第十一話
イキッてた思春期男子らを撫でてやった後、俺は闘技場の関係者エリアから出た。
案内にはあの振り回して音を鳴らす笛を持っていたメイドがしてくれた。改めて会った時にはメイドは何か言って頭を下げた。俺を捕まえた時の事を謝っているのは言葉が分からなくとも察せれたのでミハエルさんに気にしてないと通訳して貰った。ついでに買っていた賭け券だが、勝っていたのでついでにその金も貰った。
メイドに見送られるという貴重な体験をしてからベニオと予め待ち合わせに選んでいた一階のレストランで合流し、昼食を食いながら何があったのか説明した。
報告しながら注文した料理を食べていく。
海かと間違えるような川が街の傍を流れていることもあって魚料理がメインらしい。刺身は流石にないがムニエルの淡水魚は美味く変な臭みもなかった。
「同じ世界の人だけど知り合いじゃなかったのね」
「まあな。てか、俺ンとこ以外からも何十人も連れて来るとか何考えてんだろうな。まだいるらしいし、下手したら何百人規模じゃないか?」
しかもクラスごとだ。日本じゃ謎の集団失踪が続いて大騒ぎになっているだろう。最長でも一ヶ月で話題に上がらなくなると思うが。
「自称神は何考えてんのか」
「さあ? でも、迷惑さを無視しても喚び出すタイミングはまだマシだわ。何も考えてない、と言うことは無いと思うけど」
「どういうことだ?」
「何が起きるのか知らないけど、手遅れな状態じゃなくてまだ余裕のある時に呼ばれたってことは準備期間が十分取れるじゃない」
「ああ、成る程。でも何でガキばっか」
創作だと少年少女が中心の話は珍しくも何でもないが、実際だと未熟なティーンエイジャーなんてよりアメコミみたいな成熟した大人の方が頼り甲斐はあるだろう。
「子供だからよ」
「どういう意味だ?」
「御しやすい」
「そうかぁ? 俺が殴った奴なんて人の話聞かないタイプだと思うぞ」
「計算高くて油断できない人生経験豊富な大人より、自分が優秀だと思い込んでいる子供の方が暴走を考慮に入れても扱いやすいじゃない」
「…………」
さり気なくヤバい発言だったな。そんな思考が表情に出ていたのか、ベニオは微苦笑を浮かべた。
「冗談よ」
冗談とは思えない。
「あなた達の世界にマナが無いと仮定すると、後付けでマナを定着させるなら若い方が良いわ。成人でも問題無いと言えば無いけれど、性能に差が出るのも確かね」
理屈は分からんが鉄は熱い内に打てということらしい。
「そういえば、そっちは何か進展あったのか? 記憶の手掛かりとか」
俺の質問にベニオは首を横に振る。まあ、すぐに何とかなる訳がないか。
「メシューレ教の神官との繋がりが出来たのよね? 明日も行くのなら、私に引き合わせて欲しいのだけれど」
「何か気になる事でも?」
「どうも私の知っている知識との差異が気になって。それに、この施設も興味深いわ」
「建築に興味があるのか? ここ、広くて色々仕掛けがあるみたいで面白そうなのは同感だけどな」
「大きい建物やカラクリにはしゃぐのは男の子だけよ」
そう言いながら溜息を吐くベニオ。彼女の足が向かいに座る俺の足にテーブルの下で触れる。
『聞こえる?』
何か頭の中からベニオの声が聞こえた。目だけ動かして彼女を見ると目が合った。
『監視されてる。だからこれで言うわね』
内緒話としては便利だ。実際、何処からか視線を感じる。誰かは知らないが刺すようなものではないのでこっちを監視しているだけみたいだが。
「何にしても、一度そのミハエルって人に会ってみたいわね」
『マナアーマーを接触させれば言葉のやり取りぐらい出来るの。あなたは慣れてないから無理に喋る必要はないわ。間違えて声に出されても困るから』
ベニオの声が耳と頭の中で同時ながら別々に聞こえてくる。喋りながら別の事をテレパシってくるベニオの脳はどうなっているのか気になるところだが、俺は何も言わずにただ両方に耳を傾ける。下手に喋るとボロを出しそうだからだ。
「メシューレ教の教義に興味があるの」
『あなたも気付いてたけど、この闘技場にコアがある。変わったシティコアの使い方だと思ったけど、違った。この闘技場、本当にダンジョンよ』
素人から見たらコアの使い方がどう問題になるのかいまいち分からないが、真っ直ぐにこっちを見て訴えるベニオの態度から、放っておけないのは分かった。
「そんなに興味あるなら、明日また一緒に来るか。俺もあいつらがちゃんとやってるか気になるし」
「いきなり喧嘩を売られたのに?」
ベニオの足が離れ、頭の中から声が聞こえなくなる。これ以上内緒話をする必要はないということだろう。
「関係ねえよ。何事もなく上手くやれそうなら放っておくけど、そうでもなさそうだし」
「世話焼きなのね」
「全然違う。全然な」
人の世話を焼いているのではない。単にしこりを残したくないだけだ。
翌日、早速闘技場へと向かった。昨日は見られているという感覚は消えたが、今度ははっきりとした監視の目が感じられた。
それが宿まで続き、今日になっても続いていた。地元民じゃない観光客だからとカモとして目をつけられている可能性もあったが、全然違うようだ。
だがベニオと一緒に闘技場に入った瞬間、どこから見られているのか分からない視線を全身に感じる。どこかに監視カメラのような物があるのかもしれなかった。
それらに気付いていないフリをしつつ俺は闘技場の奥にある応接室でミハエルさんと会っていた。
「記憶喪失とは、それは難儀な」
旅の道連れであるベニオを紹介すると、ミハエルさんは同情していた。
「私で何か力になれれば良いのですが」
「ありがとうございます。それなら早速お言葉に甘えさせて貰いたいと思います。メシューレ教についてお教えいただきませんか?」
「メシューレ教についてですか?」
「私の記憶の琴線に触れるものはないかと色々知識の面から当たっているのです。神官であるミハエルさんから直接メシューレ教についてお聞きしたいなと思いまして」
実際その通りなのだが含む物がないとは言っていない。俺も口を挟む気はないが。
「成る程、分かりました。未だ未熟な身ですが、お役に立てるのなら微力を尽くさせていただく」
「ありがとうございます」
「であるならば場所を移しましょうか。書庫に行けば経本や歴史書もありますし、何か気になる知識があった場合そこでなら直ぐに調べられます」
なんとも親切で気の利いたミハエルさんだった。
「俺はあいつらに会いたいんですが、今どこにいます?」
「訓練の時間ではないので思い思いに過ごしています。書庫にも何人か通っている者もいますので、トモヒコさんもご一緒しましょう」
三人で書庫へと移動する。闘技場に書庫なんてあるのかと不思議に思ったが、それは道中でミハエルさんが説明してくれた。
なんでも都市を管理するシティコアのリソースを闘技場に集中させているらしい。他では見ない使い方で本来ならシティコアは都市周辺の地域を肥沃な土地へと改造したり水を浄化させたりするのだが、荒れ果て開墾に向いていないこの土地ではシティコアの力でも期待できる成果も少ない。
だから施設の維持と利便性に集中した。コロシアムという興業にだ。
戦いの場の構造を変化させて様々なステージを用意したり、夜だろうと昼間のように明るくもしたり。時には冬の寒い時期に闘技場内を夏の日差しにして場に水を張り闘士で海上戦までやった。
貴重なシティコアを闘技場の演出の為に使う。最初は文官はもとより周辺領主から苦情は出たが、国一番の闘技場として名を馳せてからは誰もが黙り込んだとか。
「シティコアにそんな使い方があったなんて。一体どうやっているのでしょうか?」
「私には分かりかねます。コアが貴重なのもそうですが、扱うとなれば専門の技術が必要です。伯は亡くなった御父上の後を継ぐ前は帝都でアカデミーで学士をしていたそうなので、そこで技術を得たのでしょう」
ただの興味が口に出たのを装ったベニオはミハエルさんの話を聞いて、その裏で冷淡な表情になっていた。ベニオは表情筋をスイッチ一つで変えられる人種であるらしい。
それからも歩きながらベニオは記憶喪失が故の無知――という体でこの闘技場について聞いていく。ミハエルさんはペラペラと喋ったが、別に隠された情報でもなく領主と関わりのある人間は誰でも知っている事のようだ。ミハエルさん自身もこの間初めてここに来て、伝聞や領主の部下から受けた説明の範囲でしか知らないようだった。
それでも色々おかしい情報が語られる。この闘技場、なんと内部に領主の家があるのだ。地表には闘技場で腕っ節の強い連中が集まり、領主が所有している闘奴と戦い腕を磨き、武器もまた闘技場という性質から豊富。コアを使っての空間把握に組み替えなどの防衛力。
ある意味、近隣でも最高の防衛能力を持った軍事施設と変わらない。
うーん、秘密基地と言うか『俺の城!』的なノリを感じる。
書庫に到着する。そこは吹き抜けに下二階まである広い空間で壁にはぎっしりと本が収められている。広過ぎじゃないかと思ったが、机や椅子のある読書スペースにここで働く人間らしい者達がいた。領主個人の書庫だが開放しているらしい。中には体付きから決してカタギではなさそうな筋骨隆々な男もいた。
「素晴らしい蔵書ですね」
「貸し出しはされていませんが写しを取るのは自由です。私もここを何度も利用させてもらっています」
頭良さげな二人と違って俺は、涼しくて昼寝に丁度良いな程度の感想しかなかった。そもそも図書館とか夏場のクーラー目当てで利用していた記憶しかない。
「トモセンパーイ!」
そんな声と共に下に下りる螺旋階段から駆け上ってくる音が聞こえ、そっちに顔を向けると池野が姿を現した。そして駆ける勢いのままに飛び付いて俺の腕に自分の両腕を絡ませた。
「今日来たんですね。あの後、すぐに帰っちゃうからお話しできなかったじゃないですかぁ!」
「くっそ馴れ馴れしいな」
「えー?」
腕を横に真っ直ぐ伸ばすと池野が宙吊りになる。だが池野は落ちずに鉄棒にぶり下がる小学生ようにはしゃぐだけで終わった。
「その子が同郷の?」
「同じ国の違う街の人間」
「池野……レン・イケノです。そっちにお姉さんは?」
人の腕を鉄棒にしながら池野がベニオに笑顔を向ける。愛想笑いにしても作り笑い感が感じられた。
「ベニオよ。あざとい感じだけど、こんな子が好みなの?」
「全然。鬱陶しく感じはじめたけど、異世界に飛ばされた境遇考えたら放置するのも可哀想だろ」
「本人を前にズケズケ言いますね……」
俺とベニオの物言いが不満なのか池野が膨れる。
「レンさんはここで何を調べに?」
ミハエルさんが宥めるように池野がここにいる理由を聞く。
「この世界の事はまだまだ知らないことが多いんで、自習に。飽きてたところにセンパイが現れたんですですよ」
俺の腕から下りた池野が見上げてくる。
「ちょうど良いか……。ミハエルさん、俺は他の連中が気になるんで見てきます」
「分かりました」
「私はここでミハエルさんの話を聞いてるわ」
「ああ。ほら、案内しろ池野」
「それはいいんですけど、名前で呼んで良いって私言ったじゃないですか」
何故か名前で呼ばれたがっている池野の背中を押して、書庫から退室する。中二の少女は雑に扱われているのが不満そうだったが、通路を歩いている内にコロリと機嫌を変えて俺の隣を歩き出す。
年下の少女の心境など俺に察する事は出来ないが、独特のペースを持って人を意図的にも無自覚でも翻弄するのはどっかにいるものだ。
「あの人、日本人っぽい名前でしたね」
「そうだな」
「美人さんですね。何時から一緒に? 知り合ったキッカケは? と言うか何で男女二人旅に?」
「色々あってな」
矢継ぎ早に繰り出される質問だが軽く流す事にした。あいつが記憶喪失なのをミハエルさんに教えたのは口実と実際に何かベニオの記憶に関わる知識を持っているかもしれないからだ。そうでない奴に人の怪我や病気を言いふらす気はない。
「エッチとかしました?」
「そういうお年頃なんだろうが、慎みを持てよ。それより聞きたいんだが……」
「私は何も答えてもらってないのに、自分は人に答えさせるんですかー?」
「じゃあ別の奴に聞くわ。おつかれっしたー」
「わー! わーっ! 冗談ですってば。 もうっ、どうしてそんな冷たいんですか? そんなんだとモテませんよ」
「…………」
「あ、はい……質問に答えさせて頂きます。だからそんな目で見ないでください」
漸くまともに会話できそうだった。
「最初から聞きたいんだが、そっちは転移した経緯そ含めて教えてほしいんだが」
「ホームルーム中に神様だって名乗る子供が宙に現れたんですよ。それで自分達の世界を救って欲しいって一方的に言ってきたんです。いきなりの事で唖然としてる内に、目の前が真っ白になって気付けば洞窟の中にいたんです」
「洞窟に?」
「ええ。と言っても天然の洞窟を利用して教会の人達が使ってたんですけどね。マナが集まりやすい神聖な場所の一つだって。そこにあのミハエルさんがいて、私達にこの世界の事を説明してくれたんです」
「来るのが分かってた感じか?」
「違うでしょ。だって、私達が出現した場所って台所だったんですよ。それも調理中の。もう大騒ぎでしたよ」
「それは大変だったな」
その光景を想像して思わず微苦笑を浮かべてしまった。異世界からの来客は神託があったとしても対処できなかったようだ。明らかに神側の情報伝達不足だ。
池野も同じ事を思っているらしく、不満気だ。
「何て言うか神様も雑ですよね。私達は勿論、ここの人らにもろくに説明しないで。うちの男子なんてあのクソガキがってカンカンでしたよ? 私も野菜クズの籠に頭から突っ込んでしまった恨みは忘れません」
池野のは私怨を呟くが、そんなどうでもいい事よりも気になる単語が出てきた。
「クソガキ? 子供なのか?」
「小学生ぐらいの少年でしたね。金髪で左右の目が青と緑で違ってました」
「俺の所には歳がそう変わらなさそうな女だった」
「あれ、そうなんですか? なんでしょう、何人かいるのか見た目が一つじゃないタイプとか?」
「さあな。だからどうしたって話でもあるし。話を戻そう。それからはどうなった?」
神託にあった転移者という事でミハエルさんにこの世界を教わっていると、ほんの数日でデラック帝国の騎士団が現れたらしい。
一体どこから聞きつけたのか、世界を救う鍵となる転移者達の保護を行いたいと申し出てきた。大陸中に広まっている宗教組織と言えどそこは地方の教会の一つでしかない。
そもそも協力的な姿勢を最初から取っている帝国の提案を断る理由がなかった。
結局、池野達中学生グループは帝国の保護下に入った。
帰る方法も分からず明確な異変の終わりも提示されなかった以上はここで骨を埋める可能性もあって、最初は不安が池野達の間に広がっていたがミハエルさんなどの説得もあってここで生きていく為の学ぶ事になる。
「そこで戦闘担当と後方担当に分かれたのか」
「言語理解とかの基本スキル以外は全員バラバラでしたからその適性ごとに班を分けたんです」
マナアーマーに設定されたスキルは一部を除きはゲームのプレイキャラクター作りのように自由に設定したりやり直しはできなかったようで完全ランダムなようだ。
それで戦闘向きではないスキルの持ち主又は戦える気質じゃないのは後方要員として帝都に残り、やる気があって戦い向きの連中は戦闘訓練を受ける為にこの闘技場に移動したのだとか。
「教師は向こうか」
「こっちにはミハエルさんがいますし、こんな世界まで来て戦おうって連中よりも立ち直れてない生徒が心配なんでしょう」
一緒に転移させられた担任の教師は戦えない者達の面倒を見るために帝都に残ったか。身が一つしかないのだから仕方ない選択だ。池野も別に嫌味を言ってる風でもない。
「ここなら私達の存在を隠蔽したまま訓練できるみたいですからね。実際、外から見るよりも広いですよここ」
「そうだな」
ただ、この闘技場は怪しいとベニオが不審がっている。
あいつの懸念が的を射ていた場合、何か事件が起きれば池野達中学生グループも巻き込まれる可能性がある。いや、こいつらがいるからこそ何かが起きるのか。
鶏が先か卵が先かの話になりそうなので、因果関係については考えないようにする。
池野から彼らの状況を詳しく聞けば良くしてもらっているらしい。同じ国の人間の待遇に安心していると、通路の途中に壁を見上げて立っている人物がいた。
ここの通路は闘技場ではなく美術館かと思えるように絵画や調度品が壁に沿って設置してある。その内の一つをその人物は熱心に見ていた。
見覚えのある男だった。昨日、俺が牢屋にいた時にミハエルさんと一緒にいた貴族の男だった。




