第二十話
「ピノキオになった気分だ」
「あれはクジラでしたけどねー」
照明弾みたいに魔法で中空に光の玉を浮かせた灯りの下、壊れた馬車から荷物を回収しながらボヤく。隣では池野が毛布を引っ張り出していた。周囲では同じく中学生や騎士達が瓦礫から荷物を引っ張り出したり怪我人の治療にあたっている。
結論から言うと、超巨大蚯蚓にパクリと呑み込まれた割には全員無事だった。騎士達が張った結界のおかげもあるだろうが、地面ごとそのまま飲み込まれたからだ。
決して無傷ではなかったが命に別状はなく軽い打ち身や擦り傷だけで誰一人欠けていない。檻の中にいる男子中学生も暗闇の中でゴロゴロ転がったせいか蒼褪めてはいるが生きている。
それは良いのだが、問題はこの場所だ。
「ミミズの体内とか嫌ですよー。トモセンパイ、壁とか突き破ってください」
「そうなると俺が体液被る羽目になるだろ。それに……」
ここが何処かなんて考えるまでもなく、巨大蚯蚓の体内だ。地面が硬いゴムのような感触で、薄っすらと見える壁は生物的な色合いをしていた。
ただ、これは単純に蚯蚓の体内に入ったという訳ではなさそうだった。
「ここってダンジョンだろ」
「そうよ。ここはダンジョンモンスターの中よ」
最近何かと縁のあるダンジョンだと口から漏らすと怪我人の治療にあたっていたベニオが戻って来て新単語を出してきた。名前からしてどんなのか想像できる。寧ろ名前は体を表すものだからそれで良いんだが。
「向こうで王女様とミハエルさんが呼んでるわ」
「そうか。行ってらっしゃい」
「…………」
「…………俺?」
「そうよ。頼られているわね」
「勘弁してくれよ」
ミハエルさんだけなら会話できるが、王女様が一緒となれば通訳が必要だ。一々通訳者を挟む必要がある。それを何気に面倒だと俺は思うのだ。何より、王女様と通訳を挟むとは言え会話すると思うと居た堪れない気持ちになる。
「駄目よ。ダンジョン踏破者は貴方だけなんだから」
「はあ? ああ、そうなるのか。いやでも闘技場はお前が突破したようなものだろ」
壁抜けでコアを持つイベルト伯爵の所まで行ったのはこいつだ。
「あんなの正規のダンジョン扱いされないわ。オーガのダンジョンをクリアしたのは貴方だし、コンパスの持ち主もトモヒコよ」
モコモコから貰った魔法のコンパス。目的地に向かうための方向を示してくれるこれがあれば複雑なダンジョンを攻略するのは楽になる。じゃあ、これ貸すから――と言おうとしてベニオが半目になって見上げてきたので渋々頷く。
ベニオに連れられてミハエルさんと王女が立って話している所に行く。
「ここ、ダンジョンなんですか」
二人がこっちに気付いたタイミングで声を掛ける。
「ええ、いくら巨大と言っても人が活動できる環境になっているのはおかしい。空間は広いのに緊張を強いるような圧迫感もある。ダンジョンモンスターで間違いないでしょう」
「帝国にはこういうのはよくいるんですか?」
「まさか。私も初めてです。あんな巨大な生物が帝国にいたら情報ぐらいは回って来る筈なんですが」
「……∀≠」
「ちょっと待ってください」
ミハエルさんの困惑した様子を見せる一方で王女が何か気付いたのか口を開くが、俺はそれを遮って周囲を見る。
「犬が濡れたような臭いがする。さっきはなかったのに」
つまり、臭いの原因となる物がこっちに近づいて来ている。ミハエルさん達も臭いに気付いたらしく、王女が騎士達に指示を飛ばす。
「お前ら、固まって行動しろ!」
中学生達には俺が注意を促す。
宙に照明を浮かせてはいるがそれでも照らせる範囲は狭く視界全てを明確にしている訳じゃない。
ここは一応ダンジョンの中だ。つまりは、モンスターもいる訳だ。そこに変な臭いが漂って来たとなればもう原因が何なのか明白だ。
「いた! そこの三人の騎士のいる方向!」
暗闇の奥に何か動く物を発見して大声を上げるが、彼らに日本語は通じない。ミハエルさんが通訳しても数テンポ遅れてしまう。
俺は先んじて走り騎士達の脇を抜け、暗闇の中で飛び掛かって来たモノを掴む。
それは手足の長い毛の無いかような猿みたいな生き物だった。手首から脇腹にかけて膜らしき皮もある。猿じゃなくて二足歩行する蝙蝠かコレ?
キーキー喚きはじめたモンスターの掴んでいた手首をへし折り、顔面を蹴り上げる。
コウモリか猿か分からないモンスターが青い血を顔から撒き散らして後ろに吹っ飛んで行く。闇に慣れてきた目でその方向を見ると、同じ外見をしたモンスターがゾロゾロと走って来ていた。視線を素早く左右に動かすと、正面からでなく壁を伝って回り込み集団の姿も確認できた。
「モンスターだ! 囲まれたッ!」
警告を発しながら突撃をかまして来たモンスター達を受け止めて逆に押し出し弾き飛ばす。その俺の頭上を一部のモンスターが腕の膜を広げて滑空し飛び越えていった。
「そうだろうなと思ったけどホントに飛ぶのかよ!」
もしかして程度に思っていた分、頭を飛び越えられるのは旗が立つ。跳躍して掴んで引きずり降ろそうとするが、後ろから重量感のある足音が聞こえて来たので諦め振り返る。
暗闇の奥からコウモリモドキを撥ね飛ばしながら突進してくる鱗のない鰐がいた。
上下に大きく顎を開いて飛びかかるそれを、顎の上下を掴んで受け止め突進の勢いを受け流し回転しながら俺は鰐を振り回す。ついでにコウモリ供を巻き添えに薙ぎ倒して、最後には鰐をモンスターの集団に投げつける。
ボウリングのように綺麗にいかずそのままコウモリを押し潰しながら転がって行く鰐の末路を見届けず、騎士や中学生らの様子を確認する。
囲まれている上に視界が悪いため苦戦していた。ダンジョンモンスターで張った結界の負担が残っているのかもしれない。騎士達の動きが悪い。
暗闇に慣れたモンスター達とまともに戦うには明るさが必要だ。せめてもっと光源を増やせれば、もしくは光量を、だ。
そう思っていた矢先、池野がチャクラムを真上に投げた。光のチャクラムは宙に止まったまま縦横に高速で回転を始める。それにベニオが下から光の玉を放出してチャクラムの内側に入れる。
すると光の玉から発せられる光量が増した上にチャクラムの表面に反射しているのかビームライトの条がいくつも伸びて離れた場所のモンスターを強く照らし出した。
「ひゃはーっ、なんか凄くなりましたよコレ!」
どうやらベニオの案だったらしく、チャクラムを操っている筈の池野は予想外にびっくりしていた。
何であれ視界がより広がったのは良しだ。ビームライトの強さにモンスター達も怯んだので、その隙に騎士達が態勢を整え反撃する。中学生らも単独行動せず右往左往しながらも近付いて来たモンスターを相手に戦っている。怒声が悲鳴と区別つかないのはご愛嬌だろう。
これで一安心、かと思いきや地面から何かが勢い良く出現した。ダンジョンモンスターに呑み込まれる前に騎士が戦ったのとよく似た蚯蚓だ。ただしこっちは顎がより凶悪で爪のように牙が生えてそれが左右に動いている。
「ああっ、次から次へと!」
地面から体を伸ばして蚯蚓が俺に突進して来る。俺はそれを横に跳んで避けつつすれ違いざまに拳を叩きつける。
蚯蚓の長い体が横にスライドしてコウモリモドキを巻き込んで壁にぶち当たる。胴体を大きく凹ませた蚯蚓は口から大量の青い血とぶち撒け動かなくなった。
これで、とは思わない。蚯蚓はこの一匹だけでない。他にも沢山の蚯蚓の化け物が床や壁から次々と現れる。
鎧を来ているせいか動きの鈍かった騎士の一人が丸呑みにされるのを見て、俺は急いで駆け寄る。
だがそれよりも速く、近くにいた王女が蚯蚓の体を切り裂いた。切り落とされた蚯蚓の口から別の騎士が仲間の足を掴んで引っ張り出す。丸呑みされる寸前だったからか、幸いにも騎士は無事だ。
「トモセンパイ、助けてください! このままじゃ極一部の性癖の人にしか受けない展開になっちゃいますよ。と言うか気持ち悪くて近づきたくない!」
最後のが本音だろうと思いつつ、騒がしい池野達中学生の所に向かう。何だかんだと悲鳴を上げているが、池野の場合ラジコンのように自由に動かせるチャクラムを使えるので寧ろ蚯蚓との相性は良いのだ。だからあいつの所よりも危なそうな方を助ける。
ちなみにベニオは例の物理法則を無視した変形をするダガー付き籠手で歩きながらモンスターを斬り裂き時々雷撃で黒焦げにしている最中だったので放置する。
地面が不自然な盛り上がりを見せたのでその上に立っていた女子生徒の襟を掴んで退かす。
「きゃ――ヒィッ!?」
その眼前を地面から現れた蚯蚓が通過する。退かした女子生徒を脇に置きながら、出てきた蚯蚓を蹴る。穴の縁がつっかえとなってそこから蚯蚓の長い胴が潰れる。それでも蚯蚓は上部分はまだ生きているらしく地面で跳ねる。
「足元にも気を付けろ! 天井もな!」
女子生徒を池野の所に押し付けながら、まだ生きている蚯蚓の頭(口に近い部分)を蹴る。内部で肉が潰れたのか蚯蚓は口から大量の青い血を吐いて動かなくなった。
蚯蚓はモンスターと人の区別をせずに襲っているが、巨体な上に何処から飛び出して来るのかは直前にならないと判断できない。
馬車の残骸が蚯蚓の化け物に粉砕されて飛び散る。生き残っていた馬までも丸呑みにして食われていき、何頭がか錯乱して闇の中へ闇雲に走り去ってしまった。
しっちゃかめっちゃかな状況の中で金属が歪む大きな音が聞こえて視界に檻が転がる。あれは男子生徒が入っていた檻の筈だ。
まさか食われたのかと思い慌てて駆け寄るが中には誰もおらず、檻はひしゃげて格子は歪んで人一人は十分に通れるスペースが開いていた。
周囲を見渡すと、いた。蚯蚓の突進で檻ごと弾き飛ばされたのか地面から丁度身を起こすところだった。そして、男子生徒の両腕から破片が滑り落ちた。
魔法とスキルを封じていた手枷が壊れていた。
「――ッ!」
「あっ、待て!」
手枷が外れて目を見開く男子生徒が顔を上げた瞬間、目が合った。その直後に彼は後ろを向いて走り出す。その先は灯りの届かない暗闇のみで味方もいない。
「止めろ! 行くな! 戻って来い!!」
呼び止めても足を止める様子がない。逃げ出すにしてもこの状況下では自殺と変わらない。
急いで追いかければ、十分間に合う。俺が駆け出した瞬間、頭上から蚯蚓が口を開けて落ちてきた。馬も飲み込む蚯蚓の口の中にすっぽりと収まり視界が闇に包まれる。
「邪魔だァッ!」
腕を伸ばして口内の壁を掴んで左右に力一杯引っ張る。布が裂けるように千切れる音を立てて蚯蚓が引き裂かれた。
外に出て裏拳を蚯蚓に叩き込みつつ男子生徒の姿を探すが、完全に見失った。
「クソッ」
見えなくなっても去っていった方向に行って魔法のコンパスで追えば追いつけるかもしれない。だがまだ戦闘中だ。ここを離れる訳にはいかない。
「ミハエルさん、このままじゃ犠牲が出る!」
近くにいたコウモリモドキと鰐を殴り飛ばしながら声を張り上げる。
「しかし、道が分かりません! 怪我人を抱えたまま闇雲に走るのは危険です!」
「こっちで探す!」
モンスターの数が減る様子はない。せめてどこかに移動したい。仮にもダンジョンと呼ばれるぐらいなのだから横道の一つや二つある筈だ。
コンパスを取り出して逃げ込めそうな道を念じながら針を見る。ぐるりと一回転したところで針がある方向に止める。
顔を上げてその方角を見る。池野のチャクラムに照らされていない暗闇の向こうから淡い光の揺らめきがいくつか見えた。
誰かいる――そう思った直後にいくつかの白く細い物体が飛来した。
白いそれらは俺の脇を通り過ぎてモンスター達に突き刺さる。
「∀∥▽+!」
この世界の言葉が聞こえ、暗闇の中から淡い緑の光を放つランタンを持った人間達が現れた。先頭に立つのは金髪の女で弓矢を構えており、手招きをしながら大声で何か言いながら次々と白い矢を放つ。俺の頭上を通り過ぎる矢を見ると、恐らくコウモリモドキの長い腕の骨を細く削って作られているらしい。
彼女達が何者で何を喋っているのか分からないが、どのみちそっちの方角に行くつもりだったし援護してくれるときた。だとすると何を言っているのかも大凡察しがつく。
「ミハエルさん!」
俺が彼女らの方に指を示すとミハエルさんは頷いて王女に何か言うと、王女もまた頷いて号令をかける。
それに反応し、騎士達が一つの意思の下で動き始める。
弓使いの女への道を何名かが走って灯りの魔法を放ち視界を確保し、続いてモンスターからの防波堤なって道の安全を確保するグループ、そこに怪我人を運ぶ軽傷者が慌てず急いで道を進んでいく。
「お前ら集まれ! 集まったな!? いない奴はいないな!? ――よし、行け!」
謎の集団がモンスター達を足止めしている間に、手を叩いて中学生達をざっと集めてこれまたざっと縦横の掛け算で人数を数えて確認しとっとと避難させる。
人数が一クラスの半分以下と言うのもあるが、闘技場での事件が良くも悪くも場慣れさせてしまった感がある。
こいつら日本に戻ったらまともな生活に戻れるのか心配になってしまうが、今は逃げる事が先決だ。
俺が最後尾だと確認し、殿として追って来るモンスターを蹴散らしながら皆の所に走る。
「◇∵⊥∠!」
弓を持つ謎の女が俺の後方を見て表情を固め何か叫ぶ。嫌な予感がして後ろを振り返ると、ダンジョンモンスターを除いて今までで一番デカく凶悪な顎を持った蚯蚓が闇の中からゆっくりと出てきた。
食物連鎖で次々とデカいモンスターが現れている。これ以上は流石にないよな?
「トモセンパイ、後ろから来てます! すっごい見てる! 目なんて無いけど!」
安全地帯に避難した池野が叫んでいた。皆がいるのは横穴の通路らしき場所だった。あそこまで行けばデカブツは入れないだろう。入れたとしても動きは大幅に制限される。
俺はそちらに向かって全速力で走り出す。しかし、怪我人を運んでいた騎士が遅れていた。後ろからは巨大な物体が動く空間の圧迫感が押し寄せている感覚がし、それを証明するようにモンスター達の悲鳴が聞こえる。
俺は遅れている騎士達の鎧を掴むと、横穴に向けて投げる。モンスター相手には勇猛果敢だった騎士が絶叫を上げて横穴にゴールした。世界は違っても悲鳴は同じだが、こっちのは英語圏みたいな高めな感じだ。
悲鳴はともかく投げの行動で足を止めてしまった訳で、後ろを振り返るとちょうど宙に浮かぶ光源を遮る形で巨大蚯蚓は俺を見下ろし影が覆い被さっていた。
来るか、と思ったが蚯蚓が起こしたのは突進ではなく、顎の周囲をいきなり膨らませる行為だった。
何が、と思う前に紫色の煙が蚯蚓の口から噴射された。その直後、蚯蚓が飛び掛かって来る。
「――クッサァァァァッ!?」
紫の煙に包まれた中、臭いに耐えきれず思わず叫んでしまった。同時に突進して来た蚯蚓の顎の端を八つ当たり気味に殴りつける。
殴られた箇所から大きくへこんだ蚯蚓はその衝撃に耐えきれず大きく仰け反って重量感のある音を立てて倒れる。暫くはのたうち回っていたが、引っ張られるようにして長い胴体が暗闇の中へと引っ込んで行った。
圧迫感も消えたので完全に逃げたようだ。他の中型の蚯蚓も消え、残ったモンスター達も巨大蚯蚓の動きに巻き込まれて潰れている。
何だかんだで最終的には慌てて逃げる必要がなくなっていた。俺は拡散し消えていく紫の煙の中、肉が腐ったように悪臭に咳き込みながら皆が避難した横穴に近づく。
「すげぇ臭う。衛生面は通過したけど安さに反比例したまっずい肉を焼いたような――」
横穴の入り口の手前に着いた瞬間、大量の水が浴びせられた。
「……いきなり酷くないか?」
「浴びた毒を洗浄してるの。次は後ろ向いて。両手も上げて」
ベニオが籠手の刃の代わりにホースの噴射口のような形をした物を向けており、そこから大量の水が俺に浴びせられていた。そんな機能もあるのかよソレ。
「ただの臭い息じゃなくて、毒?」
「毒よ。トモヒコは平気でも私達は別だから。服も着替えた方が良いわね。脱いで、全部」
マジか。
俺は大量の水をぶっかけられながらベニオの背後を見る。こんな人の目が多くある所で脱げと言うか。
まあ、事態が事態なので脱ぐが。
「ただしそこのガン見してる奴はどっかにやれ」
「ええぇっ!? そんなぁ!!」




