第二十二話
岩窟王虫――それがこのダンジョンモンスターの名前らしく、帝国から離れた砂漠地帯で活動していた存在だ。それが何故こんな遠く離れた帝国領まで来たのかは不明。ただ、王女様が率いる騎士隊が遠征で倒していたモンスター達がさっき俺達が戦ったモンスターと同じだったらしい。
ダンジョンと言われる一種の異空間は内部に生息するモンスターの数が増えると外へ大量に吐き出すという法則があるらしい。それはダンジョンモンスターも同じでモンスターの大量発生は間違いなく岩窟王虫が原因と思っていい。
砂漠にいる筈のダンジョンモンスターが何故帝国にいて嫌がらせのようにモンスターパニックを引き起こしたのかは不明。
それよりも今時点で重要なのは、どうやってここを脱出するかだ。岩窟王虫の行動について調査するにも外に出なければ始まらない。
という訳で脱出の為の相談を王女が先住民の人らと話し合っていた。
その邪魔にならないよう端の方で俺はブリジットの聞き取りした結果をミハエルさんに伝え、ミハエルさんはここの事情について俺に説明している最中だった。
「彼らは砂漠を横断しようとしていたキャラバンだったのですが、六十年前に岩窟王虫に飲み込まれてしまったようです。
「六十!?」
聞かされた年月に驚く。三世代目どころか四世代目がいてもおかしくない年数だ。というか飲み込まれた当人達がもう死んでいるだろう。
「私も驚きました。彼らは他にも飲み込まれた人を救助し、協力しながら生きてきたそうです。リーダーは彼女、クラル殿です」
ミハエルさんが王女と話すエルフの女を目で指す。
「エルフというのは長生きなんですか?」
「はい。一定の年齢で歳を殆ど取る事のない不老の種族です。彼女らはキャラバンの護衛として雇われていた冒険者で、元々は違う方が指導者でしたが世代交代を考え彼女が集落のリーダーとなったらしいです」
「……後ろにいるあの大柄のは?」
クラルというエルフの後ろでは大柄な男が黙って立っている。エルフと言うと線の細い美形のイメージがあるのだ男の体は筋骨隆々で服の上からでも鍛え上げられた筋肉が目立つ。エルフらしいのは長い耳と整った顔立ちだけで、弓矢を使っているより拳で撲殺している姿の方が想像しやすい。
「…………」
見られているのに気付いたのかエルフの美丈夫の視線が俺に向く。俺は目礼すると、相手も目を伏せて視線を元に戻した。
「彼はクラル殿の兄上、アスノッド殿です。寡黙な方らしく今まで一切口を開いていません」
もしかして妹がリーダーしているのは兄が寡黙過ぎるからじゃないよな? いや、なんか見てるだけでもそんな感じがする。
妹の方、クラルというエルフは何枚もの地図をテーブルの上に広げて王女に何か言っている。相変わらず何を言っているのか分からないが、このダンジョンモンスターの内部構造について説明しているんだろう。
「六十年って言ってましたけど、そのぐらいの年月でも脱出出来なかったんですよね?」
「実は、ダンジョンモンスターに囚われて脱出できた例は稀で、攻略したとなると歴史上でも数えるほどしかないのです」
普通の巨大な生物(巨大な時点で普通ではないが)に飲み込まれてしまっても、中で生命が生きていられるかは別として口から出るなり腹を裂くなり、最悪糞として出る事もできるがダンジョンモンスターは一度中に入ると攻略しなければ脱出できないらしい。
一応それ以外の手段としてあるにはあって、体内のモンスターを外に排出する時に共に出る方法だ。だが溢れんばかりの大量のモンスターが出待ちしている最中でそれに乗っかって脱出するにはリスクが大きい。普通に踏み潰されるだろうな。
そんな事情を考慮しても六十年は長い。
ここで生活する為に全ての時間を探索に当てれていた訳ではないだろうが、それなのに六十年かけても全容を把握できていないのは決して彼らが怠慢だからではないだろう。
テーブルの上に並べられた地図を見る。紙が手に入れにくい環境だから布だけでなく中にはモンスターの平たい骨を使用した物が一枚や二枚どころじゃない量で存在している。
このダンジョンが広過ぎるのだ。もう中の人間を出す気は無いのが感じられる。もしかして危険で誰も近寄らなかったから足を生やしたのがダンジョンモンスターじゃないよな?
「ダンジョンモンスターの内部は通常のダンジョン以上に複雑怪奇な異空間と考えられています。実際、あの膨大な量でも全てが分かっていないとなると、内部は見た目以上に広大ですね」
「外見で中の構造は予測できないって事ですね。でも、これなら一応使えるでしょ」
六十年もここにいたら爺さんになっている。そんなのは嫌だ。俺はコンパスを取り出してミハエルさんに視線を送ると、彼は頷いてから王女とエルフに声をかける。
三人の視線が俺に集まるのを感じつつ、俺はコンパスをテーブルの上に置く。いの一番に反応したのはエルフのクラルだった。
「◯∃<#!」
飛び付きかねない程にコンパスを見、次には興奮したように声を上げて喜んだのだった。
「あざとい。さすが金髪巨乳エルフ。ここまでテンプレなあざとさを見せてくれるなんて、もしかしてここはラノベ世界?」
「今の話を聞いて何でそんな感想が出てくるんだ?」
「何を指してあざといのかも疑問ね」
クラルさんにコンパスを貸した後、今日の所は取り敢えず食事を取って休息する事となった。今は大きなテントの広場……サーカスのステージに当たる場所にテーブルや椅子を並べ用意してもらった食事を頂いているところだ。
食べながら先程までの事をベニオと池野に話したところなのだが、池野が一人敵愾心を剥き出しにしていた。
「ここの世界の人達ってスタイル良い人ばっかですよね。敵ですね」
「私から言わせてもらうと、トモヒコ以外のニホン人の発育が悪いと思うの。ちゃんと食べてる?」
「まだ成長途上なんです成長期なんです後三年もしたら見てろやコノヤロー!」
「三年の間にあそこまで成長できるの?」
ベニオがちらりと離れた席を見る。そこには鎧を脱いだ王女とクラルさんが座っていた。どちらもブロンドの美女でプロポーションが良くまるで西洋人のモデルみたいであり、日本人とは程遠い肢体だ。
「ハァァァァ--言ってはならないことを……」
「今の溜息、どこから出たのかしら」
ベニオはベニオでマイペースだ。
「コンパスであんなに喜ばれるとはな」
「トモヒコってマイペースよね」
「…………」
「便利なコンパス程度にしか思ってないようだけど、アレは物凄く貴重なものよ。あのサイズで周辺情報の拾得に加えて潜在的無意識への干渉と受信、その解析で目的の場所までの道を教えてくれるんだから」
何言ってんのか全然分っかんねぇ。兎に角コンパスは凄いというのだけ周りの反応から察せられる。
特に聞き返さずやたら甘い炒めた人参を食べていると、向こうの席で王女と話していたクラルさんが椅子から立ち上がってこっちに来た。
「オ味ノ方ハドウデスカ?」
片言ながら、クラルさんの口から日本語が発せられた。
「〈言語理解〉?」
「ハイ。モウ数日アレバ、発音モ普通ニ、ナルト思イマス」
やっぱり〈言語理解〉羨ましいわ。これがあれば語学に困らん。
「美味しいですよー」
さっきまでの逆恨みなどなかったように池野が愛想良く答えた。
「この野菜ってここで育ててるんですか?」
死んだ馬の肉が喜ばれる、主な食料が野菜ばかりとなれば安定して確保できているのが後者だけなんだろう。モンスターの青い血肉は、薬になる一部の内臓を除いて人間にとって毒のようだ。そうなるとダンジョン内で得られる食料は限られるのは当然か。見てはいないが、テントの後ろ側から水と葉っぱの匂いがしていたので多分間違いない。
「ソウデス。私達ノ生命線、デス。デモ、遠慮シナイデ、食ベテクダサイ。沢山、育テテマスカラ」
「へー、大変なん、です……ね……」
適当な相槌を打とうとした池野の表情が固まる。
「育ててる? ここで?」
池野の視線が野菜から床の敷物、正確にはその裏にある地面を見た。透視している訳じゃないが、ここまでの道程を進んで来たなら地面の様相なんて簡単に想像できる。
つまり肉だ。ダンジョンを構成する壁や天井は硬いゴムのようで歩くのに何の支障もなく、見た目も硬質化しているせいかそこまでグロテスクじゃない。
だが肉は肉だ。それを苗床にして育てられた野菜を人はどう思うのか。
その一つの例が目の前にあった。
「――――」
目から色を失う代わりに光るものが溢れかけ、木製のフォークを落として震える少女の姿がそこにあった。
「そこまで嫌か」
「嫌に決まってるじゃないですかぁぁぁぁっ!! わあああぁぁっ!!」
「ダ、大丈夫デスヨ。土デチャント、育テテマスカラ」
「あの巨大蚯蚓、地面ごと食ってただろ」
獲物を呑み込む時、地面も大量に食っていた。あの巨体で自由自在に地面の中を移動出来るのはそうやって地面を異空間の体内に放り込んでいるからかもしれない。
「ほ、本当ですか?」
「本当デス。ダカラ安心シテクダサイ」
「水はどうしてるんですか? もしかしてダンジョンの体液?」
「止めてあげなさいよ。吐きそうな顔をしているわよ」
池野の顔が面白かったのでつい意地の悪い事を言ってしまったが、水は何処から手に入れているのか不思議なのは確かだった。
なので池野を安心させる為にも畑を見に行くことになった。
テントの裏側には木の板や石で花壇のように仕切られた畑が確かに存在していて土が使われている。何人かが様子を見ているのか集落の人間の姿もあった。
「種ハ商人ガ持ッテイタノヲ。土ハダンジョンガ食ベタモノヲ。ソシテ水ハ回復ノ泉ヲ使ッテイマス」
クラルさんが指差した先、畑の中央には噴水があった。繋ぎ目の無い滑らかな白い石で作られていて、中央から透明な水が流れ出ている。水の透明度は底の部分まで見える程だが、排水孔らしき部分が見当たらないのに気付いた。それなのに水が外に溢れる事はない。
ふと冗談で蚯蚓の排泄物とか思ってしまったが、ガチで参っている池野がこれ以上のショックを受けたら本気で泣きそうなので止めておく。
「アレは?」
「回復の泉ね。大型のダンジョンに発生するセーフゾーンよ。あそこの周りにモンスターは寄り付かず、回復効果のある水を出し続けるの」
「ゲームのセーブポイントですね」
マナアーマーのステータスのように時々ゲームチックな。だがこれのおかげで閉じ込められた人々はこうやって野菜を育て飲み水を確保できたのだから馬鹿にはできんだろう。
「ふぅ、こういう事なら一安心ですね」
さっきまで青い顔して震えていた池野はすっかりと普段通りの態度になった。分かりやすいが面倒な奴だ。
女子中学生の不安も解消したしテントに戻ろうとすると、そのテントの方からミハエルさんが顔を出したのが見えた。
「ソロソロ会議ノ時間デスネ」
「ああ、そういえば」
ダンジョン攻略の為の作戦会議。飯の後にそれを行うと決まっていて、俺も参加するよう言われていたのだった。
ベニオはもう少し畑を見て回りたいと言ったのでクラルさんと俺、そして何故か池野の三人で会議のするスペースへと移動する。
「お前は何で来るんだ?」
「そりゃあ、私達も参加するからですよ。闘技場では大したスパンも置かずにイベント起きて散々でしたけど、これでも自分から戦闘に参加すると言ったグループなんですから」
「それはそうだが……ちゃんと王女やクラルさんの指示に従うんだぞ」
「はーい。でもそれ言い出したら言葉分からないトモセンパイの方がそこら辺不安じゃないですか?」
「それは、まあ……」
未だに会話が覚束ないという痛い所を突かれた俺は特に反論もできずそのまま話し合いの場に到着するのだった。
会議が始まると俺と池野は基本聞いているだけだ。更には池野の通訳が無ければ内容も分からん。
ダンジョンモンスターから全員生還するのに確実なのはやはりダンジョン奥にいるボスの打倒だ。大量発生したモンスターを外に放出する時も外への出口は開かれるが、混沌とした状況が予想され集落の女子供が無事に脱出できる可能性は低い。
なのでクラルさんらは回復の泉に集落を形成して拠点を確保してからはボスの居場所を探したが、ダンジョンが広すぎるせいで中々進展は無かった。
それに初期の頃は戦える者が少なく、安全を確保するだけで精一杯だったらしい。
そういった話をしながら、クラルさんが地図を取り出して皆に見えやすいように広げる。
「うわっ、広っ、てか細かっ」
初めてここの地図を見た池野が小さい声で驚く。
全体としてはダンジョンモンスターが長い胴体の蚯蚓だからか奥へ奥へと進んで行く感じだが、血管みたいに何度も枝分かれしていて、間違った道でも暫く進んでいくつも分かれ道を進まなければそこが行き止まりとは分からないという面倒な構造だ。
「えっと……とりあえず先に続くと思われる道の候補は既にあるみたいで、順番に回って行きながらトモセンパイのコンパスで正解を探したいみたいです」
池野の通訳を聞きながら地図に向ける。
いくつかの場所に印が付いていて、その先の地図は未完成だった。あのコンパスが期待通りの動きをしてくれるなら、行き止まりで引き返して正解かも分からない道を一々探す手間が省かれる。これだけでも効率は上がる。
「明日には早速出発するみたいですね。騎士の人達はは怪我人をここに置いて行くそうです」
「俺らもそうするか」
本人達にやる気があるのは良いが、モンスターとの戦いで怪我をしたのもいる。骨折はしていないし命に別状は無いが、心身ともに疲れているだろう。
会議は事前に王女とクラルさんが話し合っていたので、滞りなく進んで終了となった。学級会の話し合いでもここまでスムーズに進むことはないだろう。
だが、皆が明日の準備の為に行動または急速を取るために散って行く中で俺はふと大変な事を思い出した。
「そういや、あの鬼女……ブリジットはどうするか」
「そういえば忘れてましたね。首輪は私が解除しようと思わない限り外れませんけど、距離が離れたりするとちょっと自信が無いですね」
「しょうがねえ。連れて行くか」
「盾にでもするんですか?」
「お前な……」
でも状況次第ではブリジットにも前に出て貰わなければならない時もあるだろうし、盾扱いは間違ってないのか。
だがブリジットはこの世界の、デラック帝国の人間だ。犯罪者だからとこっちで勝手に扱って良い訳ではない。
まだ残っていたミハエルさんに相談すると彼は直ぐに王女へ伝え、少し考える素振りを見せた彼女が笑みを浮かべた。
「……任せた、だそうです」
そんな気は笑みを見た時点でしてた。




