第三十三話
深夜の内にサゴスに戻れた。
脱出した時に破壊した門からだと目立つので別の場所から壁をよじ登って侵入した。案外バレないものだ。
よっし、無事に再潜入できた。でもこれからどうするか。
ベニオからの合図は無いとして、あったとしても俺が来なければ何度か合図を出すだろ。それを待つ間、何をして過ごすのかが現在の問題だ。
実は壁乗り越えた後に宿を探して少ない金額で泊まれる所を発見したのだが、最終的に店の人間を外に蹴り出して放火する羽目になってしまった。
店の壁や支柱、テーブルに分厚い刃物で傷付けられた跡が沢山あって物騒だなとは予想できていたんだ。自分の身ぐらいは守れるしボッタクリ店でも平気だと最初は思って気楽にしていたんだが、その店は人肉を客に出していた。お代は客そのもの。
幸いと言うか、毒盛られるかもと思い何も注文しなかったので俺は口にはしていない。早々に借りた部屋で横になっていたのだが、変な不快臭がしたので厨房を覗いてみたら、そういう光景が広がっていた訳だ。
それで店の人間を叩きのめし追い出してから店ごと火葬した。
燃やしてから金も店の中だったと思い出した。でもまあ仮にも一度払ったし、火葬場に突っ込む気にもなれずフラフラと街の中を彷徨い歩く羽目になったという訳だ。
ヤバイ街であるサゴスだが、隅から隅まで誰もが暴れ回っている訳ではないようだ。退廃的な空気は異常だが繁華街のようなものだと思えば良いのかもしれない。逆に夜なのに明るい一角からちょっと外に出ると暗くなる。
甘い臭いをする煙草を吹かしていたり、路上で眠っていたりとこっちも好き勝手だがおとなし目だ。暗がりに連れ込んで、という場面も目撃したがお互い手慣れてる感じだったので無視する。ただ時々後ろからいきなり刺しに来るのは何なのか。しかも束で。
後ろからの刺突で心臓狙いとかガチ過ぎるだろ。
強盗殺人未遂の連中を殴って気絶させつつ目的がないまま歩いていると、繁華街とはまた趣の違う区画に入った。
住宅街、それも金持ちの屋敷が並ぶ高級住宅街らしく高い塀が並び門には立派な番人がしっかりと警備を固めていた。
月が真ん中から下りはじめた時間になってもパーティーでもしてるのか賑やかな音楽と人の笑い声が聞こえて来る。アメリカのホームパーティーみたいなノリを想像してしまった。
金持ちは金に物言わせてまともかと思いきや、周囲と比べて長く続く塀の向こうから音楽に混じって獣の唸り声と悲鳴が聞こえた。
「悲鳴と笑い声がセットで聞こえるとか嫌だな」
警備の人間が見ていないのを確認して、五メートルはある塀を登って顔だけ出しこっそりと中の様子を確認する。
公園みたいな広い庭で身綺麗な男が飯を食っていた。上に豪華な料理を置いたテーブルを並べ、ベッドみたいな台の上に寝転がり、酒を浴びるようにして飲んでいる。
男達は薄着の女達に酌をさせ、中には人目を憚らずに女の局部に手を突っ込んでいる締まりのない顔の奴もいる。
そして、庭の端で音楽隊が奏で続ける音楽に混じって獣の鳴き声が場に轟く。
庭の中央にはトラックほど大きさの虎がいた。口の周りを真っ赤に染め、足元にはズタボロにされた人間の死体が転がっている。調教師なのか横には鞭を持った男がいる他に、虎の正面には鎖で地面に繋がれた見窄らしい格好の男女が複数いた。
「どいつもこいつも」
呆れながら俺は塀から片手を離して体を傾けさせる。俺がさっきまでいた空間に黒い刃が突き刺さった。
後ろから誰がどう見てもアサシンだと言いそうな黒づくめの人物が俺の背中に短剣を突き刺そうとしたようだ。多分、堂々と警備している連中とは別に屋敷を影から守る人員だと思う。それかただの通り魔。
黒づくめ避けられたみるやすぐさま俺から離れようと塀を蹴って距離を取ろうとしたが、俺は逃げられる前に黒づくめの足首を掴んで庭にいる虎に向かって投げた。
虎の背中に当たった黒づくめは弾かれてテーブルの上に転がり料理をまき散らした。
一方で虎の方はよろめきもせずにこっちに振り向く。反応が遅すぎる。動物園のライオンみたいに腑抜けた姿で野生さがない。
虎が振り返った時点で俺は塀から跳躍して虎の頭上にまで来ていた。虎が気付いてこっちを見るよりも早く、俺は虎の頭を踏むようにして蹴ってそれをクッションに着地する。大虎は頭を地面の中に沈ませたまま動かなくなった。
「▲♯ッ!? ◇◆∃∩!」
上座に座り四人もネエちゃんを侍らせていたここのリーダー格らしき二十歳前後の若い男が俺の登場に、虫でも見たように蔑みと不快感を露わにして怒鳴った。
「『ワタシコトバワカリマセーン』!」
「――∀〆!!」
多分、殺せとか言ったんだと思う。警備の男達、それと黒づくめの連中が一斉に俺に襲いかかってきた。
後ろから振り下ろされる剣を叩き割ってから持っていた男の顔面を凹ませ、突き出された槍の刃の根元を掴んで逆に振り回して護衛達を薙ぎ倒す。次いで、テーブルの端を掴んでクスリでもやってるのか目の前で戦闘が行われているにも関わらずヘラヘラ笑っているのが何人かいたのでそいつらに投げておく。大理石みたいな白い石のテーブルはさぞ重いだろう。
多少数が減ったところで、虎の餌になりかけた連中の鎖を固定する杭を抜く。彼らは一目散に逃げ出した。
あっ、もしかしたらあいつらも同じ穴の狢の可能性だってあったか。まあいいや。言葉が通じない以上確かめようもない。
持て余した杭を屋敷に打ち込もうとすると、背後から影が差した。振り向けば後ろにさっき蹴り倒した大虎がいて真っ赤な血を流した顔で俺を睨みつけている。
雄叫びを上げ、大虎が飛びかかる。鋭い爪を持つ腕が俺を引き裂こう振り下ろされるが、俺は一歩前進しながらそれを左腕で受け止め、勢いが止まった瞬間に大虎の腕を掴んで振り上げ地面に大虎を叩きつけた。
「人の味覚えたのを生かしておけねえんだわ。悪いな」
仰向けに倒れた大虎の頭部に杭を突き刺す。掴んだままの腕から大虎の体から急速に力が抜けていくのが感じられた。
大虎から手を離して周りを見ると、あの若い男はまだ余裕綽々と言った様子でワイン片手に女の腰に腕を回していた。
もう一度大理石テーブル投げてやろうかと思い、手をテーブルに伸ばす直前に手首に鎖が巻き付いた。一つだけでなく、他の手足に加え首の計五ヶ所に鎖が巻きつく。
鎖が伸びる先は黒づくめ達だ。一本につき大体三人ぐらいで鎖を引っ張っている。
「力勝負してどうすんだよ」
頑張って踏ん張っているが、彼らよりも俺の方が強い。鎖を引っ張って逆に引き倒そうと力を込めた瞬間、鎖から電流が迸る。
「うおっ、ビリッときた!」
ガキの頃にコンセントに濡れた指を突っ込んだ時と同じビリビリ感。
でも、だからどうしたという話で体を震わせて鎖を逆に引っ張り、黒づくめ達を庭の地面や塀にぶつけ振り解く。
鎖が離れ電気を感じなくなった瞬間、目の前に直刀が迫っていた。噛んで受け止めると黒づくめの一人が短刀の二刀流で突進してきていた。
「はふぁまかっ」
直刀を噛んだまま喋ったので変な声になったが『頭か』と言ったのだ。
明らかに今までの黒づくめ達と違う。こっちに直進してくるかと思ったら地面に這いそうなほどに体を倒して太腿などを狙ってきた。
足を狙って機動力を奪うつもりだったのだろう。狙われたのと反対の足を軸に体を回転させて避ける。それを黒づくめは追従してくるかとお思ったら蛇みないな蛇行した動きで背後に周んでくる。
振り向き様に拳で短剣を叩いて払った瞬間には相手は人の死角に移動している。
拳と蹴りが当たらず、突き出される短剣を払うだけしかできなくなる。
だが、動きははしっこいが分かりやすい。
最初は戸惑ったが直ぐに慣れた。黒づくめがいるであろう位置に向かって後ろ足で蹴る。手応えはなく、代わりに黒づくめが足の膝裏に短剣を突き出す。
俺は足の爪先で地面を蹴ってその場から跳び上がり後ろに宙返りを行う。視界が縦に回転する中、短剣を空振らせた黒づくめが頭上にいた。
黒づくめの両肩を服など脱いでも脱出できないよう指を食い込ませて掴み、地面に着地すると振り回して投げる。
この街に入ってから沢山投げてきたが、今までで一番の勢いで黒づくめは屋敷の塀を壊しても止まらず吹っ飛んでいった。
衝突音からして隣の屋敷まで行ったようだ。
やっべ、やり過ぎたか。
隣の家の人の迷惑になった。と言ってもこの街のパターンからして住人の頭がヤバい確率は高い。もしかするとご近所としてこのパーティーに参加しているかもしれない。
お隣から目を逸らし、リーダー格の男の方に向き直る。流石にヤバイと判断したらしくリーダー格の男の顔が段々と蒼褪めていた。
咥えたままだった短剣を男に向けて吐き捨てると、短剣は男のすぐ横を通り過ぎて屋敷の壁に根元まで突き刺さった。
短剣が通り過ぎてから数秒後、男は長椅子から転げ落ちた。
侍らせていた薄着のネーチャン達は即座に逃げ出す。強かだな。
「◯≠、⊂▲∟△!」
喚きながら庭から屋敷に逃げ込もうとする。今更逃げるとか、さっきまでの態度はなんだったのか。追いかける気にもなれないし、捕まっていた人らの姿も消えているのでもう帰ってしまおうか。
「ん?」
男が座っていたベッドのような椅子をふと見る。一体丸ごとの毛皮を敷いていたらしいのだが、その毛は非常に見覚えがある。
――モコモコだった。
「…………」
屋敷の壁を蹴りでぶち抜いて侵入する。
「何処行ったァ!? あいつらの代わりにブチのめしてやるから出てこい!!」
音を立てて屋敷内を進む。俺が入った場所はリビングのようで調度品が多く置かれていた。虫の標本から動物の剥製、毛皮、果ては人間のミイラまであって趣味が悪い。少なくともいくら広いからって景観考えずに配置している時点で素人目から見てもセンスがない。
リビングから玄関まで壁を壊して直進すれば、階段で男がコケながら上って行くのを見つける。
「待てよテメェ!」
階段に一歩踏み出したところで妙な風の流れと音を聞いた。踏み出した足を戻して階段の下に回り込んで壁になっている部分を軽く叩くと軽い音が返ってきた。
腕を突っ込んで貫通させ、内側から壁を引き倒すと壁の向こうは下りの階段があった。
「露骨な……」
何かありますよと言わんばかりだが、庭で人を虎に食わせていた癖にここはわざわざ隠しているのが意外だ。あれ以上に残酷なのか、ただの蓋なのか。
内側には一応隠し扉を開ける仕掛けがあったので出入りはしていたようだが、血と獣臭さが充満している。
急いで降りると地下は広い作業場になっていて、壁側には多くの牢屋が設置されてあり様々な種類の動物やモンスターが閉じ込められていた。
牢屋と反対側の壁には剥ぎ取ったと思われる皮が天井から吊り下げられている。
そして作業場の真ん中では剥ぎ取り作業の真っ最中らしくフルマスクと厚手の手袋にエプロンをつけたのが数人、俺達をサゴスに押しやったモンスターと思われる牛型のを解体していた。
青紫色の血が盛大に飛び散って天井や床を汚す。隙間から作業の様子を伺うと、プロなのか分厚い手袋で器用に道具を使い綺麗に牛の皮を剥いでいた。肉や内臓に興味ないのかモツをバケツに、骨を抜き取った筋肉を刻んでダストシュートに放り込んでいる。
「グロいな」
「……∟≡?」
作業員達が俺に気付く。上の騒ぎに気付いていないらしく、戸惑っている。
そんな彼らを気にせず俺は作業場を見回す。入口付近だと奥の方が見れなかったので作業台の所まで来た訳だが、牢屋にはモコモコ二人が捕まっているのを発見。あと、人の皮が数人分天井に吊り下げられていた。
その場にいた全員をブン殴って気絶させ、マスクを剥いだ後で空いていた牢にぶち込んでおく。
「おい、大丈夫か?」
「キュー」
見覚えのないモコモコなので集落にいなかったモコモコだ。最初は警戒され牢の奥で睨まれていたのだが、モコモコから貰ったハンカチが決め手となって仲間になった。
「キューッ!」
「キュキュ!」
モコモコ達は牢を出ると、鉤爪のついた長物と鋏二刀流を早速それぞれ装備した。こういう時、モコモコ達は話が早くて助かる。
こんな糞みたいな街の中で得た唯一の癒しだ。人より意思疎通ができるとかもう何なんだろうな。
モンスターだけはサクッと始末しておいて、逃げた男を追うためにモコモコ二匹を引き連れて上の階へと上がる。
二階の奥で怒鳴り声と血の臭いを感じ取る。怒鳴っているのは例の男で、内容は分からないが確か『父親』を意味する単語が混じっているので父親と話しているのかもしれない。
俺達は躊躇いもなくその部屋に突入する。
「ここかァ!」
高級そうな赤い絨毯や壁紙に家具一つとっても高価な物だと分かる部屋の中、俺はまず視界に入った男と毛皮のバスローブを着ている贅肉腹の男を壁まで殴り飛ばす。
情けない声を上げて倒れる二人の男を放置して改めて部屋の中を見回す。突入した時点で視界の端で捉えていたが、直視すると酷い光景があった。
拷問器具が並んでいたのだ。しかも使用中。
貴族のような高級な部屋でセンスの良い調度品があるのに、それを全てぶっ壊す拷問器具。意図しての配置ならとんだ前衛芸術家だ。
「見張っててくれ」
「キュ」
多分親子であろう男達は揃って鼻血を出しながら壁際に座り込んでいる。震える男とは逆に父親の男は元気一杯に喚いてモコモコに頭を叩かれていた。
それでもうるさいオッサンを無視して拷問に掛けられていた女の拘束を解く。
薄い色の金髪は汗で濡れ、顔色は青褪めているのを通り越して白い。指の爪とか背中の皮膚が凄いことになっているが、意識はあるようで半分俺に寄りかかりながらも自力で立っている。
「向こうにソファがある。そこまで歩けるか?」
言葉は通じないが、俺は裸の女の上に学ランを掛けてやり部屋にあったソファに座らせる。一応、座らせる前に汚れていたり変な仕掛けはないか触って確かめたが高級感ある座り心地を保証する柔らかさしかなかった。
「ケキュッ!?」
女を座らせたところでモコモコの驚きの声が上がったのを聞いて振り返る。男が贅肉親父をモコモコ達の方に蹴り飛ばしていた。そして直ぐに横の暖炉に頭から飛び込む。
「あっ、テメェ!」
すぐに追いかけ暖炉に蹴りを入れるが、もうそこには男の姿がなく、煤の奥には大人一人が通れそうな穴が一つだけあった。
「クッソ、父親生贄にしやがった」
俺もすぐに穴の中に飛び込もうと思ったが、拷問されていた女を一人にしておけない。それにこれだけ隠し通路が多い屋敷だ。他にも牢屋があって誰か捕まっている可能性だってある。
「諦める、か?」
男をブン殴るのは諦めようと思い暖炉から視線を部屋の中に戻すと、女が贅肉男を踏み付けまくっていた。鋏モコも一緒だ。
割とって言うかガチな踏み付け攻撃である。
「あー……ほっとこ」
好きにさせておこう。止める言葉も分からんし。
「キュー、クキュ」
「え、なに、追うの手伝うって?」
長物モコが追跡の協力を申し出てきた。
隠し通路で逃げたと言っても周囲には他の屋敷が建っている。地下に空間を作るのなら自分の敷地だけに限られるだろうし、逃げた男が地上に顔を出すのも近くだ。それならモコモコの聴覚や嗅覚なら後から追うのも可能か。
「よし、片ァつけに行くか」
鋏モコの方はこの屋敷に残って調査するらしい。女の方は……。
「〆£!」
贅肉男を踏むのを止めたかと思うと突然声を出して自分の頬を叩いた。気合いでも入れ直したらしい。
「『ありがとう』、∀∨+♬」
礼の言葉以外何を言ってるのか分からないが、女は俺に声をかけると早足で部屋を出て行った。鋏モコはその後について行こうとする。
「あっ、庭に仲間の亡骸がある。他にもいるかもしれんから任せた」
「キュー」
意気揚々に返事をした鋏モコは女の後を追って行った。
「……まあ、女同士仲良くなっているなら別に問題ないよな?」
「キュー……」
野郎チームは窓から屋敷の屋根に登って周辺を注意深く観察する。すると、一体何処から現れたのか一台の馬車が屋敷すぐ横を通り過ぎて行ったのを発見するのだった。




