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第二十五話


 ファンタジー物で出てくるエルフと言えば森に住む長寿の種族で魔法と弓を得意としてその代わりに腕力は低いというイメージがある。ゲームならバランス的に数値のそういう区別化は必要であるのだが、よくよく考えれば森に住んで弓の弦を引ける奴のどこが非力なんだという話だ。森に住んでるなら狩りだってしてるだろうし。

 そんなリアリティを追求して個性を殺すか人間の完全な上位互換でヒューマンの存在意味はあるのか、という夢も希望もない話を何故したのかと言うとアスノッドがガチで強いからだ。


「フンッ!」

「…………ッ!」


 アスノッドの顔面目掛けて右ストレートを放ったらしゃがんで避けられ、そのまま懐に飛び込まれたと思ったら肘打ちが来た。左掌でその一撃を受け止めるが、即座に怒涛の連撃が襲ってくる。

 アスノッドの攻撃は主に拳と足の甲、それと肘と膝だ。偶に人の首を掴んでクリンチ状態に持って行こうともする。

 これってもしかしてムエタイじゃないのか?

 異世界の武術事情は全く知らないが、世界が異なっても何処かで似るのだろうか。実際、こっちの人間の価値観は地球人類とそう大して違いはないように思える。俺が言葉分からないから細かいところで生まれ育った環境での差異は見つけられないが、国が違う程度でおさまるのではないか。

 だから、エルフがムエタイ使っていてもおかしくない。エルフムエタイ。凄い単語だとは我ながら思うが。

 格闘技と言えば、王女の騎士団の男達やミハエルさんの護衛の傭兵達は素手だとキックボクシングに近い。主に拳で殴るが場合によっては蹴りもしてくる。

 やっぱりこの辺りの違いは土地柄なのだろうか? 或いは種族? 空手や柔道使って来る種族とかいるのかもしれない。

 軽く打ち合って、互いに本気にならないところで止める。


「…………」

「見張りの交代か。俺はちょっと休んでからあいつらの様子を見てくるよ」


 アスノッドと俺が引っ込むと入れ替わりに見回りや料理などの当番ではない騎士達が鎧を脱いで向き合う。すっかりと体力の余った連中の暇潰しゾーンになっている。

 俺はそこから離れた場所にいる女子中学生へと視線を向ける。


「お前も徒手格闘ぐらい習ったらどうだ?」

「これ見てよくそんな事言えますねっ! あいたたたたっ、ベニオさんタンマ! ギブギブ!」


 俺がアスノッドとスパーリングしていた一方で池野……蓮がベニオに戦い方を教わっていた。教わっていたと言うか、俺が他の連中と交流しているのを見て真似しだしたと言うべきか。

 多分、ノリで小生意気な事を言ったのだろう。蓮は腕の関節をベニオに片手で極められていた。


「実際、そいつどうなん?」

「センスは悪くないんでしょうけど経験不足ね。わかっていた事だけど。特に素手での殴り合いの経験が皆無で距離感が分かってない」


 ベニオは余裕綽々である。イベルト伯爵の事件でも単独で並み居る闘士達を倒し伯爵の元に辿り着いたのだ。小娘一人簡単なんだろうな。

 漸くベニオの関節技から解放された蓮は少し涙目だった。


「だから闘技場で訓練する予定だったんですよ。暇あれば殴り合ってる暑苦しい人らとは無縁の生活を送って来た花の中学生ですよ」

「ラフレシアとかの食虫植物だろ」

「センパイ酷い! ガチ泣きしますよ!」

「泣いて脅すのとどっちが酷いのか」

「代わりにトモセンパイが手取り足取り腰取り教えてください」


 こいつ懲りないって言うか何と言うか。いいのか現役女子中学生がこんなので。それとも俺が彼女らという存在の実態を知らないだけなのか。


「何にしても打ち合いならともかく俺は人に教える気はねえから。というか無理だから。喧嘩殺法だぞ」

「などと供述していますが、実際に殺し合った中であるブリジットさんはどう思いますか?」

「確かに人に教えられるような技術ではありませんね。少なくとも万人受けはしないかと」


 いつの間にか蓮とブリジットの仲が良くなっているように見える。ただしブリジットの首には依然と光輪が装着されたままである。

 生殺与奪の権利を持った者と握られた者との間に果たして友情が芽生える事はあるのだろうか。


「まあ、センパイってどこかの道場とかクラブに通うようなタイプじゃないですもんね。我流でバシーンってやりますよね」

「その癖、挙動が読めません。来ると思っても気付けば当たっています」

「外から見てる分には普通に殴ってるだけに見えるんですけどね。解説のベニオさん、これは一体どういう事でしょうか?」

「何かしらこのノリ。私は何の茶番に巻き込まれているの?」


 見えないマイクを差し向けられたベニオは俺に助けを求めるようにチラチラと見てくるが、悪いけど俺もよく分からん。


「お、おそらく、人の意識の隙間を突いて――」


 戸惑いつつも律儀に解説を始めるベニオ。


「日本語でお願いします」

「日本語で喋ってるじゃない」


 そして理解できない解説になりそうだと察知した瞬間に蓮が話をぶん投げた。遊んでるだけだなこれは。何も考えてねえ。


「それよりも思ったんですけどベニオさんのその腕輪はどんなアイテムなんですか。ガチャガチャって変形するし、質量とかどうなってるのか不思議です。というか私も欲しいー」

「ダンジョンコアのマテリアライズを使って――」

「あと魔法。魔法ですよ。色々試してモンスター相手に自分なりに試行錯誤したんですけどこれがもうさっぱりで」

「…………」


 ベニオの目から何とかしろビームが出ているが、だから俺もどうにもできないので無理だって。これもダンジョン生活でストレス溜めてる弊害だと思うから好きに喋らせておけば良いだろう。本音を明かすと話に付き合うのも面倒な感じだから巻き添えになりたくない。

 記憶喪失だからからか、単に歳下の少女と話すのが慣れていないだけなのか、ベニオは少し戸惑った様子ながらも蓮の話に付き合っている。

 そういえばベニオは若い連中とあまり一緒にいたがらない。俺につきまとってくる蓮を除いて中学生達との関わりはほぼ無いと言っていい。赤の他人なのだから当然と言えば当然だが、言葉の分からない俺の代わりに情報収集を行い積極的に交渉など行い、記憶喪失ゆえか知識に貪欲な面も時々見せた奴がこうも中学生達と距離を取るのは何故なのか。


「トモヒコさん、少しよろしいですか?」


 不思議に思っていると、ミハエルさんが現れた。何だか少し顔を強張らせており、ただ事じゃなさそうな空気を感じる。

 中学生に絡まれるベニオを放置し、歩き始めるミハエルさんについて行く。方向から回復の泉に守られているエリアの外に行こうとしていた。


「どうしたんですか?」

「見張りがモンスターとの戦闘になったのですが……」


 モンスターが近寄って来ないとは言え見張りぐらいは立てている。それに、何かバリアのように壁がモンスターの侵入を防いでいるのではなくモンスターが本能的に近寄らないだけのようで入ってくる方法はあるようだ。

 例えば安全圏との境界線越しにモンスターと遭遇するとモンスターは襲って来るし、逃げても境界線を越えてそのまま追いかけて来る。ただそれは人を直接見たモンスターに限り、仲間が人を追いかけて行っても人に姿を見ていなければ他のモンスターは同じように追いかける事はできない。

 なんかよく分からない、鬼ごっことか隠れんぼのようなゲームを面白くさせる為のルールと似た本能がモンスターにあるようだった。


「我々がこのダンジョンに最初にいた場所で襲って来たモンスターの内、毒を吐くワームを覚えていますか?」

「ええ。全身水浸しになって散々でした」

「毒に侵されるよりはマシかと。アレはここでも特別なモンスターなようで他よりも知能が高いらしく、野営地に繋がる通路付近で監視するように様子を窺っていたそうです」


 牙の生えた巨大蚯蚓がこっち見てるのを想像すると怖いを通り越してシュールだ。だが現実は残念ながらシュールで済まされない。


「そいつは今も?」

「いえ、既に追い返しました。毒を吐かれて野営地まで届くと厄介ですから」


 ダンジョンモンスターの内部は外に物理的に通じていないから風の流れがない。だがあんな巨大な蚯蚓が毒を吐き続ければ溜まった毒煙が次第に野営地に押し寄せていただろう。


「王女殿下がその際にワームの腹を切り裂いたのですが……」


 今更だが何で王族が前線に出て戦っているのだろうか。士気向上の為とか言っても出張り過ぎだろうに。それともこっちの世界の王族は前に出るのが当たり前なのか。

 王女はともかく、既に対処済みな話を俺にしたという事は何か面倒ごとが起きたに違いない。何だか言いづらそうにしているミハエルさんに先を促す。


「それがどうしました?」

「実は――」


 話の続きを聞いた俺はミハエルさんを追い抜き早足で現場に向かった。

 回復の泉の安全圏から外に出た通路の先に騎士達と集落の人間が一箇所に集まっているのが見えた。


「悪い、通してくれ」


 日本語通じないが、俺の顔を見た途端に騎士達は道を開ける。前の方には王女の姿もあり、ある物を前に複雑な表情を浮かべている。

 地面には騎士身につけているマントが地面に広げられて何かを隠しており、人の形に盛り上がっている。

 俺は近づいてマントを掴み上げて中を見る。モンスターの胃液か全身が半ば溶けた人の死体がそこにあった。

 皮膚や肉が溶けているが、顔の骨格と身長、それに溶け残っている服から見て間違いない。一人逃亡したあの男子中学生だ。


「だから行くなって言ったんだ」


 口から溜息が漏れる。結局名前も知らないままだったか。

 マントを下ろし両手を合わせる。転移者の中から犠牲者が出てしまった。起きては欲しくはなかった事態で、例え敵に回ったとは言え同級生の死にあいつらがどんな反応をするのか、考えるだけでも気が重かった。

 その後、死体を炎の扱いに長けたブリジットに骨の一部だけを残して燃やしてもらい、遺骨を破損した防具を加工して騎士達が作ってくれた骨壷の中に回収した。正式な葬儀も仕方なんて知らないし状況が状況で、溶けかけの遺体を保管する余裕もない。せめて遺骨を残すが精一杯だ。臭いは集落のエルフが魔法で風を起こし、野営地に流れないようにしてくれた。

 蓮をはじめ中学生達には男性生徒の死を当然伝えた。隠したところで行方不明だし、遺骨の引き渡しもあるので隠していても無意味だ。

 クラスメイトの死を知った彼らは同様していた。鉄火場なら闘技場で経験しただろうが、近しい人間が死んだのだ。それも怪物に襲われ殺されたとなればそのショックは大きい。

 火葬は彼らが動揺している間、目につかない場所で行われた。中学生達がそこに立ち会うかどうかは自由にさせたが、待っている訳にもいかないので決断を待たなかった。

 同級生の死をどう受け止めていいのか分からず、ただ動揺するしかできていない中学生達。仲の良いクラスメイトなら素直に泣けたのかもしれないが、あいつは一度俺達に襲いかかっている。一度敵になった奴をそう簡単に許せるかと言えば許せないだろうが、死ねとも思わないだろう。

 だが遅くなろうと中にはせめて遺骨に手を合わせたいと言ってきた男子生徒もいた。闘技場であんな事になる前は死んだ生徒とよく一緒にいた男子だ。

 骨壷はミハエルさんに預かってもらっている。宗派とか明らかに違うが、保管してもらえるような人は他にはいない。

 ミハエルさんが身長な手付きで骨壷を取り出し、それを前に手を合わせる彼らの背中を俺は離れた場所から見ていた。


「トモセンパイが気に病むような事は一切ありませんよ」


 男子中学生達を見やる俺の後ろから、蓮が声を掛けてくる。


「死んでしまったのは可哀想だと思いますけど、自業自得でもあります。それにセンパイからしたら敵同然でしょう」

「敵と言えば敵だったが、俺からしたら脅威でも何でもなかったな」

「脅威じゃないから同情ですか? それは流石に情が厚過ぎると思います。博愛主義者でもあるまいに。トモセンパイにしたら赤の他人ですよ」

「そうだな」

「ならそんなセンチメンタルにならないでください。これからもっと人が死ぬ可能性だってあるんです」

「わかってるよ」

「本当にですか? たった一人の犠牲でそうなってるセンパイを見たら不安ですよ」

「勘違いしてるみたいだが、はっきり言ってあいつの死そのものには何とも思ってないんだ」

「っ……なら、何でそんな暗いんですか?」


 一瞬蓮が言葉を詰まらせたが、すぐに調子が戻る。


「止めようと思ったし、止めようとした。でも止められなかった。何やってんだろうなって、自分にイラついてるだけだ」


 付き合いは短いし命も狙われた。どこか他所で死んでれば悔しいとは思わなかっただろうが、今回は俺の力不足で死なせたようなものだ。それも年下の少年がだ。

 枷から解き放たれて一人逃げ出した少年を止める意思があったし、追いかけて捕まえようともした。


「あの状況なら仕方ないですよ。トモセンパイがいなかったら、あそこで私達の誰かが逆に死んでました」

「そうかもな。だがそれはそれ、これはこれだ。どうせなら全部やりたいと思うだろ」


 実際、俺は他の中学生達を優先した。クラル達が救援に来てモンスター達から逃げ出すのに成功した後、すぐに探す事もできた。なんたって、望みの場所に向かって道を指し示してくれるコンパスを持っているんだから追跡するのは簡単だ。

 初対面時、何者か分からないクラル達を警戒して離れられなかったと言っても言い訳になる。俺だって分別を弁えているつもりだから、あれやこれや出来るとも思っていないが、最初に逃げ出そうとした時点ならどうにでも出来た筈だ。


「これは単純に自分の言動に納得できるのか。そういう個人的な感情の話なんだ」

「つまり、あくまで自己満足できるかどうかの範疇って事ですか?」

「そうなるかもな。上手く説明できねえけど」


 言いながら後ろを振り向く。存外近くにまで来ていた蓮と目が合う。


「やる事は決まっている。いや、最初からそうだった。変わらないままだ」

「と言うと」

「このダンジョンのボスをぶっ倒して残った全員で脱出する」

「…………」


 言葉の通りだ。当たり前だと思うだろうが危険がある程人は頭の冷静な部分で無理だと諦め――いや可能性が低いと考えてしまう。


「――プッ、やだもーう、センパイったら脳筋丸出しなんだからー!」


 今までの空気を吹き飛ばすように蓮は笑った。


「まあ終始一貫って言うか、単純な方が分かりやすくて良いですよね。なら、ちゃんと私の事も守ってくださいね」


 蓮はそう言って去って行く。その横を入れ替わる形でベニオがこっちへ来る。


「あの子に何て言ったの?」

「やる事は変わらないって言っただけ」

「それ、貴方の中だけで完結してるわよね」

「まあそうだな」

「男って自己満足の塊よね」

「酷い誤解だ。別にそこまで言われるほどじゃないだろ」


 そういう面が無いとは言わないがキッパリ言われる程に周囲を考えていない訳じゃない。


「そうかしら? 自分が気にする範囲の外は無頓着だけど逆に内側は馬鹿みたいにこだわるでしょう」

「いや、こだわりは自己満足じゃなくてな……やっぱいいや。でもそう断言するって、もしかしてそんな奴知ってるのか? 記憶が戻ったとか」


 心当たりのありそうなベニオの発言にもしかしたらと思って言ったが、それを聞いたベニオは目を見開いて考え込むように頰に手を当てる。

 本人も特に意識した発言ではないようだった。少し待っていたが、意識して思い出そうとしても閉じられた記憶の蓋は開けられなかったようで小さく頭を振る。


「あー……蓮の奴、どんな顔してた?」

「普通よ。怒ってないみたいだったわ」

「女にとって普通で、怒ってないか……。女は怖いな」

「なにかしら、その言い方」

「さっきの仕返し」


 ベニオが口を噤んで半目になるが、それに気付いてないフリをして皆がいる所に向かう。年下の女に気遣われてしまった訳だし、気合を入れ直すか。

 何より、蚯蚓供にはケジメをつけなきゃいけない。


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