第三十話
馬車がゆっくりと進んでいく。
日本じゃよほど自然豊かな場所でないと目にかかれない大自然の景色を眺めていると異世界なんだなと改めて感じる。
大自然なら別に地球にだってある。日本にも樹海と呼ばれる自然はあるし、行ったことはないがアマゾンとかも生命力に溢れている感じがする。熱帯雨林とか皆そうだが。
だが流石に地球ではビルサイズの木が独りでに歩いていたり、それが大型犬サイズに蟻にたかられて崩れ落ち、トラックサイズの鶯が蟻を突いて持ち去って行く光景は見られないだろう。
「センパイセンパイ、まだ怒ってます?」
「怒ってねえよ。呆れているだけだ」
「えーっ、だったらこっち見てくださいよ」
後ろで人の服を掴んで蓮が揺さぶってきた。
このガキ、こっそりと馬車に予め隠れてついて来やがった。二度手間だが引き返して帝都に送り返すという手もあった、と言うかそうしようと思ったのだがベニオが蓮に味方しやがった。
ベニオの言い分だと、今帰らせても絶対に追ってくるとのことだ。あり得るのが嫌な話だった。
それなら近くに置いた方まだマシという結論になってしまい、結局こうして一緒になって馬車の上に乗っている。
下手をしたら城で大騒ぎになっている可能性もあるが、本人は置き手紙を残して来たと言ってはいるがそれだけだと不安なので一応街に着いた時に改めて手紙を出させた。
蓮の手紙だけじゃ不安だったので、俺もまた手紙を書いて街の教会から帝都のミハエルさんに届くよう手配した。
日本語な上に汚い字だが、そこはミハエルさんの〈言語理解〉に賭けよう。
「ちょっとセンパーイ。仕事疲れの中で子供に絡まれたサラリーマンみたいな顔してますよ」
「そこまで分かっていながら何故絡むのかそこが分からん。止めろよ。テストと授業中でしか使わない思考力と指の筋肉使って疲れてるんだよ」
「たかが手紙で大袈裟な。その言い方だと劣等生みたいに聞こえますよ」
「少なくとも優等生じゃなかったな」
「それならこれだけは劣等生でないようにね」
蓮との会話中、ベニオが一枚の紙を差し出しながら割り込んでくる。
紙には日本語の文章がいくつかと、それぞれにこの世界の共通語に訳した文字、それと発音をカタカナで書かれていた。
「〈言語理解〉がないのだから地道に覚えていくしかないわ。そこに書かれているのだけでも先に言えるようになって」
「はいはい。えーっと、『ワタシコトバワカリマセン』」
「あははははっ、外国人観光客が辛うじて覚えた日本語みたい!」
俺の発音に蓮が笑う。逆にベニオは俺に呆れていた。
「人を挑発するセリフは綺麗に発音できてたのに」
「実践派なんですよセンパイは。次も読んでみてください」
『ワタシワルイヤツジャナイデース』
「あははははははははっ!」
いっぺんしばき倒してやろうか。
蓮の笑い声が響く中、俺達の前を進んでいた馬車がスピードを落とした。
「何だ?」
「そろそろ野営の準備をするようね」
抜け出して来た女子中学生の騒ぎがあったものの帝都を出てからの旅は順調だった。
俺達の馬車以外にも街道を進む馬車がいくつもあって皆一列になっている。これは盗賊やモンスターから身を守るためだ。
俺は出発前にミハエルさんから旅に必要な知識のメモを受け取っていた。内容の一つに、道中はこうして行列に続くのが基本らしい。
数は力で、こうしてまとまっているだけで大抵の奴は監視しても襲って来ない。来ても戦える人や商人が雇った護衛などが協力してシバキ倒すので安全だ。それに、各所からの情報交換も行える。
馬車の列が止まった周囲は以前誰かがキャンプしていたと思われる跡がいくつもあった。馬車の移動速度からこの辺りがキャンプ場になっているのだろう。使わず捨て置かれた薪が地面に棒を指して支えられているだけの屋根の下にあったり、石で作った竃がそのままだったりする。
それぞれが馬車から降り、キャンプの準備し始めた。俺達もそれに続く。
「ふふふ、それじゃあこのレンちゃんが料理の腕を披露して――」
「人手が足りてないとこの手伝いに行って分けて貰おうぜ」
「そうね」
「ちょっとちょっとぉ、私が作るって言ってるじゃないですか。何でいきなり外食に?」
「だって色々食いたいし」
「レンは料理はできるけど慣れてないから時間がかかるのよね」
「修行中なんですよ。そこは年上の寛容な心で一つ」
「こいつ、自分より年下が相手だと絶対に年上を敬えとか言うな」
「鏡を見ても平気なタイプよね」
何気に勝手について来たのを悪く思っているのかもしれない。ここ数日、蓮は何かと役に立とうとしている。やる気に満ちている蓮に食事を任せる事にし、俺はどうするか。
ベニオは馬の世話をしだしたし俺だけ手隙だ。街道を挟んだキャンプ場の向かい側には森が見えるのでそこで肉でも調達するか。
「あっ、肉ゲット」
蓮が光輪を投げて空を飛んでいた鳥を切断し肉を手に入れていた。肉だらけのメニューはダメだし、どうするか。
薪割りでもしようかと思ったら、キャンプ場に停められた馬車の一台が傾いているのを見つける。その周りでは数人の人間が集まって車輪を見ていた。
何を喋っているのかは分からない。ただ、馬車を持ち上げて破損したを修理しようとしているのは見ていれば分かった。
「よっと」
中々持ち上がらなくて困っているようだったので車体の下を掴んで軽く持ち上げる。マナアーマーの補正か地球にいた時よりも力持ちになっている。感覚として昔持ち上げたバイクよりは軽く感じた。
最初は驚かれたものの、すぐに車輪が予備の物と交換される。
『アリガトウ』
終わったので去ろうとしたら、お礼を言われながら酒が入っていると思われる瓶を貰った。いや俺未成年なんだけど。
半ば押し付けられる形で受け取ってしまう。捨てるわけにもいかないので持ったまま蓮の所に戻ろうとすると、中年の男に声を掛けられる。
アルコールの匂いのする平べったい水筒を見せられ、次に俺の持つ酒瓶を指差される。分けて欲しいらしい。俺が水筒に酒を注いでやると、男は喜び袋を渡してきた。中は黒っぽい豆のような物が入っていてコーヒーの香りがした。
酒瓶とコーヒーの豆を持ったまま水筒に口をつけながら去って行く男の背を見送っていると、騒がしさと共に後頭部に衝撃が起きた。
後ろを振り替えると一頭の馬が暴れていて数人の男達が宥めようとしているが弾き飛ばされる。俺の頭を蹴ったのは馬らしい。
興奮して二本足で立ち始めた馬を宥めるのに手こずっているようなので、馬の背に手を置いてゆっくりと上から押さえつける。
暴れようにも背中を押されている馬は動けず、最初は抵抗していたものの少しすれば馬は大人しくなった。
馬から手を離して俺は戻ろうするが、馬の持ち主らしき男に呼び止められるのだった。
それから暫く、キャンプ場で起きた小さな問題解決を手伝った俺の両手には荷物だらけになった。
「どこのわらしべ長者ですか」
「いや、普通に報酬だろ。ドライフルーツいるか?」
「食べます」
ドライフルーツをムシャクシャ食い始めた蓮の頭越しから竃に置かれた鍋を見る。乾燥した野菜と鶏肉が茹で上げられていた。
「ちゃんとできてるわね」
大して期待してなかった感じでベニオがスープを見下ろす。さりげなく酷い言い分だった。
「自然の味を活かした鶏ガラスープです。このクッソ硬いパンを浸して食べてください」
「俺、このまま食う方が好きなんだけどな」
飯もできて、他のグループからそこそこ貰ってきたので早速食べることに。
保存が効くがやたらと硬いパンは噛みごたえがありビスケットのようで俺は嫌いじゃない。
「わぁ、ボリボリ食べてる。それ、釘が打てる強度ですよ」
「毎日しっかりと噛んで食べてればこのぐらい砕ける顎になるんだよ。お前もちゃんと噛んで食べろ」
「いやいや、そんな健康法でも無理がありますって」
三人で鍋を食べ合うとあっという間になくなった。俺からすれば味が薄く量も少ないが、まあわざわざ言う必要もない。それに貰い物の中には食料もある。
それを食べて腹を満たしていると、ベニオが地図を取り出した。
「二人とも聞いて。これから私達は街道をこのまま進むのだけど途中でこっちの方へ道を外れるわ」
地図に描かれた街道の道に沿って添わせていたベニオの指が途中で別方向へ進み曲線を描いて最終的に街道に戻った。何かを避けてわざわざ迂回する動きだった。
現に地図にはこの街道の先に一つの都市の存在が描かれていた。
「ここは? 真っ直ぐ行ってこの街に泊まれば安全じゃないですか?」
蓮が迂回した場所を指差す。同じ事を思ったようだ。
「ここはサゴスという街だそうよ。確かにこの街に寄った方がわざわざ二回も野営するより一日早いけど……ミハエルさんから治安が悪過ぎて絶対入ってはいけないと言われているわ」
「治安が悪いって、どのくらいですか?」
「同行の商人や傭兵達からも聞いたのだけど」
いつの間に聞き込みしていたのだろうか。前置きしてベニオがサゴスという街の説明を始めた。
デラック帝国の領土から離れたこの地域は大小様々な領地をそれぞれ支配する貴族達がおり、サゴスは小さな領土の中にある街だ。
土地を耕し、鉱山を掘り、林業を行うなどの産業はない。サゴスの収益は貿易。別の国からの商品をまた別の国に売る又は加工した物を流す商売で成り立っている。貿易など商売について俺はさっぱりだが、仲介や中継をしているんだろう程度は理解できた。
ただし、扱っているのは武器や奴隷などだ。加えて麻薬をはじめ他の国では非合法とされる物や禁書扱いの書物、呪いの品、中には臓器まであるという。
そんな商売を街ぐるみでやっている所だ。住人もまたまともではないのが大半で犯罪者の巣窟らしい。
「それってつまり暗黒街? ダークファンタジー的な?」
「そうね」
「やだーーーーっ! ダクファンとか設定眺めるだけなら楽しいですけど実際に行きたくない世界じゃないですか! 絶対にノゥ!!」
「行かないわよ。避けて通るって言ったでしょう」
その言葉に蓮はホッとしたように息をつく。こいつ一人で騒いで一人で安心している。
「迂回した程度で見逃してくれるのか? 傭兵もいるんだろ」
「街の中だからこそ好き勝手できるのよ。逆に言えば外では好きに振る舞えない。そうでなかったらここの人達も迂回程度で避けようとしないわ。ただあまり近づくと人攫いに会うらしいわ」
「わー、クソみたいな街」
「なんでそんな街が許されてんだろうな。デカい街の一部がスラムになってるのと違うだろ。他の領地から邪魔だって燃やされないのか?」
「燃やせない理由があるんでしょう。ただの犯罪者の巣窟って程度で街として機能している訳ではないでしょうから」
「ふふふ、世の中は綺麗事だけじゃないんですよ、センパイ」
ベニオは兎も角、ついさっきダークファンタジーは嫌だと騒いでいた蓮が知ったかぶって笑うのはどういう根性があってできるのだろうか?
「そういう訳で遠回りになるけど、把握しておいてちょうだい」
「わかった。わざわざそんな物騒な所に近寄る理由もないからな」
急いでいない訳じゃない。そもそも危険な場所を連れがいるのに通るどころか一人でも暗黒街を通ろうと思わない。
「休みましょうか。朝にはまた出発だから」
「この世界来てから規則正しい生活になりましたよ。ネットもテレビもないですから」
「本を貸してあげましょうか?」
「エンタメ小説なら読みますけど……あります?」
「あるわよ」
「一体どこにそれだけ持ち歩いてるんですか?」
「ところで見張りはどうする?」
「寝ずの番お願いしまーす」
「最初はお前な」
「えーっ」
えー、じゃないっつーの。
その日の夜は三交代で見張りを立てたが、蓮は案の定と言うべきか交代の時間になっても呼びに来ず様子を見に行ったら寝ていた。
太陽が昇り支度を済ませるとまだ日が低い内に商人達の馬車が出発しはじめ、一台が動けばそれに続いて他の馬車が進み始める。その内の一台は俺らのだ。
最初は若い男女三人が二頭牽きの馬車で旅しているのを不審がられたが、クールながらいつのまにか情報収集をしているベニオの交渉能力に無駄に明るく人当たりの良い蓮のお陰でそれも薄れている。言葉の分からない俺の存在で差し引いてもこの一団に受け入れられていた。
「≡+∨◇」
御者台と呼ぶのか、馬の手綱を持つ場所に座っていると商人と思われる男から一言声を掛けられた。
「何て言ってたんだ?」
「モンスターが現れたら頼んだぞって言っていたわ」
「そりゃあ出てきたら戦うが」
今までの道中でも蓮が光輪と光の球を放ってはモンスターを倒していた。俺も近付いてきたデカい蟻を踏み潰していたので単純に戦力として期待されているらしい。
だが幸か不幸か活躍の場が無いまま平和に進んだ。暫くすると遠くに影が見えた。
草も何も生えていない荒野の真ん中、太陽の逆光で影しか見えないが自然に出来た丘とは違う直角的な形の影だ。目を凝らせばそれが巨大な壁だとわかる。
「もしかしてあれがサゴスか?」
「どれです?」
蓮が馬車の中から御者台に身を乗り出してくる。人の頭の上から。邪魔なので横にうっちゃって影の見える方に指差す。
「女の子の体に触るとかトモセンパイのスーケーベー……全然分かんないですけど。もしかしてあの黒いのですか?」
「そうだ」
「あれ街なんですか? 太陽のせいで地形の影としか見えないんですけど、センパイの視力ってどんだけですか」
「視力検査の一番小さいのも見える程度」
「凄いを通り越して引くわー。ドン引きです」
失礼な蓮を無視するとベニオがサゴスの方角に向けて両手を広げる。すると空中にレンズのような物が浮かび上がり遠くのサゴスの姿を写し出す。
「ベニオさん、万能キャラ」
レンズの中で拡大されたサゴスの姿。モンスターの侵入を防ぐ堅牢な防壁のみ見えた。
イベルトの街でも防壁はあったがあれよりも頑丈そうだ。影のせいか外敵から守る為と言うよりも中から誰も出さないと言わんばかりの不気味さがあった。
「雰囲気ありますね。もう一目でヤバい所ってわかります」
「だな。近づかなくて正解だ」
魔王がいてもおかしくないビジュアルだ。
おっかない街を眺めていると反対側から地響きが聞こえてきた。同時に牛の鳴き声も。
「なんか聞こえたぞ」
「ちょっと待ってください。トモセンパイしか聞こえないその手の音って前にも経験あるんですけど! 例えばミミズとかミミズとか!」
確かにあの時も音で岩窟王虫の接近を察知したが、今回はよりはっきりと聞こえる。
反対側を見ると、姿が見えない訳ではなく、ちゃんと土煙が上がって接近を教えてくれており俺以外にもそれに気付いて周りが騒ぎ出している。
「少なくともダンジョンモンスターでなくて良かったわ」
「いやいや、感覚狂ってますよ! あれバッファローの群れですよ!」
土煙をあげているのは牛と言える生き物達だった。ただし、頭から生える角は太いまま鹿のように枝分かれして凶悪な物になっている。そしてよく見てみると先頭集団が牛なだけで様々な種類もモンスターが爆走していた。
「∀◯∠⊥ッ!」
誰かが悲鳴のように叫ぶのを聞いてそちらに振り返る別方向から似たような大集団が迫って来ていた。
「あっちからも来てます!」
また別の場所からも土煙があり、三方向から俺達馬車の一団に向かって来ていた。
「……これ、囲まれてません?」
蓮が悠長な事を言っている間に俺は手綱を引いて進行方向を変える。迫るモンスター達の集団から逆方向に向いた先はサゴスだった。




