第三十四話
屋根の上を鉤モコと共に走る。下の道では逃げ出した男が乗っていると思われる馬車が走っている。
どこに行くつもりか知らないが、そのまま行かせるつもりはないので俺は馬車目掛けて屋根の上から跳び上がる。
直後、横から光が浴びせられて俺の体は横に吹っ飛ばされた。
屋根の上を転がり、すぐさま起き上がって光が放たれたと思われる場所に振り向く。
「誰だ!?」
路地を挟んだ屋根の上よりもずっと上、空に鳥の影が二つ飛んでいた。デカいのでモンスターかと一瞬思ったが、良く見てみると骨組みと布で作った翼を背負った人間だった。
「何だお前ら。鳥人間?」
作り物の翼はデカく滑空なら確かに十分だろうがあんな自由に飛べるとは思えない。翼の下に不自然な空気の流れがあるのでそれで飛行を可能にしているかもしれない。
あの男の逃走を助ける為に現れた敵か?
鳥人間達が空から両手で持っていたボウガンを向けて矢を発射する。
矢を避ける。避けた瞬間、矢の先端が刃ではなく何かの結晶であるのを見つける。嫌な予感がして矢の着弾地点から大きく離れる。
矢が屋根に当たった瞬間白く輝き、衝撃波が屋根を叩いた。
俺を吹っ飛ばしたのはアレか。
「◇◯≧▽!」
「∧△‖◻︎!」
こっちを見て鳥人間二人がケタケタと笑っている。毛皮男の仲間かと思ったが、これはただの通り魔だな。だが邪魔者には変わりない。
「…………」
「キキュッ」
ジェスチャーで指示を出すと鉤モコは四本足で駆け出した。ここは俺に任せて先に行けというやつである。
「ケヒャヒャヒャッ!」
鳥人間達が二手に別れる。現地人の言葉で分かるのが罵倒と笑い声だけとか嫌だな。
俺はまず鉤モコに向かって行った鳥人間に向かって跳躍し、その背中に乗る。一度大きく高度を下げたが、鳥人間は一人乗せても飛行している。
「%&ッ!?」
首だけで振り返った鳥人間が驚愕した表情を浮かべた。それに笑顔で返してやると俺が何をするつもりなのか察したらしく暴れ始める。
わざわざロールまでして振り払おうとするが、掴んでいる時点で十分だ。バックパックから伸びる翼の片方を素手で捻じ切る。
翼を片方失った鳥人間はバランスを崩して落下していく。俺は鳥人間の背中に立ってバランスを取り、落下の際のクッションにする。
建物の屋上に墜落してそのまま床を滑る鳥人間。俺は背中から途中で下りると、鳥人間は最終的に屋上の縁の出っ張りに頭からぶつかって気絶した。
もう一人の方が追いついてボウガンから矢を連続して射出する。放たれた矢を片手で掴んで受け止めると、先端の結晶が砕けて衝撃が襲ってくる。だけど来ると分かっている物、それもこの程度の威力なら問題ない。砕けた矢を捨てて、屋上の一部を手頃な大きさに砕いて投げる。
俺が振り被っていた時点で逃げ出していた鳥人間その二だが、俺の投擲からは逃げられず撃墜されて落ちた。
思ったよりも早く片付き、鉤モコの後を追おうとすると鳥人間その一が起き上がろうとしていた。気を失った筈だが、目を覚ますのが異様に早い。
「そのまま寝てりゃあいいのに」
普段ならこの程度の相手に追い打ちは個人的感情がなければしないが、一瞬だけこっちを見た時の目が何かを企んでいたのが見て取れた。
「◇∀、φ∨@×! 『ぶっ殺してやる』!」
鳥人間は注射器を取り出すとそれを自分の首に突き立てて打つ。
ドーピングか。サゴスではティッシュを配る気軽さで麻薬が売られているのを何度も目撃したので今更クスリに驚きはない。
だが、直後に鳥人間の身に起きた現象は驚くしかなかった。
「おおおおおおぉぉおおっ!!」
雄叫びをあげる鳥人間の体が膨張を始めた。着ていた服が破れ、バックパックの留め具が弾けて床に落ちる。
「くぅるがぁああああああっ!!」
人ではない獣の咆哮を上げ続ける鳥人間の全身には羽毛が生え、骨が動いているらしき不快な音を立てて背中から本物の翼が開いた。両手両足が猛禽類の鋭い爪へと変わり、床を簡単に引き裂く。
瞬く間に人間が鳥の化け物へと姿を変えた。
「お前……いくら何でも人間辞める事はないだろう」
本物の鳥人間になってしまった男は俺に鷹の目のように鋭い視線を一度向ける。その目は純粋な殺意のみで人間の理性が一欠片も感じられなかった。
鳥人間は翼をばたつかせて一気に上空に飛ぶ。
「馬鹿な奴だ」
俺も床を蹴って跳ぶ。足場にしていた建物の屋上が崩れ落ちるが、気にせず追いかけて鳥人間を一瞬で追い抜く。
鳥人間の真上に来たところで体を縦に回転させてタイミングを合わせ、鳥人間の顔面にカカト落としを喰らわせる。
手加減をしていない本気の一撃は鳥人間の頭を砕き首を胴に陥没させて上昇した時以上の速度で落下する。
俺が地面に着地する頃には、俺のジャンプと鳥人間の落下による衝撃で建物が崩壊していた。
「人間辞めちまったら、わざわざ捕まえる理由が無くなっちまっただろ」
ボヤいたところで返事は返って来ない。鳥人間はもう物言わぬ死体になっていた。
「ん? こいつは……」
鳥人間から青紫色と真っ黒な血が流れている。その血は外で半身半獣のクリーチャーと同じ血だった。
気になりはするが今は毛皮男だ。急いで鉤モコが走っていった方向に走る。
「キュキュ」
暫く走ると鉤モコの声が聞こえたのでそちらに振り向くと屋根から伸びる煙突の影でこっちに手招きする鉤モコを発見。俺もその屋根に跳び移る。
「クキュ」
鉤モコは指差す先には一見するとただの煉瓦造りの建物にしか見えず、頑丈そうなドアが一つだけあるだけだ。だが向かい側に毛皮男が乗っていた馬車が停められていた。
誰もいないので、俺は地面に下りてから馬車の中を確認すると、慌てて移動したのかドアが開けっ放しで中は空だ。鉤モコは馬車の下などに入って臭いを追うが、隠れているのではなく煉瓦造りの建物の中に入って行ったのは間違いない。
「カチコミ行くか」
「キュ!」
ドアに近づきノックする。
覗き口が開いて目付きだけでも堅気の人間と分かる男が俺を一瞥し、直ぐに閉めた。
開ける気配もないのでもう一度ノック。
今度は覗き口から矢が飛び出した。そのゴミのポイ捨て感覚で雑に人を殺そうとするの止めろよ。
矢を叩いて弾き、ドアを蹴破る。真後ろにいた男はそのままドアの下敷きになって気絶した。
「さぁて、悪い子はいねがぁ?」
「ケキューッ!」
ナマハゲ気分で鉤モコと共に建物内に突入する。警備の連中と思われる武装した連中を適当に物理であしらいつつ中を見て回る。
外観に反して内装は毛皮男の屋敷と変わらぬほどの豪華さで金持ちの秘密倶楽部と言った趣だ。そのまま心の奥で秘密にしたまま墓にまで持っていけば良いものを。
地上部分の内装は豪華絢爛ではあるが鉤モコが地下の存在を把握し、俺が床を剥がし鉤モコが穴を掘って地下へとショートカットすると、無機質な通路が伸びる金属臭い空間だった。
「これまた露骨な」
「ケキュ」
いかがわしい実験してますって全力でアピールしている通路を勘で、時には壁を破壊して進む。すると毛皮男を発見するのに成功する。
丁度細い背中が通路の角に消えるところだった。
追いかけ両開きの大きなドアの向こうへと毛皮男が走って行き、代わりにドアの左右に立っていた全身鎧が二体前に出た。置物かと思ったら中に人がいたらしい。
全身鎧はそれぞれ違った獲物を持っていた。片方は大砲らしき筒を、もう片方は細かい刃が並ぶ細長い板を構えている。
ちょっと個性有る装備だ。と言うか大砲はまだ分かるが鮫の牙みたいな刃が並んでいるそ武器ってまさか。
俺の予想に答えるように全身鎧が持っている細長い板から威圧感のある音が響いて細かい刃が高速で回転し始める。それやっぱりチェーンソーかよ。燃料エンジンじゃなくて魔法関係の動力らしいが。
世界観がぶっ壊れそうな見た目に呆れていると、もう片方がチャンスかと思ったのか大砲を撃って来る。人の頭サイズの金属の塊が発射され、俺はそれを片手で受け止め掴む。
「キューッ!」
鉤モコが駆け出したタイミングで砲弾を投げ返す。下投げでカーブ掛かれば良いな程度で回転を加えると砲弾は全身鎧達の眼前で急カーブして壁に激突する。
全身鎧がビビって動きを止めた好きに鉤モコはチェーンソー鎧に飛びかかり鉤を鎧に引っ掛け素早く背中に回り込むと兜を叩き始めた。体格差から小突いているしか見えないが、結構な威力があるらしく派手な音が鳴り、チェーンソー鎧が苦しんでいる。
大砲鎧は相方を早々に見捨てて砲についたレバーを引いて薬莢のような筒を排出すると背中から筒と砲弾がセットになったのを砲の後ろに突っ込んで再装填した。実包を作る技術はあるのか。
轟音がなってまた砲弾が発射される。先程と違い、砲弾は途中で分解し無数の小さな玉が中から弾ける。
「フンッ」
指を広げた手を斜めに思いっきり振る。玉の一部を叩くと同時に風が発生して続く玉がそちらへ流れていった。
動きを止め、兜越しでも呆然とする大砲鎧に近づいてケンカキックを食らわせる。鎧が凹み後ろの壁にぶつかると大砲鎧は動かなくなった。
横ではチェーンソー鎧が膝から崩れ落ちる。兜が小学校の掃除用具入れにあるバケツのようにボコボコになっており、背中には鉤モコが誇らしげに立っていた。
サムズアップすると、サムズアップが返された。
哀れ出番の無かったチェーンソーを持ち上げる。スイッチの類が見当たらずどうやって動かしているのかと思ったら、体から僅かに何かが抜けていく感覚しチェーンソーが動いた。
マナを流し込んで稼働させるようだ。気のせいか矢鱈張り切っている感じがする。
「折角だから貰ってくか」
「キキュ、キューク」
我輩はコレと言った感じで鉤モコは大砲鎧の兜を脱がすとマスク部分を外して被った。銀モコのように変わるかと思ったが、防御力が上がった程度だった。
さて、戦利品を回収し終えて毛皮男が入っていった部屋の中に俺達は進む。
ドアの前には天井からカーテンが吊り下げられている上に暗かったにで外から中の様子は見えなかったのだが、布を潜った先は中央がライトで照らされている。
そこは広い部屋があり、貴族風の豪華な内装や秘密研究所のような無機質さとはまた方向性が変わってファンシーな空間だった。
人形や玩具が転がり、ブランコ、滑り台があった。中央には大きなクッションのブロックの山があってその上に彼女らはいた。
十歳前後の少女達でフリルが沢山付いた金持ちのお嬢様が着ていそうなドレスに身を包んだ容姿が異様に整っている。クッションの山を中心に囲むようにしげ左右には二メートル四方の大きなガラスケースがいくつかあり、その中にもまた少女達がショーウィンドウのマネキンのようにいた。
少女らの目はガラス玉だ。
死んだ魚の目とか目に光がないとかの比喩表現であって本当にガラス製の目ではない。加えて言えばここにいる子供達は全員生身の本物だ。
こちらを見上げ揺れもしない瞳は光を反射しているだけで何も見ていない。
「◇∟∨、+♀◯‖」
一番近くにいた黄色のワンピースドレスの少女がスカートの端を摘んで恭しく頭を下げた。愛想の良い笑顔を振りまき、お辞儀の所作一つで子供ながら洗練されていると思う。ただし目はガラス玉。ガラス玉だ。
上の建物の様子から何となく嫌な予感はしていた。ベッドのある個室があってラブホの目がチカチカしそうな配色。それなのに大人の女の姿は見えず代わりに子供用の椅子や遊具があった。
まさかなと思って地下の研究所っぽい所に下りて俺の考え過ぎだと安心しそうになったところでこれだ。穿った武器を構えた面の全身鎧どもとの落差が激しすぎる。
「この街はどれだけ俺の精神にボディブローをかませば気が済むんだ? 高校生のキャパ超えるぞ。なぁ、オイ」
「――ヒッ」
奥にいた毛皮男を睨みつける。少女の横を素通りしてチェーンソーを肩に担いで奴の所に向かう。
馬鹿野郎は怯えている。だが、突然声を張り上げた。
「@◯! DB4A8I1GNQ900T!」
「はぁ?」
普通に単語ではない記号と数字の羅列。突然パスワードみたいな文字の羅列を叫んだ男に思わず足を止める。
直後、首に何かが巻きついた事に気付く。細い糸が俺の首を絞めようと力が込められており、その糸の先は後ろにいる黄色いドレスの少女の袖の中から伸びていた。
黄色のドレスだけじゃない。少女達の中から二人の少女が駆け出し、ショートカットの髪の方が服の下から獣の爪のように弧を描く鋭いナイフを取り出し、もう一人はロングの髪を纏めていた髪留めから細い針を抜き取る。
「おいおいっ」
自らの身長を飛び越える跳躍力で俺に向かって凶器を突き立てようとする二人を見ながら、首を絞める糸を掴んで歯で噛みちぎり引っ張る。体重の軽い黄色いドレスの少女は簡単に床から足が離れ、飛びかかってきた少女二人に衝突する。
床に転がる三人だが、俊敏な動きで起き上がると無表情で俺に向けて武器を構える。
「少年兵まで兼ねてんのかよ」
思わず舌打ちする。
再び毛皮男を睨むが、奴は背を見せて部屋の更に奥へと走っていた。鉤モコがカーテン伝いに移動して天井から下りそれを阻むが、別の少女二人がナイフを持って逆に鉤モコを邪魔する。
「キ、キュー……」
「先にこっちだ! 大人しくさせるぞ!」
モコモコも困惑しているが、まず優先すべきなのはこいつらを無力化する事だ。
動かしていないチェーンソーの腹の部分で少女達の攻撃を受け止めつつ、周囲を確認する。
全員が少年兵ではないようだ。他の少女達は戦闘が始まった途端にその場で突っ立っているだけで動かなくなる。
正に人形だ。少年兵達も武器を手にして攻撃してくるがそこに感情はなく、黄色いドレスの方なんてさっき俺に向けた笑顔のまま表情が固定されてしまっている。
ムカムカするのを表に出ないように抑えつつ、こっちに戻ってきた鉤モコと共に少年兵をあしらいながら他の少女達を巻き込まないよう彼女らと距離を取る。
少年兵は五人だけか。攻撃してくる少女を数えているとショーケースの中にいた少女が動きを見せた。
左右の手を動かすと触れずにガラスが粉々に砕け、ガラス片が宙に浮く。
「やっべぇ!?」
魔法か何か知らないが厄介な。
俺が驚いた隙に後ろから少年兵が後頭部にとびついた。容赦なく人の目と口に指を突っ込んでくる。指が妙に濡れていて僅かに甘いが、多分毒だ。
加えて両足に別の少女二人がナイフを足の甲に突き立て、一人は俺の腹に糸を巻きつけて輪切りにしようと狙っており、残る一人は俺の腕組みつくと小指を曲げようとしてくる上にフレームの入ったスカートの中からナイフの付いたアームが伸びて二の腕に突き刺さる。それによって持っていたチェーンソーを落とす。
五人に纏わりつかれている間にもガラス片は俺に向かって降り注いだ。
「諸共するなよな!」
両足にいる二人を足を振り回して放り投げ、頭に掴まっている少女を掴んで床に背中から叩きつける。次に巻き込まれそうな微妙に位置にいたのを引き寄せて右手に掴まっている少女共々、彼女ら三人を抱き寄せるようにしてガラス片から庇う。
「あだっ、ちょ、お前っ、刺すな刺すな!」
背中にガラスの雨を受けながら保護をした少女は人の腕の中で懲りずにナイフで俺を攻撃してくる。なんだろうか、このやるせなさ。
ガラス片が通り過ぎたタイミングで俺は三人を手放し、彼女らが新たな動きを見せる前に反撃する。
「いい加減にしろ!」
頭頂部にそれぞれ拳骨を食らわせる。小気味良い音がして、少女達の動きが止まった。屈み両手で頭を押さえて震えている。
近所の悪ガキにも何度かお見舞いのした事ある拳骨は経験者の談によると痛みでイタズラどころではないらしい。
蹴り投げた二人が機械的な反応で即座に襲いかかって来るが、踏み込む前にこっちから接近して二人の頭に拳骨を当てる。すると他の三人同様に悶絶して動かなくなる。
残り一人、ガラスを操る少女だ。懲りずにガラス片を浮かせているが、既に鉤モコが俺の落としたチェーンソーを盾にして近づいており、少女に足払いをかけて転ばして、棒の先端についている鉤を服に引っ掛けこちらに放り投げる。
俺は少女をこめかみに拳を挟みこむようにしてキャッチ。投げられた勢いがなくなったところでグリグリと拳を捻る。
人間を人形にしたような少女の悲鳴が響き渡った。




