第三十六話
クソのごった煮から外に出るといつのまにか空は白み始めていた。
何処の世界、どんな街でも変わらぬ空の模様替えを見上げつつ、総勢……何人だ? ぱっと見十人以上いる子供達をどうしたものかと考える。当てがない。取り敢えず鋏モコのいる場所に戻ろうと思った。あそこなら屋敷で大きいし、何処か部屋を占領して体を休ませてから先の事を考えればいい。
目的地を定めたはいいが、もう一つ問題として移動手段だ。
こんな物騒な街で小学校の遠足のように並んで歩く訳にもいかない。元毛皮男が乗っていた馬車があったなと思い出したが、停まっていた場所に目を向ければ馬は消え馬車は解体されて余り物のゴミしかなかった。
幸い、そのゴミで荷台は作れた。鉤モコが蔓でロープを用意してくれたからだ。見た目は板にタイヤと引くための持ち手が付いた程度だが、どうせ屋敷までの道程だからそこまで保てば良い。
早速子供達を荷台に乗せる。流石に眠そうにしているのが大半で今にも寝てしまいそうな彼らの監視を鉤モコに任せて俺は荷台を引く。
襲ってくる奴を警戒したが、あいつらもこの時間帯は大人しいようだ。夜はあれだけ騒がしかった街が嘘のように静まり返っている。
或いは、見目麗しい子供を沢山運んでいる姿を奴隷商と勘違いでもされたか。いやそれでも襲われただろう。
偶々どんちゃん騒ぎに合間に移動しているらしい。幸いにと急いで屋敷に戻る。
「なんだこれ」
屋敷に戻った俺が見たのは植物の壁だった。古く手入れがされていない家のように植物に蔓が塀びっしりと覆い尽くし、塀の上にはハエトリグサを巨大化させたような物が朝日を浴びてノビノビとしている。
場所間違ってないよな? 道はここで合ってる筈だよな、と鉤モコを見ればモコモコはさして驚いた様子もなく先に進んで門の前で立ち止まる。夜の間はちゃんと門があったのに蔓で完全に隠れて壁と区別できなくなっていた。
ただ食虫植物の数が多い。こっちに頭向けてるしよ。
鉤モコが何かブツブツと呟くと、植物が自ら動いて道を開け、門が姿を現した。植物の力によって門も勝手に開き、俺達は塀の内側へと入る。これ、モコモコの仕業か。
庭を見渡せば夜のイカれたパーティーの跡はすっかり消えていて、代わりに大きな盾がずらりと並び屋敷の窓も鉄板が増設されて細い隙間の向こうにはボウガンが設置されてあった。
「……戦でもするのか?」
「キュ、クキュー」
そこで鷹揚に頷くなよ。
なんか人も増えてるし、あれは昨日虎にあわや食われる直前だった人達じゃないか? 戻って来てるし。それ以外にも見知らぬ人もいる。
で、誰が仕切ってるのかと彼らの動きを見てみると、庭の片隅でガーデニング(食虫植物ばっか)している鋏モコの姿を発見した。彼女だけでなく、まだこの屋敷に囚われていたのか他から逃げて来たのか包帯を巻いたモコモコ達がいた。
加えて、モコモコモコモコした空間に拷問を受けていた薄い金の髪の女もいた。裸学ランからしっかりとパンツルックの格好に着替えており、肩には俺が貸したままの学ランを羽織っている。
「なにやってんだか」
「△◯∀@」
言葉は通じないが呟かずにはいられない。数時間目を離した隙に植物の要塞化が進められているのだ。それを主導しているのが夜に助けた女と鋏モコなのは疑いようもない。
俺に気付いた女が荷台の子供達を見るともう一度俺を見て、近づいていた足を止めてまた子供と俺を交互に見る。
「違うからな。確かに連れて来たが俺の趣味じゃないからな。保護したんだよ」
言葉は通じないのについ言い訳じみた事を言ってしまう。半目になって俺を睨む女の視線を受けていると自然に口走ってしまっていたのだ。
顎に手を添えて女がどうしようか悩むように唸った時だ。腰の辺りに柔らかい感触がした。
あの不可視の攻撃を放つ少女が目を覚ましていて俺の腰に後ろから抱きついていた。
「……∀∧◯△」
「待て待て、何て言ったのか分からないが違う。違うって言ったら違うんだ」
何を言っているのだろうか俺は。てか、何気にこの状態は社会的にも身の安全という点でもマズイ。命令する奴はいなくなったので可能性は低いが、この少女が不可視の斬撃をこの状態で放ったら輪切りになるかもしれない。
「……ハァ、◯∧+≧」
冷や汗を流していると女の溜息を吐き、俺に学ランを返してきた。このタイミングで何故なのか意味が分からず、不思議がっている間に女は子供達を乗せた荷車を俺の代わり動かしはじめ、屋敷の中へ入っていった。俺の腰をロックしていた少女も俺から手を離すと荷車を追って屋敷の中に入っていく。
「なんだったんだ? 俺、胴体繋がってるよな」
「キュ」
「…………」
「……キュー」
「腹減ったな」
「キキュッ」
「その前に風呂だな。埃だらけの血だらけだ」
「ケキュー……」
屋敷はすっかり金髪の女によって占領されていた。後は仲間なのか何なのか、数人の人間が出入りして何やら話し込んでいる。
設備に関しては屋敷にいた使用人が管理していた。主人をボコった連中にオドオドしているのや、我関せずと黙々と業務をこなす者の両極端でこの街で暮らしている暴力を持たない人間の処世術の一端が見れた。
で、肝心の風呂だがデカかった。俺ン家が丸々入りそうなほどデカい。そして趣味が悪い。
ライオンなど動物の口からお湯が出ているホテルとかあるが、裸体の女の像から出ているのは何かの嫌がらせだろうか? 他にも穏当な言い方で前衛的な像が壁に並んでいて、天井を見ると、剣を持った男が裸の美女を抱えて竜を斬り殺している絵が描かれてあった。
あの絵の剣士はもしかして拷問をしていた毛皮男の父親か? 痩せて美形に描かれているが目元と鼻ダチの特徴一致している。絵の内容は兎も角描いた人は技術力はあったらしい。
銭湯みたいなデカイ風呂なのに微妙な気分になってしまったが、上がった後でキッチンに行ったら大量の食料があった。
残念ながら料理人はいないが、使用人がサンドイッチを作っていたのでそれを貰う。なんだか凄い怯えた様子で手渡されたが、まあいきなり屋敷に乱入してきて暴れた奴は怖いわな。
食堂はそれぞれ格好がバラバラな連中が地図広げてなんか話し合っていたので庭でサンドイッチを食べることにした。
庭ではモコモコ達が魔法で植物をドンドン育てていた。集落でもモコモコ達が作物を育てていたのを思い出す。まあこっちのは牙生えてたり如何にも触れたら溶けそうな液体を出す食虫植物ばっかだが。
そういえばモコモコの遺体だが、どうやら彼らは土葬が主らしくて本来なら土に埋めてやりたいらしいがこの土地では埋めたくないらしい。なので故郷に戻るまでは大事に保管しておくのだとか。
俺が世話になった集落とは別の集落に住むモコモコ達のようで、ここから西の森に暮らしていたそうだ。
どうせ行き先の方向は一緒なのでベニオ達と合流できたら、多少の寄り道にまるが一緒に行ってみるのも良いかもしれない。
いや、その前に子供らはどうしようか。まず言葉が通じないと話にならないんだよな。
「……寝て起きたら考えるか」
早々に自分の知能に見切りをつけて、サンドイッチを食い切る。体も洗って腹もある程度満たされた。後は睡眠欲だな。
趣味の悪い屋敷の中で寝る気は起きないので、モコモコに庭の一角に草のベッドでも作って貰おうとしたところで塀の向こうが騒がしいのに気付く。
モコモコや武装した男達が塀の傍やベランダに行くのを見て、俺も壁を蹴って屋根の上に上り何が起きているのか確認する。
ならず者達が塀を乗り越えようとして食虫植物に食われていた。
「だと思った」
すっかり日が登った時刻でも連中には関係ないらしい。コンビニ入る気軽さで略奪をする土地柄には辟易する。
「ん……この屋敷だけ?」
上からよく見てみると、襲われているのはこの屋敷だけで他の屋敷を襲う素振りが一切ない。そもそもここは見るからに高級住宅街だ。つまりこの街でも権力持った連中で、馬鹿どもでもそう簡単に乱痴気騒ぎを起こせるのは考え難い。そもそも縄張りがあるだろう。
という事は、明確な目的があるのか。十中八九、あの親子の逃げた部下や親戚、組織からの報復だろうな。或いはそれを大義名分にしつつ空席になった地位に治るか。
……普通に考えればそうなのだろうが、ここの連中は普通じゃない脳味噌ハッピー野郎ばっかだからな。
呆れていると、横から矢が飛んできたので掴み取る。矢が来た方角を見ると曲射で射ったのか塀の外で弓を構える集団がいた。
ダーツのように持って投げ返すと、矢は弓を放とうとした一人の足に突き刺さる。どよめきが起きた瞬間に屋根から塀の外へと跳び出してわざと大きな音が立つように着地する。
地面が揺れ、その場にいた全員の視線が俺に集まった。
直後、近くにいた連中が一斉に襲いかかってくる。それを俺は体当たりでぶっ飛ばす。そのまま勢いを落とさず走り続け、ラリアットとタックルで屋敷の周囲をグルッと周り包囲している連中をのけ並み轢いていく。
「ほらほら、退かないとぶっ飛ばすぞー」
それでも無謀にかかって来るのが奴らだ。死にかけると命乞いしてるらしい遜った顔になるのに、本当にそのギリギリまでは何を根拠にしているのか謎だが腕が折られ血を噴水のように噴出していても自分が勝つと思っている。
そういう手合いの大半が見るからにヤク中なのできっと脳が腐っているんだと思う。
中には俺の足を止める程頑張っているのもいた。
例えば、俺が一度サゴスを出る時に蹴り倒した巨人と同種族と思われる男だ。棘付き鉄球を振り回してきたが、投げられた鉄球を蹴り返して鳩尾にくれてやって対処した。
次に、世紀末なゲームにはいるよなこういう奴って感想が湧く火炎放射器を持つグループ。大昔の宇宙服みたいな格好である金魚鉢を逆さまにして被ったこいつらは恐らくモンスターの皮や内臓で作ったと思われる火炎放射器(ガスではなく液体)を使ってきた。塀の食虫植物に効果はあったが、ブリジットの炎と比べるとしょぼかった。服も燃えなかったし。
取り敢えず放火魔は許せないので頭の金魚鉢を割って蹴り飛ばしておいた。
他にも岩や鉄の塊でできたファンタジー人形のゴーレムもいたが地面に叩きつけたらバラバラになり、やたらと露出の多い格好をした痴女が踊りながら麻薬っぽい甘い匂いをばら撒き始めたので手で煽って匂い共々痴女を吹っ飛ばした。
「こんなところか」
服についた埃を叩いて払う。殺していないが死屍累々となった光景にビビってかもう塀の前にいた連中はいなくなって包囲が解けている。
腹ごなしの運動には良かったがやり過ぎたかもしれない。こいつらここで寝かせたままで良いのだろうか。ぶっちゃけ邪魔なんで適当に路上の片隅に蹴り出しておこうか。
「ん?」
視線を感じて振り返る。
遠く離れた大きな鐘のついた時計塔から感じたが、そこには誰もいない。高さ的に望遠鏡でもあればこっちを見張れる位置だが、気のせいだったか。
首を捻り視線を路上に戻すと、地味な茶色の外套を着た顔色の悪い男がこっちに歩いて来ているのを見つける。
目の下には濃い隈、頬はこけて無精髭が伸びている。革の手袋で持つカバンは頑丈さが取り柄と主張するように年季が入っている。
「…………」
「…………」
会釈してきたので会釈し返す。
雰囲気からして死人のような男は顔を上げると、俺の左腕を一瞥しつつ倒れたジャンキーの前で膝をついて鞄の大きな口を開ける。中には包帯や薬が入っていると思われる大中小の瓶が入っていた。
どうやら男は医者らしい。テキパキと怪我人の治療を行なっていく。そんな危険な奴らの治療って危なくないかと思ったが、暴れる奴にはプスッと待ち針を刺して動けなくしていた。ツボを刺して云々とか漫画で見たことあるが実際にやってるのは初めだ。
怪我人を量産した手前、取り敢えず重傷っぽい奴から医者の近くに並べていく事にする。
治療が終わった奴には関心がないのか、意識を戻った連中をとっとと追い返しているのでそれに倣う。
また手当てされた癖に襲ってくるのもいたので適当に遠くに投げておく。医者は無関心だった。
なんだかんだで喧嘩の後始末をしていると、屋敷から男達とモコモコ達が出てきて一部の人間を屋敷の中へと引き摺り込んで行く。なんか似顔絵を片手に探していたので無差別ではないっぽい。
何をやっているのかと首を捻っている間にも医者の仕事が終わり、道具を素早く片付けたかと思うと今度は金髪の女に連れられて屋敷へと入っていく。
邪魔臭いのがいなくなったので俺も屋敷に戻ると、寝ていた子供達が起きていてさっきの医者に診察されていた。
誰も警戒していないから、変な医者ではないようだ。
「キュ、クキュ」
「キュー、ケキュキ」
「おー、お前らどうした?」
診察の邪魔にならないように部屋から離れボチボチ寝るかなと思ったらモコモコ達が何か話し合っていた。
聞くと、また外で何か起きているようだ。
庭に出ると、目的がモコモコが空を指差す。
デカイ鳥が数羽、屋敷の上空を旋回していた。鳥の背中には人間が乗っており、槍を数本と壺がいくつか鳥の装具に固定してある。
鳥に乗る人間が壺を落としてくる。きっと油でも入っているんだろう。そうでなくともロクでもない物に違いない。
俺は落ちてきた壺を割らないように受け止めて投げ返す。壺は鳥に当たって割れると中から液体ぶち撒け、翼が濡れた鳥はまともに飛べなくなってサゴスの一角に落ちていった。
「キューッ、ケキューッ」
「キューキューッ」
モコモコ達が鳴いて騒ぎ、武器とバケツを構えていた他の人間達も感嘆の声を上げている。
それから次々と壺やら槍やら矢が落ちてくるが、全部投げ返して全部落とす。
「やっとこれで静かになる」
そう思い踵を返した途端、また塀の向こうが騒がしくなった。
「…………」
言葉は分からなくとも伝わる頭のおかしい連中の頭悪そうな叫び。いざ寝ようと思った時に聞きたくない耳障りな騒音だ。
「あー、夜中に暴走族が走り回って煩かったの思い出す」
その時と同じ対処をしてやろう。
つまり潰す。




