第三十七話
クズいのを潰そう。そう決めて金髪の女を探しに屋敷の中を歩いていたらすぐに見つかった。
「ちょうど良かった。聞きたい――」
言葉途中で女に肩を掴まれズルズルと引き摺られる。
「△◇∀」
「は? いや、なに? なんだよ?」
引き摺られるままついて行き、屋敷内のとある部屋に連れ込まれる。そこでは例の医者が椅子に座っていて、その向かいでは傘の少女が座っていた。
あのフリルが沢山ついたドレスではなく、普通のワンピースを着ている。
「∨∀▽」
「なんか見せたいものでもあるのか?」
金髪の女が傘の少女を指差して何か言う。何か俺に見せたい聞かせたい事があるようだが、一体何なのか。
注目を集めた少女はこちらに背中を向け、器用に自分で背中のボタンを外して服をはだけさせ、背中の素肌を俺達に向ける。
「……で?」
白い肌があるだけである。俺にガキの背中を見させてどうしろと言うのか。
朝の仕返しとばかりに半目になって女を見るが、女は丸めたタオルを水を張った桶に突っ込み濡らし、一言呟く。一瞬でタオルから蒸気が出た。魔法で温めたらしい。
飲食店で出されるおしぼりになったタオルで少女の背中を拭く。すると少女の背中に翼のような痣が浮かび上がった。
「◯∟◇〈?」
「知らん知らん」
痣について何か尋ねられているのだろうと察して首を振る。痣が浮かび上がるのは熱で体温が上がって云々とかで理解はできるがどうしてあるかなんて分かるわけがない。
それにしても不思議な痣だ。雲が動物に見える程度の何かに似た形の痣ならありえるが、少女の背中にあるのは明確に翼の形をしていた。しかも結構細かい紋様だ。ナスカの地上絵の鳥よりも細かい。刺青の可能性もあるが、そこまで鮮やかでない。
背中を露出した少女の前で考え込む光景はシュールというか社会的に怖いのでこの話はとっとと打ち切りたかった。
だが薄い色の金髪と自分の寿命削ってそうな医者には何か訳があるのか、真剣な顔をして話し合っている。
少女の方は、もういいのか、という感じで首だけ振り返って俺を見上げていた。いや、こっち見んなよ。
「もういいんじゃないか? 着直せ」
言葉が通じた訳ではないだろうが、少女はワンピースの肩紐をかけて背中の位置にあるボタンに手を伸ばす。が、指先は触れるもののボタンを掛けれるほどではない。
少女が流し目で俺を見上げた。それを見て、俺は少女の頭に軽く拳を乗せて小突く。
「お前、さっきは一人で外せただろうが」
マセている。まぁ、戦っていた時と比べて年相応と言える振る舞いを自然と行えているようなので良いか。
正直、人形のような彼女らをどうしようか迷っていたのだが、命令していた人間が消えた影響なのかこの少女を含んだ子供達の動きからはあの人形めいた無機物さが無くなっていたので安心した。
俺はササッと後ろのボタンを掛けてやる。少女は小さく舌を出してとぼけて自分でやろうとしなかったからだ。
と、最後のボタンを掛けた時に指先が少女の背中に触れる。直後に電流が奔った。ただの電気ではないようで俺の指に絡みついて獣が唸っているかのようにバチバチと俺に噛み付いてくる。
「なんだコレ?」
取り敢えず握り潰すが、すぐにまた電気が襲いかかってくる。どうやら少女の背中から出てきているらしいので、次は潰さずに掴んで引っ張り出すと一気に俺の全身に絡みついてきた。
少女は異変に気づいて振り向いているが、痛みはないようだ。
これ鬱陶しいな。そのまま少女から全部引き抜くと、電気の中央にこの世界でも見たことのない文字と紋様で描かれた札があった。こんな物、さっきは無かったぞ。
何にしても札が原因らしいので窓際まで移動し、開けっ放しの窓から外に電気を突き出す。
「はいサイナラ」
未だに電気を発する札を拳でブッ叩く。電気の塊ごと札は空気を引き裂いて遠くの空にまで飛んでいった。
「まったく、何だったんだアレ?」
手に篭った静電気を叩いて散らして部屋に振り返る。
「…………」
「…………」
金髪と医者が信じられないものでも見たかのような顔をしていた。
「――◇@! ∨∟△∀!?」
最初に再起動したのは金髪だ。言葉が分からないので何を言っているのかさっぱりだが、兎に角叫んでいる。
「ところで聞きたいんだが」
「∀◯?」
掌を金髪に向けて叫ぶの止めさせ、ちょっと知りたい事があるのをジェスチャーで伝える。
「……◯∟、◯∟△」
伝わったのか、金髪は部屋の外に出て行った。我ながらよく相手に伝わったと思う。
そのまま部屋で待っていると、医者が俺の肩を掴んで左腕に視線を向けていた。
あー、そういや怪我をしたまま放置していた。風呂に浸かる前に洗ってはいたが、それ以上何もしていない。体に出来た痣も風呂入っている内に消え、傷口は血も止まっているし放っておけば大丈夫と思ったからだ。
だが医者的には見逃せないらしい。さっき直ぐ診なかったのは容態が重いのを優先させたからだろう。
思いの外強い腕力で椅子に座らされた。仕方ないので素直に左腕の袖を捲ってみせる。傷口の血は止まっているが、それで傷口が埋まるわけではない。
後ろから、少女の息を飲む声が聞こえた。
医者は少女を一瞥すると医療カバンから小さな箱を取り出して少女に渡し、席から立つ。入れ替わりに少女が俺の正面に座り、箱の中の軟膏みたいな物を俺の左腕の傷口に塗っていく。
一方、医者だが俺の背後に回って後頭部の傷を確認し始めた。気配だけで顰めっ面をしているとわかる。風呂入ってる時に触って確認した限り割れているようなので医者からしたら放っておけないだろう。だからって麻酔無しで縫うのかよ。
頭の皮膚が引っ張られる妙な感触に耐えながら、俺の左腕に薬を塗っていく少女を見下ろす。
「△∨……△∀∟<」
具体的に何を言っているのか分からないが、申し訳なさそうに傷口に薬を塗るその姿からして謝っているのだろう。
この傘の少女をはじめ少年兵達はあの施設にいた時と比べ随分と人間らしい顔をしている。
正気に戻ったと言うなら何よりではあるが、こう落ち込んだ顔をされたら堪ったもんじゃない。
「気にすんな。怪我とか普通だし、お前ら引っ張り上げれたんだから上等だろ」
薬を塗り終わり布をあて包帯を巻き終わったところで口を開く。言葉は通じてないが、声で俺が怒っていたりなどしないのは伝わったと思う。
それでも少女は手当て中に段々と顔がうつむき気味になったままだった。
その額にデコピンをかます。下がっていた頭は上向きになり、少女は額を手で押さえる。次いで俺はその頭に手を乗せて髪をぐしゃぐしゃと掻き乱す。
「◇▽ッ!? △∀、◯∟+ッ!」
「ははっ」
髪を滅茶苦茶にされて慌てる様子に漸く子供らしさを感じて思わず笑みが浮かぶ。少女が手櫛で髪整えている間に頭を縫うのが終わったらしく、医者は道具の片付けを始めた。
そしてタイミング良く金髪の女が戻って来る。表でブチのめして屋敷の中に回収されていった男の一人に短剣を突きつけた状態で。
「違う。そうじゃなくて――不思議そうな顔するな。俺に短剣を差し出すな!」
どういう風に見られてるんだよ俺は。こんなジャンキーどうするって言うんだ……。
頭の両サイドを剃った男は禁断症状が出ているのか小刻みに震えて視線が定まらない。今にも暴れだしそうだが、自分の置かれている状況は理解しているらしくまだ理性があった。決して、短剣を突きつけられたからではないだろう。
それはそれとしてこんなのどうしろって…………。
「……いや、使えるか」
両サイドを剃った髪型をした男が必死に路上を駆けていた。そこにはジャンキーのような挙動不審さはなく、足取りもしっかりしていて明確な目的地がある動き方だ。
解放された安心感からの余裕か、それともジャンキーは演技だったのか。
どちらにしても馴染みのない髪型をした男はとある建物の中に入って行った。見た目がアレなので荒れ果てた廃墟とかに逃げるのかと思いきや表には店らしき看板が風に揺れている。客の出入りもある。
それを別の建物の屋根の上から見届けた俺は屋根を蹴り、その店の壁に向かって跳ぶ。減速せずにそのまま壁を蹴り壊して中に突撃する。
店は音楽を流し客に酒と踊りを楽しませる商売をしているようで、楽器を持つ奴や酒の入ったコップを持っている奴、テーブル席で真昼間から女と密着しているのもいた。この街に来てから頻繁に嗅いだ麻薬の臭いもする。
そんな現代だと摘発対象間違い無しの店の客でも、いきなり壁を突き破ってきた人間には驚き動きを止めていた。まあ俺なんだが。
屋敷から逃げた(追い出された)男が俺に気付き、悲鳴のような声を上げる。
男がいたのは店の奥の明らかなVIP席と思われるテーブル席の前だった。赤い豪華なソファにはマフィアのボスみたいな恰幅の良い男が座っていてその両サイドには下着同然の格好をした女が座っている。
「悪いな。普通ならスルーなんだが、もう色々と面倒だし根こそぎシメることにしたんだ」
通じないが一応ことわりを入れる。建前と言うか、言ったもん勝ちと言うべきか。何にしても声に出して宣言するのは大事だ。
床にへたり込んだ男を一瞥して、恰幅の良いボスは首を上に傾け横に立っていた男達に目で合図を送る。狂乱に明け暮れるチンピラ共と違い遊んでいない、仕事集中している如何にもな人物達だった。
ボスの男は護衛達から俺へと視線を向けて嘲笑う。
「いやなに笑ってんだよお前」
俺は一瞬で接近してニヤケ面に前蹴りを食らわせる。ソファと左右にいた女ごとボスの体がひっくり返り、ゴロゴロと後ろに転がって壁に激突する。
「守られている側が余裕かましてんじゃねえよ。もっと緊張感持てよ」
それからの事は子供でも予想できる事態に発展したので詳細は省くが、まあ順当に挑んできた奴を全員床に沈め一部を天井や壁オブジェにした。
余裕かましていたボスのデブだが、マフィアっぽいだけあって威勢だけは良かった。鼻血出てたけど。そもそも言葉通じないけども。
護衛とドサクサに喧嘩売ってきたのを仲良く沈めてからボスを店の外に引きずり出す。
外にはモコモコ達が待機しており、ビンゴブックでボスの顔を確認するとボスを縛り上げて猿轡まで噛ませると持ち去って行った。
「あいつら働き者だな」
集落でもそうだったが、モコモコ達は種族からして勤労意欲が強いのかもしれない。
感心しながら、制服のポケットから折り畳んだ地図を取り出して広げる。サゴスの地図だ。
地図には赤いインクで印がいくつも書き込まれている。これはこの街でも相当なワルのいる場所を示したものだ。
個人的な事情と言うか感情と言うか、治安組織が働いてなくて門という交流の出入り口であんな拉致監禁が横行し、麻薬の煙が車の排気ガス並に有り触れていて、辻斬り強盗強姦人身売買ヒャッハーなこの街はウザくて仕方がない。
だから潰す事にした。後のこととか心配する以前の問題であるサゴスという不法地帯に遠慮とか要らないだろ。だから知った先からボコる。目についただけじゃ満足しない。経済とかこの街のやり方とか郷に入れば郷に従えとか知らん。他国との関係云々? 身を守るのも人の権利だし。
そう決めたはいいが、無差別に暴れ回ってもしょうがない。極一部ではあるが、逃げ回って暮らしていたり、寄り集まって細々と自衛しているのもいるようだ。なので主な屑の居場所を知る為に、サゴスに詳しそうな金髪の女に協力を頼んだ。だってあの女、多分他所からのスパイかなんかだ。拷問されてたのに即復帰して活動するとか一般人じゃねえし。
俺の意図を伝える為には中々苦労したが、察した後はこっちが戸惑うくらい乗り気だった--と言うか他の連中まで集まって来たのは予想外だった。こいつらも多分、所属は違うが金髪の女の同業者だと思われる。
まあおかげで不慣れな俺の為にヤバイ連中のいる場所とそうじゃない安全な場所をマークした地図をくれたのだから何でも良いんだが。ビンゴブック……他所から指名手配された連中の人相書なども渡されたのは流石に戸惑ったが。
「えーっと……ああ、ここか」
襲った店は赤マークされた場所だった。貰ったインク壺に小指を突っ込んで「×」を付ける。近くにもう一件あるが、その前に……。
「キュー」
モコモコの一体が俺の前に姿を現す。
「よし、どこだ?」
「クキュッ」
道案内の為に四足歩行で走り出したモコモコの後についていく。
店で暴れた際に何人かを見逃して外に放り出した。そいつらの内一人でも仲間の所に救援を頼みに行けば、自ずと拠点が知れる。
金髪の女が最初に一度捕まえた奴も連れてきた時に思いついたのだ。悪党への道案内は悪党に任せようと。
貰った地図のマークと被る場合もあるだろうが、その企みは今のところ上手く行っていた。
携帯電話のような利器が存在しない、あっても限られた人間しか使えないのが功を成している。
こうして娯楽施設から始まった破壊活動は徐々に規模が大きくなっていった。
武器工房、と言うか兵器工場に突入した時は鉄火が雨のように降り注いだ。最終的には炉が壊れて中に入っていた溶けた金属が大量に流れ出し、色々な薬品と化学反応を起こして地面が盛大に溶けた。一応言っておくが壊したのは俺じゃない。
麻薬工場に行った時は爆発した。いや、最初は中にいた連中と殴り合ってたんだが、麻薬の粉って細かい軽いしで空中に良く舞うんだよ。それが大量にあって一メートル先も見えないほど充満して、加えて密閉された空間だったから僅かな火花で一瞬にして燃え広がった。
特に困ったのは焼け跡から大量の頭おかしくなる煙が出てしまった事だ。ジャンキー共がその煙を吸うが為に未だ燻っている現場に飛び込んでいく様はきっと地獄よりも酷い。
近くの空き家から屋根を剥いで団扇代わりにし街を囲む防壁の外へと扇いでいなければもっと悲惨な状況になっていただろう。
他にもヤクザの事務所みたいな場所にカチコミに行ったり他所から誘拐したと思われる人達が閉じ込められている場所に押し入ったり。
我ながら好き放題やっている。
「それ以上にどこもかしくも堂々とやってるのが一番度し難いのがこの街だよな」
犯罪者の街だからか。
サゴスでは外との常識が逆転している。異世界の違う国に生まれ育った俺でもそう思うのだから、異文化どころの話じゃない。まだジャングルの奥地に住む部族との方が相互理解しやすいかもしれない。
「さてと、八割はやったか。今日はここで最後だな」
サゴス内を走り回り暴れていたらすっかり日が暮れて夜になっていた。ここまでやれば暫くの間は平和かもしれない。
締めは、サゴスの中でも凄そうな複数の組織が行う会合だ。
凄そう、と言うのはジェスチャーで感じ取ったものなので「凄そう」な感じになった。
明確に言葉を理解しない限り詳細な情報は伝わらないが、そこは想像力で補うのだ。
ビンゴブックでも桁の大きい連中が集まるようなので、何か起きたのかもしれない。何が原因で慌てているのか知らないが、トップを一気に殲滅できるチャンスだ。
針が動いていない時計塔の上から会合が行われるという場所を見下ろす。
この街には似つかわしくない荘厳な白く巨大な建物だ。壁の目立つ場所に設置されたシンボルはミハエルさんが所属しているメシューレ教の物と似ていた。
「焼き討ちかぁ……」
「キュッ!?」




