第三十五話
「ほらほら集まれ。いやなんで足にしがみつく。ベルトを掴むな跪くなそういう意味で言ったんじゃねえよ! たくし上げンな――お前男かよ!」
部屋の中にいた子供らを集め大人しくさせ、俺は息を吐く。スッゲェ疲れた。精神的にこんなにも疲労したのは生まれて初めてだ。
昔、町内会の付き合いかなんだかでババアに無理矢理児童保育のボランティアをやらされたが、ガキどもに集られ登られた時よりもしんどい事がこの世にあったとは。
「こういう時女手があればな。ベニオか蓮……は駄目だ。ベニオが居てくれれば助かったのに」
幸い、少年兵達も大人しい。目の端にちょっと涙浮かべているが、ガラス玉の目よりかはマシだ。
「さて、と」
チェーンソーを担いで立ち上がる。
「じゃあ任せたぞ」
「キュー」
鉤モコが敬礼っぽいポーズをする。子供らはここで待ってもらい、鉤モコはその護衛だ。
俺は奥に行って毛皮男を探し始める。ブン殴ってやりたいが、それとは別にこの施設の奥が気になる。そもそもなんだこの施設。
少年兵を育成しているのは分かった。だからってこんな場所に逃げ込むか普通?
人間、逃げる時は無我夢中でも安心できる場所に行くものだが、子供で俺をどうにかできると思っていたのか。
それともそんな考えも及ばないほどここに安心を求めたか。……気持ち悪いなあいつ。
それか、もっと奥に切り札があるか。寧ろこっちの方が妥当だろう。チェーンソーや大砲みたいに変な兵器も開発していたみたいだし、毛皮男は命令だけすると直ぐに奥に行った。
逃げた可能性も高いが逃げられたらそれはそれでこの施設を破壊するのが早まるだけだ。毛皮男は後日とっ捕まえる。
この街を出ていようと、ベニオ達と合流すれば魔法のコンパスがあるので追いかける事は十分可能だ。
「言葉が分からないのも辛いな」
如何にも危険そうな薬品が並んだ棚や作りかけの剣や大砲、何かしらの武具が置かれた作業場などの中を進んでいく道中、ここの構成員と言うか研究者っぽい連中との遭遇が何度もあった。白衣は来ていないが清潔そうなローブを来ており、顔にはそれ絶対細かい作業の邪魔になるだろうと言いたくなる変な紋様が描かれたマスクを被っている。
俺を見ても首を傾げるだけで何の警戒心も無かったので取り敢えず一発殴ったら大騒ぎになった。検査着らしい質素な服着た子供に首輪で引っ張っておいてまあここまで無警戒でいられるとか驚きだ。
そして変なマスクマンを殴ったことで今更騒ぎになる。物をひっくり返した跡があるので毛皮男がここに来た筈なんだが、あいつ俺について何も言ってなかったのか。
適当にマスクマンズを殴って出てくる全身鎧の警備連中をボコし、ガラス玉目の子供らには鉤モコの所へ行くようジェスチャーで伝える。
この施設の地図が壁に貼られていたのは助かった。あのファンシーな部屋を指せば子供達は黙々と従ってくれる。
そんなこんなでとうとう最奥に到着した。そこはホルマリン漬けした大量のモンスターが置かれている広い倉庫のような場所だった。
如何にもな器材とモンスターの解剖された死体など今更という感じで特に驚きもなかったが、意外な事に毛皮男は未だ施設を脱出せずにこの倉庫の中にいた。
「◯◇≧∧!」
「だから言葉分かんねえよ」
ただ、さっきと違って毛皮男に余裕が見える。まさかホルマリン漬けのモンスターが動き出すとか、モンスターを融合させた超モンスターとかそんなノリの敵を用意しているのか?
何にしても毛皮男はボコる。軽く十分の九殺し程度にタコ殴りにしてから裸でこの施設の前に簀巻きにして吊り下げてやる。サゴスの路上でそんな格好をしていればさぞかしクソ共が寄って来るだろう。後は知らね。
早速行動に移そうとした時、もう一人この場にいることに気付いた。俺がいるであろうホルマリン漬けのガラスケースの方に目を向けると、相手が察してかケースの裏から姿を現わす。
小さな少女だった。ティーンがつかない年齢と思われる子供だった。ドレスを着て手にはフリルやレースが施された薄紅色の日傘を持っている。こんな所にいるのは場違い過ぎる年齢と格好だ。
またかよ。お前いい加減にしろよペド野郎。
うんざりしながら、毛皮野郎に飛びかかる。蹴り飛ばそうと足をあげた直後、右の目の文字通り目の前に迫る針に気付いた。
慌てて動きを反対に無理やり動かし首を傾けて針を避けて後ろに跳び退く。
「くっ、目に……」
毛皮男と少女から距離をとった所で右目に血が入る。目に当たらぬよう避けれたが、瞼を切られた。
血を拭う際の隙を見せたくないと思い、血を拭き取らず改めて少女を見る。
先端から鋭い針を伸ばす傘を持っていた少女は気持ち悪いほどに蠱惑的な笑みを浮かべているが、目はやはりガラス玉。瞳の色と光を反射しているだけで感情がない人形にされた人間だった。
俺に攻撃を仕掛けた六人の子供達のように少年兵であるようだが、あの六人とは一線を画すように思える。
毛皮男を見れば、作業台に後ろ手を付きながらも引き攣ったドヤ顔をこちらに向けている。
冗談でも何でもなく、あの傘の少女が切り札らしい。
「◯∀≡、∟▽@∨」
挨拶なのか少女が傘の針を中に収納させるとスカートを摘んでお辞儀をする。それを無視して俺は駆け出して毛皮男を狙う。
少女の横を素通りした瞬間、視界の端でその姿が突如消えたのを見た。
身を沈めながら捻り横に跳ぶ。さっきまでいた場所を見れば傘の少女が逆さまにの姿勢で傘を突き出していた。あのまま気付かなかったら首を後ろから刺されていた。
「ラノベかッ!」
信じられない身体能力を持つ少女は床に傘を刺したままくるりと身を翻して床に着地すると、すぐに傘を抜いて俺に攻撃を仕掛けてきた。
フェンシングに似てはいるが横移動も足にタイヤでも仕込んでいるのかと言いたくなるほど滑らかでそれでいて速い。
俺は傘から伸びる針の攻撃をチェーンソーの腹で受け流すか避けるかして猛攻から逃れる。
十歳前後の少女が矢鱈と強いとかバトル要素のあるラノベで読んだことあるぞ。でもそういうのって大抵は特異な能力とか出力が高いとかだが、この傘の少女は単純に強いぞオイ!
「いい加減にしろ!」
隙を見て左手を伸ばして傘を掴みにかかる。だが、掴みかけた瞬間に左手にいくつも穴が空いた。
「――ッ!? なんだこれ!」
見えない何かが手を貫通した。少女は俺の懐に高速で飛び込み傘を突き出す。傘の周りには見えないナニカが確かにあってそれが傘の動きに合わせて動いているのを肌で感じた。
構わず左手でもう一度掴もうとするとナニカが現れる。肌の感覚と空気の流れ、あとは勘で傘ごと発生したナニカを握り潰す。
触って気付いたが、この傘は見た目以上に重く硬い。想定よりも硬かったせいで今のでは破壊することは出来ず、少女は傘を鉄棒代わりにして身を支えると俺に蹴りを放った。
バイクぶつかった時のような衝撃が頭部を襲った。それでも離さずにいると今度は手首の周りに並んで見えないナニカが発生した。流石に蜂の巣は勘弁して欲しいので手を離す。
だが、ただで離すのも癪なのでナニカの範囲も考えて大きく横に避けて少女に向けチェーンソーを振るう。少女は傘で受け止め衝撃を受け流して後ろに跳躍し、水槽の縁の上に音もなく着地した。
風通しが出来てしまった左手を力んで止血しながら少女を見上げる。見えないナニカの形は少女の傘と同じ形をしていた。原理は分からないが一回の攻撃で何発も同時に放っているらしい。
スピードがあって体格差をものともしない運動能力と技術に体重の軽さを感じさせない重い一撃、同時に繰り出される不可視の刺突。
……こいつ、厄介だな。
「∀◯+△」
少女は余裕を含んだ薄い笑みを浮かべる。表情豊かだが、内情を知ったらもうただの仮面にしか見えない。そのくせ強い。
「面倒クセェなァ、オイ!」
ホルマリン漬けモンスターの入った水槽の上で少女が息を小さく吹きかけた。投げキッスのように見えなくもない仕種は細長い竜巻を俺の四方に生み出し取り囲んだ。
蓮達のように気軽に風を起こしたって言うレベルじゃない。風の渦は周囲の物を簡単に吹き飛ばし固定されていた器材も剥がしてホルマリン漬けのケースなどを割る。
中に入っていたモンスター死骸は捻られながら切り刻まれ青紫の液体になってホルマリンに混ざる。
俺の体もまた四方からの風の渦によるカマイタチによって皮膚を刻まれる。
「――カァァァッ!」
俺は気合の声を上げて竜巻を吹き飛ばす。
「下りて来いお前!」
チェーンソーで少女の乗っている水槽を叩き割る。少女は崩れ落ちる水槽から飛び上がって逃れる。床に足をつける瞬間を狙って接近するが、風の渦で構成された壁が出現してそれを阻む吸い込まれて竜巻の壁に入った破片や器材が瞬く間に削られて消える。これ絶対に普通の風じゃねえだろ!
チェーンソーにマナを送り込んで稼働させ、竜巻の壁を横一線に分割させる。上下に分かれた一瞬で左拳を叩き込み、発生する衝撃波で壁を打ち消す。
消えた壁の向こうでは既に少女は後ろへ飛ぶようにして跳ねながら、傘を振る。すると空気の塊らしき物がいくつも俺に向かって放たれた。
圧縮空気だか突風だか知らないが風ならマナを迸るチェーンソーでどうにでもなる。だが透明な空気の塊に混じって目に見えない『線』が来ている。
見えない傘の攻撃に似ていたが、空気の流れも無視する不可視のそれに嫌な予感を覚えたので、首に向かってくるそれをしゃがんで避ける。
その際に風でふわりと上がった前髪の一部が不可視のそれに触れて切断された。
後ろを振り向くと、背後にあった水槽が綺麗に切断されて滑り落ちた。
「今度は不可視の斬撃かよ」
どれか一つにしろよ。
少し離れた場所から少女は不可視の斬撃を複数放った。音も光もなく切断面が鏡みたいになるほどの切れ味をチェーンソーで受け止めれば間違いなく諸共に両断される。
仕方ないので勘で探り当てて斬撃の側面を殴って粉砕しながら前進する。
少女が傘の先端を俺に向ける。また不可視の刺突が来るのかと思ったら、俺を中心にした空間が振動した。
細かくも強い振動は俺が立っている床を粉砕し持っていたチェーンソーをバラバラに破壊してしまう。
俺もまた強烈な振動に眩暈を覚えた。堪えつつ前に腕を伸ばして両手の五指に力を込め、指先に引っ掛かりを感じた瞬間に両腕を左右に力一杯振る。抵抗を感じたが布を破る感触がして空間の振動が解けた。破った影響か周囲の物が爆散する。
「よく分からんがやってみたら出来たな」
俺に対する負荷に対して取り敢えず動いてみた結果だ。だいたいこれで解決し、無理だったら頭良さそうな奴に丸投げするに限る。
ただ、経験したことのない攻撃で柔らかいところの毛細血管が破れたらしい。耳からもなんか垂れてきているし、触ってみたら血だった。
顔を振って血を振り払うち、距離を保ち続けていた少女が突っ込んでくる――かと思ったら姿が消えて俺の懐の内にいて真下から顎を狙い傘を突き刺して来る。
どうやら遠距離だとラチが明かないと判断したのか接近戦に切り替えたようだ。
フワフワと跳ね回り、鋭い傘の刺突と不可視の各種攻撃をする少女。俺は捕まえようと距離を詰めるために走り、床を蹴り壁や天井さえも足場にして駆け回る。
天井の梁を少女が蹴った直後を狙って鉤爪のように広げた五指を手前に勢い良く引っ張る。空気がそれで俺の方へと引っ張られ、体重が軽く足場から足を離した少女もまた俺の方へと引き寄せられる。
空中で器用にも姿勢を変えて身を捻る少女だが、俺の方が速い。見えない攻撃も少女の何かしらの動作によって発生するのは見ていて分かった。一番の出の早い刺突も、傘の動きに沿っているのでどうにでもなる。
漸く捕まえたと、一番近かった足首を掴む。空いた手は既に拳骨の準備が完了している。
これで終わりだと思っていると視界の端で少女が背中のリボンに手を突っ込んだのが見えて、次の瞬間には両腕が何かに叩かれ弾かれて少女から手を離してしまう。
また不可視の攻撃かと思ったが、感じ取れたのは一瞬。当たった瞬間でしか知覚できなかった。
「どれだけバリエーションあるんだよ!」
床に着地した少女を改めて見ると、傘を持つ手とは反対の手でグリップらしき物を掴んでいた。ただ持ち手部分だけでグリップから先がない。
だが少女がグリップを振るった途端、俺の後頭部を強い衝撃が襲った。
「ガッ――ァ、ハァッ!?」
後ろを振り返っても誰も何もいない。まさかあのグリップが原因か。
少女がまたグリップを振るう。まるで鞭を振るうような動きに俺は兎に角立っている場所から跳び退いた。
「うおおおぃッ!?」
立っていた場所だけでなく、その周囲の物や空間が軒並みが何かに叩かれたように粉砕された。適当な場所に跳んだ俺にもその見えない打撃が腹に当たった。
使い方と言うか性質は鞭なんだろう。ただし一本ではなく最低十本、長さは数メートル、もしかすると数十メートルに届きかねない。見えないと言うか実体そのものがなくてインパクトの瞬間にだけ現れる。
「あー、ガチで面倒な奴だよお前は!」
悪態を吐く間にも少女からの攻撃は行われる。言い出せばキリのない攻撃の数々が俺を襲う。
このフロア内にあった水槽や器材が少女の不可視の攻撃、風の魔法に悉く粉砕されて破片が雨のように降り注ぐ。
俺は不可視の斬撃と衝撃波、鞭の打撃から走って逃げながら通り過ぎざまに回収した器材の一部を少女に向けて投げつける。
当然弾き返すなり避けるなりで回避される。
「本命はこっちだよ!」
壁に腕を突き刺して一面ごと引き剥がす。少女との戦いで室内の壁などが脆くなっているので簡単だった。
横薙ぎに壁を振り回して周りの物を壊しながら少女に叩きつける。逃げ場のない攻撃に少女は衝撃波によって壁を破壊する。
俺は壁の残った部分を投げつけ、更に床へ腕を突き刺して中の土台となるとフレームごと持ち上げ少女の方へひっくり返す。
やり過ぎかと思うが、これらを万一も無く対処可能だと確信した。
現に少女は見えない鞭の攻撃で壁と床だった塊を粉砕し風で残骸を吹き飛ばした。
床の板の裏にまで既に走っていた俺に残骸は飛来し、少女は傘の先端をこちらに向けて構えている。こちらの行動を逆に利用された。
「カァアアアアァァッ!!」
細かい破片を無視して防御もせずに俺は雄叫びをあげる。大声の圧に押されて破片が吹き飛び、同時に少女の瞳が揺らぎ動きを一瞬止めた。
「喧嘩はビビった方が負けだぞォ!」
少女はすぐに復帰して攻撃を繰り出してくる。だがこっちが優位なままだ。
俺を中心にして発生する衝撃波だか振動を足の一踏みで押し潰し、不可視の斬撃を勘で叩き割る。打ち払っている最中に鞭の打撃が無数に襲う。関節や動きを阻害する場所を的確に狙ってくる。
避けるのも可能だが面倒で億劫だから、インパクトの瞬間に力ィ込めて強引に弾く。
とうとう手の届く距離に近づくと、少女は傘による刺突を繰り出す。不可視の刺突に混ぜて鞭の攻撃も加わっているが、左手で纏めて粉砕し傘を掴んで潰す。左腕にいくつもの刺し傷が生まれるが男なら我慢だ。
俺は傘を手放して逃れようとする少女よりも速く拳を振るう。
少女の頭頂部に拳骨が命中した。鐘の音が聞こえたのは幻聴かもしれない。
ビターンッ、と床に倒れた少女は震えながらもグリップを握ろうとした--のを防ぐためにグリップを蹴り転がしてまだまだやる気な少女の両こめかみを拳で挟む。
そして拳をグリグリとねじ込む。
「~~~~ッ!?」
腹の底からの悲鳴をあげて再び倒れた。顔から突っ伏して時折細かい痙攣をする少女を油断なく見下ろし、もう動かないと判断したところで息を吐く。
「つっかれたァ……」
年齢に似合わない戦闘能力のせいで手間取った。他の子供らよりも強めの一撃を入れたのにまだ戦おうとしていたぐらいだ。
自分の体を見下ろせば傷だらけ血だらけの青痣だらけだ。左腕は獣に噛まれたみたいになってるし、皮膚を切ったのか頭から血が出たし、鞭の打撃による痛みがまだ全身に残っている。さり気なく股間まで狙われた時はヤバかった。根性で耐えたが。
体に篭った熱を逃がすようにもう一度大きく息を吐き、床に転がるグリップをズボンのポケットにねじ込み少女を小脇に抱える。
「とっとと帰って風呂入りてぇ」
ボヤきながら踵を返すと瓦礫の崩れる音がした。そういえば、と音のした方に振り向く。
すっかり忘れていたが、毛皮男が元は壁だったと思われる瓦礫の中から這い出てきた。俺の攻撃に巻き込まれたのか右腕がなく傷口から大量の血が流れ出ている。
こっちを憎しみの篭った目で見ているが、なんかどうでも良くなった。それよりも子供らをどこかに避難させるのが優先だ。
無視しようとした時、男は無事な方の手で握りしめていた物を自分の肩に突き刺した。それは注射器。鳥人間が怪物になったのと同じ物だった。
男の体が変わっていく。音を立て、筋肉を脈動させて肉体が膨らむ。無くなった腕も鋭い爪を持つ腕に生え変わる。頭部骨ごと変わって――それらの変化が完了する前に俺はハイキックを食らわせる。
変身中の攻撃は漫画だとタブーされがちだが知ったことか。今日はもううんざりなんだよ。
変身中で脆かったらしく命中した蹴りにより上半身が消え去り、黒と青と赤の染みがこびりついた亀裂の入った壁に背を向けて俺は少女を抱えたままその場を去った。




