第二十一話
意図せず水が滴るストリップをした俺は騎士の人から貰ったマントをギリシャの彫像がしている格好のように体に巻いて取り敢えずは文明人としての尊厳を確保した。
紫色は確かに毒々しいがまさか現実であんな露骨な色の毒はあるだろうか。派手な色をした毒生物はいるが、だからって毒そのものまで変な色の必要性がない。
「ベニオさんベニオさん。どんなのだったんですか? 前のポーション風呂といい、ちょっとズルくないです? ねえねえ、サイズは? 被ってました? そのぐらい教えてくれたっていいじゃなーいーでーすーかー!」
「…………」
池野がベニオに絡んでいたが無視されている。
そういや裸を見られるのはこれで二度目であるが、あいつを水晶から出した時に俺もベニオの肌を見ているから、まあいいか。
というか、超巨大蚯蚓のダンジョンの中でよくもまあ普段通りなのは呆れを通り越して感心してしまいそうだ。
ほら、騎士の人らが引いて……なんで俺を遠巻きに見つめているのだろうか。ビビられている感じがヒシヒシと伝わって来る。
「トモヒコさん、毒を浴びて平気なのですか? 種類によりますが解毒の魔法をかけた方が……」
「いや、全然平気ですけど」
毒と言われても臭かっただけでなんともない。いや、遅効性の可能性もあるか。
「大丈夫ですよ。先程彼女に確認しましたが、浴びた瞬間に体が内側から溶けて血が泡立つそうです。普通は」
池野を追い払ったベニオがミハエルさんを安心させる。安心? いや、毒浴びたの俺なんだけど。
「まあ俺は平気ってことで。それよりも話は済んだんですね」
俺が消毒され着替えている間に王女とミハエルさんが助けてくれた弓の女と何かを話していたのだが、情報交換は終わったようだ。
「詳しいと話はまだですが、何者かは知りえました。取り敢えず安全な場所に移動してから詳しい話を窺うことになりましたので、皆さん移動の準備を」
「確かにまた襲われてもたまったもんじゃないですからね」
騎士達に指示を出して行動させるの王女の担当なら、転移者の俺達に担当はミハエルさんだ。
周囲を警戒しながら俺達は謎の集団についていく形で横穴を進んでいく。列の真ん中が転移者達で騎士達が前後左右を守るようにして配置され、先頭集団が助けてくれた人達だった。既に何度か分かれ道を通過した。広い上にやたらと複雑なダンジョンのようで、案内役がいなければ迷っていただろう。
「彼らは過去にダンジョンモンスターに襲われた人々の集まりです。ここを脱出する手段を講じながら同じように取り込まれた人達を保護していて、今向かっているのは彼らの拠点です」
転移者グループの先頭を歩いているミハエルさんが歩きながら説明してくれた。
モンスターの骨を削って作った矢といい、松明や油ではなく蛍のような虫をランタンに入れて灯りを確保していた事といい、随分と長くここで生活している様子が窺えた。こんな終盤のダンジョンみたいな生々しい壁や床だらけの環境の中で生活できたのは素直に凄いと思う。
「トモセンパイトモセンパイ、見てくださいよあの人。エルフですよエルフ」
隣を歩く池野が先頭集団の中、やや興奮した様子で失礼にも後ろから人を指差す。助けてくれた集団をまとめていると思われる女の横髪の隙間からは確かにファンタジーを舞台にした創作物ではメジャーな長い耳が覗いていた。他にも何人かがエルフと思われる耳をしていた。
「なあ、あの人らの種族ってエルフで良いのか? こっちだと何て呼ばれてるんだ?」
池野とは反対側に並んでいるベニオに聞く。〈言語理解〉とやらで当たり前のように異世界の言葉を操っているが、地球でエルフと呼ばれているからと言ってこっちでそのまま使われているとは限らない。そもそも〈言語理解〉が謎だ。俺にもあれば英語の点数を気にする必要もなくなるんだが。
「彼らのような種族をこっちでは『∟@』と呼ぶわ。氏族によっては微妙に発音が変わったりするけど。少なくとも音としてもエルフと呼ばないわね」
「さっぱり分からんからいいや」
「そんなあっさり諦めるのならどうして聞いたんですか。結局はこっちではああ言う、あっちではこう言う。それで十分ですよね」
「そうだな」
無駄話をしつつ歩いていると不意に列の前進が止まった。先頭の方で何かあったのか、騎士の一人がミハエルさんの元にやって来ていくつか会話する。
「この先で生き物の気配があるそうです」
「モンスターですか?」
「影になってよく見えないそうで分かりません。ただここには生息していないのは間違いないようです」
人の形をしているが角らしき物が生え、何かを食べているようだが暗く判断がつかないらしい。近づけば分かるが、そうすれば向こうにも気づかれる。
オーガみたいな人型のモンスターはこのダンジョンにいないが俺達みたいに強制入場されたモンスターかもしれない。初見の相手には慎重らしい。
それに勘違いで人の可能性もある。エルフ達は俺達の中に逸れている者がいないか確認しているようだ。
一人を除いて皆いる。という事は逃げ出した男子生徒の可能性もある。
「また先走って攻撃されても困るか。俺も前に出ます」
万が一の為に俺も行く事にした。
ミハエルさんと一緒に列の前に行く。先頭から更に先に進んだところに曲がり角があり、そこにエルフの女と王女、そしてそれぞれの部下達がいる。
灯りを消していて暗くはあるが、このダンジョンには蛍みたいに光る虫が生息していて場所によっては月夜程度に明るい。ランタンの中にもこの虫が入れられていて、観察する限りでは近くに仲間がいるとより強い光を発するようだ。
薄暗い中、皆が警戒している方に俺も視線を向ける。そこは通路ではなく広場のような大きな空間だった。ドーム状で天井近くのを含め複数の横道の入り口がここからでも見えた。
そして肝心の謎の存在だが確かに人型が薄暗い中にいた。何かを食べているらしい音が聞こえ、奥には不鮮明だがその食われている物らしきのが横たわっている。
もっとよく見ようと目を細める。その瞬間、人影が掌の上に火の玉を作り出して肉を焼きはじめた。
火が起きた事で広場が一気に明るくなった。視界が鮮明になった瞬間、俺は隠れていた物陰から飛び出した。
当然、相手が気付いて振り返る。その顔は片方の角を失った鬼女だった。
「ここが会ったが百年目ェェェッ!」
「いやああああぁぁぁぁぁぁっ!?」
悲鳴を上げる割には俺の蹴りを跳び避けていた。その際に奴が食っていた肉を手から落としたので空中でキャッチし、鬼女に投げつける。
鬼女がそれを口でキャッチする。犬っぽくはあるが噛んだ勢いと目からして防衛本能的な反射で噛みつきやがったな。
地面を蹴って下がる鬼女を置うと、眼前にいきなり炎が出現する。その出現する瞬間に俺は炎を握り潰してそのまま鬼女の首を掴み壁際に叩きつけ、もう片方の手で握り拳を作る。
「待ってください! 降伏、降伏します!」
殴る寸前に肉を飲み込んだ鬼女が両手を上げて降参の意を示す。
「……お前やっぱり日本語喋れるんじゃねえか!」
「これはいつの間にか覚えていたんです!」
「てか前よりお喋りじゃないか? 別人?」
「黙っていると殴られるので……」
いっそ殴って気絶させた方が早いのではと、頭を過ぎったがこうして降参している奴を殴るのもな。
「まあ、何かしてきたら腹パンでいいか」
「…………」
鬼女が小刻みに震えている。炎出す前兆かな? まあ俺が脅したせいだが。
「誰か縛る物を……あー、炎とか防げる物は?」
鬼女から目を離さず後ろにいるであろう味方に聞く。魔法かスキルか知らないが、ともかくそういう力に対策し拘束できる物が必要だ。
「私が封印魔法を使います。ただ持続性が乏しいので一日中となると……」
後ろで王女と二、三言話したミハエルさんが近づいて来てそう言った。
「あの手錠は?」
「確認したところ予備を含めて馬車ごと潰されたようです」
あの蚯蚓のせいか。となるとミハエルさんに頼る事になるが、それでも短時間となると問題だ。降伏すると言っているが、どこまで信じていいのか。
「手ならあるわ」
ミハエルさんに頼もうとしたところでベニオが池野を連れて来た。何をするつもりかと見ていると、池野が鬼女の首に触れる。
光のチャクラムが鬼女の首に嵌る。
「少しでも反抗的な行動をすればスパンよ」
鬼よりも鬼なのがここにいた。
「いやー、勉強になりますね。投げるだけかと思ったら色々と応用技があるんですね」
そして狂人が刃物を持った感のある女子中学生が一人。
事情を知らない先住民、知っているはずの王女以下騎士達がドン引きしていた。ミハエルさんは苦笑いで、中学生達は何かを諦めていた。
……俺までヤバい人扱いされてないか心配だった。
「大人しくしてろよ」
「はい……」
イベルト伯爵の起こした事件の関係者を何故かダンジョンモンスター内で確保した訳だが、いつモンスターが襲ってくるか分からない状況で此処に留まるのも危ないので、ダンジョンモンスターに飲み込まれた集落への到着を優先した。
あと些細な事(?)だが鬼女が食べていたのはモンスター襲撃の際に逃げてしまった馬だった。既に死んでいるので食料としてその場で解体されて先住民の方々に渡す事に。肉は貴重らしく大喜びしていた。
「もうこれは村だな」
集落と聞いて避難民のキャンプ地みたいなのを想像したが、いざ到着してみるとちゃんとした村だった。
広い空間の中にテントや廃材で作った建物が並んでいて、予想以上に人が多い。中には子供の姿や赤ん坊を抱いた母親の姿もあった。奥にはサーカスの舞台に使われるような巨大なテントがあり、どうやら村はそこを中心に広がっているようだった。
ここならモンスターも来ないという事なので漸く一息つける訳だが、色々とやらなくちゃいけない事がある。
まずはこのダンジョンについてだが、そっちは王女とミハエルさんに放り投げた。だが、鬼女から軽くでいいから話を聞いておいて欲しいと頼まれた。
「尋問とか……エッチなことするんですか?」
「すぐそういう発想に持っていくのは恥ずかしいぞ」
煽る池野を無視し、先に中学生達を休ませる。村の人は慣れているのか最初に驚きはしたものの新参者の俺達や騎士の為に休憩するスペースを用意してくれた。
そんな彼らとは離れた場所で俺はベニオと一緒に鬼女の話を聞く事にした。本来なら騎士達の仕事なんだが、ダンジョンモンスターに呑み込まれた現状では優先度が低い。危険人物で見張りは必要であるが、そっちよりも生きて帰る事の方が優先される。だからと言う訳じゃないが、手隙の俺らが軽く事情聴取をする事になった。
隅の方で座りこみ、休憩の体裁で話を聞く前に水を飲む。
「この水美味ぇ」
先住民の人に渡されたコップ。中の液体はただの透明な水なのに美味い。良く冷えた水道水ぐらいに。
「で、いつになったらエロい事するんですか?」
「しねえよタコ」
何故か一緒にいる池野の軽口を一蹴して鬼女に向き直る。真っ赤な目で俺を見つめ返してくる。
「えーっと、そういや名前は?」
「ブリジットです」
「それではブリジットさんはどうしてイベルト伯爵と手を組んだんですか?」
口調を改めて言うと、何の面接ですかと池野が言ってきた。茶々入れるだけならあっち言ってろよお前。
「命令でしたので」
「……イベルト伯爵との関係は?」
「表向きや雇用者と被雇用者ですが、実は異母兄妹です」
「……人よりちょっと違う特徴や特技をお持ちのようですが、それは母親からの遺伝ですか?」
どうでもいいがこの事務的な質問の仕方ってやり易い。
「旦那様……前当主の父は私の母について詳しく教えてくれませんでした。私は物心つく前に闘技場の裏口に捨て子同然で置かれていたらしいです。当時いた侍女長によれば、赤ん坊だった私を包んでいた布に伯爵家の紋章が刺繍されていて、それを見た旦那様が私を闘技場で育てる事にしたそうです」
「闘技場で育てる……何故闘技場で……」
「自分の母親やその種族については?」
池野が闘技場で育てる意味が分からず呟いている一方でベニオが鬼女もといブリジットの角について遠回しに質問する。
「分かりません。気づいたら生やせるようになって。炎もそれから操れるようになりました」
ブリジットは自分の額に触れる。出し入れは自由らしく角は首輪をされた時点で無抵抗を示すように引っ込んでいた。ただ俺が折ってしまったのは治っておらず額の角が生えていた部分は古傷のように痕が残っている。
「取り憑いていたアストラル体については?」
「あの黒い炎のですね。信じてもらえるか分かりませんが、私は知りません。どうしてあんなのが自分に眠ってた事も、何故それがあのタイミングで出てきたのも分かりません」
「操られていたような感じだったけど、その時の事は?」
「ぼんやりとですが。明確な意思があって行動していたのは、角を折られる時までです。気が付いたら闘技場の外で倒れてました。取り敢えず街から離れたらダンジョンモンスターに食べられてしまった訳ですけど」
俺に投げられたところは覚えていないようだった。まあ影についてはどうでもいいわな。取り憑かれていたにしても、こいつは最初自分の意思で俺達に攻撃してきたのだから。
「そういや、何でお前闘技場に出てたんだ? あんな鎧着て。趣味か?」
「面接官口調はもう飽きたんですか」
「きっかけは旦那様が死んで兄が家督を継いで少しした後、正体を隠して出てみないかと誘われたからです」
「何でわざわざ正体なんて隠してたんですか? ぶっちゃけ隠す意味ありました?」
「その方が格好良いからと」
「…………」
「……なんでそこで俺を見る」
ベニオと池野が俺に視線を向ける。その目は呆れが混じっていた。俺が言った訳じゃないだろ。
「男子って無駄にカッコつけますよね」
「同感」
「あーはいはい。話を戻そう。伯爵はノリでお前を闘技場に出場させていた訳だな」
「はい。それに兄は昔闘技場に現れたと記録に残っている妖精騎士のファンです。同じく炎を操る私に重ねていた節があります」
「フシって言うかモロでしたけどね。なんで妖精と鬼を一緒くたにしたのか」
「自分の両手切り落としてモンスターの移植するような奴の考えなんて分かるか。で、お前は伯爵の言う通り戦って、次に俺らを襲った訳か。予め計画されていたのか?」
「何時かは何もかも引っ括めて祭りをしたいとは前々から言っていました。今回のは、レア物がいる今がチャンスと……」
「レア物らしいですよセンパイ」
「転移者全員がな」
単純な愉快犯らしい。下手に戦力と権力を持っていたから大規模になっただけでやってる事はただのその場限りなお遊びだった。俺らに犠牲者は出なかったが、闘士の何人かは死んだと聞いている。街では巨大亀の被害か葬式と思われる光景もあった。
伯爵はすぐに捕まったものの、遣る瀬ない話だ。
「つまり結局、お前は伯爵の命令通りに動いただけで詳しい事は何も知らない訳だ。伯爵の手については疑問に思わなかったのか?」
「また変な事に手を出してる程度の感想しか思い浮かびませんでした」
表向き主人である腹違いの兄に対してのこの無関心さ。現代のドライさに似ていた。
「だからって特に疑問も思わず明らかな犯罪に手を貸すって……」
池野も同じように思ったのか、ただ伯爵に協力していたブリジットの行動を理解できなかったようだ。
「ええ。それに私自身、血を見るのが好きなので」
「……はい?」
「己が力を出し切って骨肉を削るような闘争に居心地の良さを感じるんです。要は鉄火場が好きなんです」
「これただの戦闘狂だぁーーっ!!」
「知ってた。で、ここでもそうするか?」
「いや、ここで暴れて生き残ったとしても私一人だとダンジョンを攻略を出来ず結局は死ぬだけですから。その程度の分別はつきますよ?」
「それってつまり憂いがなければ暴れるって事ですよね!」
「そうだな。聞きたい事は聞いたし、向こうの話もどうなってるのか気になるしミハエルさんとこ行ってくる」
「ええっ!? それで良いんですかトモセンパイ!?」
「良いも悪いも、先ずは脱出しないと始まらないだろ」
立ち上がり、見張りをする為に残った騎士達に手を上げて挨拶しつつミハエルさんと王女が入っていた大きなテントへと俺は向かった。




