第二十六話
数日の休息を挟んでダンジョンモンスター攻略の為の探索が再開された。
考えれた可能性の一つではあった犠牲者。騎士や集落の者達は子供が死んだ事実に哀しみを覚えても止まらない。止められない義務感がある。
だが、中学生達は違う。例え敵だったとしてクラスメイトの死は数日経っても彼らの中に痼りとして残り続けている。
中には例外もいるが。
「暗いですねー」
荷車に腰掛け、それを引っ張る俺に聞こえるように蓮が呟いた。
「そうなって当然だろ」
「そうですね。だからっていつまでもグダグダしていられませんよ。他の人達だって、何とかしろオーラが出てるじゃないですか」
蓮の言葉がやや煽っていると言うか穿ち過ぎとも言えるが決して間違っていない。
俺達はダンジョンモンスターから脱出する為にグロ肉通路を歩き、深海魚の陸地バージョンみたいなモンスターと戦っている。
長年閉じ込められた集落の者達や王女を国に戻す為に奮闘している騎士達は早々にここから出たい筈だ。
だがここに明らかにモチベーションが落ちた集団が混ざっていたらダンジョン攻略も覚束無くなるのは目に見えている。
今はまだ同情の方が大きいが、いずれ疎ましく思われるだろう。
「確かに、このまま空気悪いのは勘弁して欲しいな――っと」
荷車を索きながらポケットからコンパスを取り出す。針が左右に高速で揺れていた。
「どうしました?」
「いや、分かれ道でルートを確認する以外は獲物の位置を探すよう念じてたんだが、反応があった」
「……使いこなしてません? それにコンパス見る前に気付いてたような」
「スマフォの着信鳴る前に気付いて取り出すとかあるだろ」
「それただの習慣による錯覚……いえ、何でもないです。それで獲物って?」
「そんなの決まってんだろ。おい、男子。えっと、そこの三人、暫くの間俺の代わりしておいてくれ」
荷車を引っ張るのは前から時々代わってもらっていたので、少しボンヤリとしていた中学生達が慌てて荷車から降りて俺の位置と交換する。何も考えず体を動かしていた方が良い時もあるだろう。
「ベニオ、俺あっち行ってるからこいつら任せた」
「……仕方ないわね。ミハエルさんもいるし、分かったわ」
なぜか中学生達と距離を取りたがるベニオだが、なんだかんだと闘技場では彼らを保護しているので任せて大丈夫だろう。中学生達のメンタルを気にしてミハエルさんもいるし。
俺は針を左右に小刻みに振ってワームが近くにいるのを知らせるコンパスを持って隊列の外から先頭集団の方に小走りで向かうと、丁度向こう側からクラルが走って来ていた。
「トモヒコ、あの巨大なワームが来ます!」
「みたいだな」
クラルはモンスターの接近やトラップのように天井や壁から飛び出すワームの出現に敏感だ。臭いや音で察知したにしてはやや無理がある反応速度なのできっとタネがある。蓮がクラルのステータスが見え難いとか言っていたのでスキルかもしれない。
「ウチの連中にはもう知らせた。ブリジットは?」
ブリジットは犯罪者だが複数の敵に有効な炎が使えて戦闘能力が高く、この緊急事態という事もあって厄介なモンスターが出た場合はブリジットが前に出て力を振るう事がままあった。
さっき呼び出されて火炎放射器として一番前で頑張っているのを覚えている。
「今は手を止めています。こっちに来ている気配が多くて、騎士達を王女殿下が指揮して構えさせています」
だから何で王女が前で指揮をとっているのか。そもそも王女が恒常的に騎士団を率いているのがおかしい。
先頭に行くと、騎士達が盾を前に構えてその後ろで集落の者達が弓を構えている。
ワームは壁や床を掘って来るので、盾持ちよ感覚の鋭いエルフが散開して奇襲を警戒している。
「一番デカイのが来るタイミングとか分かるか?」
「はい?」
「とりあえず一発キツイの打ちかましたいんだけど、良いタイミングないかな?」
「…………」
少し驚いた風にクラルは俺をじっと見つめた。
「あまり危ない真似はしない約束できますか?」
「できるできる」
危なくなけりゃあ良いんだろ。ダンジョンモンスター内にいる時点で常に危険と隣り合わせだけど、わざわざ一言余計に言う必要もないだろう。それに戦闘になったら嫌でも暴れる巨大蚯蚓をシバく必要が出てくるのだから。
だがクラルは俺の言葉を真に受けていないようだった。
「……なにそのスッゲェ疑わしいと思ってそうな目は」
「止めても無駄そうなのは分かりました。仕方ないですね」
全然信用してなさそうだが呆れ混じりの苦笑をしながらクラルは了承してくれた。
「出て来る瞬間に言いますのでそれまでは待機しておいてください」
「分かった」
俺は先頭集団の後ろで機を窺う。少しすると、ワームが壁などから多数顔を出して襲い掛かって来た。すっかり慣れてしまったワームを相手に騎士達は慌てずワームの噛み付きを盾で受け止めて剣で口の横を突き刺す。続々と現れるワームの後続を集落の者が骨の矢を放つ。
床などに潜って足下から飛び出すのがいても、出てくる際の僅かな床の盛り上がりで直前に察知できる。皆慣れたもので、不意打ちをかましてくるワームなど油断しなければ何の問題はない。例え不意打ちを受けても、近くにいた者がワームの動きを魔法や剣で止めて仲間を吐き出させる。
余程の事でもない限り負ける事はない。その余程が近付いて来ていた。
勘ではもう来ると思うのだが、俺はクラルから合図が来るのを待つ。
まだかまだかと思っている時、それは来た。
『今です!』
突如頭の中に集落のエルフの指揮をとっていたクラルの声が響いた。同時に巨大ワームが何処から出て来てどのタイミングで姿を現そうとしているのか、そんな情報が頭の中に入って来る。
どういう原理か知らないが、俺はその情報に従って巨大ワームが出て来る壁に向かって駆け出す。
隊列の脇腹を狙える位置、それも中学生達が集まっている場所に程近い壁が出現ポイントだった。味を占めたか意図して狙っているのか知らないがふざけやがって。
警戒していた騎士が壁の巨大な盛り上がりに気付いて警戒の声を上げながら盾を構えるのが見えた。壁の盛り上がり方からワームのサイズを予想したのか騎士達の顔は青ざめているが、覚悟を決めたのか歯をくいしばる様子が見えた。ミハエルさんもまた、騎士の後ろで中学生達を庇うように立つ。
だが彼らの覚悟は無駄に終わる。
ワームが顔を出した瞬間に、壁を走って接近した俺が奴の顎を蹴ったからだ。チューブ型の通路で肉壁なので凹凸が多いお陰でできた芸当だ。
蹴られ真横に曲がりながら勢いに引っ張られ長い胴体が穴の中から出てくる。このワームは他のワームよりも巨大で凶悪な顎を持った奴だ。ダンジョンワームに呑み込まれた時に毒霧を吐き、中学生男子を呑み殺したあのワームと同型だ。
海老反ったワームは長い胴体をくねらせ振り向きなおったワームが巨大な顎を開いて威嚇してくる。
「煩ぇ!」
直後に飛び掛かってワームの頭に拳を叩きつける。
ワームの側頭部--丸い口とクレーンのアームのような顎の横--がひしゃげて床に激突し潰れた。
「ふぅ……」
床に着地して、足で軽くワームを小突く。ドン、と音がしてワームが揺れるが弛緩したまま一切動きがない。
また毒を吐かれても困るから早々に潰した訳だが上手くいったようだ。だけど死んだ訳ではない。クラルの話によればこのワームは倒しても何かに引っ張られて穴の中へ戻っていく。
つまりこのワームは末端で何かしらの存在が根っこにいる。
壁の穴へと倒れたワームが引き戻され始めた瞬間、俺はワームの体を掴む。
両腕をいくら伸ばしても巨大なワームを抱えられるないので、指に力を入れて鷹の爪のように食い込ませて掴む。
ワームが穴に戻るのをそうやって妨害するとやはり向こうの力が強まってきたのでそれに対抗する。どころか、逆にこっちに引っ張り込む。
「あの、トモセンパイ? 一体何やってるんですか?」
俺の様子を見ていた蓮が疑問を口にする。
「何って、綱引き? こいつの根元、引きずり出してやる。あっ、念の為離れておけよ。こいつどんだけデカイのか分からんからな」
「えー……」
「皆さん、前の集団と合流してください! 急いで!」
ミハエルさんが周囲に言って皆が俺から離れ始める。おかげで周りを気にしなくてすんだ。
「どっせぇぇぇぇぇぇいッ!」
ワームの体を引っ張って後ろにやっては離して直ぐに手を前に出し掴み直す。それを左右の手で交互に行うとトイレットペーパーみたいにワームの体が勢い良く壁の穴から出てくる。
当然、向こうからも引っ張り返そうとする手応えはある。結構強い力だが、こいつ綱引きの妙を知らんな。
これが機械で常に一定以上の力で引いているならともかく、いくら巨大でファンタジーなキモいモンスターでも生物は生物。力の入れ具合に波がある。それを察知し緩急つけてこっちが引けばこっちの思うがままだ。
「隠れて横からチマチマと鬱陶しいんだよ。出てこいやオラァッ!」
慣れて来たので豪快に引き始めた時、別の壁と天井から同型の巨大ワームが三匹出現して一斉に俺に襲いかかる。
俺は一度指を離してジャンプし、ワーム達の突進を避けると近い位置にあったワームの体を素手で突き刺し、床に着地してそのまま仲間達とは逆の、来た道を引き返す。。
綱引きの綱が変わっただけだ。このまま表に出してやろう。途中、何か引っ掛かる感触もあったが電源のコードと違って壊れた所で全然構わないので更に力を込めると抜けたのか手応えが軽くなった。
だが、カブを引っこ抜くような俺の目論見に気付いたのか俺を攻撃して来た残りのワーム二匹が俺に引っ張られている仲間の胴体に噛みつき始めた。
「あっ、テメェ!」
こいつら、綱の方を切断しようとしてやがる。
止めようにも遅く、ワームは同胞の体を喰いちぎって即座に穴の中に引っ込んでいった。
思わず舌打ちし、掴んだままのワームの体を捨てる。まあ、手応えから分かった事もある。
この広いダンジョンの中を好きに移動するワームだが何も果てが見えない程長いという訳じゃない。
ワームを掴んで引っ張った感触ではダンジョン内をグルグルと回っているのではなく直線距離で首が伸びている。
ダンジョン内は空間が歪んでいるらしい。真っ直ぐ進んでいるように思えても、空間的には曲がりくねっている可能性もある。
これらを考えればワームの大元、本体を中心にダンジョンは円を描いている。もっと立体的で球状かもしれない。
本体は中心からワームを直接伸ばしているのに過ぎないので、こっちが思うほどワームは長くない。
そうなるとどっかの、それこそワームが開けた穴を通れば本体の場所に到着できるが、肉製なのでもう閉じてしまっている。構わず無理やり突っ込む事も出来なくはないが流石に気持ち悪い。
何にしても、ワームを引っこ抜く為に走ったせいで皆から離れてしまったので一旦戻ろう。
待たせるのも悪いので走って戻ったら皆待ってくれていた。だが何か自称後輩(学校違う)が何か仁王立ちしていた。
「悪い。逃しちまった」
「いや、逃しちまったじゃないですよ。あんなの引っ張って来てもっと大きいのが出てきたらどうするんですか」
「早いか遅いかだろ。どうせ最終的にアレと戦うんだし」
「えっ、何でですか?」
「いやだってボスだろアレ」
「……え?」
蓮が初耳だと言わんばかりの顔をした。実際に口に出したのは初めてだが、ダンジョン内を好き勝手に移動し全容が見えない巨大モンスターとなればあのワームはボスかそれに準ずる何かであるのは間違いないのは分かる筈だ。
それを蓮に説明したら何故かキレられた。
「そんなの分かる訳ないじゃないですか! いや、パターンとしてはあり得ますけどね!? 時々現れては散々邪魔してくるしつこい敵とは最後に決着つけるとかゲームとかでありますもんね!」
「分かってんじゃん」
「それとこれとは別です」
ズルくないかその言い分。
煩い蓮の言葉を聞き流していると、ベニオとクラルがこっちに慌ててやって来る。
「トモヒコ、来るわよ」
「来るって何が? またワームか」
「そのワーム達の本体であるダンジョンのボスです! トモヒコが滅茶苦茶にしたのを怒っているのか、奥から出て来たようでこっちに向かって来ています!」
何で分かるのかと聞くのは野暮だろう。クラルのスキルに間違いなく、俺もコンパスを取り出して針を見るとある方向を真っ直ぐに示しながら小刻みに震えていた。
「今、迎撃準備……と言うか防衛準備しているからトモヒコは気にせずに戦って」
「そう言うなら後ろ気にせず戦うけど」
「いや、気にしてください。って、何がどうなっていきなりボスが来るんですか!?」
事の展開についていけなくなった蓮が声を荒げるが、世の中そんなもんだ。不慮の事故って言うのは来るのが当然なんだ。
「毒を出されても対策はあるけど、直接攻撃に回せる戦力は限られてるわ。頑張ってね」
頑張ってねと応援されると同時に襟首掴まれたブリジットを差し出される。人を猫みたいに扱った女はさっさと後ろに下がった。
「えーっと……お前それでいいのか?」
「構いません。協力すれば減刑されるかもしれないという打算ありきなので」
「いやだからって……まあいいけど」
意図を察して当の本人に確認するが問題ないようだった。前線で火炎放射器やってたりと何だか反省してますアピールに熱心だが、ブリジットの場合は多分前に出て暴れたいだけだと思う。
そういう訳で、俺はブリジットの襟と腰のベルトを掴む。
「そんな主語抜いて話して自分達だけで通じる会話しないで私も混ぜてください。で、何をやってるんですかソレ?」
「取り敢えずお前離れた方が良いぞ。ボス出て来るから」
「はい?」
タイミングは勘で言っただけなのだが、その直後に肉壁が破裂して俺がさっきボコったワームが無数に現れる。
「胸破りだぁ!?」
「いや、違うだろ。映画のエイリアンじゃねえって」
ワーム達は自らが開けた穴の縁を顎で掴んで穴を広げるように動く。その様子は巨人が壁の隙間に指を差し込みこじ開けるようであった。
そして大きく口を開いた壁の奥からワームと同じ質感を持った巨大な何かが顔を出しこちらに赤い目を向けて来る。
そこに俺は火だるま女を投げ込んだ。
真っ赤な炎の華がボスの眼前で咲いた。




