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第十九話


 帝国の動きは思った以上に迅速だった。

 ミハエルさんからの手紙でイベルト伯爵の凶行を知ると代官やコアを操作出来る技術者、それと転移者を護送する兵達の手配を即座に行い送り出したようだ。

 こっちの想像より早く着いた彼らが用意した馬車へ翌朝には俺達は乗せられ、帝都までの道のりを慌ただしく出発する事になった。

 馬車は俺が闘技場前で見た馬車と同じ形式で外からは中の様子が見えないようになっている。よく知らんが転移者の存在はあまり周囲に知られたくないようだ。そんな事情を知らず、街の復興を手伝ったりしてしまったが流石にそれは仕方ないだろう。

 移動には帝都から来て即引き返す兵達だけでなく、元から遠征からの帰りだった第二王女の騎士団も一緒となった。護衛の隊長の男が凄く驚いていて少し可哀想ではあった。

 帰りはミカエルさんも一緒だ。元々転移者達の面倒を見るのが彼の仕事なので、本来の担当が来れば報告書だけ渡して交代だ。街に残ったイベルト伯爵の尋問も本格的になるだろうが、それは俺達に関係ない。

 それと例の男子中学生は一緒だ。ただし檻の中だが。ミハエルさんを通して王女に確認したのだが、異世界から神の御業により召喚された人間が犯罪に加担した場合の処罰などは彼女でも判断が難しいので王と大臣の判断を仰ぐしかないとの事。

 伯爵のお遊びに乗って危うく同級生を殺しかけたのだ。許せとは言わないが死刑とか元の世界に五体満足で帰せなくなるようなのは勘弁して欲しい。何にしても帝都に着いてからだな。


「デラック帝国ってどんな所だ?」


 道程は数日だ。日が昇っている間に移動し夜になると停まるを繰り返す訳だが日中全て走っている訳じゃなく休憩を兼ねて食事の為に時々停まる。

 用意された昼飯を頂きながら皆で食っていると、ふと今から向かう場所が気になったので池野に聞いてみた。

 レジャーシートみたいなのを敷いて、木製の食器でシチューっぽいのを食っていた池野が顔を上げる。口の横にシチューがついていた。


「城から出てないんでなんとも。ただ、窓から見下ろした限りでは賑わっていましたよ。綺麗な建物もあってヨーロッパの観光地みたいでした」

「海外旅行行った事あんのか?」

「小学生の頃に家族旅行で。あといつまで無視するんですか。舐めて取ってくれてもいいんですよ?」


 ハンカチを顔に投げつける。最初は不満そうにしていたが、モコモコの毛で編まれたハンカチの手触りに騒ぎはじめた。


「なにこれ明らかに高級品!?」

「城から出た事ないって、お前ら何して過ごしてたんだ?」

「この世界についての勉強とかですかね。通貨とか簡単な地理ぐらいですけど。後は戦闘向きの力の人は戦闘訓練を。本格的なのはこっちでやる予定だったんですけどねー」


 そういえばそんな事を言っていた気もする。


「それにしては弱くないか。スキルとか魔法とか最初からあったんだろ?」

「トモセンパイが普通じゃないだけです」

「でも魔法あるんだろ? 前は脆いチャクラムだけで戦ってなかったか?」

「だからセンパイがおかしいんであって……もういいや。私が使えるのは光属性っぽい魔法なんですよ。速度はあっても威力が低くて、あの時は当たっても効かないから使わなかったんです」

「見せてもらっても良いかしら?」


 今まで黙って食っていたベニオが話に割って入る。こいつ、色んな魔法が使えるみたいだから興味があるのだろう。


「構いませんよ。えっと、的は……アレで良いですかね」

「アレじゃなくてな。同級生じゃなくてあっちの岩を狙え」


 さり気なくろ檻の中にいる男子中学生を的にしようとした池野の腕を掴んで矛先を手頃な岩に向けさせる。

 池野は舌打ちさせつつも岩に向かって魔法を発動させる。


「えいっ」


 軽い声の直後、池野の掌から光の線が出て岩に命中する。岩の表面が焦げたのか当たった箇所から煙が上がる。


「ショボいな」

「だから使わなかったんですよ。遠距離攻撃の手段がある分マシですよ」

「あんなもん、まだ物投げた方がマシだろ」


 近くに手頃の石が無かったのでポケットを漁り、出てきた硬貨を握る。腕相撲や拳闘で稼いだ金の一部で小さな銅貨だ。

 俺はそれを岩へと投げる。丸い銅貨は岩に刺さって半分ほど埋まる。


「ないわー。マジでないですよ」

「なんでだよ」

「威力はこの際置いておきましょう。普通そこは指弾でしょ。何で普通に投げてるんですか」

「指弾って指で弾くやつか? いや、普通に投げた方が楽だし威力あるだろ。銭形だって手で投げてる」

「銭形ってアニメの? お金投げてましたっけ? 手錠じゃなくて?」

「違う。時代劇のだよ。岡っ引の銭形……えっ、マジで知らない?」

「知りません。水戸黄門なら知ってますけど」


 水戸黄門知ってて銭形知らないとか。他の中学生らに視線を向けると、誰も知らないようだった。かなりショックなんだが。


「これがジェネレーションキャップか」

「二つか三つしか違わないのに何言ってるんですか」

「異世界の話もいいけど、さっきの魔法をもう一度撃ってみてくれる?」


 日本の時代劇を真に知らないベニオが話を戻す。


「今度はトモヒコに向かってね」

「はいはい」


 池野が手をこっちに向けて光線を放ってきた。


「うぉっ!? 危ねえ!」


 光線を横に叩くと曲がって先程の岩にぶつかり岩が欠ける。


「何すんだお前ら!」

「トモセンパイなら平気でしょう。それよりも私としては光線が曲がった事の方が気になるんですけど」

「貴女の魔法、光の線を束ねたものじゃなくてエネルギーの塊を放出してるのよ。線に見えるのは単に光の尾ね」

「あー、やっぱり。速いけど、光速と言われると違いますもんね」

「鍛えればレーザーに近い魔法が使えるだろうから、練習しておけば良いわ」

「その練習する場所がああなっちゃった訳ですけどねー」


 訓練を受けるために来たのにわずか数日でおしゃかだからな。満足に鍛えられていない。


「トモセンパイはステータス上がりましたけど、何か魔法やスキル覚えました?」

「ゲームじゃないんだから突然覚える訳ないだろ」


 言いながら自分のステータスを改めて確認する。熱中症でぶっ倒れた翌日にベニオや池野から言われたが、鬼女や影と戦ったせいか鍛えられたのかステータスは上昇していた。それでも一番高い力が漸く二桁に入ったところだが。

 あと熱耐性が生えてた。これは散々焼かれたから納得出来る。幻聴なのかマナアーマーが文句言ってるような気がした。

 ともかく何もしてないのにいきなりスキルや魔法がゲームのように生える訳がない。


「覚えるみたいですよ」

「手段はあるわね」

「マジかよ」


 池野の話では帝都に残った生徒の一人が召喚された翌日に新しくスキルを覚えたらしい。ちなみに当の彼は農業特化で最初は広範囲に種子を撒く技能しかなかったが、その時覚えたのは広範囲に水を撒くスキルだった。先に地面耕すの覚えろよと思わなくもない。

 一方、ベニオからの情報だと練習しているとマナアーマーが学習してそれを補佐したり強化する方に最適化して結果的にスキルという形で表示されるそうだ。俺の火耐性がそれだな。


「増えた保有マナの量から耐性以外にも何か会得していてもおかしくないのだけど、そんな様子はないわね。リソースに余裕を持たせているにしても多すぎるし。ステータスで表示されないところで消費しているのかしら」

「トモセンパイ自身変ですからマナの加護も変な方向に進化しようとしてる前兆じゃないんですか? ある程度の段階になったら一気にマナを使うからとか」


 マナとかステータスとかスキルやらの考察を話し始めた二人を放置して俺は空になった食器を片付けるついでに檻の方に向かう。

 岩に向かって試し撃ちしていた俺達を見ていた騎士が少し警戒を強めた。逃がしたりしないっての。


「よう、調子はどうだ?」


 もそもそと俺達と同じ食事を食べていた男子中学生が顔を上げて俺をひと睨みするとすぐに視線を下げて飯に戻る。


「良い訳ないか」


 帆もない簡素な荷台の上に置かれた正方形の鉄製の檻は座って足を伸ばす程度は出来ても立って背伸びしたり真っ直ぐ横にできない広さだ。能力を封じる手枷での食事はし難いだろうし常に周囲を見張られているとなれば落ち着ける筈もなかった。


「後悔してるか?」

「…………」


 まさか耳が聞こえなくなったとは言わないだろうから普通に無視しているだろうな。


「悪さしたら罰を受ける。どこ行っても同じだ。そこんとこよく覚えておくんだな」


 しつこくしても頑なになるだけだろうし、単に気まぐれでちょっかい掛けに来たんであって特に用もない。俺は檻から離れる。


「……チッ、チヤホヤされやがってクソが」


 不貞腐れた悪態を背中で聞きながらベニオ達の所に戻る。


「うーん……ないな」

「いきなり何ですか?」

「何でもない」


 少年よ、女がタダでチヤホヤしてくれるとか考えない方が良いぞ。池野なんか堂々と生存の為とか宣ってたし。

 俺の態度に何か思う所があったのか不愉快そうに眉を顰めるが、池野は俺が男子中学生の所に行ったのに苦言を言ってくる。


「あんなの放っておきましょうよー」

「誰も構ってやらなかったら余計に拗れるだろ」

「実際に拗れた年齢なんですからスルーでいいですよあんな構ってちゃん」

「女子って言わなくていいこと言ったりするよな。抉る方面で」

「あれー? もしかしてトモセンパイも中二の時は他の子同様に拗らせてたんですかー? もう、男って言うのは誰だろうとしょうがない生き物ですねっ」


 そのしたり顔は腹立つな。

 ムカつくが反応すると余計に調子に乗りそうなので適当にあしらっている内に休憩時間が終わり俺達は馬車の中に戻った。

 王女様の騎士団も混ざり予定よりも大人数になった一行。転移者の存在はあまり知られたくないらしいが、これだけ騎士がいると何かあると言っているような物だ。まあ、騎士達に囲まれた馬車を襲う輩なんていない。

 移動中の軍のトラックに突っ込むようなものだ。紛争地帯や映画の中でも無い限りあり得ない。

 同級生の一人を檻が最後尾に有りつつも、帝都までの道程は順調だった。

 俺は馬車の出入り口の端に座り、外に足を出して流れていく景色を眺める。山とは言えない高さの丘程度の凸凹が多く、土の茶よりも草の緑の方が割合多く、牧歌的な雰囲気があって外国――どころか異世界なんだが、それを思えば理解できる光景な事の方が不思議なのかもしれない。

 そうやって車よりは遅いが駆け足よりも速い馬車から見える景色で時間を潰していると時々丘とは違うものも発見する。それは野生動物だったりモンスターだったり。

 人間だって道を開けて敬遠しそうな武装した騎士達の集団に襲いかかって来る筈もない――事もなかった。どうやらこの世界のモンスターと呼ばれる青い血の生物はかなり好戦的らしい。結構な確率で単体でも襲って来る。それも騎士達が慣れた感じで排除しているんだが。

 今までの経験から、向こうに見えるモグラを凶悪にデフォルメしたようなモンスターもこっちに来るかと思ったが、モグラもどきは何か吠えるような動きをすると突然反対側に走り出した。

 そもそもこっちに見向きもしていなかった。それにまるで何かから逃げるような慌ただしさだった。


「…………」


 馬車の揺れとは違う振動を感じて俺は馬車から飛び降りると地面に耳をつける。進んでいく馬車から池野の声が聞こえるが、地面の振動に集中する。


「……おい、何か地面の下から何か近づいて来てるぞ!」


 顔を上げ、声を張り上げ伝える。だが騎士達は俺の言葉は分からない。


「来てるって、地面からですか!?」

「そうだ、揺れてる! あっちからだ! 馬車の中でじっとしてろ!」


 池野に返答しつつ馬車の列に沿って先頭に走る。揺れは地震のように地面全体が揺れているのではなく、どこか局地的な揺れ方だった。


「どうされました!?」


 騒ぎを聞きつけたミハエルさんが先頭の馬車から顔を出す。


「地面が不自然に揺れてます! あっちの方角から! 段々と揺れが大きくなってる!」


 俺の言葉を聞いたミハエルさんが並走していた騎馬に乗る王女に報告する。そうこうしている内に揺れが徐々に大きくなって他の者達、特に馬が反応を見せる。

 ここまでくれば全体が警戒を強めた。それを確認してから俺は来た道を戻って振動が伝わって来る方角に走る。その間、馬車が停止して護衛の騎士達が周辺を警戒し始める。

 揺れは馬車列の後方からだ。俺は一番後ろに立って何が来ているのか確かめる。

 地表は何の変化もない。だが揺れが四つ、近づいて来ている。俺が数を把握したのを察した訳ではないだろうが、その四つが地面の下から飛び出した。

 それは先端に丸い口の付いた巨大な蚯蚓だった。人どころか馬車を丸呑み出来そうなサイズでこちら目掛け地面を猪のような勢いで突進してくる。


「キモいなオイ!」


 見た目も地面を這って高速で向かって来る姿もキモい。

 四匹の内、先頭のをともかく殴っておこうと身構えた瞬間、横から馬乗った騎士達が駆けて行った。

 騎士達は構えていた槍の先端を真っ直ぐに向けて馬で駆けている。ぐるりと丸い口に生やした牙を持つ蚯蚓と正面から衝突するかと思いきや寸前で左右に分かれて蚯蚓の側面を切り裂いて行く。

 開きにされても暫くの間跳ねていたが俺達を襲う余力などなく、力尽きる。他の三匹もまた巧みに操る騎馬隊によって切り殺されて行く。地面をバッタみたいに跳ねて上から襲って来ても同じで、騎士達は慌てることなく直上からの突進を避けて蚯蚓が地面に潜る前に腹を裂いた。


「おおー、彼らも凄いですね」


 いつの間にか隣に池野がいた。馬車にいろって言ったのに。だけど構ってる余裕がない。生命力が高くまだ暴れる蚯蚓達は騎士達に任せて俺はしゃがんで地面に触れる。


「どうしました?」

「揺れがまだ続いてる」

「あんな大きなミミズが暴れてればそうでしょう」

「違う。アレじゃない」


 あいつら紛れているが、より大きな振動が近づいて来ている。

 もっとデカイのがいる。


「警戒してろ。大物がまだ来て」


 注意を促そうとした直後、より直接的な揺れが来た。上下の揺れは体が地面から離れる程で池野をはじめ馬を巧みに操っていた騎士達も落馬する。

 巨大な揺れの後、存在を誇示するかのようにそれは大地を突き破って現れた。

 先程の蚯蚓などの大きさなど屁でもない巨大な大蚯蚓。枝分かれしたように小さな蚯蚓を体の各所から伸ばしたそれは中学の時家族旅行で乗ったフェリーよりも胴回りがデカい。

 スケールの大きすぎる生物にもう笑うしかないわ。


「ちょ、ちちちちちょっとセンパイ!」

「うん、逃げ切れねえな」


 こっちに向かって来る巨大蚯蚓はデカ過ぎる。横に全速力で避けようとしても間に合わない。


「パイセンが殴ればワンチャン!」


 お前俺を何だと思ってんだ? あとパイセンって……。

 動揺している池野を抱えて中学生達の馬車に戻ったところで解決策はない。どうする?

 だが俺がわざわざ考えるまでもなく、小蚯蚓の討伐に向かわなかった騎士達が既に行動を起こしていた。


「トモヒコさん、早く中に!」


 何をするつもりか知らないが、馬車を集め間に合わないのは乗員を下ろし一箇所に集めていた。中学生達を中心にして、騎士達が囲んで外側に向けて大きな盾を構える。

 俺は池野と共にその輪の内側に飛び込む。小蚯蚓を倒していた騎士達も落馬した者を回収して輪の中に入る。


「◇∧≡∀ッ!」


 全員が中に入ったのを見計らい、王女が声を上げる。号令だったのか、盾を持った騎士達がガチャリと音を立てて大楯を構え直す。

 すると半透明の光の幕がドーム状になって俺達を囲んだ。闘技場で見たバリアに似ていた。

 避ける事が不可能なら耐え忍ぶしかない。そんな決断故の行動だろう。

 巨大蚯蚓の口がついに目の前まで来て、奥の見えない暗闇の中に俺達は立つ地面ごと呑み込まれた。


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