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第十七話


 目が覚めると風呂の中で緑色の液体に浸かっていた。なんだこれ。裸だし。いや、風呂の中だとしたら正しいんだが。

 改造される前の下処理中か? それとも改造された後なのか。

 アホな想像をしていると右手が視界に入る。下手な木彫りのようにボロボロだった。鬼女の角に触れていた部分が特に酷く、黒い炎を浴びた部分は気のせいか肉が少し落ちている気がする。右手だけでなく腕も、反対の左腕も頼りない印象を受ける。焼かれたせいなのか特に皮膚の色が変わり、まだ出来ていない幕のような薄い皮膚の下には筋肉の筋が見えた。

 …………燃やされたにしては軽傷だな。今でも十分酷いがそれでも治っている。

 そもそもこの液体はなんだ? 入浴剤じゃなくて、これぞ薬草って感じの植物臭さが凄い。手についた液体を舐めてみれば、柑橘系で誤魔化しているが間違いなく草の味だ。

 昔ババアに騙されて飲んだ、美味しい青汁とか言われてレモン混ぜただけじゃねーかと文句を言いたいあの味と似ている。

 てかどこだここ? モコモコの時もそうだったが不本意な気絶をすると見知らぬ場所にいる。見知らぬと言っても、タイル張りで洗面用具がある事から浴室なのは確かだろうが。

 青汁風呂から出て、衝立の向こうにバスタオルの入った籠があったのでタオルを拝借して腰に巻く。浴室を出れば暗い通路が左右に伸びていた。

 窓の外は暗く夜になっていたが、灯りが外に見えていた。

 窓に近寄って外を見てみる。伯爵の街に間違いないが闘技場カメに踏み荒らされたらしく一部が倒壊している。それでもどこかで宴会しているのか灯りが集まる場所では賑やかな声が遠くに聴こえてきた。


「あっ、亀」


 思わず間抜けな声が出る。当の亀が街中でぶっ倒れていたからだ。顔の部分が切り刻まれたようで青紫の血で濡れている。現地の人間スゲーな。

 あれを見る限り被害はあったが伯爵が仕出かした事は一応の終わりを迎えたようだ。

 俺は窓から離れて通路を進む。暗いしあまりいなかったので失念していたが、ここは俺とベニオが泊まっていた宿だった。

 部屋に行けば着替えがあるな。さっさとバスタオル姿を止めたい俺は自分達が二日ほどしか寝ていない部屋に移動する。

 部屋の中では下着姿の女子中学生どもがそれはもう思春期の恋も撃ち壊す様相で寝ていた。オバちゃんという生き物が何もワープじみた進化によって成るのではないと教えてくれる光景だった。

 まあ、下着の他に包帯や湿布などが素肌を隠しているのを見てしまったら、誰も恥を忘れた格好なのを悪く言えないだろう。

 でも何でこいつら、この部屋で寝てるんだ?

 疑問に思いながらベッドを占領するだけでなく床にもシーツを敷いて寝ている彼女らを踏まないように移動し、部屋の隅にあった俺の荷物を回収する。

 あっ、俺のベッドに寝てるに池野じゃねえか。何故か知り合いが寝ているのを見ると落書きしたくなる。だが道具もないし他の連中を起こしてしまうかもしれないので止めておこう。

 廊下に戻った俺は素早くタオル一丁から制服に着替えて一階の酒場に下りる。外と違い静かだが人の気配がしたので、誰か話が出来る奴がいるかもしれない。

 一階にはそれなりの人間はいたが酒を飲みに来た雰囲気ではない。腕を枕に机の上で寝ている者、スープをゆっくりと食べている者、寝ているのか起きているのか分からない程静かに椅子に座っている者などがいて酒の出る店とは思えない雰囲気だ。

 だがその中に、ミハエルさんの護衛の男がいるのを見つけた。槍を持ったまま壁に寄りかかって椅子に寝ている。

 この様子だと、伯爵の暴挙から一日も経っていないな。取り敢えず山場は越えて休みを取っていると言ったところか。

 そう思いつつ、誰か日本語の分かる奴はいないかと探していると、店の入り口が開いて鞄を肩に担いだベニオが入ってきた。


「よう」

「うわ……」

「その、うわって何だよ」

「言いたくもなるわ。まだ半日も経ってないのにどうしてそこまで回復しているの? 正直、未確認生物を相手してるみたい」


 人を宇宙人かチュパカブラ扱いしたベニオは鞄を置いてカウンター席に座る。


「悪いけど、そこに水瓶があるからお水を頂戴」

「勝手にいいのか?」

「この店は貸切状態よ。店主も好きに使えって言っていたからいいわ」


 ああ、闘技場があんな事になったから寝泊まりする場所が必要だもんな。

 俺は言われるままカウンターの内側に入って水瓶から水を汲んでコップに入れ、ついでにレモンっぽい黄色い果実を手で握りつぶして果汁入りにして渡してやる。

 俺も喉が乾いたので、別の空の瓶に水を注ぎ入れて、それを一気飲みする。あーっ、生き返るわ。

 食い物も何か残ってないのかと戸棚や床下の収納スペースを漁る。パンや石みたいに硬いチーズを発見したのでそれを食う。


「女子が部屋にいたのは見たけど、男子は?」

「隣の部屋」


 こき使われている男子はいなかったようだ。


「そうか。俺が倒れた後、どうなったんだ? 目が覚めたら草汁の中にいたし、何だあれ?」

「ポーションプールよ」

「ポーションプールって……風呂じゃん」


 思わず突っ込んだが無視される。


「全身の火傷を治す為に放り込んだんだけど……傷の治りが早すぎるわ。最低でも三日以上はあのままなのに」

「そんなに侵ってたらふやける。それと昔から傷の治りは人より早かったからな」

「そういうレベルかしら。意識を失ったのも熱中症だったし……」

「熱中症か。かかったのは初めてだな。そういや、この世界に来た直後も風邪っぽくなって既に寝込んだな」

「マナアーマーを持ってなかったからよ。普通は免疫が足りなくて風邪どころじゃないんだけど」

「何て言った?」

「何でもないわ。それより、何があったかの話よね」


 結局どういった事件なのかベニオが果汁入り水を少しずつ飲みながら教えてくれた。

 イベルト・シルフェリア伯爵は先代の当主である父が亡くなって家督と共にシティコアを受け継いだ。元々闘技大好きっ子だった伯爵は闘技場運営に注力して活気付け、帝国が誇る一大興業にしたまでは良かった。

 問題は伯爵が欲深さが想像以上だった点だ。シティコアにダンジョンコアとして機能を解凍しブルーブラッド、人をはじめとした赤い血の生き物に敵対的であるモンスターを作った。俺が鬼女と地下で戦った動物達だな。

 それだけでも重罪だし腕の立つ犯罪者も匿っていて国家反逆罪に問われるような所業であるのだが、伯爵本人にとってそんなのどうでもいい事で、単に騒乱を起こし、自分が用意した闘技場ダンジョンで繰り広げられる戦いをただ見たいだけだったそうだ。この点についてはベニオに襲撃される前からちょくちょく中継してた時の発言と変わらないらしい。悪い方向で一貫している。


「国も大変でしょうね。伯爵位の人間が狂人だったもの。それ以上に、伯爵の手に危機感を募らせるでしょうけど」

「そういやモンスターの手を移植したみたいになってたな」


 如何にも悪魔の手ですよと言わんばかりの禍々しい感じのに。


「移植したんでしょうね。問題は何のモンスターで、どこで手に入れたのか、そして施術を行ったのは誰か。デラックス帝国はそれを知るのに躍起になるでしょうね」

「ふーん。あっ、その伯爵はどうしたんだ?」

「壊れた家屋の地下を一時的な留置所として他の犯罪者と一緒に閉じ込めたわ。手を切り落とした上でね」


 妥当ではあるが容赦ないな。


「転移者で伯爵に味方したのもいただろ。あいつは?」

「同じよ。経緯は貴方に懐いてる子から聞いたけど、どうする気? 彼は異邦人だけどここで犯罪に加担したのは間違いないわ。襲われた同郷の子達の心情も考えて許すのは難しいわよ」

「さあな。見てから考えるし、そもそも俺が独断で決める事じゃねえし。ミハエルさんは?」

「闘技場のコアを見張ってるわ。あそこに人を置いておく必要があるには当然としても、適任者が彼だけだから」


 戦えて立場がはっきりとしていて、伯爵の部下ではないとなれば消去法で選ばれるのは無理ないか。コアなんて云う代物への警戒と、それの奪取をされないようにする為なんだろうが、あの人も大変だな。


「散歩ついでに行ってくる」

「こんな時間に?」

「ずっと寝てたから目が冴えた。それに腹減ったし何か探してくる。お前もさっきまで外にいたみたいだけど?」

「治療の手伝いよ。闘技場の外では巨大亀が暴れて大変だったから怪我人も多かったの」

「何か欲しいのあるか? ついでに探しておくぞ?」

「朝には戻ってきて。あの子、貴方がいなくなったのに気付くと煩そうだし」

「何でそんなに俺を気にかけるんだろうな、あいつ」

「防衛本能として正しい選択ではあるんだけどね」


 ベニオは偶に胡乱な言い方をする。


「ああ、女で思い出した。言い忘れたけど炎使いのあの女は行方不明よ。気をつけてね」


 女で鬼女を思い出すのかお前。いや、そうじゃなくてマジか。そういや、投げ飛ばした後どうなったか知らないな。


「あいつ、結局何なんだ? あの幽霊みたいなのも」

「前者については、コアに命令を出していたから多分伯爵の近親者でしょうね。コアのマスター以外に命令権の一部を貸す機能はあるけど手間が掛かるの。でも血縁者なら登録は簡単だし、赤の他人よりは権限が強くなる。もしかすると先代伯爵の隠し子なのかも」


 有力者の隠し子とか不倫はよく聞く話だが、だとしてもまったく似てない。イかれてるという点ではそっくりだが。


「アストラル体についてはさっぱりね。精神寄生型なんでしょうけど、あんな炎を出すなんてどう考えても普通じゃ……ちゃんと聞いてる?」

「聞いてる聞いてる」


 聞いてはいるが知らない単語が出てきているので小説とかのストーリーを読み流し程度の把握しかしていない。


「取り敢えず、鬼女の方は見つけたら捕まえておく。幽霊の方は……まあ、万が一いたらボコっておく」

「また全身大火傷にならない程度でお願い」


 ベニオから牢屋の場所を聞いて、俺は宿の外に出た。

 外はもう夜だが、騒ぎの熱がまだ収まっていないのか酒を飲んで騒いでいるか、疲れ果てて硬い瓦礫の上だろうと寝ている者の大凡この二つに別れていた。

 牢になってる場所は片付けられた廃墟のような所の床下にあり、数人の闘士が見張っている。闘士の全員が伯爵に味方した訳ではない。

 中には伯爵の客分としてではなく、外から参加していたのもいる。彼らは寧ろ稼ぎ場所を奪われた被害者側だろう。

 それはともかく途中で気付いたが、俺まだ言葉分かんないんだよな。どーしよ。下手したら伯爵の仲間に間違われないか?

 だがそれは杞憂に終わった。ここに来る時に使った船の屈強な船員が見張りに参加していて俺を覚えていた。他にも闘技場で俺が鬼女と戦っていたのを見た闘士もいてあっさりと通してくれた。

 伯爵と例の男子中学生はミハエルさんの判断でそれぞれ別々の場所に一人で監禁されているらしい。他の収容者との揉め事を回避する為であり、前者は重要参考人で後者は別世界からの異邦者だ。ぶっちゃけ扱いが難しいんだろう。

 海の男の案内についていく。重し代わりの瓦礫を退けて蓋の木の板を開ければ、人一人は寝転がれる空間があり、光る石が照らす中で例の少年が一人寝転んでいた。


「お、お前ッ!?」


 中学生は俺に気付くと慌てて体を起こして怒りを剥き出しにする。目が充血していて端に涙を擦って拭った跡があった。手枷を嵌められてこんな所に閉じ込められれば仕方ないか。

 加えて、俺が踏みつけた時の怪我か顔にデカ目のガーゼが貼られ包帯で雑に縛って固定されている。更に言うなら頰も腫れていて、これは俺ではない。クラスメイトの誰かにやられた可能性があり、こっちは手当されていない。正直リンチされてもおかしくなかったので、思ったより軽傷だ。

 スキルか魔法か知らないが中学生には武器を作るような能力があるはずだが、露骨に魔法陣が描かれた手枷がそれを封じているらしい。


「ん。じゃあな」

「ちょっと待てェ!?」


 蓋を閉めようとしたら待ったを掛けられた。


「お前、何しに来たんだよ!? すぐに閉めんな!」

「いや、顔見に来ただけだし。用事は済んだから」


 無駄話できるほど知ってる相手でもない。


「はァ!? な、なんだよソレ! 襲った俺に何か文句でも言いに来たんじゃないのか!?」

「別に。もうブン殴ってスッキリしたからな。お前は沙汰が来るまでちゃんと大人しくしてろよ」


 中学生はまだ怒声を飛ばして来たが聞き流して蓋を閉め、重しも元に戻す。元気があるようで何よりだった。

 船員が今度は伯爵の所に案内しようとしたが首を振って断る。あれこそ用が無い。そもそも通訳いねえし。

 なんで俺は牢屋代わりになってる場所から離れて闘技場へと向かう。

 闘技場の場所は移動していた。亀になって街中を闊歩していたからだ。その亀も首を輪切りにされて死んで青紫の血を流す巨大な障害物になっている。

 傷口を見てみると、最低で二種類の波紋か何かで切ったようで、傭兵達が何度も斬りつける事で切断したのが窺える。

 そもそも首をはじめ手足はどっから出ているのか。甲羅が闘技場としても体どこよ?

 ファンタジーな生き物を不思議に思いつつ、門番の前に顔を見せると多分挨拶されたんだと思う。頭を下げられた。

 取り敢えずミハエルさんの名前を出すと察してくれたようで門番の一人がランタンを片手に闘技場内を案内してくれた。

 やたらと複雑で立体的……時々壁に穴が空いててそこからショートカットできた訳だが、あれって俺が壊して開けたの以外にも切断面がやたら綺麗な穴もあった。もしかしてベニオの仕業か?

 ショートカットのおかげで案外早く目的の場所に到着した。

 ミハエルさんは、映像フレームで見た間取りの部屋の中にいた。部屋の中央には赤と青の斑ら模様のコアが台座の上に固定されたまま幾何学模様の立体的な魔法陣に囲まれていた。こうも露骨にファンタジーな光景を見せてくれるとファンタジアなんだなと認識させてくれる。


「トモヒコさん!? もう動けるように?」


 数人の神官っぽい人らとコアを見張っていたミハエルさんが俺に気付くなり驚いた表情をした。


「元気なのが取り柄なんで」

「元気で片付けてしまって良い範疇を超えていると思うんですが」


 昔から皆に似たようなことを言われてきたが、そうとしか表現のしようがない。


「今後、どうなるんですかね。個人的な事情ですけど、俺が教会本部に行っても大丈夫なんですか?」

「それについては申し訳ありませんが、お待ちいただけますか?」


 俺の目的は逸れたクラスメイト達との合流で、情報を集める為にも教会本部に行きたかったのだが、この現状で現場を前にしてとっとと出発するのは気分が悪い。だからっていつまでもいる気もないのではっきりと決めてしまいたかったのだ。だがやっぱりそう上手くいかないらしい。

 伯爵やコアについてはデラック帝国の問題だが、あの男子中学生が唆された事でちょっとややこしい話になった。

 そもそも転移者はこの特殊な闘技場の環境だからこそいた訳で、そんな彼らが予期せぬ内輪揉めの巻き添えアンド裏切りな目にあった。

 中々こじれそうな話で、取り敢えず身の安全もあって池野達は帝都に戻る事になりそうだ。


「簡単に事情を書いた手紙は送りましたが、兵が来るのは時間が掛かるでしょう」


 転移者の護衛に伯爵の身柄の輸送、街に送る代官や調査隊、復興の人員、何よりもコアの調整ができる専門家の護送。そんな感じで急遽準備してもやはりすぐには来れないらしい。


「それと、トモヒコさんとベニオさんに事件の様子を直接聞きたがる可能性が大きいです」

「やっぱりそうなります?」

「はい。元々通行証の発行が必要でした。最初は私の名で手配するつもりでしたが、このような事件が起きてしまっては発行も止められてしまうでしょう。この際、この国で最も栄えた帝都で休息と旅の準備ができると割り切っていただけませんか?」


 返事はまだと言いつつも確定事項のように頼んで来るミハエルさん。まあ、今回の事で他の中学生達の様子を見たくなったし、ここで向こうと顔を繋げるのも何かあれば交流しやすい。数日、遠回りしても無駄じゃあないだろう。


「分かりました。ベニオはどうするか知りませんが、俺は帝都に行ってみようと思います」

「ありがとうございます。ベニオさんなら話は既に通してあって、彼女も来るそうです」


 そういう事となり、次の目的地はデラック帝国の首都に決まった。


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