第三十八話
焼き討ちは冗談だ。
ただ言い訳とかではなく戦闘中でしかも魔法がある世界なのだから、するつもりはなくても燃えることはあると思う。
それよりも教会の敷地に入っていく馬車が途切れ、時計塔から見える警備がより内側に固くなったのを見て俺は時計塔から地面に着地する。
そろそろ集まっただろうし突入するか。その前に……。
俺は教会の方角に向けて足を一歩踏み出しながら素早く後ろを振り向く。路地の角にワンピースの裾が消えていくのを見た。
障害物となる建物を飛び越えて角を曲がった先に走っていくと、路上に傘の少女がいた。俺に気付いて見上げると、誤魔化すように愛想笑いを浮かべてくる。
「お前なぁ……」
一体いつからなのか、ついて来ていたらしい。俺のいきなりの行動に慌てて追って来たモコモコが少女を見ると、驚いた鳴き声を発する。
「キュッ!?」
少女はこっちが余所見をした瞬間に一瞬で姿を消した。だが、俺はそれを見逃さず襟首を掴んで持ち上げる。
身長差があるのを利用して人の死角を突いて脇を通り過ぎるそのタイミングの見計らいと動きの緩急の切り替え方は俺をボコった時の人形のような姿を思い出させるが、猫のようにぶら下がった少女はイタズラがバレた子供相応の表情を浮かべていた。
「はぁー……モコモコから離れるんじゃないぞ」
溜息を吐き、少女をモコモコの隣に下ろす。騒ぎを聞きつけたのか他のモコモコ達も集まりだし、一斉に俺を見上げる。
良い意味で人形のように可憐な少女とマスコットキャラみたいなモコモコ達がセットになった光景はファンシー過ぎて、サゴスでは凄い違和感があった。
「大人しくしてろよ」
ニュアンスは伝わっただろう。少女をモコモコに任せて俺は今度こそ教会の方に向かう。正面から。
他の所でそうしたように屋根を突き破って突撃しても良いんだが、他所のとは言え仮にも宗教施設だ。それに場所だけ貸してる或いは占領されている可能性もあるし。
なので正面から堂々と歩いて近づくと、いきなりボウガンの矢が飛んできた。門の前に立つ門番の一人が射ってきたのだ。
矢を掴んでへし折ると、今度は門前にいた全員が矢を放つ。避けたり叩き落としたりしていると、地面から石の壁が生えて俺を囲む。直後、赤い光が上から降り注ぎ壁の中で爆発が起きた。
「……あーはいはい。ここもサゴス基準でいいんだな」
爆発でも砕けなかった壁を蹴り飛ばし、さっきよりも早足で門に向かう。
矢や魔法が遠慮なしに飛び込んで来るが、ある程度の距離まで近づくとそれが止み、大剣を持った男二人が同時に斬りかかって来る。それぞれ首と足首を狙って剣を振り、二人の奥からは槍を突き出す三人目がいた。
首を狙った方を噛んで受け止め、足首の方は上から踏み砕き、槍は掴んで受け止める。槍と剣はそのまま手放さずに持ち主ごと振り回し、剣を踏み砕かれた男を巻き添えにして門に向かって投げる。衝撃で閂が壊れたのか門が開いた。
その瞬間、俺は駆け出す。後ろから魔法か爆音が轟き発生した風が俺の背中を押す。
門を守る男達を置き去りに教会の敷地内に飛び込めば、眼前に鉄塊が迫って来る。巨人がハンマーを下から振り上げていたのだ。
ハンマーを蹴り返せば勢いに負けて巨人が仰け反る。その脇を通って黒装束が毒でも塗ってあるのか妙な光沢を放つ短剣で頭上から襲いかかる。加えて、教会から伸びるいくつもの尖塔から褐色の肌の男達が大きな弓を構えて番えた矢を俺に向けていた。
まず黒装束を裏拳で横に殴り飛ばし、続いて巨人を直蹴りで教会の壁にまで飛ばしてめり込ませ、複数の尖塔から放たれた無数の矢を指の間に挟んで掴む。
「人材豊富だな。大物がいるって雰囲気バリバリだ」
足を止めて拳を握り掴んだ矢をへし折りながら周囲を見れば、統一性のない格好と武器ながら如何にも修羅場を潜ってそうな鋭い人相の連中が俺を囲っていた。
「△◇∟+」
「◇∧@∀」
何か言っているが通じないので無視――しようとしたら聞き覚えのある単語が耳に入った。
「◯▽∨、オーガ」
「あ?」
オーガ? あの集落のモコモコ達と対立していたあのオーガ? こいつらは出会い頭に人の頭を棍棒で殴りしくさったあのボケと俺を揶揄しているのか?
「お前らには言われたくねェんだよッ! 分かりやすい程カタギじゃねェ格好しやがって!」
一番近くにいた奴をまず殴り飛ばして教会の壁に新たなオブジェを設置する。
人をオーガ呼ばわりした奴ら全員をぶっ飛ばしてやりたいが、本命は教会の中にいる悪党共だ。だから進行上にいる連中をボコるだけに留めて、教会の中に突入する。
外から見ただけでも立派な建造物だったが中も伝統建築と言うのか細かい彫刻のされた石材で形作られていた。
観光の名所になるだろうが、所々に見える金の調度品が何か成金趣味の片鱗を感じさせる。何よりも武器を持った物騒な連中が屯している時点で観光名所としては成り立たない。
中では既に魔法使い達が待ち構えていて、石飛礫と氷の矢を一斉に放った。火だけでない分マシだが教会や美術品など考慮していない攻撃だ。
弾丸のように直進して壁や床を砕く攻撃を横に走って避けつつ天井を支える石の柱に近づいてそれを蹴る。
どうやって作ったのか繋ぎ目のない石柱は折れて天井との繋がりも崩れ横倒しになる。俺は倒れた石柱を掴んで魔法使い達に投げ込む。
それも魔法かバリアーみたいな壁に受け止められるが、完全に防御できた訳ではないようだ。後ろに倒れ転ぶ者もいる魔法使い達に向かって突進し、ラリアットで正面にいた二人だけを轢き倒して教会の奥に走る。
壁を殴り壊して直進すると、通路を駆けている集団を発見。防衛の応援に来た待機組であろうそいつらに襲いかかり、後ろから俺を追って来た連中に投げつける。
向こうが足を止めた隙に床を蹴り、天井を突き破って上の階に移動する。ついでに壁を壊して瓦礫を障害物にしながら進むと、壁の中から刃が飛び出して来る。反射で避けて刃が伸びる壁の中に手を伸ばし、掴んだ感触がした瞬間に引き抜いた。
壁の破片を撒き散らして現れたのは黒装束だ。掴んだまま壁に叩きつけて他にも中に隠れていた奴らを散らす。
次々と出てくる武装集団を殴っては投げ、時には床や天井に埋め、窓から放り投げる。
そうやって進んでいくと大きな螺旋階段に到着した。なんとなしに上を目指したが、護衛の数が増えてきたので上に行くのは間違っていないようだ。
俺が突破してきた場所から、螺旋階段の上から多くの足音が近づいて来る。
「全員の相手してられね」
螺旋階段の手摺を足場に三角蹴りの要領で上に上り護衛達を無視する。
「――っと!?」
あともう少しで一番上に到着しようとしたところで細い糸が蜘蛛の巣のように編まれているのに気付いた。
咄嗟に宙で体を回転させて糸の壁に足から着地する。糸を掴んで逆さまの状態で周囲を確認すると、糸の向こう側から複数の影が飛び出して螺旋階段の壁を走って来た。
体は人だが頭は獣のものだった。
それを認識した直後、掴んでいた糸が独りでに動き出し蜘蛛の巣状から形を変えて俺の全身を縛り上げた。
半獣半人達が壁を蹴り同時に鋭い爪や牙で俺に襲いかかる。寸前で糸を力づくで千切り、糸の端を掴んで引っ張ると最上階から人が引き寄せられた。引っ張られるのに抵抗しているが俺の力の方が強くそのまま落下する。
それが丁度獣人達の進路を塞ぎ、糸使いは邪魔だと言わんばかりに殴られる螺旋階段の壁に激突した。
続けて俺を爪で狙ってくるが、俺は身を捻り獣人達の攻撃を躱しながら彼らを蹴る。
踏み台代わりにして螺旋階段の最上階まで上る。
床に着地すると分厚い扉が見え、その前を屈強そうな男達が固めていた。
迷わず駆け出して突進し、扉の前を守っていた男達共々扉を破壊して中に侵入する。
中は会議室なのか広い部屋の中心に大きな丸テーブルが置かれていて、等間隔で数人の人間がそこに座っている。
男がいれば女もおり、凶悪な面構えのもいればビジネスマンみたいな眼鏡をかけた理知的な雰囲気のもいた。彼らの後ろにはそれぞれ護衛らしき者達も立っていて、格好が教会を守っていた連中と共通する装いだった。
突然の乱入者つまり俺だが、その登場に護衛達の鋭い視線が注がれるが、椅子に座っている連中に慌てる様子はない。
寧ろ愉しげな気配を発しながら白髪の老人が何やら言葉を発し、他の面子がそれに反応してそれぞれ勝手に喋り出す。俺について言っているんだろうが、ニュアンスから小馬鹿にされてもいるようだ。
正確な意味も分からないしこれから殴る連中なのだから無視して俺はビンゴブックを取り出す。
似顔絵の描かれたページを捲っていきチェックする。少なくとも座ってる連中は軒並み載っており、今まで捕まえた連中とは賞金の額が文字通り桁違いだった。
確認し終えたタイミングで笑い声が響いた。何か知らんが盛り上がってるようだ。
ビンゴブックから彼らの似顔絵のページを音を立てて破る。俺の行動に笑い声が止み俺に注目が集まる。
「この街来てから寝てねぇんだよ。煩くて」
言葉は互いに通じない。分かっていて好き勝手喋る訳だが、こうして口に出すのも必要な事だと思う。少なくともちゃんと言ったという事実は残るので後になって知らんぷりされても言ったもん勝ちだ。
「悲鳴は上がるわ雄叫びは聞こえるわ、どっかで盛大な器物破損が起きてて気紛れに放火。調子こいて相手も見ずに喧嘩売って来るし」
破ったページを丸テーブルの方に放り投げる。卓上に散らばる紙に自分達の顔が描かれているのを一瞥すると彼らの雰囲気が僅かながらに鋭くなる。
ただ一番貫禄のある服の上からでも分かるほどガタイの良い老人--の斜め後ろに立つ背広の男が妙な笑みを浮かべた。こちらの言っている事を理解して俺が何をするつもりなのか観察しているような、ここにいる誰もが言葉が通じないという点で俺に対し一定以上の警戒心を抱いている中で唯一知っているからの余裕を窺わせた。
「……女子供が嬲られてるのを見ると気分悪いし、そんなのが近くで起きてると思うと眠れもしない。でも……」
言葉の続きの前に、真上から音も立てずに近づいて来ていた奴の頭を掴んで床に叩きつける。
「お前ら潰せば少しはマシになるか?」
言葉を理解出来ずとも理解できるものはある。俺のやる気を悟った連中が一斉に動き出す。
他の組織の人間がいる前だからか面子で誰も彼も大物ぶって即座に動けなかった。その分初動が遅れた連中よりも速く俺は床を蹴って丸テーブルまで跳び上がり、踵ででテーブルを砕きその下の石の床も破壊する。
亀裂が床を壁を走る中、そこから先の連中の行動は二種類に分けられた。俺を始末する為に攻撃を仕掛けて来る者とボスを守りながら脱出する者達だ。
後者が窓を突き破って逃走する中、割れて飛び上がるテーブルの破片に隠れて刃が煌めく。俺は体を仰け反らせて避けながら別の方向から襲いかかって来た奴を殴る。
……一撃じゃ沈まねえ!
面倒だと思いつつ二撃目としての回し蹴りで後ろの敵を巻き添えにして吹っ飛ばす。
床が完全に崩れ落ちるまでの僅かな時間の中、関係ないと言わんばかりに攻撃を放つ敵の護衛達に混じって幹部の一人が飛び出してきた。
防具も身につけていないラフな格好の巨漢だが、脇を締めたコンパクトな構えでステップを刻み高速で接近してくる。
こいつもっと時間かかる手合いだ。
だから今は無視し、先に処理しやすいのから片付ける。
例えば全員が動いた中でドサクサに紛れて魔法か何かで姿を見えなくしてコソコソしてる奴だ。
巨漢から距離を取りながら半分勘で虚空を殴る。何か膜のようなものが拳に纏わり、構わず殴り破ると直後に目の前から爆発が生じる。
構わず拳を振り抜くと人の顔を殴った感触が伝わってくる。同時に爆発の光が室内を赤く照らした。俺の蹴りで崩壊を始めていた欠陥建築だ。内部で爆発が起きれば何もかも吹っ飛ばして教会の一角を崩すには十分だった。
多くの護衛が巻き込まれて吹っ飛んでいく中、俺も外に放り出された一人だがさっき殴り倒した奴はしっかりと確保している。
落下しながら元透明人間を教会の敷地に放り投げる。こうしておけばモコモコや何処かの諜報員が勝手に回収していく。
先に部屋を窓から脱出していた残りのターゲットは高層ビル並に高い位置から平然と落下している最中だった。ただ全員がそうではなく、ターゲットの中で紅一点である女は護衛に抱きかかえられながら壁や途中の窓の屋根などを足場に跳ねるようにして移動している。
どれから行くかと視線を巡らせた時、教会の反対側から巨漢が二の腕から炎を噴出させて接近して来た。この世界で炎を使う奴はジェット噴射しないと気が済まないのだろうか。
「ゲェハハハハハハハッ!!」
しかも笑っている。こいつさては男版ブリジット?
ねずみ花火みたいに炎を撒き散らしながら空中で回転する巨漢の拳が放たれる。まともに喰らえばどこまで飛んでいくか分からない威力はありそうな拳を俺は足の裏で受け止めつつ蹴って加速する。
相手の拳の威力を逆に利用し、俺の意思で跳ぶ方向を決める。
向かった先は教会の屋根から屋根へと跳び移る紅一点のグループだ。丁度跳躍したタイミングだったらしく、紅一点をお姫様抱っこで運ぶ男の掴む。
「ようイケメン、邪魔だわ」
ハリウッド俳優みたいな男の肩を掴んだ手を軸に、勢いをそのままに回転して膝蹴りを顔面に叩き込み次いで蹴り飛ばして居場所を紅一点の下から教会の壁の中に移動させる。
俺の登場に他の護衛と紅一点の指先から何か煌めく物を飛ばす。
それは細い針を曲げた釣り針みたいな物で、目では視認し難いほどに細い糸がその後ろにあった。
螺旋階段では糸で阻まれたが、この女の傘下の仕業だったか。
空中でありながら彼女らは仲間の服や伸ばした糸そのものに釣り針を引っ掛けて糸を張り詰めさせて、細い糸で俺をなます切りにしようとしていた。
だが螺旋階段で見た上にこう見えてあやとり位はできる。
自ら糸に指を絡まらせて制御を奪うとあやとりの要領で「橋」を作り護衛共々紅一点に巻いて拘束する。釣り針もあったから適当に振り回すだけでもこんがらがって良い具合だ。
そのまま教会の外へと放り投げる。だが、糸の扱いはやはり向こうが上なのか糸の拘束が解かれた。
時間のロスだが地上に着地したら追いかけよう。そう思った時、地上からいきなりハエトリグサが生えてきて紅一点を食った。
「…………ま、まあいいか」
モコモコの仕業だろうと、屋根から建物の隙間へと移動していく巨大ハエトリグサを見送る。
漸く地面に着地した直後、同じく少し離れた場所で巨漢が派手な音を立てて地面に着地した。
両足で踏ん張った姿勢のまま顔を上げた巨漢は何とも楽しそうな笑みを浮かべて拳を構えた。
「お前含めて残り四人もいるんだ。一分も掛けねえからな」
俺もまた拳を構える。それを見てバトルジャンキーは笑みを深くするのだった。




