第十三話
「テメェ、よくも顔を出せたな。今回は前みたいにいかねェぞ。俺のスキルでぶがはぁっ!?」
「人様の家の前で光り物振り回すなや」
メイドに案内されて闘技場の地下にある伯爵の屋敷へと到着した早々、偶々屋敷に戻って来ていた昨日の中学生男子と遭遇してしまった。何もないところから刃物や盾を出して空中に浮かべて隙だらけだったので早々にノしておく。
「うわぁ、清々しいほどの出オチ。だっさーい」
池野がここぞとばかりに煽るが気絶した相手に言っているので、多分ノリだろう。それか、俺にビビって後ずさるだけの男子の仲間達を煽っているのか。
伯爵の館があるのは闘技場の地下で間違いないが、先程の公園以上に広い空間で天井も気にならないぐらい高い所にあり、太陽の代わりと言わんばかりに中央に光を放って広い空間の中を明るく照らしている。
「完全にマナアーマーに振り回されてるわね」
ベニオが倒れた男子生徒を冷たく見下ろす。呆れているようだった。
「習熟訓練も受けてない。ここで練習を重ねるにしてもこの有様じゃね……」
「実際、真面目にやってないですからねー。偶々クラスで一番ステータスが高いってだけですから」
女子は辛辣だ。
というかこいつどうすんだよ。このまま放置して寝かせておいていいのか? いや、人の屋敷の前で置いたままにしておくのは駄目だろう。
仕方ないので俺は寝ている坊主を肩に担ぐ。こいつの仲間達は遠巻きにしてるだけで手を貸す気はないらしい。
「埋めに行くんですか?」
「違ェよ。俺はともかく何でお前はこいつに辛辣なんだ?」
「俺とあいつはお似合いのカップルなんだぜとか言ってる奴に冷たくするのは普通だと思いますよ」
「………………」
詳しくは聞かないでおこう。
メイドの案内で中学坊主を屋敷の部屋に運び入れた俺はサロンの方で時間を潰す事にした。屋敷の外の灯りは時間に合わせて昼間の明るさから夕焼けのような色になっているのが窓から見えた。
「ベニオさんは何をしている方なんですか? 何がきっかけでトモセンパイと一緒に?」
ソファに足を組んで座る俺から僅かに離れた場所には池野がベニオに質問責めしていた。
「水晶漬けになっていたのを彼に助けられたのよ」
冗談とも本気ともつかない平坦な声でベニオが答えた。
「ははははっ、そんなありきたりな。……えっ、本当に? マジでそんな展開があったんですか?」
池野の視線が俺とベニオの顔を往復する。
「並み居る怪物達を毛むくじゃらの仲間達と遺跡の奥深くから私を救出したのがトモヒコよ。暴れ狂うオーガの群れから逃れようにも彼らは力を出し尽くしていた。そんなことで時、激しい戦闘で――」
ほんのちょっとの事実を混ぜて語られるベニオの作り話。よく見てみればベニオは明後日の方向を向いており真面目に話していないのが一目瞭然だった。
暫くは真面目に聞いていた池野だがベニオの様子に気付くと途端に半目になって何故か俺に振り向く。
「ちょっと、トモセンパイ」
「俺にどうしろってんだ」
「いや、この人にまともにぶつかっても躱されそうだからセンパイに頼むんじゃないですか!」
「他力本願な」
無視していると、屋敷に入るとすぐに昨日護衛をしていた中年の男に声を掛けられてどこかに行っていたミハエルさんがサロンに姿を現した。
「トモヒコさん、本部から名簿の照会が終わったと連絡が来ました」
「もう連絡が取れたんですか?」
早くないか? それとも実は電話でもあるのだろうか?
「魔法とかで通信とかできるんですか?」
同じく疑問に思ったらしい池野が方法を問う。そうか、魔法があったか。
「帝都にある支部の方が、ですね。こちらから伝書鳩を飛ばし支部に確認してもらったのです。通信魔法を使える者は少ないですから」
「へぇー、凄いですねー」
池野は感心しているのか分からない間延びした声を出しているが、俺的には魔法より伝書鳩の方が気になった。いや、それ以上に返事の方が大事だけど。
「それで、なんと?」
「残念ながら本部の方でも把握している名ではないようです。頂いた紋章の絵も送ったのですが、同じような物を身につけている者はいないと」
「そうですか……」
単に人のいない場所に転移してしまったのか、どこかが隠しているか、それとも隠れているのか。
「そのメシューレ教の本部に行けばもっと詳しく分かりますかね? 調査中なんでしょう?」
「ええ、それに転移者を我々に引き合せようとしない国もいくつか存在します。そういった国に対しても交渉中ですし、今でも転移者の素材を調査中です」
「じゃあ、行ってみるか」
「一日待って。ここの本、読みたいのがいくつかあるの」
同行者であるベニオに確認のために顔を向けると、待ったがかかった。どうやら図書室に読みたい本があるらしい。
「じゃあ、明後日には行くか。ミハエルさん、場所を教えてくれませんか?」
「お安いご用です。地図をお持ちしますのでお待ちください」
ミハエルさんがサロンを離れていくのを見送っていると、不満そうにしている池野の顔を視界の端で捉えた。
「教会本部に行っちゃうんですか? 絶対、面倒臭いですよ。漫画だけじゃなくて現実でも宗教組織ってロクなことにならないのが定番ですし」
「それでもこうして世間に認知されて残ってるんだから相応にコネはあるだろう。異邦者である俺らがある程度自由に動きたいなら、多少の不自由は我慢しろよ」
「なんですかその大人の対応的な言い方。ホント不良ですか?」
不良だとか言った覚えはないのだが、池野の中では俺は不良生徒らしい。決して間違ってないし否定できる材料も少ないので不良呼ばわりについてはスルーする。
「不良だって学ラン着て学校行くだろう。そんなもんだよ」
「うーん、アウトローに成り切れないのが日本男子のヘタレ具合……って、そうじゃなくて、教会に行くなら私と同じ帝国サイドにいましょうよう!」
肩を掴まれ揺さぶられる。子供のワガママに大人以上の腕力がプラスされると非常に厄介だ。そんな様子をベニオは何を考えているのか分からない無表情に近い顔で首を傾げていた。
「どうしてこんなに懐かれてるの? 何かした?」
「何もしてねえよ。俺の方が聞きたい」
「見た目に反して小動物系に好かれるタイプなのかしら。オオベレットコイセイ達とも仲が良かったわよね」
一瞬何の事か分からなかったが、モコモコの種族名だったと思い出す。一度聞いただけじゃ覚えられねえよ。
「そのオオなんとかは知りませんが、私の場合は単に強い人が居れば心強いなって打算ですよ」
「はっきり言うな。でもお前らだってスキルとか持ってるんだろ。自分で頑張れよ」
「頑張ってますよ。でも一人じゃ限界あるじゃないですか。何よりウチのクラス、噛ませ臭がするんですよ」
分からなくもないが、それを自分から言うのか。
「もう少し長い目で見ろよ。こっちの世界に来てからまだ一か月ぐらいだろうが。もしかしたら、お前が期待してない男子も成長するかもだぞ?」
「覚醒待ちの間に死んだら身も蓋もないんで。人死出ないと覚醒しないのが許されるのはフィクションの世界だけなんですよ?」
「お、おう…………」
「映画とかで被害者Aさん可哀想とか思ったことありません? 現実じゃあ他人事じゃないんですよ。それどころか自分は主人公だとか内心思っちゃってる子がいて、そういうのに限って周り巻き込んで死ぬんですよ」
「わかった。わかったから! 顔近いっつーの!」
本人にとっては真剣に考え出した結論らしい。能面のような表情の上に目が据わっていた。
「それでもメシューレ教会に行くのは嫌なのに?」
「フィクション関係なくちょっと遠慮したいって思うのが普通じゃないですか。いや、ミハエルさんには親切にさせてもらってるんですけどね」
「神官は良くて教会が駄目? ちょっと何を言ってるか分からないわね。逆ならまだ分かるんだけど」
ベニオは不思議そうにしているがこればかりは価値観と言うか、無心論者っぽいくせにお詣りと各種祭りを行う日本人が変なのだ。上手く説明できないので言わないが。
「お待たせしました」
地図をミハエルさんが持ってきてくれたので話を戻して教会本部の道程を教えてもらう。
メシューレ教会本部は山一つを土地としたいわゆる宗教国家のようだ。巡礼者が多く、続く道も整備されており、乗合馬車も簡単に捕まるから移動自体は楽らしい。
行き方を詳しく聞いているうちに窓の外が暗くなっており、メイドの一人がサロンに集まっている人らを呼びにきた。
「あっ、しまった。マナーとか知らんぞ俺」
「平気ですよ。ここの伯爵様、そんなの全然気にしないですから。それに、別にコース料理じゃないです」
なら貴族様のはどんな料理だよと思いながら食堂に行くと、大きなテーブル上に沢山の種類の食事が置かれ、取り分けようの食器と一緒に皿も積み重なっていた。
「なんでバイキング?」
「バイキングじゃなくてビュッフェですよ」
「どっちでもいいよ。ニュアンスで伝われば」
貴族の食事がバイキング形式とか、立食パーティーでもやってるのかと思ったが毎日こんな感じらしい。
ミハエルさんが教えてくれた事だが、この闘技場内で育った伯爵は頻繁に闘士と食事を行う。戦いに身を置く彼らの多くは貧しい平民や傭兵、中には闘奴の身から解放されてそのまま闘士になった者がいる。
そんな彼らに対して気軽に食事ができるようバイキング形式にしているようだ。
それだけでなくコロッセオが好きな伯爵は食事を共にするだけでなく屋敷の部屋を貸し与えてもいるそうだ。
「食客じゃねえか」
ある意味私兵を抱えている訳だ。その辺りの法はどうなっているのか知らないが、ここまでオープンにしていて何のお咎めがないのなら許されているのだろう。そもそも闘技場という場所がら、黙認されているのかも。
「取り敢えず食い放題なら食うか」
ベニオ達を置いて一人先に食事が載っているテーブルに近づく。闘士向けだからかカロリーが多そうな物が多い。だがちゃんと野菜もあって採ってきたばかりのように瑞々しい。それにデザートらしいものもある。
俺は一番大きな取り皿を掴むと薄くスライスされた肉を何枚も一気にとって、次にレタスみたいな野菜をとる。なんか辛いタレないかなと探してみると、一際存在感を放つ真っ赤な液体が目に入った。
タバスコじゃない。底の深い皿に入った液体をスプーンで掬ってみると、想像したドロみはなく水のようにサラリと滴る。
肉にかけてその上にレタスもどきを巻いて食ってみると、シャキッとした野菜の瑞々しさと肉の旨味、加えて赤いタレの辛味が合わさって美味かった。
他にもサーモンの燻製にオリオンオイルがかけてある麺、柑橘類らしき黄色い果物を大皿に乗せる。
モコモコ達の集落でご馳走になった飯も美味かったが、こちらは種類が豊富で色々と工夫され繊細さがある。
まあ、美味けりゃ繊細だろうと大雑把だろうとバカスカ喰うのが若者だ。
炒飯っぽいものも見つけたので丼に入れて一口食べてみる。ニンニクらしき味はするがちょっと物足りない。なのでオリオンスープをぶっかけて串焼きにされた肉や野菜を串だけ抜いて入れる。
左に大皿、右に丼を持って既に自分の分の食事を手にしたベニオが空いている席に座っていた。向かい側には池野もいる。
二人は俺の姿を見つけると信じられないようなものを見る目になった。特に池野。
「それ全部食べる気ですか?」
「その気じゃなかったら持って来ねえよ」
テーブルの上に食器を置いて椅子に座る。ミハエルさんは別の場所で護衛の人らと一緒に食べている。
「俺よりもお前だ。それだけで足りるのか? せめてベニオぐらいは食べろよ」
ベニオは平べったい麺料理を一皿にサラダとコーンスープだが、池野はサンドイッチをいくつかと果物だけだった。
「これで十分ですよ」
どう考えても十分とは思えないが、ウチの学校でも女子はそんなもんだった。運動部のよく食う女子も精々が帰宅部男子ほどだ。
「食える時に食っておいた方が良いと思うがね。何が起こるか分からない世界なんだし」
最後に忠告だけして飯を食べ始める。
「うっわ、見てるだけでお腹一杯になりそうです」
「俺は逆にお前の見てると腹が減る」
食わない人間がいる分、誰かが食べてバランスを取っているのかもしれない。
「というか、お前は学校の奴と一緒にいなくても良いのか?」
「大丈夫ですよ。それに私、どのグループにも属してないですから」
「ボッチか」
「ちーがーいーまーすー。単に何処とも一定の距離保ってるんです。SNSだって全部のグループに入ってますから」
「ツールがなくなった途端にボッチか?」
「なんでそこまで私をボッチ扱いしたいのか。うーん、なんて説明したらいいんでしょう? ベニオさんならわかりますよね?」
「わかるけど解るのも面倒だから無視するわね」
「あーっ、そういうの、いざって時に槍玉に挙げられますよ!」
段々と女子二人の男には割り込み難いトークが始まったので俺は飯を食いながら食堂を改めて見回す。池野のクラスメイト達でなく闘士が何人もいて、酒を飲んで段々と騒がしくなってくる。
天井近くの壁に設置されている人形が楽器を鳴らしてBGMを作っているが、それでも聞こえる騒ぎようだ。酔っ払いが中学生達に絡んで来ないか心配だったが、どうやら伯爵の訳ありな大事な客だと認識しているらしく、避けるように関わろうとしていない。
少しすると食堂に伯爵が姿を現わす。闘士達に挨拶され、鷹揚に頷いている。
任侠どもの後援者って感じだ。
「あれがシルフェリア伯爵?」
女子トークしていた筈のベニオが伯爵の方を見ていた。動物の生態を観察している学者のような目だった。
「どう思う?」
「ぶっちゃけ怪しい」
「ぶっちゃけ過ぎですよ」
だってどう見たって怪しいだろ。自分から疑ってくれと言わんばかり胡散臭さで、こっちをチラチラ見てくるのはイタズラを仕掛けたのは自分だと自己主張したい子供と一緒だ。
「一応、私達の保護者みたいな人なんですよ? 中ボス臭がするほど怪しさ満々ですけど」
「ミハエルさんがいるだろ。いざとなったらあの人頼って逃げれば?」
「なんでそんなに信用度高いんですか。こっちの人?」
「違う」
池野が指を伸ばした手の甲を反対側の頰に持っていく。はっきりと否定して汁だけになった丼の中身を啜る。
実直そうな第一印象は勿論だが、自分より他人、特に子供に気を使うタイプだと思ったからだ。ブラック企業で過労死しそうとも言える。だからいざと言う時に頼れば保護してくれる相手だ。
「ベニオはどう思ったんだ?」
「さぁ?」
自分から聞いてきたくせにベニオははぐらかして、伯爵から目を逸らした。
それから飯も食い終え、お暇しようとしたところで伯爵が現れた。ベニオに通訳してもらったところ、今夜は泊まっていけという事らしい。
断ろうと思ったのだが、ベニオが代わりに返事をしてしまって結局ここで夜を過ごすことになった。宿に置きっ放しの荷物は教会本部に行く前に回収すれば良い。
俺とベニオにはそれぞれ個室が貸し与えられた。実家の俺の部屋より広く、自室にあったら床が見えなくなりそうなベッドに腰掛けた俺は濡れた頭をタオルで拭く。
この館には大浴場が男女別で存在していた。
池野のクラスメイトである男子達の他にも闘士がおり、修学旅行でどっかの旅館かホテルに泊まっているような気分になる。中学生らもそんな感じなのか落ち着きがなく、風呂場で泳ぐなどはしゃいでいた。
「センパーイ」
部屋のドアがノックも無しに開いて池野が顔を出した。
髪を下ろしていて風呂を上がったばかりなのか頰が赤い。服も白いワンピースのようなパジャマを着ている。
「あっ、私のより豪華な部屋!」
池野は人の了解も取らず勝手にベッドの上へとダイブしゴロゴロし始める。
「そのパジャマってこっちのか?」
「そうですよー。パジャマ持って学校来る人いないでしょ。センパイこそなんです? その格好。学生服のまんまじゃないですか」
上着は椅子の背もたれに引っ掛けてあるが、上は白シャツに黒いズボンという格好だ。
「こっちで服コーディネートしなかったんですか? 学校の服好きなんですか?」
「どこにでも通じる万能服なんだから楽なんだよ」
祝賀会にも葬式にも、それこそ親戚の結婚式にもこれがあれば問題ない。
「てか、何の用だ?」
「んー」
ベッドの上でうつ伏せになり、腕を前に伸ばし足を無意味にバタバタと動かして下手くそな泳ぎをしている池野に来訪目的を聞くと、少し唸ってから話し始めた。
「ベニオさんとはどうして一緒に行動してるんですか?」
「成り行き」
「へー。でもあの人こそ怪しいですよ。それこそ伯爵以上に」
オーガのダンジョンの奥深くで水晶漬けにされていた女が怪しくない訳がない。
「鑑定スキルでもステータス隠してるし、アクセサリーとか鑑定不可ってなってるんですよ。得体が知れないです」
「ふうん」
「ふうん、って」
「害がないなら別にいいし。それとお前、あんまりその鑑定スキルっていうの過信しない方が良いと思うぞ。便利なのはわかるが、当てにして当たり前になるといざって時に不便になるかもしれない」
「例外に気をつける気持ちは分かりますけど、警戒し過ぎるのも……いきなりいましたね。クソステなのになんか強い人」
俺の事なんだろうがどうでもいい。いや、人をクソステ呼ばわりする池野のステータスはどの位かと気になったが、それよりも睡眠の方が大事だが。
「話がそれだけならベッドから下りろ。俺はもう寝るぞ」
「えー、もっとお喋りしましょうよー。そもそもこんな可愛い子が夜に会いに来てるのにそんな淡白なんですか? もうちょっと興奮ぐらいしても」
池野の襟首を掴んで持ち上げ、部屋の外に運ぶ。小柄なので軽い。
「それじゃあ、お休み」
「えぇ〜〜っ」
餌を強請る猫のように外が騒がしかったが、あっちが根負けしたのか俺が眠りに落ちるのが先だったのかいつのまにか聞こえなくなって、次に俺の意識が浮上したのは腹の減り具合から見て翌朝だった。
そして気付けば部屋が燃えていた。




