第二十四話
ダンジョンモンスター岩窟王虫に呑まれた当初は苦労の連続だったらしい。戦力は護衛として雇われていた者達だけで、その数もモンスターの襲撃によって数を減らした。
池野がセーブポイントと称した回復の泉を見つけそこに拠点を築くまではまともに眠れない日々が続いたらしい。
漸く安全で水の手に入る場所に辿り着いても、やはり食料の問題がある。泉からの水で飢えをしのぐ間に野菜の成長を魔法で加速させて何とか食料を確保し、何とか生きていけるだけの環境を整えた。その時点ではダンジョン内を無理に探索する事はなかった。そりゃあ数を減らした貴重な戦闘集団を危険の大きな未知のダンジョンに行かせるのはリスクが高い。
自分達以外に新たに岩窟王虫の呑まれた遭難者達と合流したり、ここで生きていく内に生まれた子供達を育てたりで数を増やし、徐々に生活基盤を整えていった。
そうして三世代目になって漸く本格的なダンジョン攻略を始められた。物資が不足している中、長年慎重に進めていたのだが、ダンジョンが何か大量に呑み込んだ際の揺れを発したつい数日前に俺達がやって来た。
「何人か犠牲が出る。そう言って集落の中でも反対する人達はいました。けど、あなた達にとって不運な出来事なのにこう言うのも不謹慎と思われるかもしれませんが、戦力が増えたお陰でこうしてダンジョンの攻略を進めることができます」
「戦える人の死が集落の存続に関わるのならそれは仕方ないでしょう。それに、俺らもクラルさん達が来てくれなきゃここを彷徨い続けてた可能性もあったし、おあいこですよ」
翌日、朝から出発して分岐路の前に到着した俺はクラルさんと護衛の何人かと一緒に少し先に進んでコンパスの針の向きを確認していた。
その道中で、僅か三日で流暢な日本語を喋れるようになったクラルさんから今までの集落の話を聞いた。
「そのコンパスがある限り、トモヒコ達が迷うというのはないでしょう」
「最初から出口を目指してたら休める場所が分からなくて飢えてましたよ。それに来てくれて助かったのは事実ですから。ところで、このコンパスを貸すぐらいは後で返してくれれば全然構わないんですけど」
「ここまで付き合わせてしまって申し訳ないんですけど、そのコンパスは持ち主によって精度を変えるといいます。現に私が持っても地図で反応しなかったでしょう?」
魔法のコンパスは俺以外が持っても道を示すが、精度に違いが出るのは確かなようで地図の上で道を教えてくれるのは俺が持った時だけだった。
魔法のコンパスは国家レベルが欲しがるアイテムで、数点ほどその数は確認されているが国が隠し持って決して面に出さないと言われている程だった。
便利でこれからも役に立ってくれるであろうコンパスだが、正直俺が持っていても宝の持ち腐れに近いのではないかと少し不安だ。
「フフッ、そろそろ戻りましょう。念の為にと下見ついでに確認しましたが、やはりコンパスに間違いはないようです」
クラルさんが護衛に指示を出し、皆で野営地へと元来た道を引き返し始める。
道中に裏拳で仕留めたモンスターの死体が無くなっていて、引きずった跡として青い血痕が床の途中で消えていた。
スプラッタホラーみたいだと思いつつ、恐らくワームの出てくる場所であるであろうその床を見つめていると、クラルさんが弓に矢を番え、少し間を置いてから矢を床に向けて放った。
モンスターの長い骨を削ってできた矢は、丁度床から飛び出して来たワームの口の中へと刺さった。直後、矢が破裂してワームを中からズタボロに引き裂いた。
生命力の強そうなワームも、矢が刺さった程度ならともかく内側から手榴弾爆発したみたいな目にあえば即死らしい。
ワームが動かなくなったのを確認するとクラルさんは弓を下ろして歩きを再開させ、護衛達も一瞥するだけで特に驚いた様子もなく先に進む。
集落の戦力はクラルさんをはじめとしたエルフ達と三世代目か四世代目の若者のようだ。そしてここには王女や騎士、ミハエルさんがいない。
別に疑ってる訳じゃないが、エルフという創作物ではいかにもその長寿で知識溜め込んでそうな種族に転移者について聞いてみるか。
「クラルさんは――」
「先ほどから思ってましたが呼び捨てで構いませんよ? エルフは他の種族と違い不老で自然と年齢が人より高くなります。なので年功序列で敬語を使ってるなら気にする必要がありません。エルフは役職や親子関係以外で敬称をつける事はありませんから。勿論、他者に対する敬意を持って接していますが、こちらにしても畏まった態度でよりも普段通りの態度で接してくれれば嬉しいです」
「え、あー……まぁそう言うなら」
英語圏ではいきなりファーストネームを呼び捨てで言い合うのが多いのと一緒だろうか。少なくともエルフはそうらしい。
「クラルは転移者って知ってるか? 違う世界から来た人間を指すんだが」
「いえ、知りません」
「ここ最近、数十人単位でこっちの世界に飛ばされているんだ。俺もその一人なんだが、同郷の連中とはぐれちまった。まさかとは思うが、このダンジョンで変わった格好をした若い集団とか見なかったか?」
「外ではそんな事が。いえ、残念……と言っていいのか、ここ半年で新たにやって来たのはあなた達だけです。それ以外は岩とか木とか、モンスターばかりですね」
「そうか。それならいいんだ」
「転移者、ですか。あっ、そういえば異なる世界からの漂流者の話を目にした事はあります」
「えっ、マジで?」
「マジ……本当か、という意味なら本当です。ただ違う世界から来たと主張する人がいたとかいなかったとか。ごめんなさい、随分と昔にそんな記述を見つけた記憶がある程度で、詳しいところまでは分からないの」
「いや、それだけ聞ければ十分だ」
このダンジョンを脱出し、ミハエルさんのとこのメシューレ教とこで情報を集めてそれでもクラスメイトの行方や日本への帰り方が分からなかった時はエルフを訪ねるのも考えておこう。
「…………」
「ん、どうした?」
「いえ、なんでもありません。ここを無事に脱出した時、是非私の故郷に来てください。トモヒコが望む物があるかは分かりませんが、歓迎いたします」
「ああ、ありがと」
取り留めのない雑談をクラルと交わしながら、俺は野営地に戻った。
「なんで私は名前で呼んでくれないんですか!?」
野営地に戻った途端、女子中学生に絡まれた。
「なんかー、偵察に行って戻って来たかと思ったらー、パツキンのスタイル良いねーちゃんと呼び捨てで名前呼び合うようになってるとかー、マジ信じられないんですけどー」
「なんだその口調は。向こうから言われたからそうしてるだけだ」
「じゃあ、なんで私は名前で呼んでくれないんですか? 散々、蓮、って呼んでって言ったじゃないですか」
「言ってたっけか? 止めろ、叩くな叩くな」
俺とクラルが名前で呼び合っていたのがいたく気に入らなかったらしく、さっきから叩いてくる。痛くはないが鬱陶しい。
「呼んでやるから、ほらアッチ行け」
「今すぐ呼んでください」
「蓮。はいこれで満足したか? さっきからベニオが待ってんだから行けよ」
「もう少し続けていてもいいのよ? なんなら順番を後ろに回せば良いだけなんだから」
そんな気を効かせた、みたいなセリフを吐きつつも無表情で事務感バリバリなベニオの隣にはブリジットが立っている。
実は野営地の隅には体を洗うスペースとして設けられたテントがあり、それを今現在十人単位のグループで順番に利用しているのだ。
ここで問題なのは順番を決めるとか覗き対策とかじゃなくて、誰が犯罪者と一緒に入るかだった。ブリジットは遠慮したが、どれだけ時間を必要とするのか不明なダンジョン内で一人だけ不衛生なのがいて病気になっても困るので体を拭かせる事に。
それで自然と監視としてベニオと池野もとい蓮がブリジットと一緒になった。
「いいから行って来い。うだうだ言ってても時間が減るだけだぞ」
虫や動物を払うように手を「シッシッ」と振って三人をとっとと追いやる。
男子の順番は後半からなので時間はまだあり、手持ち無沙汰となる。ダンジョンの内部だから暇を潰せる物がない。こういう時、携帯ゲーム機があればなと思う。
見回りや警戒などは騎士達が張り切っているし、野営の準備も集落の人らがやってくれる。旅に慣れていない地球人の俺達はマナアーマーの恩恵があっても精神的に疲れて直ぐにへばってしまっている。
元気なのは池野……蓮と俺ぐらいか。
持て余した気力と体力をどうにかしたいと思いながら野営地の中を歩いていると、敷物を敷いて座り何か作業をしている二人のエルフを見つけた。
「あら、トモヒコ。どうしたんですか?」
「暇してるからどうもしていない。これは……矢を作ってるのか?」
二人の内一人はクラルだった。彼女らは道中で倒した猿似の蝙蝠の腕だけを切断して骨だけを剥ぎ取っており、その骨が敷物の中央に積まれている。それを手作業でナイフで削って矢の形を整えている。
集落の人らは自給自足で生活しているので武器も外から流れて来た物かモンスターの素材で何とか揃えている。
「ええ、まだ矢弾に余裕はありますけど、何があるか分かりませんからこうして補充を」
「ふうん。手伝ってもいいか? 暇してて」
「丁度良かったです。私は他に用があったので、私の代わりに兄さんと一緒に矢の製作をお願いします。作り方は兄さんから聞いてくださいね」
そう言うとクラルは立ち上がってさっさとこの場から離れてしまった。
「…………」
「…………」
残ったのは野郎二人。俺とクラルの兄アスノッドさんだ。
なんかとんでもない無茶振りをされたような気はするが、とりあえずクラルが座っていた場所に座る。道具であるナイフと削りカスを置く布、それと中央にはモンスターの骨。あと細々とした道具と材料っぽいのが。
見様見真似で骨を削ろうかと思ったら、アスノッドさんが作業を中断し、手を付けていない骨を一から削り始めた。
こちらに見やすいよう作業するのを手本に俺もナイフで骨を削っていく。
「…………」
「…………」
モンスターの長い骨の関節である丸み。そこをナイフの柄または金槌で一旦砕き、それで尖った部分を鏃としてそこから全体の形をナイフで削りながら整えていく。
弓道とか全然知らないが、矢には羽がついててそれで飛ぶ方向の安定性を得ているんじゃなかったっけ?
「…………」
ある程度形になったところで、アスノッドさんが鏃と反対側の部分に切れ目を削って入れて蝙蝠のモンスターの飛膜を矢羽代わりに差し込んだ。
それを真似して俺も矢羽をつける。これで完成らしい。こうして完成したのを見れば矢っぽいだけで本当に飛ぶのか疑問だが、集落の人間は実際にそれでモンスターを射抜いている。もしかすると弓にも何か工夫があるのかもしれない。
矢の作り方を教わった俺はそれからアスノッドさんと共に黙々と矢を増産し続けるのだった。
暫く集中して作業を続けているとクラルが戻って来た。
「兄さん、トモヒコ、矢作りの方は――もうこんなに作ったんですか!?」
クラルの驚きの声に加工前の骨の数を数えると残りは片手の指で数えられる程度しか残っていなかった。残りこれだけなら最後までやってしまおう。
体を拭くためにテントへ行ったベニオ達が戻って来ていて、蓮が手を振って俺を呼んでいた。あんな大声で恥ずかしい奴だ。
「トモセンパーイ、背中拭いてあげますよー?」
「いらねえよ! もう少ししたら行くから他の連中にもそう言――」
「…………」
タオルをブンブン振ってる蓮に大声で返事するが、その途中でアスノッドさんが残りの骨を自分の手元に纏めて引き寄せた。
「最後まで手伝いますよ?」
「…………」
「じゃあ、申し訳ないけど抜けます。また何かあれば手伝いますんで」
「…………」
小さく頷き作業を再開させるアスノッドさんに頭を軽く下げ、俺は立ち上がりテントの方に向かう。その直前にクラルの呟きが聞こえた。
「……兄さんと会話してた」
いや、してねえけど。そもそもアスノッドさんは〈言語理解〉持ってないから日本語分からんだろ。
ただ何となく察しただけだ。
テントの方に行くと、蓮が怪訝そうな顔をしていた。
「あの人無口ですけど、もしかして会話してました?」
「いやしてねえって。そもそもお互いに言葉分かんねえし」
「ジェスチャーとニュアンスなんでしょうね。オオベレットコウセイともそんな感じだったし」
「オオベレットコウセイ? オットセイの新種?」
モコモコ達との事を思い出しているのかベニオが呆れたような目を向けている。そんなに変とは思えないんだが。
俺がモコモコ達に世話になったのを知らない蓮とブリジットはただ首を傾げるばかりだった。
コンパスが指し示す方角に向かって進む俺達の攻略速度は順調だった。何せ行き止まりに当たって引き返す無駄がないのだ。勿論モンスターやトラップの類はあるが、エルフというのは感覚器が鋭い種族なのかクラルがモンスターやワームトラップの位置を把握して予め準備して先制できる。
問題があるとすれば、未だにダンジョンの最奥にあるボス部屋に到着できていないというところか。
「食料はまだ余裕はありますが、帰りの分を考えると心許ないですね。ボスを倒した場合、ダンジョンモンスターがどうなるかも不明ですから」
「水があれば私が魔法で植物を育てて足しには出来るんですけど」
「○≪∪◇」
「そうですね。水があれば……」
なんて感じで王女とミハエルさんとクラルが相談しているのを見つけた。
「あっちの脇道に逸れたらあるっぽいぞ」
なので魔法のコンパスで水がある場所を見つける。話に割って入ったからか、彼女らはコンパスと俺を見て微妙な顔をしていた。
それはともかく水の場所を確認したら、そこは集落にもあった回復の泉と同じ物がそこにあった。
聖水とか薬の調合とかで水に詳しいミハエルさんが念の為確認したところ間違いないようで、今までの蓄積した疲労を少しでも和らげるために二、三日はここに留まるのが決定した。
回復の泉は美味く清潔な水が出るだけでなくモンスター避けの効果もある。姿を見られてここまで追って来たなら入って来るが、そうでもない限りはモンスターは決して近づかないようだ。
クラルが泉の上に何か種をいくつか放り投げてよく聞き取れない言葉を呟くと泉に沈んだ種から芽が出て瞬く間に木となり、枝から林檎のような果実が実る。他にもつる草が伸びて木枝に絡み、青い葡萄を作り出す。
杖モコも植物を生み出し操っていたが、それと遜色ない速度だった。
クラル作った果樹から実る果実は半分ほどは保存食としても加工するが、残りはその場で全員に配られた。集落の者は多くがここで生まれて育っているので慣れたものだ。
騎士達やミハエルさんも流石と言うか慣れない環境にも耐えていて、多少の疲れがある程度で平気そうだ。
問題は転移者の中学生達だ。周囲が肉塊のダンジョンでこっちの都合を考えないモンスターの襲撃に相当参っていた。荷台の上や周りから魔法やスキルをクリックゲー並の作業感で撃っていても疲れたようで、甘い果物を食べて歯磨きして体を拭くと大半の中学生が寝入ってしまった。残ったのは運動得意で本格的に感覚が日本の日常から離れつつある連中だ。順応性が高いと感心するべきか、呆れるべきか迷う。まあ、かくいう俺もまだまだ平気だった。
その翌朝、今日も休息にあてると事前に話があったので中学生達は朝になっても眠っていたが、俺は早々に目が覚めて暇と体力を持て余した。
騎士や集落の者もそんな感じの人らがいて、彼らは彼らは武器の手入れや筋トレで時間を潰している。
俺も何かして時間を潰そうかと思った時、アスノッドさんと遭遇した。
「…………」
「ん? 暇潰しにスパーリングを? 俺もやるかって? じゃあ、いっちょやるかな」
「……アスノッドさんって口も開いてないと思うんですけど」
「に、兄さんは顔で物を言うから……」
「何のフォローにもなってないと思うわ」
「殴り合いなら私も混ぜて欲しいと思わなくもないです」
「◇〆∀\」
「同性とは思いたくない物騒なのがいるんですけど」
後ろでは女どもが姦しかった。




