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第二十三話


 何故か俺がブリジットの手綱を握る役になってしまったが、王女側の言い分としては転移者を守りながらダンジョンを攻略しなければならない状況で犯罪者の面倒なんか見てる余裕は無いという切実な話だった。

 ミハエルさんにしても貴重な回復役だからダンジョン攻略に注力して欲しいらしい。そこで白羽の矢が立ったのが俺である。

 俺だって転移者なんだが、それを遠回しにミハエルさんに伝えてもらったところ両肩を叩かれ笑みを向けられた。上司が無理難題を部下に押し付け『期待しているぞ』と励ましの言葉を送るのに似ていた。

 この王女、結構イイ性格をしているのかもしれない。


「このヒノエンマを抑えておけるのはトモセンパイだけなんですから、仕方ないんじゃないですか?」

「飛縁魔って……よくそんな妖怪の名を。いや、それはどうでもいいんだ。何でお前がこっちにいる?」


 結局、俺がブリジットの監視をする羽目になった。なので見張りがしやすいように俺とブリジットは同じ部屋で泊まる事になってしまった。

 この集落に牢屋など気の利いた物はない。物を保存する地下室もない。だから集落の中でも外れにある家屋にブリジットを置き、その見張りとして俺も一緒という訳だ。

 今までダンジョンモンスター岩窟王虫が呑み込んだ木材を使って建てられた四角い家屋はそれなりに広いが手作り感が凄まじくこれはこれで味がある。それはともかく、寝具も貸して貰って一つ屋根の下で血を見るのが好きな女と一晩過ごすのだが……何故か池野も一緒だ。あとベニオも。


「その首輪は私のスキルなんですから、不測の事態を考えて近くにいた方が良いですよ」


 リボンで後ろに縛っていた髪も今は下ろされ、前に着ていた寝間着で池野は布団の上をゴロゴロと転がる。

 近くにいると一番狙われるのではと思いつつ、俺は次にベニオを見る。こっちも既に寝間着に着替えいるが、就寝前の読書と洒落込んでいた。どこで手に入れたその本。


「ふっつーに危ないだろ」

「ええ、危険ですね。若い男女が密室の中! しかも片方は立場が弱く首輪付き! これで何も起こらぬ筈はなく」

「何でそんな迫真の表情なんだ? で、ベニオの方は?」

「途中から露骨にスルーしないでください」

「単純にスペースの問題。詰めれば他の所で入れたけど、そんなに関わりのない子達にそこまでさせたら気まずいでしょう」


 集落の建物は本当に必要最低限分しかなかった。元はサーカス団の天幕だった大きなテントでも新しく来た俺達全員を収容するには狭く、集落の人達に場所を一時的に移って貰ったりして寝る場所だけは何とか確保した状態だ。


「身も蓋もないですけど、ここって浮いてる人チームですよね」

「そうね」


 池野の言葉にベニオが何処から手に入れたか分からない本の頁から目を離さぬまま頷いた。


「黒一点で困るんだが」

「ハーレムですね。素直に喜んでいいんですよ?」

「男で他にあぶれ者は……あいつ逃げたしなあ」


 男が俺だけという居心地の悪さにだれか生贄がいないかと考えると、一番の該当者が既に逃げ出していた。犯罪の加担者だがそれはブリジットも同じで、あいつがいれば纏めて俺が見張りをする事になったんだろうが、女複数の中で男が一人だけよりマシだ。


「そういや、あいつの名前はなんだっけ?」


 あいつの取り巻きだった男子生徒が言ってたような気はするが、全然名前覚えてない。


「あいつって誰です?」

「どさくさに紛れて逃げた奴だよ……闘技場で変な鎧着て襲って来たクラスメイト」

「ああ、アレですか」


 こいつ惚けているのか完全に忘れていたのか、どっちだ?


「さあ? 何て名前か覚えてません」

「冗談でも何でもなく?」

「いやいや、本気で。命狙われたのと関係なく、転移前からああいう個性と顔の人間が同じクラスにいたなと認識していた程度なんですよ」

「要はクラスメイトの名前を覚えてないんだな」

「トモセンパイだってクラスメイト全員の顔と名前一致しますか?」

「しないな。でもお前、SNSとかで把握してたんじゃないのか?」

「女子とそれぞれのグループ程度で男子は目立つ人しか知りません。普通ですよ」


 そんなカーストに塗れた普通とか嫌だな。仕方ないので、明日にでも取り巻きだった生徒に聞いておくか。遭遇した場合、名前で呼び止めた方が反応あるだろうし。


「なんであんなの気にかけるのか分かりません。ホモなんですか?」

「揶揄うな。やらかしたって言っても居なかった扱いする訳にもいかないってだけだ」


 よく分かっていない風に池野が布団の上でうつ伏せのまま首を捻った。俺の考えが上手く伝わってないが、俺だって説明しているのに他人が分からないのが分からん。

 助け舟なのかベニオが口を挟む。


「多分、トモヒコのそれは義務感に近いものだと思うわ」

「義務感ですか?」

「そう。仕事だから、と言われれば理解しやすいでしょう」

「トモセンパイは教師でも警察でもないですよ?」

「感情に素直過ぎて粛々と仕事をしているように外から見えるの」

「へー」

「本人の目の前で人物分析してんじゃねえよ。ほら、明日には出発するんだ。とっとと寝ろ」

「私センパイの隣で――」

「お前は端な」


 切り替えの早い池野が転がって来たが、逆方向に転がしてベニオの隣の一番端に置く。順番としては池野、ベニオ、俺、ブリジットだ。

 その肝心のブリジットだがこの騒ぎの中でも平然としている、と言うかさっきからずっと行儀の良い姿勢で寝ていた。想像していたのと違う図々しい奴だった。


「お前らも寝ろよ」

「区切りの良い所まで読みたいから先に寝てて」

「エッチな事します?」


 ピンク脳に思春期の暴走っぷりを加えた女子中学生を無視して俺も布団を被って寝る。

 寝ると言っても瞼を閉じて体を横にしたまま動かさないだけだ。ブリジットが何か行動を起こす可能性もあるし、池野が何かちょっかいかけて来るかもしれないので睡眠せずに体を休めているだけ。何かあれば直ぐに飛び起きれる。

 一時間後、こちらに視線を向けたベニオが呆れたように溜息を吐いて布団に入ってからは特に何事もなく時間が過ぎていった。




 朝、と言っても日に光はなくて実感は湧きにくいが起きて早々に俺達はダンジョンを探索する為に集まった。

 顔を洗い飯を食って準備完了。本来ならそんな手ブラ同然でダンジョンを進む事は出来ないのだが、その手の準備は集落がやってくれていて荷物持ちは彼らと騎士がしてくれるようだった。

 転移者のこのお客さん感。申し訳ないので荷物を載せた荷車を引っ張るのを任せてもらう。

 本来ならもっと準備やら何やらで数日掛かると思われるが、何が起きるか分からないダンジョンモンスターの腹の中では集落はいつ何があっても良いように準備だけはされていた。もう荷物だけ載せて行く人員だけの調整で終わる。

 怪我で念の為集落に残した者を除いた騎士達と転移者達、そして元からダンジョン攻略の為に活動していた集落のグループで俺達はダンジョン攻略へと出発した。

 俺はダンジョンと呼ばれる場所は二つ入った経験がある。モコモコ達とクリアしたオーガの洞窟に、イベルト伯爵の闘技場ダンジョン。後者ベニオよればダンジョンではないらしいが。

 それらと比べるとダンジョンモンスター岩窟王虫の内部ははっきり言って気持ち悪い。壁や床が作り物めいた肉で、本物と比べればマシな程度だ。それと幸いなのが一本一本の道全てがある程度広く荷台が余裕で通れる所だ。

 あとオーガのダンジョンと違うのがトラップの類が生き物という点か。簡単に言うと蚯蚓--ワームがホラー映画さながらの不意打ちで飛び出して来るのだ。

 まあ、ここには専門家がいる。出てくる場所はだいたい察知され、土を詰めた袋を投げて引っ掛かった瞬間に矢で針鼠にされるのが落ちだった。

 ワーム以外にも勿論、モンスターがいる。蝙蝠か猿か分からない手足の長いのと鱗無いワニみたいなのをはじめ色々出てくる。だが何も問題ない。


「発射しまーす」


 荷台の上に乗った中学生数人が魔法を放ち、接近して来ていたモンスターの群れを倒した。

 自称神から手厚く転移された学生らは初期から高いパラメーターのマナアーマーに加えて魔法とスキルをそれぞれ一つずつ所持している。

 攻撃系の魔法は遠距離ばかりだし、スキルの中にも飛び道具を持つ中学生もいる。


「何だか縁日の屋台で輪投げしてる気分になります」


 なんて言いつつモンスターをチャクラムで輪切りにしている池野が良い例だ。やたらとカタログスペックの高い彼等が遠距離から攻撃し、撃ち漏らしはクラルさんら集落の人達が矢を射掛け、それでも近付いて来る場合は騎士達物理的にそれを止める。

 事前に打ち合わせていた訳では無いのだが、いつの間にかそれが一行の基本戦術になっていた。


「≧Å¢↓」


 先頭集団の方でクラルさんが声を上げたのが聞こえた。すると列が一度立ち止まり、床のとある場所を数人が迂回して回り込む。

 囲んでいる騎士が武器を構えると後ろにいたエルフが土嚢を輪の中心に放り投げた。

 次の瞬間、床からワームが飛び出した。囮に引っ掛かって顔を出したワームだが、その直後には取り囲んでいた騎士によって滅多斬りにされて倒される。


「出オチにも程がありますね」


 荷台の上に乗っている池野がその光景を見て呟く。

 トラップの如く待ち伏せしているワームは集落人間が見つけてくれる。その中でもクラルさんが取り分けその能力に長けていた。無視して通り過ぎても後から顔を出して襲って来る事もあるワームの駆除は彼女が正確にワームの位置を特定できるからだ。


「彼女、感知系かなにかのスキルを持ってるわね。詳細は分からないけれど」


 隣を歩く(荷台は牽いていない)ベニオがクラルさんの背中を見ながら言う。〈鑑定〉とかで相手のマナアーマーのステータスとか見れるんだったか。俺のにはそんな機能がないから分からないが、一体どのように見えているのか。自己ステータス表示とデザインが同じならコンピューターっぽい感じだが。


「強い人は何か読み難いんですよね。……本体がおかしい人もいますけど」

「アスノッドさんは?」


 後頭部に池野の視線を感じながら、再び前進し始めた列の流れに乗って足を進める。


「あの人はステータスが高くて格闘スキルとか物理特化って感じですね。エルフなのに。クラルさんみたいに見え難いというのは無いですね」

「じゃあ、ブリジット」

「前は隠蔽してたみたいですけど今は別物ですね。腕力と耐久が高い高い……何で普通に殴り合って勝ててるんですか?」

「殴り合いで負ける気はねえ。気合いが違うんだよ気合いが」

「出たー、何の根拠もない精神論。愛で世界救えたら最初から危機なんて起きないんですよ?」

「なら気合いで負けた私は何でしょうか?」


 どうでもいいが、ブリジットはと言うと俺の隣で一緒に荷台を牽いている。池野のチャクラムである首輪は未だにあるが、それを抜きにしても逃げ出すような気配はない。昨晩も俺達が最も無防備なのに何事もなく熟睡していた。


「センパイ、暇です」

「暇なら歩きの奴と交代しろ」

「えー」


 退屈な道程に不満を言いつつ、池野が荷台から下りて徒歩でついて来ているクラスメイトの一人と交代する。

 さっきからの雑談などは退屈を紛らわせるためのものだった。最初は初のダンジョン、見た目のグロテスクさ、モンスターやワームの襲撃で最初は緊張していた中学生達だが今ではすっかり慣れてしまい集中力が欠いている。

 最近の若者の飽きっぽさと言えばそれで片付くかもしれないが集落を出発してだいたい六時間以上が経過している。体力はマナアーマーのお陰で平気だが、精神的に疲れが見えはじめている。

 外を見れず昼なのか夜なのかも分からないのだから気分が鬱屈するのも仕方がないか。昼飯時など何回か小休止を挟んではいるが、そろそろ腰を落ち着かせて休ませたいところだった。

 そんな俺の考えが通じた訳ではないだろうが、先頭にいる王女が何か声を上げると列の動きが止まって騎士達や集落の人間の空気が緩くなる。


「今日はここでキャンプだそうですよ」


 池野が王女の言葉を通訳した。


「そうか。荷台の上にいる奴はそのまま周囲の警戒と荷物下ろす手伝ってろ。手隙の奴はどっか適当に手伝うなりしろ」


 雑に指示すると荷台上とその付近にいた中学生達は『はーい』と気のない返事をして騎士の手伝いをし始める。

 キャンプの準備とか周囲の警戒とかは騎士がやってくれる。集落の人達は戦闘に参加しているのに丁重に扱われている転移者を不思議そうにしてはいたが深く聞いてこない。だから俺達もわざわざ説明しない。

 ただ、現在この場にいる転移者の中で年長者の俺が何もしない訳にはいかないので、何かやれないかとミハエルさんの所に向かう。それに進歩状況も知りたい。一日でこのペースなら一体どれだけかかるのか、最低限は把握しておくべきだ。というか俺もこのグロダンジョンにうんざりする。


「ミハエルさん、どこまで進んだんですかね? コンパスもまだ必要じゃなかったみたいだし」

「ええ、その事でちょうどクラルさんからの話があります。今から呼ぶところでしたので良かった」


 野営の準備を行う人々の間を通り抜けて、王女とクラルさんのいる所にミハエルさんと一緒に行く。そこでは数人の騎士と集落の人達が地図を囲んでいた。


「我々の現在位置が今指を置いている所ですね」


 クラルさんが話しているの小声でミハエルさんが解説してくれる。複雑な地図を見ると、どれが正解か分からない道の分岐点と集落の丁度間に俺達はいるようだった。

 縮図がどれだけ正確か分からないが、集落からここまでの距離を考えると、分岐点から候補の道に進みコンパスで確認して戻って来るだけでも今日一日分の距離があった。広すぎだろ。


「明日には分岐点に到着し、その次の日には候補を一つずつ確認する予定だそうです。ただ、確認の為に全員で行く必要はないので、分岐路で野営地を維持しつつ少数だけで行くそうです」


 説明の途中でクラルさんが顔を上げて俺を見る。王女をはじめ周囲からの視線が俺に集まる。


「その際はトモヒコさんも一緒に来て、コンパスで道の正否を確かめて欲しいとのことです」


 そういう流れだったから別に驚きはしないし、俺もついて行きたかったので文句もない。


「お願いしマス」


 クラルさんが日本語で言ってきた。なんでもうそんなに上手くなっているのか。

 それはともかく、ふと気になった事があった。


「ちょっと良いですか?」


 魔法のコンパスを取り出して地図に近づける。

 振り子みたいに落ち着きなく左右に揺れていた針だが、地図に近づけると向きをはっきりと示し始めた。

 集落の人々が調査途中の分岐路からとある道のみを示し続けていた。


「…………」


 妙な沈黙に包まれた。

 別にわざわざ未確認の道の前で確認しなくとも、コンパスは地図上でもその能力を発揮していた。


「まあ、手間が省けたって事で」

「#○……」


 両手と両膝をついて項垂れるクラルさん。皆が皆、出鼻を挫かれたような微妙な顔をした。


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