第四十話
拳が触れ合い、インパクトの瞬間強く拳を握りこんで大地を踏み締める。拳を砕くつもりで放った拳は、お互いに後ろへと吹っ飛んだ。足で踏ん張るがそれでも後ろに下がり地面に二本の線を描く。
僅かな驚きを抱きつつも止まった瞬間に前に飛び出す。相手も同じく、拳を打ち合った場所で殴り合いが始まる。
鱗も角もない一見すれば普通の人間しか見えない男だが拳や蹴りの威力、速度、何よりも技量が他の連中と比べ段違いだった。
それと、他の連中と戦って思っていたことなのだが、偶に指で掴んで関節を極めてこようとしたり投げようとしてきたりしているものの主に打撃が中心な戦い方は空手に似ていた。
血が出るのが当たり前の割とガチで殴り合う空手競技をやっている奴と喧嘩したことあるし、何か格闘技をやっている不良というのも珍しくはなかったので大凡分かる。
まあ似てるなと気付いたところで何か攻略法が見つかる訳じゃない。俺は正面から男を打倒しなければならなかった。
「うおっ!?」
腕で蹴りをガードしたのだが、足の踏ん張りが足らずにそのまま蹴り飛ばされて建物の壁を何枚か抜く。
マナアーマーで超人的な身体能力を発揮できるこの世界では一発良いのを貰えばボールみたいに跳ね飛ぶ。
ようやく勢いが落ちて一枚の壁を背にして止まった直後、既に追いついてきた男の貫手が眼前に迫っていた。首を傾げて咄嗟に避けるが頰を少し切られたのか鋭い痛みと熱を感じた。
避けると同時にボディブローを狙ったが掌で受け止められた挙句に捻られる。俺はその捻られた方向に地面を蹴って自ら回転して関節を外されるのを回避して逆に相手の手首を掴んで地面に叩きつける。
下手に長く掴んでいると返し技がきそうなので直ぐに壁に向かって手放す。蹴られた時の仕返しに壁を何枚も貫通させるが、それだけで終わる訳がない。
俺は地面を蹴って三角蹴りで高く跳躍すると男が止まりそうな場所に予想を付けて落ちる。俺の予想は合っていて、男が踏ん張って壁を貫通するのを止めた瞬間に頭上から男の頭部を蹴る。
だが蹴った瞬間の手応えは軽く、男は縦に回転して踵落としを俺に振り下ろしてきた。俺はそれを避けて側面に回り込んで拳を放つ。分かっていたかのように手の甲で受け流されるが構わず攻撃を続ける。
再び殴り合いだ。ボクシングスタイルの巨漢とも殴り合ったが、こっちの方が断然強い。
手の甲や掌で拳をいなされ、いなした手で拳を握り流れる動きで殴ってくる。足捌きもそうだ。足元を見ていない癖に俺の足の位置や踏ん張っている箇所を見抜き足の甲を踏みか膝で動きを妨害してくる。
技巧者だった。現に今も踏み込んだ俺の足の膝に自らの膝を打ち込んで重心をずらしてきた。
「フンッ!」
膝が衝突する瞬間に俺は足に力を込めて踏み込んだ状態で更に地面を踏む。その結果、男の膝が圧し負け逆に弾かれる。
弾かれた男だが、勢いを利用して足一本を軸に回転して裏拳を放つ。しかし俺の方が断然早く、男の背中に拳を叩き込む。
裏拳が掠めはしたものの俺の拳で男が吹っ飛んでいく。
男が飛ばされていく先は広場のようになっている歩道がいくつも交差している場所で、中央には元は綺麗だったろう壊れた噴水が置かれている場所だ。
男を追って俺も噴水の前に移動し落ちて来るタイミングに合わせて足を振るうが、男は空中で器用に身を捻ると逆に蹴りを放つ。
俺もまた相手の蹴りを躱すが、着地狩りのチャンスを逃してしまい男は地面に着地すると後ろに跳ねて距離が開く。
お互い凹ませるほどに地面を力強く蹴って突進する。拳を硬く握り締めて振りかぶり、放つ――
「止まりなさい、トモヒコ!」
「×◇ッ!」
――瞬間に聞こえた声に俺と男は拳を相手の眼前で止めた。急停止により発生した突風が止み、殴る寸前の姿勢のまま二人一緒に声のした方を見れば、漆黒の馬車から丁度下りてきたベニオの姿がそこにはあった。
馬車の周りには俺が鱗男や角男と似た特徴を持つ者達が守っていて、馬車に取り付けられた旗は黒地に黄金の杖を持った赤い龍が刺繍されている。
見覚えのある旗だった。具体的に言うとサゴスに捕らえられていた商隊一行を保護してくれた人らの旗だった。
ドラグノル公国という国があるらしい。というかサゴスを内に抱えた国だった。
国と言っても小さな領地を抱えた領主達がより集まって他国に対抗しているだけで、代表の公王が一番偉く国同士の話し合いなどには前に出張る役割なのだが国内では決して絶対的な権力を持っている訳ではなく、それぞれの領地の経営に口を出す権利はない。
言ってしまえば小さな国家の集まりの中、矢面に立たされるのがドラグノル公爵という領主だった。
そんな話を俺はベニオから聞いた。
場所はベニオ達が泊まっている高級そうなホテルの一室だ。一日二日程度顔を見ていないだけなのに何だかとても久しぶりなような気がする。
ベニオ達は門で兵士(?)に金を握らせ見逃して貰うと周囲の荒れ具合などで比較的まともな高級ホテルに泊まったようだ。保護した人らと集団で行動するのを心掛け、情報を集めて逃げる算段を立ててから俺を呼ぶ合図を送るつもりだったらしいが、何やかんやで結局こうして合流できた。
「で、そんな罰ゲーム中の公爵と何でお前が一緒にいたんだ?」
ルームサービスがあったので適当に注文した料理を食べながら聞いていた俺は果汁水を飲んで一端食うのを止める。
あとここの食事は何も細工はされていないらしい。元々他所からの賓客の宿にもなっていて、そういった小細工はしない場所のようだ。理由があればするだろうが。例えばサゴスの領主などの命令があった場合など。
「偶々このホテルで会ったの。貴方が救出した人達から私達の特徴を聞いていたらしくて、向こうから接触して来たわ。それで情報交換をしている最中に……」
「あれか。あいつらはその公爵の部下で良いんだよな?」
「ええ。先行して朝の時点でサゴス入りしていたそうよ。公爵がはっきりと言った訳じゃないんだけど、何か理由をつけてサゴスを治める領主を殺したがっていて、彼らはその為に離れて行動していたようね」
「へぇ……ん? 今、合流してるよな。まさか俺のせいでご破算になっちまった?」
ベニオは肩を竦めた。そういうジェスチャーは止めろよ。
俺が気まずげに天井を見上げると、バケツサイズのゼリーを隣で食っていた蓮が呆れたような目を向けてきた。
「ご破算も何も、センパイ暴れ過ぎ。ホテルから外見るだけで――あっ、センパイ彼処で暴れてるな、って分かりましたもん」
「そこまで派手にやった覚えはない。だいたい荒事はここだと日常茶飯事だろ」
「そうなんですけどね。世紀末って言うか、外観は綺麗な建物とかある癖に住んでる人間が退廃しきっていると言うか。どこからでも聞こえる悲鳴や怒号に戸締りしててもヤバイなー、怖いなーとか思ってたら窓の外で人がポーンって」
人が跳ねる様子を表現しているのか、片手をあげるレン。あー……殴り飛ばしたチンピラなんて一々覚えていないが、マナアーマーもあってこの世界の住人は頑丈で家より高く投げ飛ばすことは何度もあった。その内の一つを目撃したんだろう。
「あっ、これはセンパイの仕業だなってピンときましたよ。建物だって簡単に崩壊してたし。怪獣映画見てるみたいでした」
「いや、分かってたなら合流してこいよ。それならこんな街ととっととオサラバできたのに」
「無理よ。保護してる人達もいるのよ。危険だわ」
「そうですよ。こんな美少女がこんな街を出歩ける訳ないじゃないですか。王子様さながらにセンパイが来るべきだったんです」
ベニオの言に便乗したレンは無力をアピールするが、お前ら二人で十分に自衛できたと思う。
「それに貴方が大暴れしたせいでこのホテルも騒がしくなって、不用意に動けなかったのよ」
「そんな暴れてたかぁ?」
「この街に来た日の深夜、サゴスでも有数の権力者が死んだって噂が流れたわ。アレ、貴方の仕業じゃないの?」
「…………」
多分、毛皮男の家の事だと思う。デカい屋敷だし、他所にもデカい地下施設を持っていたぐらいなので有力者で間違いないと思う。
俺が黙っていると、蓮がからかっているのかニヤニヤと笑っている。
「そして今日は領主と愉快な仲間達に喧嘩を売ったと。いやー、二日と経ってないのにいきなり頭を狙うとか普通じゃできませんよ」
「悪かったな普通じゃなくて」
俺が今夜取り逃がして老人はサゴスの領主だった。トップがズブズブな時点で終わっていると言うべきか、既に終わっていた。
そりゃあ自浄作用に期待できないよな。門の所で平然と雑に取り繕うだけで誘拐ビジネスをしているのもあいつだろう。内外に通じる門であんな事ができるのは領主ぐらいだしな。
「さて、飯も食ったし風呂入って寝るわ」
ベニオ達が泊まっているホテルに行く直前、今日は戻らないとモコモコに言ってある。どこまで通じているかは別として、伝言は頼んであるので向こうの心配はいらない。
サゴスに入ってから一睡もしていないので、早々に寝たい俺は飯を食い終わると椅子から立ち上がった。だが、それを邪魔するかのように部屋のドアがノックされた。
「公爵よ。貴方が倒した連中について話を聞きたがってたわ」
「まあ、そうだよな……」
公爵の部下とは不幸な行き違いはあって殴り合った訳だが、それを抜きにしてもサゴスの有力者らしい連中をボコった俺の話を聞きたいというのは分かる。でも公爵自ら来ることはないと思う。
「はいはーい、今出まーす」
分かっててやっているんだろうが、蓮が呑気な声で返事をしながらドアを開ける。
開いたドアから現れたのは数人の人物。その中でまず目についたのは俺と殴り合った顎髭の男だ。一度目が合うが、顎髭の男は道を譲るようにして脇による。
そうして後ろから現れたのは双子の少女だった。
傘の少女の一件からまた子供かよと思ったが、同じ顔をした双子のうち黒いドレスの少女の頭からは二本の角が生えていて、赤いドレスの少女の背中には蝙蝠の羽が生えていた。
紋章に竜が描かれているだけあって、ドラグノル公爵の関係者は体の一部から竜の特徴が現れるようだ。もしかするとそういう種族の集まりなのかもしれない。
「◇◯△□」
角の少女が俺に視線を向けて何か言ったが、生憎と言葉が分からない。ベニオに翻訳してくれと視線を向ける。
ベニオが代わりに会話を始めたその後ろで、蓮が近づいてきて俺に耳打ちする。わざとやってるのか吐息が暖かい。
「あっちの女の子達がドラグノル公爵家の当主らしいですよ。幼女が公爵とか別の意味でファンタジーしてますよね」
「マージーか」
子供が公爵とか。いやでも、地球の歴史だって十歳ぐらいで王位に付いた王様がいたか。そういうのは大抵傀儡だが。
ベニオとの会話が終わったのか、相手の視線が改めて俺に向く。角の少女の隣にいる羽の少女が巾着袋みたいな薔薇の刺繍がされた小さな袋に手を突っ込んだ。
「〜〜♪」
袋の中を漁りながら羽の少女が鼻歌を歌い、それを早くしろと言わんばかりに半目で見つめる角の少女。瓜二つだが、性格は大分違うようだ。
待っていると羽の少女が銀色の指輪を取り出し、指で弾いて俺の方に投げる。
「◯∀▽+」
「翻訳の指輪だそうよ」
片手でキャッチすると俺が聞く前にベニオが説明してくれた。
「多くの言語の情報が入っていて身につけている限り自動で翻訳してくれるわ」
「言語の情報って……日本語も?」
「貴方と再会する前に試させてもらったけど、ニホン語も入ってたわ」
「…………」
指輪は磨かれ光沢を放ってはいるが、よく見てみれば細かい傷があって年代物と分かる。
翻訳機として対象の言語の情報を保存しているのは機械チックな理屈で分かりやすいんだが、日本語がいつから入っているのか疑問だった。後から入れたのではなく、はじめから入っていたとしたらそれは――。
「サイズをある程度変えられるようだけど、トモヒコの場合は指に嵌めるのは止めた方が良いわね。割れそうだし」
考えていた最中にベニオの言葉で顔をあげる。指輪の事については後にするとして、今自然に聞き取ったがベニオが喋った言語は日本語じゃなかった。
「『お前、こっちの言葉喋っ』――うおっ、話せてる!?」
自分の口から出た異世界の言葉に少し驚く。
「トモセンパイ、漸くまともに話せるようになりましたね」
しみじみと呟く蓮は本当に感慨深そうにしていた。




