第二十九話
突然情緒不安定になった蓮を置いてミハエルさんが待っているサロンへと向かう。その途中、向かい側から歩いてくる男の姿を発見した。お互い相手に気付くと立ち止まる。
「おはようございます、青木先生」
「ええ、おはようございます、犀川くん」
こっちの世界の格好をしているが彼は蓮達中学生クラスの担任教師だ。背は俺の方が高いが何か運動をしていたのかがっしりとした体格をしている。
第一印象として体育会系に見える中学教師だが、その顔には疲れが見えた。
「目の下に隈ができてますよ」
「ああ、これは……みっともないところを見せてしまいましたね」
「いえ、担当しているクラスから死人が出たんですから仕方ないですよ。すいません、彼を助けられなくて」
ダンジョンモンスター内で死亡した男子生徒。それについては帝都に到着した後に伝えた。
青木先生は二十代後半に入ったばかりの若い教師でクラスを担当するのも今年度が初めてだったらしい。
初担当でクラス丸ごと転移な上死亡者が出たとなるとその心労は計り知れないだろう。
「伊藤くんが亡くなった事は非常に残念ですが、それに犀川さんが責任を感じる必要はありません。イベルト伯爵の件は生徒達からも聞いています。犀川さんがいなかったら、もっと多くの犠牲者が出ていました。ありがとうございます」
「俺だけが助けた訳じゃないですよ。他の生徒達の様子は?」
礼を言われるとむず痒い。俺としては満足のいく結果ではないから尚更だ。話を逸らす意もあって、居残り組の生徒達について聞いてみる。さっき裏で会った農業少年は自身が受けたショックをどう処理していいのか分からず、とにかく何かして気を紛れさせようとしていた。
「日本どころか外国でさえもない。そんな実感をようやく持てたようです。良くも悪くも夢から目が覚めたと言うべきか。中には部屋に引きこもってしまった生徒もいて、ちょうど今から様子を見に行くところだったんです」
「そうだったんですか。すいません、呼び止めて」
「いえ、大丈夫ですよ。犀川さんこそ、目立ってしまって大変でしょう。愚痴ぐらいは聞けるので、気軽に話しかけてくださって結構ですよ」
若いながら出来た先生だ。ウチのクラスの担任は……今年度が最後のお勤めだったが、大丈夫だろうか。急に不安になってきたな。流石にクラスの連中に捨てられてないとは思うが。
青木先生と別れ、俺はミハエルさんが待っているサロンに到着する。中ではミハエルさんが座って待っていた。
「すいません、お待たせしました」
「いえ、こちらこそ呼び立てて申し訳ない。さあ、どうぞお座りください」
促されるままテーブルを挟んだミハエルさんの向かい側の椅子に座る。テーブルの上には陶器のポットに透明なガラスのコップが置かれ、懐かしい匂いがした。
「こちらメシューレでよく飲まれている大麦の種子を煎じたものです。転移者の方々からムギ茶と呼ばれていたので、トモヒコさんも飲みやすいでしょう」
軽く一口飲むと、口の中を通じて香る匂いと味は確かに麦茶だ。男子中学生が裏で育てていた作物といい、俺達の世界との環境の違いはそうないのかもしれない。
「では、本部で確認できたことを伝えます。結果だけを言うと、残念ながらトモヒコさんのご学友の情報はありませんでした」
話し始めた時点のミハエルさんの表情で察しはついていた。期待していた分残念ではあるが、逆に言うとメシューレ教会の権力下内にいないという情報が手に入った訳で決して無駄ではない。
「転移者を隠していそうな場所とかありますか? それと、確認の取れていない地域とか」
「はい、最新の確認情報は聞いて起きました。すいませんが、カップはこっちに」
俺の質問は予想されていたらしい。ミハエルさんは麦茶のポットやカップを配膳用ワゴンの上に移動させると地図をテーブルの上に広げた。
この大陸の一地帯の地図らしい。
「こことここ、それにこの国では転移者が出現したと目撃した情報があるのですがすぐに兵士に連れて行かれてしまって詳しい情報がありません。それとこちら、聖域があり転移者が出ていてもおかしくありませんので可能性はあります。聖域という条件なら西にもあるんですが――」
「…………」
一応聞いてはいるが、細かい部分が頭に入ってこない。ぶっちゃけ歴史も地理も苦手だ。
デラック帝国デカイなぁ、とか西側国が一杯あるな程度で名前とかが覚えられない。それなのに情報まで付随されるとちょっと訳分かんなくなる。そもそも文字が読めない。
「あ、後でニホン語で誰かに書いてもらった後に地図を差し上げます」
「お手数おかけしますが、それでお願いします」
察せられてしまって少し恥ずかしかった。
詳しい話は別として地図を丸め直したミハエルさんが少し言いづらそうに話を続ける。
「トモヒコさん改めてお願いしますが、ご学友の方々を探しに行く前にメシューレ教の本部に一度立ち寄ってもらえませんか?」
「一度は寄ろうと考えてました。お世話になってるわけですし。でもいきなりですね」
「こちらの事情に振り回すようなので恐縮ですが、教会本部ではトモヒコさんの事が噂になっているのです」
「噂にですか?」
「存在が確認されていましたが長年倒せなかったダンジョンモンスターを攻略し、イベルト伯爵の事件も解決した人物として既に本部で名を知られているのです」
帝都に戻ってまだ三日目なのに早い。魔法による通信ができるようだが、それにしては何で有名になっているのか。
「俺はただブン殴ってただけで、伯爵のは皆を保護して戦ったのはベニオとミハエルさん達でしょう。ダンジョンモンスターもクラル達が長年諦めず生き抜いたからであって」
「彼らの力があってこそなのは分かっていますが、貴方単体でも十分に評価に値します。それに、本部で焦りが見えました」
「何かあったんですか?」
「大事件と言えるものはまだ何も。ただ全土に不穏な気配が漂っています。それはデラック帝国でも同じです。本来ならここよりずっと南の砂漠地帯で活動していた岩窟王虫は自分の縄張りを離れ、しかも執拗にモンスターを吐き出しながら帝都に向かっていたとなれば意図的なものを感じます」
デラック帝国の第二王女フェイリス・デラックがモンスターの群れを倒すために遠征していたが、そのモンスター達は岩窟王虫内部から吐き出されたものだった。
他所からの怪物がわざわざこっちに来てまで暴れまわるとなったら警戒するのも当然か。
「あのまま皆さんが岩窟王虫を倒さなければ帝都に大きな被害が出ていたでしょう。このように今までなかった事態が世界規模で起きています。まだ火種は小さいですが、一歩間違えれば大惨事になる。曖昧だった神託が現実味を帯びてきた」
「だから慌てていると?」
「ええ。神託に半信半疑だった国々もそれを解決するために喚ばれた転移者を確保しようと躍起になっています。トモヒコさんに大臣が会いに来たでしょう?」
昨日、俺とベニオはこの国の大臣と面談した。何でもダンジョンモンスターの討伐やイベルト伯爵の件での褒賞について話し合いと言っていたが、そんな事で一国の大臣がわざわざ異邦者に会うわけがない。
実際、〈言語理解〉持ちらしい文官が通訳してのテンポの遅い会話ながら俺やベニオがこれからどうする予定なのか、どんな技術を持っているのかと若干遠回しに聞き出そうとしていた。
「でも無理に引き止めるようなことは言ってませんでしたね」
他の転移者と比べて部屋のグレードが高かったり専属のメイドが付いていたりして露骨な帝国アピールを受けてはいるが。
「それは大陸の中でも有数の国家であるデラック帝国だからです。余裕があるんですよ。切羽詰まった国の中には何をしても、と考える国があるかもしれません」
確かに災害に対処できる人物がいるのなら確保しておきたいだろう。それに加え、そいつらの力を使えば逆に他人に災いをくれてやることもできる。
「何かが確実に起きている。いや、今でさえ前兆なのかもしれません。お気をつけ下さい。魔は当然ながら国にも人にも」
そうやってミハエルさんは暗に忠告するのだった。
その言葉は、この先跳ね除けなければならない障害が今まで戦って来た怪物達だけでなく人が相手だという予感を俺に抱かせた。
ミハエルさんと今後の予定について話を終え、俺は自分に宛てがわれている部屋に戻った。
ドアを開けた瞬間に中から物音がした。不審がって音がした方を見ると、蓮がいた。転げ落ちた状態で。
逆さまになった蓮はベッドのシーツまで巻き込んでおり、その上服がちょっと乱れている。
慌てて立ち上がる蓮。そして聞いてもいないのに喋り出す。
「こ、これは違うんですよ! いやホントに! トモセンパイが戻って来るまで暇で、スマフォも充電心許ないしネットにも繋がってないし時間潰せなくて、そうしたらウトウトしちゃって気付いたら寝ちゃってたんです!」
「誰も聞いてねえよ」
蓮を放置して、俺は荷物をテーブルの上に広げる。モコモコ達の所から色々と巻き込まれたが、中身は消耗品以外変わっていない。その消耗品も少し減っただけだ。
「な、なにしてるんですか?」
「荷物の整理。明日にはここ出るから」
「ええっ、明日ですか!? 早くないですか?」
「あんまダラダラしてもな」
デラック帝国に脈ありだと変に勘違いさせたくもないし。最近物騒らしいから変にゆっくりしていると移動もままならなくなりそうだ。
荷物の中、魔法のコンパスを掴む。これならクラスメイト達の行方が分かる筈なのだが、ベニオ曰くこちらに来てからの情報が足りないらしい。要は僅かな足取りでも掴めなきゃ無理だという事だ。
「ちょっと早くないですか? もう出発するなんて。普通ならボス戦後なんだからゆっくりしてイベント消化したりレベル上げする準備フェイズですよ? もっとダラダラしましょうよ。今なら私の好感度も上がるよ!」
「だから今準備してんだろ。そういや、あいつ保存効きそうなの持ってないかな」
一人だけ別ゲーやってる男子中学生はこっちの世界の野菜を大量に作っている。と言っても、ほとんど地球と変わりなかったが。俺は料理とか詳しくないが、あいつなら干し肉とか乾いたパン以外の道中食う食べ物を知っているかもしれない。漬物とか味噌が欲しいが、流石に無理か。
「ちょっとセンパイ、無視しないでくーだーさーいー。クラルさんや鬼女とかとお話して親睦増そうとか思わないんですか!? あっ、知ってます? ここの第三王女のチェルシーちゃんってお人形みたく可愛いんですよ。会いたくてありません」
人の背中に張り付いて暴れる蓮を襟首掴んで引き離し、猫の子供みたいに宙ぶらりんに持ち上げる。
「しつこいな。というか何で女の名前ばっかりなんだよ」
「センパイこそなんで男ばっかりと交流してるんですか? ホモなんですか? ダメですよ非生産的な!? どうせなら生産的なことに興味持ちましょうよ!」
「同性でツルんでるだけなのにそこまで言われる筋合いねえっつーの」
「わーん! トモセンパイのED!」
「お前マジで訴えるぞ」
蓮は俺の手から逃れると泣き真似しながらドタバタと部屋から出て行ってしまった。
「あいつは何がしたいんだ?」
蓮が散らかしたベッドのシーツに汚れがないか念の為に確認してから綺麗に直す。
あいつのゲーム脳はともかく、挨拶は……別にいいか。昨日今日顔合わせたばっかりだし、クラスメイト達を探す目処がつけばすぐに行くつもりだと言ってある。
中学生達は帝都に残って訓練を続け、農業少年のように雇われ職人か武器を持って未だ見ぬ脅威に戦うかは本人の自由意思で選ぶそうだ。この国が中学生達を利用しないとも限らない、というか絶対するだろう。ただ、良くも悪くもビジネス的なドライさを感じたので酷い事にはならないと思う。
ダンジョンモンスターの中にいたクラル達は希望者が居ればデラック帝国の民となるか、故郷へ戻るか。後者は帝国が使者を当国に送っているのでその返事待ちらしい。
それで後は……ブリジットか。あれなら地下牢だ。普通に犯罪に加担してたから当たり前だが。
岩窟王虫での活躍もあって待遇は悪くないらしく、暇潰しの刺繍まで許されていた。本人は腹違いの兄であるイベルト伯爵に粛々と従っただけで特に危険な思想はしていない。それに伯爵の手がモンスターの物になり青と赤がまだらコアの原因など知るのに重要な情報源でもあるし、協力的である以上大丈夫そうだった。
「さっきレンが走り去って行ったけど、どうしたの?」
何かやり残しがないかと考えているとベニオが部屋を覗きに来た。そういえばこいつの問題もあった。
「明日にはメシューレ教会に向けて出発する。お前はどうする?」
「私も行くわ」
「俺に付き合うよりここで記憶探しした方がよくないか?」
「無言の勧誘が鬱陶しいのよ。それに、私は色々と見て回る方が好きなようだし」
「ふうん……何か思い出せたか?」
「いいえ」
「そうか。まあ焦っても結果がすぐに出る訳じゃないからな。それより、一緒に行くなら準備はしておけよ。注文あるならミハエルさんに言えばいい」
ベニオは頷くとさっさと部屋を出て行った。
そもそも物が少ない俺は暇を持て余しつつ部屋で怠惰に過ごす。また戻ってきて騒ぎだすかと思った蓮だが、その日はそれから顔を合わすことはなかった。
翌朝、俺は城の門前で馬車を一台受け取った。それを牽く馬が二頭も一緒だ。
朝日が昇り始めた早い時間、冷たい空気を吸い込みながら欠伸をしながら馬を見上げる。親父に付き合い競馬場に行った事が何度かあって、親父は馬券の予想の為に熱心に馬を観察していた。
親父が言うには良い馬は顔つきも良いらしい。ふわっとした曖昧な根拠だ。なので俺もこうして二頭の馬を見ているわけだが、ダメださっぱり違いが分からん。
「私もご一緒にできれば良かったんですが、ここでの仕事があります」
「いや、ミハエルさんには世話になりっぱなしで」
「私に出来る範囲までのことをしたまでです。お礼を言われるほどではありません」
馬車と荷物や食料を帝国に手配して積み込んでくれた時点で十分礼を言われることだと思う。
「もう出発するなんて、本当に行動が早いわね」
「…………」
見送りにはミハエルさんとどこから聞きつけたのかクラルとアスノッドが来ていた。
クラルは多少呆れているが、アスノッドは俺の行動にただ頷くだけだった。
「エリュシアールに来たら是非訪ねてきてください。一族一同で歓迎します」
エリュシアールと言うのはクラルの生まれ故郷らしい。砂漠に囲まれた国で岩窟王虫も本来はその砂漠で活動していた。
その国にも転移者がいるようだが、生憎と俺のクラスメイトではないようだ。
「いや、俺よりもそっちにいる転移者を気にかけてくれ。なんか学生ばっか送られてるみたいで不憫だしよ」
「それは勿論、気にかけておきます」
「…………」
「ありがとな」
アスノッドからも任せろと返事が来たところで俺は馬車に乗り込んで手綱を握る。
「それじゃあ行ってくる」
「お二人なら大丈夫でしょうが、道中お気をつけて」
「また会いましょう三人とも」
「…………」
馬車が動き出し、城門から離れて行く。チラリと後ろを見れば、閉まり始めた門の向こうには三人が最後まで見送っていた。
朝早くと言うのに外に出て働き始める人々の横を通り帝都の城壁のところまで到着すると、既に門が開いていて外から人を受け入れていた。
出口側はまだ誰もおらず、特に時間をかけることなく馬車は門を通ってとうとう帝都の外へと出た。
「馬車扱えたのね」
少しして隣に座るベニオがそんな事を言ってきた。
「いや、初めてだけど。行きたい方向に手綱を引っ張ったりすればいいだけだろ?」
「……私がやるから代わりなさい」
「えぇ……まあいいけど」
ベニオの目がマジだったので仕方なく手綱を渡してやる。それが原因ではないだろうが、石でも踏んだか馬車が一度縦に触れる。
「いたっ」
「…………」
「…………」
ベニオと無言で顔を見合わせる。そういや、クラルが三人でどうとか言いながら悪戯っぽい微笑を浮かべていたような気がする。
ベニオは呆れて肩を竦め関係ないと言わんばかりに正面を向いた。仕方なく、帆の貼られた馬車の中に入って、ミハエルさんが帝国に用意して貰った食料やら野外キャンプ用の道具の詰まった袋などを持ち上げる。
荷物同士の小さな隙間に空間に入って布で身を隠した蓮がそこにいた。
「…………」
「…………」
「……来ちゃった、てへっ」
「帝都まで届くかどうか試してみるか」
「届くってなにが--あっ、いや分かりました理解しました! だから私を持って振りかぶらないでくださいごめんなさーい!」




