第二十七話
巨大蚯蚓のダンジョンモンスター内部にいたボスは足がワームになった蛸だった。ブヨブヨとした体に丸い凶悪そうな赤い目。不揃いな鋭い牙を無数に持つ口。
趣味の悪いダンジョンに相応しい嫌悪感を抱く外見だ。まあ火を吹く女を投げつけてやった訳だが。
「わー、ヒドい男だなー」
特に何も思ってなさそうな棒読みで蓮が呟くのを無視して俺は駆け出す。
ボスの眼前ではブリジットが炎を噴出させているがこれで焼きダコになってくれているかは怪しい。現に足のワームは元気に動いて炎の中に突っ込みブリジットを払い落とそうとしている。そのブリジットは炎の中でボスの眉間に鋭い爪を突き立てて肉を抉ろうとしている。アレはもう猛獣か何かの類だろうか?
なんであれブリジットの攻撃はあまり効いていないようだ。
俺も加勢する為に飛び出した訳だが、隣を走るのがいた。アスノッドだ。手には鉈を持っている。
接近する俺達に気付いたかワームの数本が襲い掛かって来る。
正面から来たのをジャンプして避けてその上に乗り道代わりにする。横から来たのは殴ってどかす。
人が地味に走ってる横ではアスノッドが羽でも生えてるみたいに軽やかなジャンプでワームの体を足場にピョンピョン跳ねながら鉈で過ぎ去り様に切り裂いていく。鉈の周りには風が渦巻いてワームから出た青い血を霧に変えていた。
「あぐッ!?」
呻き声が聞こえたので顔を上げればブリジットがワームに巻き付けられて拘束されていた。炎で抵抗をしているが、ワームは悲鳴のような声を上げつつもブリジットを離さない。
ボスの顔を見てみても、多少焼けてはいたようだったがあれだけの炎を浴びたにしては軽傷だ。
ブリジットがワームに締められていると後ろから多数の矢や魔法、スキルでの攻撃がボスに降り注ぐ。
後ろを見るとボスから少し離れた場所で固まる一団がいた。何かバリアみたいな半透明な膜がドーム状に彼らを包んで、ワームの突進から皆を守りつつ中からの攻撃は通している。
そのバリアはズルくないか?
「何ですかこのバリヤー!? チートですよチート! まさかのチートキャラはベニオさんだった!?」
「ちょっと静かにしてちょうだい。これ、一人で維持するの大変なんだから」
バリアはベニオの仕業らしく、一方的に攻撃できる事に蓮はテンションを上げて光輪を投げまくっている。ベニオが任せろとか何とか言っていたが、そんなバリアを持っていたとは。
ある意味要塞となった場所からの攻撃に耐えられなかったかワームがブリジットを手放した。どうやら助けに入る必要はなかったようだ。
緩めていた走りを戻してもう間もなくボスの足元というところで、タコ型のボスが全身から紫色の煙を吐き出した。
瞬く間に空間内を毒霧で満たされた――が、
「臭ェんだよこのタコがァ!」
俺にはその毒は効かずせいぜいが臭い程度。その苦情を怒鳴りつつボスの体に下から拳を叩き込む。毒息はベニオ達の所にはバリアに遮られ、ブリジットは炎で壁を作り毒を焼却、アスノッドは風を纏い受け流す。
そして毒が効かない俺の一撃は空気を震えさせ、ボスモンスターの体が大きく凹んで浮いた。口から青い血を吐き目玉が飛び出る。
「……駄目か」
反撃とばかりに鞭のように襲いかかって来たワームの体当たりを腕を払って防ぐが、重さに負けて体をぶっ飛ばされた。
殴った感触は分厚いゴムだった。この手の生物のお約束と言えばお約束だが骨が無くて矢鱈とタフだ。それに表面からはワームになかった粘性のある液体が汗のように出ていてそれが衝撃を吸収するだけでなく、バリアの中から放たれる各種魔法も防いでいるようだ。ブリジットの炎もこの体液で減衰させたのだろう。
飛んでくる矢やアスノッドの鉈の刃物もまた体液とゴム質な皮膚で上手く刺さったり切れたりしない。
軟体生物はこれだから邪神の外見やモンスターパニック物の怪物に採用されるのだ。
しかし、こうも攻撃が効かないと厄介だ。どうやって倒そうか。
襲いかかるワームを殴って避けていると、クラルがモンスターの骨の矢ではなく鏃が長く鮫の歯みたいにギザギザな矢を弓に番えていた。
クラルが何か叫びながら矢を放つ。矢は放たれた瞬間に鏃の下から炎を噴射させてロケット花火の如く飛翔する。噴出する炎が翼と尾に見えてまるで鳥だ。
火の鳥は巨体の割に小さく脂肪に埋まっているような目に向かう。俺が殴った影響で目玉と目の端に僅かな隙間があり、火の鳥は正確にその隙間へと突っ込む。
中にまで貫通したと思った瞬間爆音が聞こえてボスの頭部が膨らんだ。中で爆発したのだ。
だが膨らんだ頭部はすぐに萎んで射抜かれた目と大きな口から煙を吐いた。
雄叫びを上げて脚のワームをしっちゃかめっちゃかに動かし暴れる様子から効果はあっただろうが致命傷ではなさそうだ。それによく見てみれば今まで付けた傷のうち、小さな物は段々と再生していくのが目の端で捉える事ができた。
…………これってさぁ。
「クッソ面倒臭ェェェッ!!」
左右から来たワームの胴体を手で受け止めて掴み取ったままボス本体を蹴り上げる。ボスの頭が天井にぶち当たって互いに大きく凹んだ。
物理攻撃がほぼ無効で魔法も半減? 漫画でそういう攻撃無効なボディを持った敵キャラとか出て来て主人公を苦戦させるとかあるけどその苦労がよく分かるわ! こんなの超面倒臭い! こっちは漫画の主人公みたいに逆転の一手を思い付くような頭も運もねえんだよ。
「こうなったら殴りまくるしかねえじゃん! 面倒な!」
ワームを引っ張り床に落として叩きつける。続けてこっちに引き寄せ、近づいて来たところで殴る。血反吐を吐いたボスが雄叫びを続けてあげる。
「気をつけて、仲間を呼んでるわ!」
クラルの声が聞こえた。仲間ってもしかしてと思ったすぐそばに足に痛みを感じた。床から現れたボスとは繋がっていないワームに足を丸齧りされていた。
「お前タコの親戚かよ!」
噛まれている足から力を抜いて直ぐに力を決めて床を踏みワームを弾けさせながら周囲を見ると、壁や床、天井から無数のワームが顔を出し、揃いも揃って俺に凶悪な口を向けていた。
そこに空中からアスノッドが飛び込んできた。
「…………ッ」
彼が鉈を大きく振り回すと突風が発生して周りのワーム達が切断された。
「もう一発ゥ!」
アスノッドが雑魚を掃除してくれている間にもう一度拳をボスに叩き込む。さっきよりも凹んだ。
何か段々とダメージ通すコツが掴めて来た。次で多分良いのが入る。
俺が拳をより強く握っていると、ブリジットが火の玉となって再びボスに張り付き、クラルの矢によって目玉を失った眼孔に腕を突き刺して内部へと火を送り始めた。
より一層激しく暴れまわるボスを引っ張って繋ぎ止めながら、俺は拳を振るう。
拳が命中した部分から水面の波紋のようにボスの体表がたわんで反対側まで行った瞬間、そこが弾けて中で暴れまわっていた炎が噴出した。
掴んでいたワームの体から力が抜けていくのを感じる。それは戦っていた全員が感じ取ったのかあれほど撃ちまくっていた後方も手を止めて傷口から残り火で焼かれるボスの巨体を眺めている。
その巨体の中心、人で言うところの眉間部分から青色の丸い物体が出てきて、ボスの死体の上を跳ねながら落下する。
俺は掴んでいたワームを離して落ちてきた青色の球体、ダンジョンコアを受け止める。
俺が前に倒したオーガのボスから出てきたダンジョンコアよりも大きく、人の胴体ほどあった。
その大きさはまるで今まで食ってきた生物の栄養で成長したかのようで、何となく気持ち悪いと思いつつ指先で回転させながら皆の所に戻る。
「漸く終わったよ。ったく、厄介なタコ野郎だった」
「傍目からは一方的にボコってたようにしか見えなかったんですけど?」
戻ってきた俺に蓮が呆れた表情を見せた。一体どこが一方的なのか。ワームにボカスカ殴られたぞ俺は。
「でもこれで漸く脱出できますね。そのダンジョンコア、どうするんですか?」
興味深そうに蓮がダンジョンコアを見上げる。蓮だけでなく、かなり視線を集めており、特に王女と騎士達の視線が凄い。
俺は蓮の後ろで若干疲れた顔をしたベニオに視線を送ると、彼女は小さく首を横に振った。ベニオならダンジョンコアをシティコアにできるがここでするつもりはないらしい。コアの操作ができるのは闘技場での事件でバレているが、だからって衆目の中で進んで行うつもりはないようだった。
「んーー……アスノッドはいるか?」
倒して出てきたのを流れでキャッチしたは良いが、こんなの手に入れても使い道がないし取説知ってるベニオも断った。となるとアスノッドに渡すか。
「…………」
アスノッドも要らないらしい。となると残ったのは王女率いる帝国騎士団である。と言うかさっきから凄いガン見されている。
「……じゃあ、はい」
ダンジョンコアをアンダースローで騎士達の方に放り投げる。騎士達は武器を手放し慌てて受け止めようとして、何人かがダンジョンコアの下敷きになった。
すっごいはしゃぎ始めた帝国の人らを眺めていると不意にダンジョンが揺れた。
「地震ですかね? 震度三ぐらい」
「いや、ダンジョンが崩壊してんだろ。前もそうだったし」
「崩壊」
「そうそう。あの時は急いで逃げたっけな」
「へー……そんな懐かしそうに言ってる場合じゃないですよ!」
蓮をはじめ中学生達が慌てふためくが、現地人である騎士や集落の者達は揺れるダンジョンに足を取られそうになるも揺れ自体にはさして驚いてもいない。
モコモコ達とオーガのダンジョンを攻略した時は急いで逃げたが、一気に崩壊する訳でもなく別段急いで逃げる必要なないようだ。それに空間が曲がっているダンジョンモンスターの内部で下手に動く方が危ないのかもしれない。
「落ち着けよお前ら。それでも地震大国出身かよ」
「それとこれとは話が別ですー!」
「何でそんな煽り気味なの?」
少なくとも余裕はありそうだった。
揺れが一定のものになると肉壁に変化が起きる。風船から空気抜けていくみたいに萎みはじめ段々と沈んでいったのだ。
次第に揺れがおさまって止まる頃にはあの気色悪い肉壁は消えてなくなり、代わりに床や壁を構成するのは黒ずんだ硬い何かだった。
恐らくはダンジョンワームの外殻の内側だ。ダンジョンという機能を失って中身も一緒にごっそりと失くし、外皮だけが残ったんだろう。
「∀◎⊥∃ッ!」
クラルは何か大声で言うと集落の者達が慌ただしくなる。六十年だったか、漸く外の世界へ出れるとなると動揺するのも無理はない。
世代交代でここしか知らない世代もいる。未だ実感がない彼らを一瞥し、俺は壁の前に移動する。
外皮は蛇腹となっていた。それを確認して視線を下ろすと、アスノッドが同じように壁を見上げていた。
「…………」
二人してちょうど繋ぎ目の所に立っていた。互いに頷き構える。
「……せー、っの!」
掛け声で繋ぎ目の内側を二人同時に蹴る。内側からのインパクトに外皮は吹っ飛ぶ。
直後、眩しい陽の光と新鮮な空気が飛び込んできた。
後ろからどよめきが聞こえる中、俺は一足先に外に出て空気を吸う。ちょっと埃っぽいが確かに外だ。
ダンジョンモンスターが暴れたのか周囲の地面は荒れているが離れた場所には緑豊かで草原となっているらしい。
「そーとーだーっ!」
まず蓮のはしゃぐ声が聞こえて中学生達が外に駆け出す。現金な連中だ。一応、注意をするがなんだか引率の教師になったようで変な気分だ。
「ここがどこだか分からないんだからあんまり遠くに行くなよ!」
「はーい」
返事だけは良いな。
呆れていると、騎士達が周囲を見回して何か言っているのが聞こえた。内容は分からない。なので騎士達のそばにいたミハエルさんに声をかけた。
「どうしました?」
「見覚えがあるようです。デラック帝国の帝都周辺の平原地帯だと。言われて見れば帝都の周辺はこのような平原でした」
「帝都周辺?」
聞き返すと、帝国の王女が反対側に行こうと岩窟王虫の外皮を登ろうとして騎士達に止められているのが見えた。見た目に反して大分お転婆だなあの王女様。
「俺が反対側の所を蹴り開けるんで、それまで待つよう言ってもらえますか?」
「分かりました」
別に戻らなくとも、蹴って出入り口を作ったんだから同じ事を反対側でやれば良いだけだ。
岩窟王虫の中ではクラルが他の集落の者達に指示を出し、彼らは慌ててダンジョンモンスターの奥へと駆け出した。
「もしかして集落に?」
集落には怪我などで居残った人らがいる。彼らもダンジョンが攻略された事に気付いているだろうが、こっちと合流すべきだ。彼らはその伝言係か。
「この場所、帝国のどっからしいから騎士に聞くと良い」
「ありがとう。そうします」
早足で歩きながら伝えると、クラルも外へと出る。そういえば今更だが、彼らは外に出たらどうするのだろうか? 寿命が長いエルフは故郷に戻れるがここで生まれ育った人らはどうするのか。そこまで考えていない筈はないのだが、他人事ながら心配になってしまう。
考え事をしながら早足で進んで漸く反対側の壁についた。ダンジョンで空間の大きさがおかしくなっていたから複雑で広い迷路になっていたが、外観通りのサイズでもやっぱりダンジョンモンスター岩窟王虫の体はデカい。電波塔だって丸呑みできそうだ。
今度は一人で壁を蹴り開ける。端を一回、移動して別の端を一回、最後に真ん中を一回蹴って外皮を開ける。アクション映画のドアが蝶番外れて前に倒れるように、外皮が倒れて反対側の景色が見えるようになった。
なるほど、騎士達が見覚えあると言う訳だ。草原の向こうに巨大な城とそれを囲んでいると思われる城壁が見えた。
ただ問題と言うか困った事が一点。
遠くの城から視線を下げれば岩窟王虫を半包囲する形で完全武装の騎馬がズラリと隊列を組んでいた。
岩窟王虫の中から出てきた俺に気付かない訳がなく、視界に入る全員がこっち見ていて明らかに警戒していて槍を構えている。
「センパイ、そっちはど、ぅ……忙しそうなので私はこれで」
こっちに来た蓮はすぐに回れ右して逃げ出した。
一人取り残された俺は取り敢えず無害と降伏のアピールとして両手を顔の横まで上げた。




