今どうしてる?」
傘云々は俺の印象だ。この屋敷の中でもあの少女の戦闘能力を知っているのは俺だけだ。昨夜に街にいたモコモコ達や諜報員達でさえ力の一片しか目撃していない。いや、空間を振動させる技を受けたドラグノル公爵の兵達も知ってるか。
「あの子なら……」
医者が俺の方を、正確には俺の後ろを指差す。同時に軽く柔らかい衝撃が腰にきた。
「お兄さん、帰ってきたんだ」
傘の少女が後ろから俺の腰に抱きついて見上げていた。お兄さん、とか呼ばれてたんだな俺は。
「あれから戻ってくる気配がなかったから心配したんだから。まあ、言葉が通じてないから言ってもしょうがないけど」
「いや、言葉なら分かるようになったぞ」
「…………喋った?」
俺、本気でどう思われてたんだ?
「驚いたけど、ええ、そうね。これならお兄さんとお喋りができるわ。嬉しい!」
「そうかそうか。それなら昨日、なんで後をつけて来たのか理由を聞こうか」
「お兄さんが傍にいてくれないと、わたし不安で……」
「トモセンパイ、このクソあざといメスガキが何ですか? ペットですか?」
「お前口悪いな」
シナを作る少女に蓮が虫を見るような目を向けていた。
「あざとい云々言ったら貴女もそうじゃない」
「私は良いんですー! それよりもセンパイ、ペドではないという証明としてその子供を引き剥がして下さい」
「どうでもいい。面倒だし」
「このロリコン!」
「そこまで言うならレンが剥がせば良いじゃない」
「いや、なんか下手に手を出したら指が飛びそうな気がして……」
生存本能の為せる業なのか蓮は少女との実力差を感じているようだった。一方で少女の方は騒ぐ蓮を見ることもせずに人の体に顔を押し付けてきた。
「お兄さん、この怖いお姉さんはなに?」
「自称後輩。ところで言葉が分かるようになったから聞くが、お前名前は?」
「ヴェラよ。お兄さんのお名前は?」
「犀川智彦。こっち風に言うならトモヒコ・サイカワ。家族の事とか覚えてるか?」
聞いた途端、少女は顔を俯かせる。俺の服を掴む手が微かに震えている。
「そ、それは……」
声もまた震えていた。
そこにいたのは大の男でも敵わない戦闘能力を持つ少年兵ではなく、トラウマに怯えるか弱い少女であった--と普通は思う。
「いや、そんな小芝居しなくていいから。お前に聞いたのは、聞いても問題ないと思ったからだぞ」
「――え?」
涙腺まで操れるのか一筋の涙まで流している少女、ヴェラの脇の下に手を入れて持ち上げると、彼女は唖然とした表情を浮かべた。
「普通にしろフツーに。世間受けするように振る舞う必要はないから」
こいつ、今日会った時点で俺が会話できるのに気づいていた。医者の先生と話をしているのを影から見ていたのか知らないが、そっちの方が会話を重ねられると思って最初トボけていたんだろう。
それと同じで、特に意味も大きな企てがある訳でもなく、その方が自然で人の同情を買えるから泣き真似をした。
そもそも夜にサゴスを一人で出歩いて人をストーキングし、あんなに強いドラグノル公爵家の兵を相手に余裕で戦える奴がこの程度の質問で取り乱す筈がない。
泣き真似を止めたヴェラが首を傾げる。
「……怒ってる?」
「怒ってない。処世術と言えばそれまでだし、そこまで深く興味もない。それよりも遠回りされる方が面倒だ」
「私達を助けてくれた癖に冷たいわ」
「そりゃあ、自己満足だからな。お前の意思はあんまり関係ない」
「強引なのね。でも、うん、わかった。お兄さんが言う普通さえも忘れちゃったけど、頑張るわ」
そう返事するとヴェラは俺の手から逃れて床に着地した。
「それじゃあ早速お兄さんの質問に答えるけど--正直言って何も覚えてないの。ごめんなさい」
可愛らしく小首を傾げてウインクされてもなぁ。自称美少女後輩を怒らすだけだからな。現に鼻で笑ったぞこいつ。
「トモセンパイ、この使えないロリは放置して次行きましょう」
「次もクソもねえから落ち着け。ぶっちゃけ期待してなかったし」
「貴方も貴方でそれはどうなの? と言うよりもうこの子しか候補がいないんだから公爵に確認してもらえば良いじゃない。それかこの場で剥ぐつもり?」
「ベニオはベニオで怖い言い方すんな」
「……事情はよく知らないけど、全員が大概だと思うよ」
医者の先生が一番的を得ていた。




