第三話
三体の鬼をシバいた後、モコモコ達の集落に戻る。持って帰ったワニはモコモコ達が解体して今日の夕食に出すようだ。クジラなら食った事あるがワニはないのでどんな味がするのか楽しみだった。
ワニはともかく、あの緑色の鬼だよ。縄張り争いかなんか? と聞いたら説明してくれる事に。言葉が通じないので劇で。
「マジかスゲェな」
ワニ肉の調理が行うのとは別に広場で劇の準備が進められる。木の板に細い窪みを何本も掘り、擦る事で音を出す物から横棒の下に薄い板を何枚もぶら下げた木琴のような物と多彩な楽器が集められ、衣装や小道具を作っているのか色々な木材や布が運び込まれ、隅ではモコ長をはじめとしたモコモコ達が内容の打ち合わせでもしているのか身振り手振りで喋っている。
数時間後、ワニ肉を食べ始めた頃に舞台が整った。ちなみにワニ肉は脂が良く乗った鶏肉のような味がした。
そして始まるモコモコ達の劇。
「おぉーーっ!」
その出来は見事と言うしかなく、終わった後に俺は大きな拍手を送っていた。言葉が通じないにも関わらず身振り手振りだけで何が起きているのか何をしているのか明確に伝える技術に感服した。見た目もあって小学生の学芸会程度にしか思っていなかったが彼らの文化力を侮っていた。
劇から伝わった彼らとあの鬼達についてなのだが、あれはダンジョンから現れたモンスターなのだそうだ。
始まりは、ある日局地的な大雨が降って山の一角にて土砂土砂崩れだ。モコモコ達に土砂による被害はなかったが、崩れた場所から大きな穴が現れて奴らが中から出て来て暴れ始めた。
その日からモコモコ達は鬼から集落と縄張りを守る戦いが始まったのだ。
以上が劇を通して俺が知り得た情報である。
劇の余韻に浸っているとモコ長が近づいて来る。
「キュー、キキュ」
俺を見上げ何かを訴えかけ、杖を手放し地面に腹這いになった。
「……分かった。引き受けよう」
それだけで十分だった。窮地に立たされた彼らの一助となれるのであれば断る理由ない。言葉は分からなくても通じるものはあるのだ。
それを別としても、その突然出て来たダンジョンが気になる。タイミングが俺が転移させられたのと近いし、自称神がクラスメイト達をどこにやったのか分からないならもしかするとそのダンジョンに手掛かりがあるのかも知れない。
勿論、ダンジョンの出現に合わせて転移したのはただの偶然という場合もあるしそっちの方が可能性として高い。だけど何の手掛かりもないのだから、まずはモコモコ達を助けよう。
モコ長は俺が頷いたのを見ると起き上がり手招きして場所を移動し始めた。ついて行った先はモコ長の家だろうか、集落の奥にある大きな穴を通れば広い空間を持つ部屋だった。後ろからは杖持ちと槍持ち達がついてくる。
モコ長が土の床を杖で叩くと穴が開いて地下へ続くスロープが現れた。隠し部屋とかカッコいいな。
だが、下に降りたらもっと驚くべき物があった。
そこは上の部屋以上の広い空間となっていて、部屋の中央には大きな台座があり、森を模した模型があったのだ。
本物の土と植物で再現されたこの辺りの山と森の模型は巨大怪獣が暴れる特撮映画のセットのように精密に作られている。土だけじゃなく、川もまた本物の水を流して作られていた。本格的過ぎんだろ。
モコ長が杖の先端で例の鬼達が出て来るダンジョンの位置を指す。
「キュー、キキッ……ケッ」
鬼に対する悪態混じりで身振り手振りで説明するモコ長。どうやらダンジョンとは不思議な場所で周囲の地面を掘っても中に入る事は出来ず、出入りは出現した所から行わなければならないらしい。
つまり正面からのカチコミだな。
で、奥にあるダンジョンのボスを倒せばダンジョンは潰れ、中にいる魔物も一掃される。ただし中の構造がどうなっているのか分からず、敵だらけ。規模によっては数日どころか何週間もかかるらしい。
林間合宿でキャンプをした経験はあるが、そこまで長い期間のサバイバルは初めてだ。だけどそこは集落の戦士である槍持ちモコモコ達がやってくれるらしい。キャンプ道具も何もかも。とにかく俺は敵を殴ってくれれば良いようだ。分かりやすくて良い。
しっかし、誰も入った事のない洞窟へ探検とはガキの頃を思い出す。子供特権で兎に角色んな所に侵入しては怒られて追い出されたっけか。
楽しみだなぁ、オイ!
翌朝、ワニの肉を食って英気を養った俺達は森の中を隠れて移動していた。ダンジョンに挑むのは腕力担当の俺と同じく腕っ節自慢の槍持ちモコモコ五人、頭脳担当の杖持ちモコモコ五人の計十一人。ゲームで言うならグラップラーが一、戦士が五、ドルイドが五の何とも偏った編成である。
取り敢えず一週間分の食料やら色々な物を各人で分散してリュックに背負い、槍持ちモコモコのリーダーの先導の下に俺達は目的のダンジョンの近くまで移動する。
リーダーのモコモコは他よりも黒っぽい灰色の体毛を持つ槍持ちだ。その灰色モコは二人ほど仲間を連れて先行する。偵察らしく、その間俺らは地べたに腹這いになって待機だ。
冷たい地面の感触が意外にも悪くないと思い始めた時、灰モコ達が戻ってきて手招きする。皆、音立てずに進んで行ってるよ、スゲェ。
ダンジョンの入り口は見張りなどおらず、ただ真っ暗な穴が奥へ続いているだけだ。
「よし、行くか」
暗いからといった躊躇しても仕方がない。俺は先頭に立って洞窟内に入る。モコモコ達は槍持ちが二人俺の左右に、その後ろから杖持ち五人、残りの槍持ちが殿として続く。
俺より体格のデカイ鬼達が通るだけあって広くはあるが、明かりが入り口から差し込む光しかなく、それも洞窟を少し進んだだけで届かなくなる。
明かりは杖持ちが鬼火のような火の玉を魔法で作ってくれた。手を近づけても熱くないので試しに掴んで見ると熱くもなければ冷たくもなく、手が焼ける事はなかった。
暗さだけでなく、ダンジョンの中は迷路のようになっているのが面倒だった。だがそれも杖持ちがマッピング作業を行なっている。
いくつもの分かれ道を曲がり、時には行き止まりで来た道を戻る。戻って別の道を進んで行ったその先に、それはいた。
犬だ。中型犬サイズだが体毛がなく肋骨が浮くほど痩せ細った犬だ。拒食症みたいな外見だが、食欲は旺盛なのか涎を大量に溢し床を汚していた。
犬は俺達を見るや躊躇いもなく突進してくる。見た目の貧弱さからは想像も出来ない力強い疾走だが、灰モコと槍持ちの三人の方が素早い。
槍持ちが両側から犬の両足を斬り払い、前のめりに倒れる犬の頭部に灰モコが槍の先端を突き刺した。
「カッケー……」
モコモコしたモコモコなのに動きが機敏だ。チームワークも良い。灰モコが舌打ち程度の短い鳴き声だけで他の二人が動くのも訓練された兵士って感じで渋い。
欠点は力の無さと武器の貧弱さか。犬の足を斬った時も切断じゃなくて健を斬った程度だし、頭部を刺したのも相手が倒れる勢いを利用したものだった。
武器の槍も木の棒に削って尖らせた石を蔓で縛っただけだ。根元から取れないか不安だ。
「ガアアアアアアァッ!」
犬の死体を通路の端に移動させると、奥から例の鬼が現れた。腰蓑スタイルで石の棍棒を持った、今までのと変わりないあの鬼だ。金太郎飴みたいな奴らだな。
雄叫びを上げながら棍棒を振り上げ突進してくる鬼。武器は同じ石器だが重量と厚みが違い、体格からのリーチさ。何よりあの分厚い筋肉では非力なモコモコの石槍は傷をつけれても効果は薄い。
だからまあ俺が頼られた訳だけど。
「フンッ!」
四体目で慣れてきた俺は突進してきた鬼を右ストレートの一撃で仕留める。図体デカくても動きが単調過ぎる。
犬と鬼を退治して探索を再開する。すると先頭を歩いていた灰モコが不意に足を止めた。杖持ちの一人も呼んで通路の床や壁を指差しながら何か話している。どうやらトラップがあるらしい。
「あっ、そうだ。ちょっと待ってろ」
俺は来た道を戻って犬と鬼の死体を運んできて、トラップのある通路に向かって二つとも時間差で投げる。
すると最初に投げた鬼が壁からいきなり生えた槍によって串刺しになり、続く犬も串刺しった鬼の横を通過しか後にいくつもの槍に刺し貫かれる。
少しすると槍は後退して小さな穴の中に戻って行き、通路には鬼と犬の死骸だけが残る。
何だかモコモコ達の視線を一身に集めている気がするが、それは兎も角トラップの正体は知れた。
「あの速度なら行けるな」
「キュッ!?」
トラップのある通路に向かって歩く。何がスイッチなのか分からないが特定の位置を通ると壁の穴から対応する槍が飛び出す仕組みらしい。
で、槍を出て来た瞬間に柄の部分を掴んで止める。
「フンッ!」
ついでに引っ張って限界まで引き出した後、根元に手刀を叩き込んで折る。
折った槍は刃の部分が鉄で棒がやたら硬い木で出来ていた。
「これ、武器に良いんじゃねえか? なあ?」
後ろを振り返るとモコモコ達が口を開けて身動き一つせずにこっちを見つめるだけだ。もう一度声をかけると灰モコが最初に正気に戻って首を縦に動かす。
「じゃあ、全部取っちまうか」
近づけば飛び出してくる槍を掴んでは引っ張り根元から折っていく。トラップ全てを折って回収すると二十本弱程の数になった。モコモコ達の慎重に合わせて柄を短く折って槍持ち達に持たせ、余った分は交換用として俺が持とう。
「それじゃあ、先進もうぜ」
「キ、キュイ……」
新装備を手に入れたモコモコ達と共にダンジョンの奥に進む。似たようなトラップと度々遭遇するが落とし穴は飛び越えて矢とか槍とか出て来るのは壊し、毒霧が出るのは杖持ちが封じるか無効化する。
それと鬼も出たので殴り倒す。こいつら、どこからか勝手に湧き出るらしくダンジョンの道案内をさせようにも言葉が通じない以前の問題としてただこっちに向かって襲いかかって来るのだ。
暫く進んで行った行き止まりに突き当たる。一瞬、うんざりとしたが、地面に宝箱が置いてあった。
一目見ただけでもこれは宝箱だと誰もが思う、そんな箱があるのだ。怪しいを通り越して笑えてくる光景だ。
無粋だと分かっていてもゲームのダンジョンの宝箱は一体誰が用意したのか気になる。こと現実として目の前にあると余計にだ。地面から生えてくるのか、裏方がいるのか。
取り敢えず、鬼から奪った石の棍棒を宝箱に向けて思いっきり投げる。命中して蓋の金具が壊れて後ろに倒れた。直後、天井から杭が伸びた。
「刺すの好きなのか? このダンジョン」
天井の中に戻っていく杭から宝箱に視線を移すと、倒れた拍子に開いた蓋から中身が飛び出していた。見たところ短剣だ。
割れ物だったら諦めたが、中身が無事なら回収しておこう。色々やって反応を確認したが罠は天井からの杭だけで、その杭も宝箱の高さまで届かない。
モコモコが四つん這いで行けば十分に通れるし、そもそも速度なら二本足より四本足で走った方が速いモコモコであった。
槍持ちの一人が回収してきた短剣だが、俺の物になった。一人だけ自前の武器が無いかららしい。背負った槍も使い捨てのつもりだったから、素直に受け取る。
すわ魔法の短剣かと思って試しに鞘から抜くと普通に鋼色の刃で素振りしてみても何の変化もない。普通の短剣のようだった。ゲームで宝箱を開けたら近くの街で既に購入した武器だったみたいな残念感がある。
肩透かしを受けながら、来た道を戻って先を進む。このダンジョン、分かりやすい階段は無くて緩やかな斜面を降りる事で下に行くようだ。
で、あからさまにここが主道路とでも言うように広くて奥が真っ暗で見えない坂道を下った先にあった広いスペースに到着すると、団体さんが居た。
鬼の集団で二十はいるだろうか。石の棍棒を持った奴だけでなくリーダー格なのか一回り体が大きい奴がいた。腰蓑ではなく毛皮を体に巻いており、武器は刃が金属の斧を持っている。
「オゴラァァアアアアアアッ!!」
「うるせェ!」
広いとは言え洞窟内なのでやたらと声が響く。叫ぶ斧の鬼の声が煩いので背負っていた槍の一本を投げつける。
槍投げなんてした事ないので槍はクルクルと回転して柄部分が斧の鬼の顔に横向きで命中する。
「……ガァアアアアアアッ!」
「アァァン!? やんのかゴラァ!」
首が後ろに仰け反った斧の鬼が怒りの声を上げて襲いかかって来る。他の鬼達も続いて群がって来る。
俺は背負っていた残りの槍を地面に転がす。ただでさえ足場がデコボコしているのに加えてそんな障害物を撒かれてしまっては原始人な鬼の連中も走りにくいだろう。そうやって相手のスピードが緩まったところでこちらから殴りかかる。
「フッハァー!」
真っ先にリーダー格の顎を殴ってカチ上げる。高く後ろへと吹っ飛んだ鬼の口からは歯が折れたのか青い血が飛び散って行く。
「かかって来んかいブサメンがぁ!」
言葉の意味を理解していないだろうが馬鹿にされたのかは分かったのか他の鬼共が正に鬼の形相で殴りかかって来る。そこに地面に転がった槍の木製の柄から植物の蔓が突然生えて鬼達の動きを止める。続いて槍持ち達が新しい槍を構えて縦横無尽に跳ね回って鬼達に攻撃を仕掛けた。
石の槍よりは効果はあるようだが致命傷には至らない。けど鬼達の注意を引きつけ時間を稼ぐには十分だった。
その間に俺が殴って鬼達を仕留めて行く。即席ながら見事なチームワークによって俺達は鬼の群れを殲滅していくのだった。
我らダンジョン攻略チームはそれからも遭遇戦に置いて負け知らずで進んで行く。ただし迷路には迷うのでマッピングしながら地道に、そして罠には慎重に対応した。
「ほーら、鬼回避ー」
罠らしく場所に向かって道中倒した鬼を放り投げる。鬼の体が地面に触れた瞬間、パカリと地面が開いて鬼が落ちていった。
開いた穴に近づいて見下ろすと、底には杭が何本も突き立っており、鬼が串刺しになっていた。
「コテコテだな」
定番と言える落とし穴だが、底に近い側面に横穴があるのを見つける。
俺は杖持ちに頼んで閉まる為に動き出した蓋を植物で固定してもらった上で体にロープを巻き、端をナイフに巻いて壁に突き刺した上で槍持ち達に支えて貰う。
「パッと見てパッと帰って来る」
命綱を装着した俺は穴に飛び降り、壁を蹴り下りながら横穴に着地する。
トラップの中の隠し通路とくれば、その先にあるのはやはり宝箱だった。それも最初に発見したのと比べても箱そのものの質が段違いだ。
俺は考古学者で冒険家なヒーローが出て来る映画を代表する曲を口ずさみながら宝箱に近づく。すると宝箱の後ろの壁がいきなり巨大な顎になって俺に噛み付いてきた。
「まあ予想はしてた」
だって壁の色が違ったし。
噛み付かれる寸前に顎を掴んで押さえつける。その間に足元の宝箱を横に蹴り転がして宝は確保。後ろに軽く跳びながら手を離し、目の前で顎が勢い良く閉じた瞬間を狙って壁から生えた顎を殴って黙らせる。
大人しくなったところで壁から引き剥がして落とし穴の方へ投げ捨てる。
さて、邪魔物がいなくなったところで息を止め宝箱を後ろから開ける。……何も起こらなかった。
罠無しと確認できて漸く中身を見ると、兜が入っていた。
素人目から見ても分かる。これは良い物だ。早速装備--させよう、モコモコに。
下で串刺しになった口の怪物を足場にして上から垂れたロープでスイスイと上に戻る。
「戻ったぞー。はい、おみや」
一昔の飲み屋の土産を持って帰宅した企業戦士が母の味とは別の美食を求めて玄関前に迎えに来た息子に渡す感覚で、一番近くにいたモコモコである灰モコの頭に被せる。
「キューーッ!」
歓喜の声を上げる灰モコ。次の瞬間、灰モコの体が光ったかと思うと体毛が銀色になって体が一回り大きくなった。
「ギョエーーッ!」
「うん――うん?」