第十四話
地震だとそのまま寝たままだが、流石に部屋を炙る熱による暑さには目を覚ました。
「まじかよ」
一瞬で意識が覚醒してベッドからはね起きる。ドアの隙間から黒い煙が少しずつ入り込んで来ていた。
椅子に引っ掛けてあった上着を羽織り、財布(硬貨入れの袋)などを入れたポーチを腰に巻いてモコモコ達がくれたハンカチを取り出す。
シルクのようにやたら肌触りの良いハンカチで口と鼻を煙から守りながら、椅子を窓へと放り投げる。椅子は窓を突き破って外へと落ちていく。これで煙の逃げ道ができた。
次に俺はドアを開けて廊下に出る。
「おーい! 誰かいるかー!?」
呼びかけながら部屋を片っ端から見ていく。
幸いにも見た範囲で人はいない。同時に誰もいないが、通路も途中から無くなっていた。
「なんでだ?」
元々そういう構造だったかのように綺麗さっぱり、昨夜までは続いていた通路や部屋が無かった。俺はそこから外に出る。
二階の部屋で寝ていた筈なのにすぐ地面が通路の先にあり、後ろを振り返って見ると屋敷の二階一部がコンテナみたいに置かれていて、火元と見られる火矢が壁に突き刺さっていた。その外には俺が投げた椅子が転がっている。これなら窓を割る必要なかったな。
ハンカチを仕舞って首を捻る。寝ぼけて幻覚見てると言われたら納得してしまうほどに支離滅裂だ。
「……どういう事だ?」
屋敷の一部を取り外した豆腐建造物から、今度はそれを囲む武装した男達を見る。
闘士か闘奴か、それぞれ個性の出ている格好をしていてどう見ても友好的じゃない。床に設置した松明で矢に火をつけて構えている奴もいた。
「◯≒÷<」
「いや、言葉分かんねえって」
取り敢えず敵って事で全員ぶちのめしておくか。
そう決めた十分後、一ダースの敵を地面に沈めた後で俺は改めて現状を整理する。
昨夜、貞操観念なんちゃって低そうな女子中学生を追い出して俺は寝た筈だ。だが起きてみれば俺がいた部屋を中心に二階の一部だけがこのミニ闘技場みたいな分厚い木の板に囲まれた場所にいて、闘技場の選手連中に喧嘩を売られた。
うん、意味分かんねえ。いきなり神様が現れて違う世界に移動させられたぐらい意味分からん。
のした連中にも通訳いねえし。
どうしたものかと考えていると天井から声が聞こえてきた。見上げると、天井の中心の円部分にイベルト・シルフェリア伯爵の映像が映っていた。
『■▽★⊿ッ!』
スッゲーノリノリで演説してるようだが何言ってるかわっかんねえ。
伯爵の前には台座があってその上に見覚えのあるボーリングの玉、コアがあった。ただ青と赤が入り混じったまだら模様でダンジョンコアなのかシティコアなのか不明だ。色的に両方か?
それと手袋に隠れていた伯爵の手が露わになっており、鋭い爪が伸びた紫色の節の長い手を見る事ができた。
手首の所に手術痕みたいな古傷が見えたので、もしかして移植でもしたのか?
悪の魔法使いなノリで喋っている伯爵を無視して、俺は地面に耳を当てる。軽い振動が伝わってきた。俺が移動させられたのを考えると、闘技場内の構造も変わっていると考えるべきだな。ランダムダンジョンとか面倒臭い。
立ち上がってポーチからコンパスを取りだす。とりあえずは上、北に向かうか。
そう考えながら取り出したコンパスだが、いきなり針の向きが変わった。明らかにおかしい挙動に眉をひそめる。
「……南」
針が真逆を向いた。
そういやこのコンパス、オーガのダンジョンで見つけた物をモコモコ達がくれたんだったか。普通のコンパスではない魔法のコンパスとは。
「……えーっと、要保護対象はっと」
弱くて心配な中学生達の顔を思い浮かべる。全員の顔を覚えている訳じゃないので、池野の顔を思い浮かべる。コンパス針が北東を向いた。壁である。
さっき倒した連中の中に両手で振り回すようなデカイポールハンマーを使っていた奴がいたのを思い出してハンマーを探す。
すぐに見つけ、地面に落ちていたハンマーを足の爪先で蹴り上げて手に取る。
試しに一発、壁に向けて打ちかます。ハンマーが壁を砕き、粉砕されたあらゆる物が飛び散っていく。
「よし、いけるな」
コンパス針の導きに従って俺はハンマーを振り回して掘り進んでいく。途中、通路やら部屋に到着しモンスターや闘士ABと遭遇する事態もあったが、大半が壁を壊した時の余波や振りかぶった際のハンマーの巻き添えを食らって吹っ飛んでいった。
そっちよりも、一定時間ごとに構造を変えているらしくてそこから方向転換をさせられてしまい一々コンパスを見る必要があったのが面倒だった。
何枚目かの壁を破壊すると、拓けた場所に出た。ここは確か映像が映る滝が流れていた公園だ。
と、場所に気付いたのと同時にドッカンバッコンと派手な音も聞こえた。
音のする方には池野がいた。彼女の周りには光の薄い輪っかが複数浮かんでいる。チャクラム、という奴だろうか。それを周囲に浮かべ、池野は誰かと戦っていた。
「はぁっ!」
気合の声と共に池野が前に腕を振り回すと浮かんでいたチャクラムらがその動きに引っ張られるようにして前方へ飛んでいく。向かう先には黄金の鎧を着た馬鹿野郎がいた。
俺に二度も喧嘩を売ったあの男子中学生だ。それが何でクラスメイトである池野と戦っているっぽいんだ? というかあの鎧なに? 目に悪いし背中から蛇腹の金属の触手が四本生えていてセンスを疑うデザインだ。
池野が放ったチャクラムは金属の触手が持つ剣や斧によって弾かれ、反撃として触手が伸びて池野を襲う。
何が理由で戦っているのか知らないが止めるべきだ。二人に呼びかけようと俺は口を開き、喋るのを止めて走る。
このままでは池野がやられると思ったからだ。鮮明な未来予測をした訳ではないが、俺が声を出して止めようとしている間に少女は凶刃によって倒れる。もしくは俺が声をかけることで池野の集中が切れてそれが隙になる。
漠然ながら勘でそう判断して俺は動く。
案の定というべきか、元から喧嘩に慣れてもいない池野は防御が間に合わず、触手が持つ斧が彼女に振り下ろされる。
寸前に池野の前に飛び出した俺は左腕で斧を受け止めた。
「え――ト、トモセンパイ!?」
「テメェッ!」
漸くそこで二人が俺に気付いた。
「トモセンパイ! 何をやってるんですか!? う、うで、腕が!」
俺の腕には斧が刺さっている。肉を裂き、骨半ばまで刃を食い込ませていると思われる。池野が後ろで悲鳴を上げているが、俺は奇妙な鎧を着た男子中学生を改めて見やる。
「お前、遊びでやるにも程々のしておけよ。加減も知らずに暴れ回って、何かあったら遅いんだぞ」
あいつの攻撃は躊躇いがなかった。人を殴ればどうなるか、想像もせず加減も考えていない勢いだった。
「何かあったら? それってこんな事か、よッ!」
斧を持つ触手がピンッと張り詰める。筋肉で締め付けて離れないよう抑えているが、残る三本の触手が襲いかかってくる。
「そんな傷じゃ無理です! 私が!」
戦おうとする池野を右腕で制して俺の後ろに居させる。
「いいから俺の後ろにいろ。すぐ終わる」
襲いかかって来た触手が振り下ろす武器を今度は側面から殴って弾き返す。勢いで武器を取り落す触手もあるが、少年の周囲に新しい武器が出現して触手がそれを掴む。
左腕が使えないとみて、左側から来る時もあるが、そこは簡単に蹴りで対処する。
「ハハハハッ、ザマァねェ――おわっ!?」
三本の触手が弾き返されて動きを鈍くしたタイミングで斧を持った触手を右手で掴み一気に引き寄せる。触手に引っ張られた少年の足が地面から離れてこちらに来た。
そのまま無抵抗に引き寄せられた少年の体を俺は鎧など構わず拳で打ち付ける。
中学生としては普通の身長である百六十ちょっとの細身の体がゴルフボールみたいに飛んで天井にぶち当たる。
頑丈な鎧だな。割れずに拳形に凹んだだけだ。
鎧の頑丈さはともかく、触手での攻撃なんてオーガのボスだった四本腕の方が正直強かった。鎧でパワーアップしたつもりなんだろうが、何だかなぁという気分になってきてモヤモヤする。
「センパイ、腕っ、血が出てっ」
そして、こっちはこっちでそれどころじゃない。
少年を殴った拍子に左腕から斧が抜けていた。その傷口からは雑巾を絞ったみたいに大量の血が流れ落ちている。
池野は少年の事などもう眼中になく、俺の負傷に慌てている。
「し、止血しないと! 治療は……ああっ、もう! 回復魔法なんで使えないのよ私!」
「落ち着けよ。切り傷ならリキ入れれば塞がる」
腕に力を込めて筋肉で圧迫し、切り口をピタリと閉じさせる。肉が抉られてないから出来る方法だ。
「………………」
半ベソかいてた池野が信じられない物を見たような顔をした。
「の、脳筋の極み……」
まだ目の端に涙が残ってはいたが泣き止んだようなので暴言は聞かなかった事にしてやろう。
「って、それだけじゃ駄目ですよ! せめて縛らなきゃ!」
泣き止んだかと思えば服の袖を破って傷口の上にキツく縛り始める。まあ、ずっと力入れるのもシンドいから有り難くはあった。
包帯のように布を巻く池野を見下ろしていると、戦闘でボロボロになった公園の所々で倒れている中学生達がいるのに気付いた。池野だけではなかったのか。
「おい、あいつらは大丈夫なのか?」
「え? ああ、忘れてました」
こいつ酷くね?
あのイキッてた男子中学生のせいなんだろうが、何があったのか聞く前に取り敢えず倒れていた中学生達を一箇所に集めて怪我の状態を見る。
死んではいないしくたばりそうにもないが、骨を折ってる奴もいる。取り敢えず固定して芝生の上に横にしておく。
しかし、揃いも揃ってファンタジー定番の回復魔法が使えないのはどういう事だろうか。もしかすると回復系は特別なのか。
そうやって素人ながら簡単な手当てを池野の協力してやっていると、重さで抜けたのか鎧の少年がめり込んでいた天井から地面に落ちて土煙を上げた。
「あーいい、いい。俺が見てくっから」
警戒してチャクラムを浮かべる池野と怖がって身を竦める怪我人をそのまま作業を続けさせて、俺は落ちた少年の所に一人で行く。
仰向けに倒れている少年は呼吸をしておらず、目を瞑ったままピクリとも動かない。そんな少年を見て俺は思わず呟く。
「お前さ、何をしたい訳?」
直後、少年の目が見開かれて同時に背中の触手が俺を狙って槍のように真っ直ぐ伸びる。
触手が届くよりも早く、後出しした足で少年の顔を踏みつける。轟音がして少年の頭が地面にめり込んで、その分だけ地面が波打って周囲に波紋の軌跡を残した。
「学ばねえ奴だ」
聞こえてないだろうが思わず口をついた。そもそも不意打ちは言葉通り不意をつくものだ。相手が油断している『時』を狙うのではなく意識してない『所』を叩くのだ。
例えば相手が攻撃してきた瞬間とか。
「だいたいお前、自分の手は使わねえのかよ」
背中から腕が四本あろうと本来の腕を使わないとか阿呆なのかと。
足を退ければ前歯が折れ砕け鼻血を流す顔が地面から生えるようにしてあった。悪趣味な前衛芸術っぽい。
「死にました?」
「いや殺してねえから。息はあるから」
終わったのを確認しに来たのか池野が近付いてきて食い気味に聞いてくる。いやまあ、殺意湧く気持ちは分かるがそこまで積極的にならなくていいと思うぞ。
「それじゃあ、トドメを刺しましょう。今度こそ絶対」
「止めろよ。目が笑ってねーよお前」
池野が形成したチャクラムを止めろよ指で挟んで折る。砕かれた光の輪は空気に溶けていき消えた。池野が目を見開いてトドメどころではなくなった隙に、少年を地面から引っ張りあげる。
「おい、手ェ空いてる奴。縛るもの持って来い!」
後ろでこっちを見ていた中学生達に指示を出してから、俺は少年が着ている鎧を剥ぎ取り始める。
背中から金属の触手を千切って捨て、留め具らしき部分を見つけても細かい手順が分からないので板金を引き千切ってブッサイクなパズルのピースみたいにし解体する。
「そんなアルミ缶を捻るみたいに……」
「薄っぺらくて指が切れそうなアルミ缶よりマシだぞ」
「基準がわかりませんって」
武装解除し終えたところで、動けるようになった他の中学生達がワイヤーような金属の縄を持ってきた。
「どっから手に入れたんだ、こんな物」
「ここに来る途中にあったトラップに使われてたモンっす」
トラップの再利用は基本である。
気絶したままの少年をワイヤーでグルグル巻きにしながら、漸く何が起きたのか話が聞ける。
一箇所に集まり車座になって聞いてみたところ、朝寝ている時に大きな揺れがして館の一部が無くなっていた。屋敷にいる筈の伯爵や一部の者の姿が見えず生徒しかいない事に気づいた時、中空に伯爵の映像が映し出された。
コアの前で高笑いする彼の言葉を要約すると――
「デスゲームしようぜ。俺、ゲームマスター。お前ら、プレイヤーな――って事です」
「転移者みたいなノリだな」
「世界が違っても頭おかしい人は自分本意なんでしょう」
因みに俺も見た映像は、定期的に現れてはこちらを煽ったり、意味不明に喚いたりしているだけであり、何か重要な事を喋っていた訳ではないようだ。
「言葉が分からないトモセンパイが羨ましくなりましたよ」
相当アレだったらしく、冷静になった池野が嫌な顔をした。
「というかトモセンパイはどこにいたんですか?」
「寝てる間に屋敷の一部が切り取られてて、どっかにいた。火遊びしてきた連中を黙らせたあと、あそこからこっち来た」
破った壁の方を見る。俺の動きにつられて全員が穴を見るが、揃って変な顔をした。
「ハンマーであの馬鹿を殴ろうって思わなかったんですか?」
「使う時には使うが、さっきの場合は殴った方が良いと思った」
「脳筋だぁ!」
「五月蝿えよ。それよりも、これからどうするかだ。一応、目的地が決まってれば真っ直ぐ行けるんだが」
「本当に物理的に真っ直ぐなんですよねぇ。この人の場合」
戯言は無視して魔法のコンパスを取り出していると、公園の滝に映像が映った。
『ハハハハハハハハッ!』
そして聞こえる笑い声。伯爵様であった。例によって高笑いの後に何か喋っているが言葉が分からん。げんなりした中学生らの反応から大した事じゃないんだろうが、一応確認しておく。
「おい、何て言ってるんだ?」
「中ボスクリアおめでとう、みたいな?」
「ああ、やっぱあの鎧は伯爵のか」
四本の触手の生えた鎧はどっから手に入れたのかと思ったが、やはり伯爵だったか。昨日の今日で用意出来るようなのと言えば、あいつしかいない。
渡す時にでも少年を唆して仲間割れをさせて、盛り上がりの場を用意したというところか。
「あいつ殴りに行くか」
ハンマーを回収し、殴りに行くと決める。ただこのタイミングで放送して来たという事はこっちを監視している。素直に行かせてくれるかどうか。
いっそ全員で突入すれば良いんじゃね? とか思っていると、滝の映像の中で変化が起きた。
具体的に言うと伯爵の後ろの方で壁がぶっ壊れた。暗い室内に光が入って来、逆光を受けて濃い影が一つ。
――ベニオだった。
右の肘から先が流線型の金属に覆われていて、その先には血糊が付いた刃物が伸びている。反対の左手には前に闘技場で赤銅色と戦っていた二刀流の巨漢の襟を掴んでいた。
巨漢は気絶しているのか死んでいるのか、血だらけの状態で引き摺られるがままだ。
ベニオに気付いた伯爵が何か攻撃でもしようとしたのか手を振りかざすが、それよりも早くベニオの全身から迸った紫電が伯爵を襲った。
雷の発光で画面が一瞬白くなり、次に見えた時には立っているのがベニオだけとなっていた。
「トモセンパイ、あの人何者ですか?」
「知らん」
強者感出てたんで余裕があったら合流しようかなと思っていたが、あっちの方が先を行っていたらしい。
ベニオは巨漢を放り捨て、右手の装甲と刃が折り畳まれて腕輪に戻るという男の子的に気になるギミックで武装を解くとコアに近づく。
『無事ね。あなたの場合はあんまり心配してなかったけど』
「こっちの声は聞こえてるのか?」
『聞こえるわ。取り敢えず誘導するからこっちに来てくれる? 伯爵的に言うとゲストの人達も集めるから』
「構造組み替えてとか出来ないのか?」
『それはダンジョンコアの機能よ。これ、二つが混ざっててよく分からない状態になってるから、下手に弄って取り返しのならない事態にしたくないわ』
モコモコの所で青玉から赤玉に変えたベニオだが、今回は別らしい。隠している可能性もあるが、それならそれでこっそり何とかするだろう。
道案内はしてくれるのでそれに期待するとして、中学生達もいきなりの展開に思考が追いついてなかったが、味方がいきなりボス部屋を占領したのを理解すると笑顔を見せた。
その時ふと、公園の入り口(正規)の方に視線をやる。
「…………」
『誘導するから少し待――』
ベニオの言葉が途中で止まる。俺もまた、来ると思った。回収したハンマーを構える。
『急いで逃げて! あの炎の騎士が来てる!』




