第十五話
通路の向こうから風を切る音――どころか狭い空間の中で竜巻でも起きているのか獣の咆哮じみた音が聞こえてくる。
奥の方から炎の赤い光が見えたと思ったら、赤銅色の騎士が飛び出してきた。
炎を纏っていて剣を握り、床を蹴るごとに爆発が起きてその勢いで向かって来ている。しかもその手には真っ黒な人型のナニカの首を掴んで引きずっている。
俺は舌打ちし、ハンマーを構えた。
「トモセンパイ……っ!」
「下がってろ! ベニオ、こいつらを非難させろ!」
『駄目っ、遠隔操作されてその部屋を中心に構造が変わろうとしてる。介入してはみるけど』
遠隔操作ねえ? このタイミングからして赤銅色かその仲間か。俺らを襲った連中はただの伯爵の駒と思っていたが、中にはそれなりの権限を与えられた奴もいるようだ。身内か?
推測してる間にも赤銅色は通路からこの公園内に入ってきた。炭化した物を放り捨てると、剣を両手で構えて勢いを加速させるためか土の床に足をつけて膝を曲げる。
再び床を蹴って突っ込もうとしたタイミングを逃さず、俺は一気に近づいてハンマーを振り回す。野球でバットの芯に当てたのと似た感触に手応えを感じつつ、力一杯に振り上げる。
赤銅色は斜め上の壁に激突して中にまで突っ込んで行った。
「ッシャオラァ! 間合いでステップ踏むからだ!」
叫びながらコンパスを池野に投げる。
「ベニオの場所念じながら針の指す方進んでいけ!」
「トモセンパイは!?」
決まってんだろうが。
赤銅色が飛んで行った方向に目を向ければ、丁度爆発が起きて粉塵の中から出てくるところだった。
公園内部が突如揺れ、周囲から何か重い物が引きずるような音が聞こえる始める。直後、公園の何箇所かあった出入り口が外から別の部屋の壁によって塞がれた。
「逃がさないってか? 別にいいけどな」
赤銅色が壁の中から飛び降りる。爆発での移動は懲りたらしいが、今度は腰の後ろからジェットみたいに炎を噴射して持続的に加速しながらこっちに飛んでくる。ちょっと良いな、アレ。
剣を構え振り下ろして来る赤銅色に俺はハンマーで迎え打つ。刃と鉄槌が衝突して、鉄槌がバターみたいに切れた。見てみれば切断された部分が真っ赤に熱されている。
「どんだけだよ!」
続いて来る二撃目に俺は頭を下げて回避しながら前進し、赤銅色の剣の持つ右手首と仮面を掴む。そのまま動きを封じた状態で床に頭から叩きつけ、更には走って壁に向かって投げつける。
赤銅色は身を翻して壁にぶつかる寸前に勢いを殺して止まる。まあ、止まっても俺が蹴るから関係ないんだがな。
「ッラァ!」
ケンカキックで赤銅色を壁に押し付けると、壁が崩壊して向こう側に繋がった。そこはトイレだった。
壊れた壁を跨いで起き上がろうとした赤銅色の腹を下から蹴って蹴り上げ、浮いた所を握った両拳を背中に叩きつける。
タイルの上に落ちた赤銅色に向け、今度は踏みつける。その直前、赤銅色が横側に炎を噴射して回転して足払いかけられた。
片足立ちだったので思わず転んでしまったところに、赤銅色が炎を纏った拳で俺の腹を打った。当たった瞬間、炎が破裂した。
「うおおおおっ!?」
爆発の衝撃で俺の体は床を貫いて落ちていく。何度も連続して起きる衝撃から一枚だけでなく何層も貫いたようだ。
「アッツゥ!」
漸くどこかの床で止まったが、背中の痛みよりも殴られた腹が熱かった。朝、まだ何も食べてなくて良かった。でなければ吐いていた。
「あーっ、シャツが!」
起き上がって痛む腹を見ればその部分のシャツが焼けてなくなっていた。皮膚も火傷したらしく赤い。
腹を摩りながら、落ちた場所を見回す。土の地面だが壁側が鉄。鎖やでかいフォーク、生臭いバケツが雑に置かれていて、反対側の壁は牢屋のような鉄格子になっている。
どこだここと思う前に、背後で咀嚼音が聞こえた。後ろを見ると、一匹のライオンがいた。
ライオンの足元には闘士らしき男の死体があり、腹が裂かれて内臓を露出させている。そこだけでなく、ライオンの後方では動物園で見たことのある動物から見たことのない獣、中にはオーガのような人型の怪物もいて、食事中だ。
動物と戦わせるような競技もあったなそういや。特にモンスターが実在するとなれば、ない方がおかしいか。
食事中ではあったライオンだが、俺に気付いていたらしく血だらけの口をモゴモゴと動かしながらこっちをじっと見ている。ライオンの頭上には尾の代わりに生える蛇が威嚇している。
俺が落下してきた天井の穴から赤銅色が降りてくる。着地した赤銅色はこの場所に落ちるのを予測していたのか慌てず周囲を見渡す事もなく、俺を指で示す。あれが獲物だと言わんばかりに。
「嫌な予感しかしねえ」
俺の呟きは直ぐに的中した。
さっきまで食うのに夢中だった猛獣や怪物、ケージの中で動かなかったのも関係なく全てが俺目掛けて襲いかかって来た。
「本気でダンジョンだなここは!」
一番近くにいたライオンがまず飛び掛かって来る。俺は下に滑り込んで避けつつ、下からライオンを持ち上げる。蛇の尾が噛み付こうと伸びて来るが、それを避けながら続いて突進して来た猪に向けて、ライオンを投げつける。
ハイエナみたいなのが複数同時に噛み付こうとしたので首根っこを掴み続々と突進してくる獣達相手の武器として振り回す。途中で動かなくなったので放り捨てれば、それを待っていたように群れの中からオーガより一回り小さな人型モンスターが飛び上がり頭上から餌遣り用のフォークで突いて来る。
俺は二股に別れた先端を掴みフォークを奪うと、ミニオーガを振り落として倒れたその頭を踏みつけて潰す。その過程で後続のサイとイノシシが混ざったようなモンスターの頭に投げて突き刺す。
ここにいる生物はどうやらダンジョンでモンスターがポンポン生まれるように、ここで誕生した生命体のようだ。一部の動物を除いた生物から流れる青紫色の血が地面を濡らしていく。
同種か二体目の蛇の尾を持つライオンの首を脇に抱えるようにして締めていると、赤い光が周囲を照らした。
赤銅色が両手を上げて頭上にデカい火の玉を作っていた。獣達に紛れて奇襲でも仕掛けてくるかと思ったが、大玉を用意していたと。
「ヤッベ」
全長が人間の大きさを超える火の玉が放たれる。
俺は近くにいた獣を蹴り上げ、掴んで背中で背負うようにして盾にしながら全速力で逃げる。
他の獣達も迫り来る火の玉に全力逃亡だ。俺にとってそれは丁度よく、盾の耐久値が減れば近くにいた獣を掴んで新たな盾とする。
この獣の飼育場? はドーナツ状になっているようで外側に獣達のケージ、内側が各用途の部屋となっているようだった。
多大な犠牲(盾にした獣)により、火の玉が当たるよりも早く射線から脱した俺はそのまま走り続ける。背後で起きた爆発による風が良い追い風になってくれた。
ドーナツ状の空間を走れば当然一周する訳で、壁があっても突き破っていたが、兎も角俺は赤銅色の後ろに走って回り込んだ。
「オラァッ!」
直前で気付いて振り返ったが遅い。仮面に拳を叩き込む。赤銅色は打たれた勢いで吹っ飛びながら回転--の勢いを足からのジェット噴射で態勢を整えると同時に加速して、長い足で蹴りを放って来た。
腕でガードをするが、ジェット噴射による蹴りの威力は想像以上に重く今度は俺が派手に吹っ飛ばされて壁を突き破った。
「いっつ……あん?」
ドーナツの中心、獣の飼育やら管理やらで色々と設備の入った中心部なんだろうが俺が吹っ飛ばされて到着したこの部屋は何もないのにやけに広々としていた。同時に公園でも聞いた構造の変わる音だ。
俺が突き破った壁の向こうでは、赤銅色が指で上を向ける動きをした。俺が立つ床が急に上に動き始めた。
多分、獣達をここから移動させる為の仕掛け、エレベーターなんだろうが、速度が絶叫マシン並だ。
「おいおいおいおい! マジかチクショウ!」
頭上は暗闇で明かり一つなく、代わりに徐々に近づく圧迫感がある。よく見れば細い光の線が見えるので外には繋がっているんだろうが、蓋が閉められたままだ! あの野郎!
両足で踏ん張ったまま頭上で両腕を構え衝撃に備える。次の瞬間、腕から衝撃が伝わって俺は扉を突き破り外に放り出された。
青い空と白い雲が視界に入る。どうやら思った以上にエレベーターは暴走していたらしく、俺はかなり高い場所まで上昇していた。
上へ飛び上がる勢いが無くなってきて、一瞬の浮遊感。直後、落下する感覚。
「また落ちるのか!」
この世界に来た時も落ちてたな俺。
と、何だか慣れてきてしまったところで体を捻り仰向けから地上が見える態勢に変える。
闘技場を背負ったデカイ亀が街の中心で暴れていた。
「………………」
街を見下ろせる程高いとか怪獣が暴れているとか以上に、甲羅の代わりに闘技場を背負った巨大亀というシュールな生物に度肝を抜かれた。
「内でも外でも好き勝手にやったなあんの伯爵ッ!!」
叫んだところで止まる筈もなく、そもそも俺自身が落下中でどうしようもない。
段々と地上、と言うか亀の上の闘技場へ近づいていく。よく見てみれば、観客席で戦闘が行われていた。
ミハエルさんとその護衛の男達、池野達と一緒にいなかった中学生達だ。
それと闘士の全員が伯爵のゲームの参加している訳ではないようで、闘志対闘奴や闘士同士で戦っているのもいる。
敵らしき中には五メートル近い巨人がいたのだが戦況はミハエルさん側が優勢だ。ミハエルさんがメイス片手に中学生達の盾となりつつ襲ってくる連中を叩きのめしていた。護衛達はその更に周囲で近づいてくる連中を槍で撃退していて隙がない。やっぱ強ぇよな。
「トモヒコさん!? 何でそんなところに!?」
ミハエルさんが俺の存在に気付いた。ただ俺は絶賛落下中なので軽く手を上げて応えるに止める。
着地したら合流しよう。そう思っていると、闘技場の地面が爆発して奥から火の玉が三つ飛び出す。飼育場でのより小さいが、連射されているのが厄介だ。
幸い、狙いは荒い。腕の振り回しと腰の捻りの勢いで出来る僅かな移動でも十分に避ける事ができた。
闘技場のグラウンドに障害物として置かれた柱の一本を掌で触れてそこから摩擦で落下速度を落として地面に着地する。
「あつつ……」
摩擦で掌が痛い。
手を振って乾かしていると、俺が飛ばされてきた地面の穴から赤銅色が炎を纏って現れ、俺と距離を置いた場所に着地する。同時に穴がスライドする板によって塞がれる。
次いで、観客席を境に半透明の青白い膜がドーム状になって覆う。うーん、見るからにバリアっぽい。と言うかバリアだった。ミハエルさんが膜をメイスで即座に殴ったが弾かれていたからだ。
「タイマンでやろうってか?」
集団を相手に戦うのを避けたとも言えるだろうが、炎をバンバン飛ばす赤銅色は寧ろ対集団戦の方が向いてるだろう。
『トモヒコ、生きてる?』
闘技場の中空にフレームが映り出されてベニオが姿を現わす。モコモコの所で見せたパズルみたいな光の立方を両手の指を使い動かしながら喋っている。
『トモセンパーイ、大丈夫ですか!?』
続いて池野の声が喧しい。どうやら無事にベニオと合流できたらしい。
邪魔くさそうに池野を押しやったベニオの視線が赤銅色に向く。こんな時だが、どこで見てるのだろうか。どっかにカメラがあるのか、それともそのフレームがカメラの役割も果たしているのか。
『悪いけど助けは期待しないで。コアが変質し過ぎて妨害するのがせいぜいよ』
「いい、いい。それよりもミハエルさん達を助けてやってくれ」
『そっちはもうやってる。私達と合流できるルートを構築してるわ』
妨害だけではなかったのだろうか?
「あと、空から見たら闘技場が亀になってたんだが」
『みたいね。そっちは対策を考えてる途中よ。誰かが頭を外から潰してくれれば話は早いんだけど』
『あの、空からというのに突っ込みは無しなんですか?』
俺とベニオは揃って池野の言葉を無視した。
細かいのはベニオに任せれば良いだろう。俺はアレを取り敢えずボコっておこう。
さっきから赤銅色から視線を外してないのだが、突っ立ったままで何もしてこない。やる気も感じられず、さっきまでの執拗な攻撃は別人だったのではないかと勘違いしそうになる。
そういや、フルフェイスの兜付けてるから途中で入れ替わっていた説もありか?
『ああ、忘れるところだった』
俺のやる気まで削がれそうになった時、何か思い出したらしいベニオが声をあげる。横目で都心の大型モニターのように中空で開いたままのフレームに目を向ける。
鎖で簀巻きにされた伯爵の胸倉を掴んで持ち上げ、ナイフを突きつけはじめるベニオの姿があった。
今日のベニオは過激だな。
『◆∟≦◎ッ!』
ベニオがこっちの世界の言語で何か言っていて俺には意味は分からないが、誰から見てもその意図は明らかだった。
『この人、人質とってるぅ! しかも生皮剥ぐとか言って脅してますよ!』
後半はちょっと予想してなかった。
それは兎も角、赤銅色の反応はどうなのか。見てみると、面の頰部分を掻いていた。パラパラと俺が殴ってひび割れた部分から欠片が剥がれ落ちていく。
赤銅色も困ってないか、これ。
そんな期待と言うか不安を吹き飛ばしてフレーム側が騒がしくなる。
縛られた状態で伯爵が声を張り上げていた。電撃で少し焦げた状態ながら満面の笑みで何か叫んでいる伯爵は誰が見たってイカれていた。
そんなイカれ貴族に即座に殴って黙らせたベニオはもっとイカれた奴だった。
『ダメね。使えないわ』
『トモセンパーイ! この人、ヤベェですよ!』
無視無視。
それよりも赤銅色の反応だ。フレームの方に向いていた頭がこっちに向き直ると、徐ろに兜を脱いだ。
兜の下はやはり伯爵のメイドの顔があった。汗で濡れた黒い長髪が外に広がり、赤い目が俺を射抜く。殴りつけたダメージが思いの外大きいのか、それとも単純に兜の中で口を切ったのか、メイドの口の端から血が滴り落ちていた。
『はぁっ? いつの間にフラグ立ててたんですか? 伏線は? というか伯爵とどういう関係!?』
赤銅色の正体に検討もついていなかったらしい池野が大騒ぎしているが、ベニオは知ってたと言わんばかりに半目で元メイドを睨む。
『センパイは知ってたんですか!?』
「知ってたがそんな事より角の方が気になる」
メイドには二本の角が生えていた。てっきり面部分の飾りかと思っていたが自前らしい。
炎の妖精騎士か精霊騎士か忘れたが、あれを単純にリスペクトしてたのかと思えば中身はメイドで鬼女だった。もう訳が分からんな。この闘技場ダンジョンの操作権も持っているようだし。
仮面部分を引っ掻いていたのは、口から流れる血が気になっていたのかもしれない。メイドは兜を放り捨てると指で口元を拭う。
「………………」
赤い血で濡れた指をメイドは咥えて舐めとると、改めて俺を見た。
鬼女は指から垂れ落ちる血の混じった銀の糸が繋がっる唇の端を釣り上げ、凄惨たる笑みを浮かべた。
「あーはいはい、そういう人」
納得した瞬間、鬼女が今まで以上の加速で接近しつつ飛びながら蹴りを放ち、それが俺の首に命中する。
「つまり、暴れたいだけのクチかテメェ!」
反撃として、蹴り足を掴んで俺は鬼女を地面に叩きつけた。




