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第二話


 目が覚めて一番に見たのは、あのハムスターだか狸だが分からないモコモコした生物だった。それも沢山。

 俺の目が覚めたと気付くとモコモコは一斉に逃げ出す。


「なんだァ?」


 体を起こすして周囲を見回す俺は縦穴の中におり、下にはクッション代わりなのか草が敷かれている。

 殴られた頭を触ると、なんか植物のデカい葉が貼られて植物の蔓のようなものでグルグル巻きにされている。

 穴の出口に視線を向ければ覗き見していたさっきのモコモコ達がまた逃げ出していく。

 体を起こし、天井が低いので中腰になって穴から出る。穴の外は幸いにも天井が高く普通に立てた。立てたはいいが、目の前の光景には流石に驚いて立つ尽くすままになった。

 あのモコモコが大量にいた。俺が目覚めた時点であれだけいたのだから巣なのだろうと思ったが、彼らスケールでの町がそこにあり、首にスカーフや石のネックレスなどをしたモコモコが二本足で歩いている。

 何と言うか、ファンシーである。不思議の国のとかネバーランドのような童話みたいな光景だ。ここに俺がいても大丈夫なのか? ジャンル違いだぞ。不良漫画がいきなり少女漫画になったみたいな。

 唖然としていると、俺の存在に気付いたモコモコ達が慌てて逃げ出して他の縦穴の影からこっちをじっと見ている。

 何だこれやりづれえ。どうしたものかと思っていると、一団さんがこっち来た。

 先頭を歩いているのは首にスカーフを重ねて巻いてカラフルな格好(?)をし杖を持っているモコモコだ。大きさは一メートル二十センチ弱。その後ろにも同じ大きさのモコモコがいる。その集団の中から、一匹が四本の足で飛び出して走って来て、俺の前で二本足で立った。

 モコモコは走る時は四本足だが立って歩くのは二本なのか。それにどうやら大人が百二十センチ程で俺の目の前にいる百センチのは子供のようだ。というか川辺で遭遇したのと同じ色の体毛にスカーフなので、あの時の個体と思っていいだろ。

 杖を持った如何にも『私が村長です』と主張しているモコモコが俺の前に到着する。


「キーキ、キュルキキ、キーキュ」

「…………」


 喋ってるようだけど言葉わっかんねえ!


「俺の名前は犀川智彦だ」

「キュ?」


 ヤケになって名乗ってみたが首を傾げられた。仕方ないと言えば仕方ないが、これからどうすんだよ。言葉通じないんじゃどうコミュニケーションをとっていけば良いのか。

 俺が悩んでいるとモコ長は後ろの大人モコに何やら喋る。すると大人モコ数人が走り出し、すぐに戻って来る。数人掛かりで石の塊を運んでいた。

 この石って確か緑の鬼が持っていた棍棒だよな。


「キキキュ、キューキケ」

「だから言葉分かん――って、ええ!?」


 モコ長は棍棒を指差したかと思うと、持っていた自分の杖を追った。意外と力あるんだな。

 折った杖を持ったまま、モコ長は再び棍棒を指差す。やれってか?

 棍棒を左手で持ち、右手を刀の形にして振り下ろす。ポキッ、と簡単に割れる。酒瓶を手刀で割る一発芸を持つ俺にとってこのぐらい簡単だ。


「キュ、キュゥゥゥッ!」


 俺の一発芸を見たモコモコ達大騒ぎ。あっち行ったりこっち行ったりと途端にバタバタし始める。驚いているようだが、怖がっている訳ではないようだ。

 うーん、色んな意味でますます俺がいても良い空間なのか。そう思っていると腹の虫が鳴った。途端に丸一日は食ってないぐらいの空腹感が無慈悲に襲ってきた。

 モコモコ達が動きを止めて俺を見上げる。


「……なんか食い物ない?」




 言葉が通じた訳ではないが生理現象は異世界でも共通らしく食事を用意してくれた。

 場所は洞窟の中心の広場で、多くのモコモコがいる。童話チックな光景に戸惑うが、彼らは宴を開いてくれているらしく何もなかった広場に色々と物を持ち込みはじめた。

 俺の腹の虫は調子づいたのかさっきから鳴りっぱなしだ。だからか先に食い物を持ってきてくれた。

 土を固めた椅子に座り、同じ土のテーブルの上に食べ物が運ばれてくる。

 大きな葉っぱを食器代わりにして木の実や果物が乗っている。コップ代わりに葉っぱを編んだ器があり、綺麗な水が入っていた。

 腹に溜まりそうにないが、ありがたくいただく。見たことのない南国風の明るい色の果物だが、味は梨やバイマップルに似ている。あっ、葡萄そのものがある。

 木の実は取り敢えず殻を割って実を取り出す。あれ、これって蒸してない。少なくとも生ではないらしく、食べてみると栗の味がした。

 どうやって蒸したのか。それとも異世界の栗は生でも蒸したような味がするのだろうか?

 そう思っていると、肉を焼いたような匂いが鼻腔に届く。

 驚いて匂いのする方向を見ると、広場の一角でモコモコが魚を焼いていた。平べったい水晶の上に乗せて焼いているのだが、板の下には火がない。水晶そのものが高熱を発しているようで、その熱で焼いている。そうして出来た魚一匹が俺の前に置かれる。

 二又の木のフォークで魚の身を解して口に運ぶ。ヤベェクソ美味い。それに小さいレモンのような物の果汁をかけるとより味が引き締まってより美味い。

 思わず食う速度が上がり、一気に食い尽くした。


 飯が終わると俺は目覚めた縦穴に戻って横になる。腹一杯で満足だ。それに飯の最後にはキュウリの漬物のような物が出てきて、これがまた酸っぱくて美味かった。

 葉っぱのベッドの上で仰向けになりながら膨らんだ腹を撫でる。さっきは気付かなかったが、壁に小さく掘った箇所があって光る石が置かれていた。これが彼らの住まいを照らす光源か。ファンタジーだな。

 腹を撫でていた手を額伸ばす。頭に巻かれた蔓は薬草をすり潰した物を固定する為の物らしく、食事が終わった後に取り替えてくれた。頭の出血派手なので重傷に見えるが、額を切っただけで済んだようだ。

 俺はなんかあの緑色の鬼から子供を救ってくれた恩人扱いされている。言葉が通じなくてもそれぐらいは分かる。

 それはいいんだが、ここは何処だろうか。消えたクラスメイトを探さないといけないのだが、手掛かりがない。異世界転移の定番となれば城とか神殿の中に召喚されるものらしいが、いきなりダンジョンのパターンもあるとか。もしかしたらこの森のどこかでサバイバルしているかもしれないし、定石通りどこかの城にいるのかもしれない。

 というかここで俺以外の人間に会ってないんだが、もしかして毛の無い猿はいない世界なのだろうか。

 色々と推測できるが、答え合わせができないのだからいくら頭を働かせたところで下手な考えに変わりない。

 俺は満腹感による眠気に逆らわず、瞼を閉じてそのまま眠るのだった。




 翌日、目が覚めて低い天井だという事を忘れて頭をぶつけた。カプセルホテルよりはマシだが、俺の体格だとやっぱりこの縦穴は狭い。

 肩を回すなどして軽く柔軟。うん、調子は良いな。草のクッションは何気に心地良かったし、ここは暖かい。何よりも目覚ましがない。

 さて、これからどうするか。取り敢えず厚かましいながら飯を貰いに行こう。

 そう思っていると、モコモコが一人縦穴に入ってくる。手招きされたのでついて行くと、昨日の広場で飯が用意されていた。


「至れり尽くせりで申し訳ないな。ありがとう」


 言っても通じないわな。首を傾げたモコモコに軽く笑い、朝食を頂く。……朝食で良いんだよな?

 昨日の俺の食いっぷりを見たからか、野菜料理が山と積まれていた。

 どこで手に入れているのか、塩味がするので淡白じゃない。野菜も瑞々しくて噛んだ感触がしっかりあるのが良い。

 サラダって結構美味いな。ドレッシングやマヨネーズをいい加減に打ち込むうちの母親に見習って欲しい。

 草食動物になった感じで食っていると、足元に何かが転がって来た。それは格子のように編まれたボールだった。

 拾い上げてみると、それは植物の茎を薄くして乾燥させ球体に編んで作られた物だった。大きさといい、鞠だな。

 顔を上げると緑の鬼に追われていたらしいモコモコが少し離れた場所からこっちを見ている。その後ろには鞠を投げて遊んでいる他のモコモコ達が。どうやら子供のモコモコらしい。

 俺は飯を口の中に一気に押し込むと立ち上がり、鞠を軽く蹴ってリフティング。この鞠、硬いが結構跳ねるな。

 サッカー部を挑発し凹ませた事もある俺のリフティング技術に子モコモコ達は凄いびっくりしている。最後に軽く蹴り上げて頭の上に乗せる。そこでようやく子モコモコ達が動き出す。一斉に俺に群がって来たのだ。

 毛皮のせいか温いなこいつら。いや、暑い! 大量に集まってくるからコタツみたいに暑い!


「教えてやるから散れ、散れ!」


 子モコモコを引き剥がしてリフティングを教えてやる事に。と言っても言葉は通じないので手本として実演する。

 問題は彼らの手足の長さだ。短いが腕は組む程度ならできる。けど足をモデルのような組み方はできない。せいぜい足の甲に足を乗せる程度。だから膝で蹴るのは無理だな。まあ、つま先で蹴り上げられれば十分だ。あとは練習あるのみである。

 三回ぐらいは地面に落とさず蹴れるのが出て来た頃、大人モコモコが現れて子モコモコ達が散っていく。どうやら家の手伝いの時間らしい。

 その後、俺は流れでこのモコモコ集落の見学して回る事に。言葉は通じないので何となくではあるが。

 案内してくれるモコモコが数人。好奇心なのか俺の後ろを付いて回っては離れ、入れ代わりに他のモコモコがついて来る。ちょっとした行列だな。

 最初に見たのは工芸品を作っている所だ。主に植物の葉を折り紙のように畳んだり蔓で縛ったりして日用品を作っている。木製のもあるが、大きな葉を綺麗に半球状の器にできる彼らからすると葉の方が良いようだ。

 それと彼らが身につけているスカーフや布の原料が判明した。モコモコ達自身の毛だった。

 モコモコが別の者に毛繕いされている時にその事実が判明した。床屋のように椅子に座ったモコモコの背中を木製の櫛で手入れし、それで抜けた毛を籠に入れて縦穴の奥へと持っていく。

 そこでは手に入れた毛を糸にしている作業の真っ最中だった。隣では出来た糸を手編みで布にしている。

 もっと奥には大量の毛があったので、もしかすると毛が生え変わる時期に一気に手に入れているのかもしれない。

 集落の中を見学していると、他のモコモコ達とは趣の違うモコモコ達がいるのを発見する。彼らは杖を持っていくつかのグループで円になって座り、何やら集中している。見ていると、彼らの中心に植物の芽が生えて急速に成長し、小さな花を咲かせた。中には一人で念じ、杖を向けた先の石を浮かしているのもいる。

 魔法だよスッゲェ。ファンシーな生き物が魔法使ってるよ。

 昨日の魚も水晶のような物で焼いていたが、やっぱり魔法の類だったか。

 杖を持った彼らは魔法が使えるエリート層らしく、修行をしていない時は集落の壁に生やした植物の蔓に魔法をかけて成長を早めたり、作業中に擦り傷を作ったモコモコの傷を癒したりしている。

 魔法使いモコモコの中から、昨日俺に棍棒を折るように言ったモコ長が出て来る。


「キュ、キキュ」

「ども」


 うん、通じないな。キューキュー鳴かれても分からん。取り敢えず頷いておく。するとどうした事かついて来い的な感じで歩き始めるモコ長。頷いた手前、黙ってついて行く。

 ところで今手に持ってるのは木目が同じだし昨日折った杖だよな。やっぱり魔法で直したのだろうか。

 ついて行くと、洞窟の外に出た。出入り口には木の棒に尖った石を蔓で巻いた槍を持つモコモコが立っており、キリッとしてて何かカッコいい。

 やはりと言うか、彼らの集落は地面に穴を掘って作った物だ。入り口付近は草木で見え難くなっている。

 なんだか久しぶりに日光を浴びたような気がする。空気も……地下でいる時とそう変わらんな。あそこには柔らかい光を放つ石と壁などが植生されていたからか。

 モコ長は俺がついて来てるのを振り返って一度確認すると、森の奥へと進み始めた。背が低いから茂みの中に入られると分かり難いな。何よりも慣れなのか細かい枝にも引っかかる事なく進んでいる。

 到着したのは小川だった。膝の下まで入るかどうか程度の深さで、壁と底に石が敷き詰められているので自然に出来た物ではない。おそらくは彼らが川から引いた水路なのだろう。

 他のモコモコ達が甕に水を入れて数人がかりで運んでいる。


「ここが?」


 集落の中の次は外を案内でもしてくれたのかと思ったがどうやら違うようだ。モコ長が杖の先端を俺の服に向ける。

 湖に落ちて雑に乾かし殴られて流れた血が染みたままの制服だった。モコ長が鼻を摘むジェスチャーもした。

 うん、そうだな。洗うか。パンツ一丁になって、俺は服を洗い始める。血の染みなんてどうやって落とすんだよと思ったが、小さい木の実を差し出される。柔らかく、酸っぱい匂いがするそれで染みの部分を擦ると木の実が色を吸い取っていく。

 便利だ。日本に持って帰れば母親が喜ぶかもしれん。

 そう思いながら汚れ取りを行う。パンツも洗わないとな。それを言ったら身体もなんだが、この狭い水路だと水浴びはできないな。一々掬って被るのも面倒だ。

 いっそこの水路の水源である川の方に行って飛び込んだ方が早い。

 俺は洗濯用の木の実をいくつか持ってパンツ一丁のまま水路の流れとは逆方向を辿っていく。すると直ぐに大きな川に到着した。

 昨日歩いていた川辺と違い、地面から一歩足を踏み出せば川に落ちてしまう。水自体は綺麗だし、手前は足が十分に付く深さなので躊躇わず入る。

 全身に水を浴びて爽快感。手足や身体を木の実を使って擦り、汗や乾いた血を垢を擦り落とす。パンツやパンツの中も拭き取っていると森からモコモコがキューキュー言いながらこっちを向いている。

 覗きではないだろうし囃し立てている訳でもない。寧ろ危ないぞ馬鹿野郎ッ! と怒鳴っているように思える。

 入っちゃ駄目だったのかと思いつつ川から上がろうと陸に向かって進む。その時、川の中で何かが視界の端を横切った。


「あ?」


 釣られて顔を横に向けた途端、水面から巨大な口が横向きになって飛び出して来た。巨大な顎に鋸のように伸びる牙。それが俺の左右から勢い良く閉じる。


「ワニィーーーーーーッ!?」


 思わず拳をワニの喉奥に叩き込む。同時に俺の体に両側から牙が食い込む。


「イダダダダダダ何すんじゃゴラァ!」


喉奥に拳を突っ込ませたまま腕を振り回して引き剥がし、持ち上げて陸に叩きつける。ひっくり返った状態で叩き落とされたワニはそのまま動かなくなって拳伝いに力が抜けていくのを感じる。


「あ~、くそ、血出てるじゃねえか」


 牙が刺さった箇所から血が流れる。痕が下手くそな刺繍みたいになってダセェ。

 川から出るとモコモコズがワニの周囲に集まって木の棒で突いていた。


「キューッ!!」


 モコ長が杖を掲げて叫ぶと、モコモコ達が一斉に動き出す。仲間を呼びに行く者、植物の蔓を調達してワニを縛りあげる者など。統率取れてるな。


「キューケ」

「おお?」


 皆が動く中、モコ長が俺に杖を向ける。すると眩しくない淡い光に包まれ、傷口から血が止まった。

 傷が完治した訳じゃないが瘡蓋が出来て血が完全に止まっている。


「すげぇな魔法。絆創膏要らずだ」


 続いて別の杖持ちモコモコがやって来て俺の制服を魔法で乾かし始めた。あっという間に水分が抜けてすぐに着れる状態に。ついでに俺の体も乾かしてもらう。スゲェな魔法。

 感心している間にモコモコ達は担架を作ってワニを乗せ、呼ばれて駆けつけた槍持ちモコモコ達が数人で担架を持ち上げて運び始める。

 食うつもりか? ワニって食った事ないけどどんな味がするんだ?

 意気揚々と帰り道を進んでいると、進行方向上の茂みが大きく揺れた。モコモコ達が一斉に立ち止まり、槍持ちモコモコが前に出る。

 木々の影から三つの巨体が現れる。あの緑色の鬼だった。向こうもここで遭遇したのに驚き一瞬硬直するが、すぐに棍棒を振り上げ駆け出して来た。

 キリッと戦闘態勢を整える槍モコモコと杖モコモコ。モコ長が鬨の声を上げる。

 さながら部族間抗争――なのはともかくとして、殴ろう。


「テメェまたかァ!」


 先頭の一体を殴ったら続く二体が巻き込まれて吹っ飛ぶ。

 前もこいつらいきなり人に殴りかかって来たからな。もう見つけ次第殴るリストに加えてしこたま殴ってやる。

 フハハハハハッ、体調悪かった時とは違うんだよダボがァ!


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