第十話
ステータスといい、ゲームチックだと思ったらスキルなんて項目があるのが判明した。ベニオからもそんな話を聞いた気はしたがよく覚えていない。
ここで言うスキルは英検何級とかナントカ資格という資格で証明される『技術』というよりは『能力』に近いようだ。それならスキルじゃなくてアビリティと言わんか? と英語の成績下の上あたりの俺は思う訳だがアビリティはアビリティで別にあるようだし、もしかしたら訳し方が違うのかもしれない。
ミハエルさんが日本語を話せるのは『言語理解』という異国の言語でも数日間見聞きすれば覚えるスキルを所持しているかららしい。
転移者は高いステータスに鑑定と言語理解が備わっている上にそれぞれ特別強いスキルを持っているのが判明している。
「このスキルは転移者の皆さん全員が持っているのですが、トモヒコさんは?」
「持ってない。一人だけ別の場所に飛ばされたし、色々手違いがあったみたいだ」
信者に対して神様殴って放り出されたとは流石に言えない。だが、クラスメイト達の身の安全が気にはなっていたが、そういった措置が取られているならすぐにどうこうなる事もなりそうだ。
「言葉が分からないとなるとどうやってここまで?」
「親切な人と一緒に。彼女も言語理解のスキルを持ってたみたいで、会った次の日には会話できるようになってました」
「それは凄い。ニホン語の習得には私は一週間もかけたのに一日でですか」
色々とスペック高いよな、ベニオの奴。
それはともかく話は今後の展望について移った。
「残念ながら、君のクラスメイト達はこちらで把握している転移者の中にはいませんね」
クラスメイト連中の名前や学校名を教えたが、ミハエルさんに心当たりはないようだった。
「改めて教会の本部に問い合わせてみます。どこかの国に匿われている可能性もあるので」
「お願いします」
「返事が来るまで日数はかかりますが、この街には暫くご滞在に?」
「そのつもりです。宿は……文字が読めないのでまた明日そちらに顔を出します」
「分かりました。それと、良ければこちらにいる同郷の方々とお会いになりますか? 故郷が同じ大人の方がいれば彼らも安心できるでしょう」
本当は未成年なんだが、こっちじゃ成人年齢違うかもしれないし図体のデカさから実年齢より上に見られるのは日本でもよくあった。中学の時でも映画とか行くと学生証を見せない限り大人料金で困った経験がある。
「そうですね、顔合わせぐらいは」
話が決まり俺はミハエルさんに案内されて石造りの通路を歩く。護衛の二人組も一緒だ。
「そういえば、彼らはどうして闘技場に?」
「彼らは何かあれば協力し戦ってくれると言ってくれています。ですが力や才能はあっても戦闘経験の無い素人です。正しい指導の元で鍛える必要があります」
「それでわざわざ闘技場に?」
「勿論、デラック帝国の帝都にも優秀な騎士の方々がいますので指導者には事欠きません。ただ、数人ならともかく四十人近くもなるとどうしても目立ってしまいます。転移者を快く思っていない者もいるので……」
最後の方は言葉を濁したが、つまりはそういう事なのだろう。俺だってここまで言われれば分かる。
「言っちゃあなんですが、ここは安全なんですか?」
「他の都市とはシティコアの使い方が特殊でして。この闘技場が一種のダンジョンと言えます。ある程度領主の意思で構造を組み替える事ができ、警備や防諜に関しては完璧です。場所柄、訓練相手にも困りません」
そう聞くとゲームの拠点みたいだ。外見と中の空間の大きさが合ってなかったり、やたらと施設が充実してたり。戦略モノだと拠点が発展するとなモブ勢が増えたりして。
「あれ? でも俺って関係者立ち入り禁止な場所に入っちゃってたんだけど……」
「あそこはまだ浅層です。ただ関係者以外がいるのにメイドが驚いて笛を鳴らしてしまったのでしょう」
まあ、学ラン装備の男がウロウロしてたらこっちの世界だと戸惑うよりも警戒するだろう。というかメイド? 闘技場にメイド? まあ世界が違うからあり得るのか。
「あっ、そうだ。これはウチの学校の校章です。俺のクラスメイトとかも持ってる筈なんで手掛かりにして下さい」
ふと思いつき、制服の襟に付けていた校章をミハエルさんに渡す。服の一部になっていたからすっかり忘れていたが、これもある意味身分証だ。クラスメイト達を探す手掛かりになればいいが……自分トコの学校の校章を一切覚えてないとか無いよな?
「これは紋章ですか。こちらには無い独特の意匠は分かりやすいですね。お預かりします」
丁寧に布で包んで懐に収めるミハエルさん。いやそんな貴人から何か貰ったような事しなくとも良いのに。それ再購入で五百円もしないんだが。
暫く歩いた所で建物内ながら広い場所に到着した。床には土が敷かれ、天井も高くウチの学校の体育館ほどのスペースはあるだろうか。隅の方にはトレーニング器具らしき道具。多種多様な武器も置かれていて、的かサンドバックか木や藁の人形もあった。それらが用途別に用意された空間毎に背の低い板で仕切られている。
そして、各場所に別れて十代前半の若者達が武器の使い方などを教えて貰っているようだった。
「コロッセオ内部に闘士養成所があり、訓練士の数も多い。ここでなら戦争と無縁だった彼らも安全に身を守る術を身につける事ができます」
「……性根から喧嘩に向いてないのは?」
「帝都に残し所持していたスキルや本人の適性に応じて知識を伝授しています。我々も戦えぬ者を前線に出すつもりはありません。生きていく為の最低限の力を身に付け、自立出来るよう力を貸すのが異世界から来た貴方方に援助するのがこちらの人間としての務めだと思っていますから」
「へぇ……」
と言う事はここにいるのは二十人程度は少なくとも自分の意思で訓練を受けているんだよな。なのに数人ほど真面目にやっていない連中がいた。
人形の的に向かって剣を振り下ろしたりはしているが、笑ったりして巫山戯ているのが丸わかりだった。近くにいる訓練士らしい男は呆れたように首を振っている。
集団の中にはああいう不良と言うか不真面目な奴は程度の差はあれど一定数いるもんだ。だから珍しくは無いんだが、それにしても空気読めてない。俺に空気読めてないと思わせるなんて大したものだ。
「あっ、昨日見た人だ」
不真面目グループに目を向けていると横から声が聞こえたのでそっちにふり向く。
そこには学校の制服にこっちの世界の靴や肘当てなどを装着した女子中学生が俺を見ていた。後頭部で括った髪を揺らしながら近づき、大きな目で俺を見上げてくる。
昨日、馬車の中に見た少女だった。
「私達以外にもいるって聞いてましたけど、高校生なんですね。どこ高ですか?」
「A高。そっちは?」
「S中です。聞いた事無いって事は県外ですかね。私、池野蓮って言います。センパイは?」
「犀川智彦」
「じゃあトモセンパイで。私もレンちゃんと可愛くちゃん付けでお願いします」
何だろうこの生き物は? 適当に返事をしたが、いきなり馴れ馴れしくズイズイ来て何を考えているのかよく分からん。今時のJCってこんなもんなのか?
「一人みたいですけど、他の人は?」
「いや、俺一人。クラスメイトとは逸れた」
「へー……」
池野は俺の頭の天辺から足の爪先までジロジロと見回す。遠慮というものをどこかに忘れたのか、それとも良くも悪くもマイペースなのか。
「……『言語理解』がない? ステータスも低いですしスキルも無い。もしかしてハズレ枠ってやつですか?」
「そうかもな」
俺と違って話から察するに彼女らはベニオの言う所のマナアーマーを最初から持っているようだ。異世界の言葉に不自由している様子もなく、スキルを持っている事での自信が伺えた。というか俺の見られてる?
「あらら、それは大変ですねー。でもここにいれば安全は保証されますよ。それにハズレ枠と思わせて実はチート持ちパターンとかありがちですから」
「ああ、そういうの見た事あるわ。まあ、逆境を糧にとか実はとか言うのはパターンの一つだな」
「実際のところどうかは分かりませんけどね。いざとなったら恵まれた私が助けてあげますよ」
「いらねえ。何言ってんだお前」
「いや、そのステータスのままだと本当に危ないですよ? 成績不良の学生の通信簿みたいな数字ばっか並んで……成人男性でその十倍はありますからね?」
からかっているのか心配しているのか分からん。いや、両方なのか。
「レンさん、人のステータスを吹聴するような真似は感心できませんよ」
ミハエルさんが池野を注意する。
「はーい、ごめんなさーい」
この口だけで謝ってる感。その態度にミハエルさんは頭を振って俺に顔を向けて申し訳なさそうにする。うーん、なんか責任感の強い新任教師って感じで苦労してそうな人だった。
「スキルで『鑑定』の能力があると物や人の能力が分かるのですよ」
「……それは持ってて当たり前のスキルなんですか?」
「いえ、珍しい部類に入りますが探せば簡単に見つかります。それに鑑定の精度や判定範囲は個人差が大きいんです」
『稀によくいる』とか言うやつで決して万能ではないらしい。そういえばベニオはアナライズ云々言っていたが、もしかして同じ物か?
「私も鑑定スキルは持ち合わせておりませんし……。なんであれあまり気になさらず。ステータスはマナの加護を数値化し分かりやすくした物に過ぎません」
ステータスの数値の基準は分からないが、まあ気を使ってフォローしてくれているのだろう。ニヤニヤと笑みを浮かべる池野を見れば、そのステータスの数値が気休めではなく確固とした差であると認識されているのを窺わせる。
「まあ、トモセンパイは背高くてがっしりしてますからね。バスケかバレー? いやでも筋肉付き過ぎてるから何か格闘技やってました?」
「池野って馴れ馴れしいよな」
「酷っ!?」
思わず本音が出た。
「それにレンちゃんと呼んでくださいって言ったじゃないですかぁ」
腕を掴まれ揺さぶられる。マナアーマーかマナの加護か名前なんてどっちでも良いが、確かにその恩恵なのか力が強い。中二女子の腕力で百八十超えの俺の体を大きく揺らす。
訓練場を改めて見てみれば、剣を振るうだけで風が起き、的にぶつかった時は大きな音がしている。有り余る力にまだ感覚が追いついていない印象を受けた。
俺が彼らを見ているのと同じく、彼ら中学生らも俺に気付いて興味深そうに見て来る。隣でキーキー煩いのもいるから気付かれて当然か。
注目を集めてしまっていると、近づいて来る複数の足音が聞こえたのでそっちに視線だけ動かして見れば巫山戯て遊んでいた男子グループ達だった。
「池野、それ誰?」
「私達と同じ転移者ですよ。他の人達と逸れちゃったそうです」
池野は俺の腕から手を離して男子と話し始める。
「逸れたぁ? 置いていかれたの間違いじゃないか? そんな低いステータスじゃあしょうがないよな」
遅刻して教室入ったら既にみんないなくなっていたので置いていかれたと言えば置いていかれた事に間違いはないかも。
それはいいとして、初対面で馴れ馴れしいのもあれだが、こいつらはこいつらでガラが悪い。
ぶっちゃけ年下の小僧に馬鹿にされて多少イラッとは来るが、だからって一々絡む気にもなれない。そもそも境遇は同じとは言え知らない学校の知らない連中に筋合い云々も難しいだろう。
それにこの手の男は他の男に指図されるのを嫌う。変に言っても面倒になるだけだ。
「ミハエルさん、そろそろ帰ろうと思います」
ベニオを放置したままなのは気まずい。中学生らの様子も確認できたし、長居しても訓練の邪魔になる。
「テメェ、なに無視してんだよ!」
えっ? 俺を無視して池野と会話始めたのはそっちだろ、と思いつつ振り向くと中学男子が俺を突き飛ばそうと腕を伸ばしていた。掌が俺の胸に当たると、俺の体が後ろへと吹っ飛んだ。マジかよ。
最終的に俺は後ろの方にあった仕切りの分厚い木の板をぶつかって止まる。池野もそうだが想像以上に力が強い。俺を受け止めた板が割れてしまっている。
「ちょっと、何やってんですか!?」
「止めなさい! そんな事をして――」
池野とミハエルさんが俺を突き飛ばした男子を責める。護衛としてミハエルさんの後ろにいた男達は勿論、他の学生達を指導していた闘技場関係者と思われる者達の雰囲気が鋭くなる。
俺は割ってしまった板から体を離して元の立っていた位置に戻りながら、ミハエルさんに掌を向ける。待ってくれ、というつもりハンドサインはこっちでも通じるようだった。
俺は突き飛ばしてきた男子の前に立つ。その取り巻きも含め空気読めてないらしく人を舐めたニヤニヤとした笑みを浮かべている。
「おいおい、なんだよやるってか?」
「年下にぶっ飛ばされて怒ったんですかぁ? 年上だからって偉そうにしてんじゃねえよ」
「現実ってもんを教えてやる!」
うーん、超調子に乗っている。
「待て待て、お前ら。そんな取り囲んだら数でリンチしたみたいになるだろ。ほら、先輩。俺一人で相手してあげますよ」
特に俺を突き飛ばした男子。このトレーニングやカンフースターのアクションを真似して強くなった気でいる感。止めろよ、微笑ましくなってくるだろ。
「あのな、ここはお前らの地元でもなければ日本でもないんだぞ」
「チッ、うっせんだよ説教かテメェ!」
ちょっと何か言われただけで男子中学生は拳を握り殴りかかって来た。大物ムーブは何だったのか。
彼が大きく振りかぶって俺に放たれた拳が当たる前に、後出しの拳が男子の顎に命中した。
「――――」
声も上げず、男子は綺麗な弧を描いて後ろに吹っ飛び、綺麗に地面に墜落した。
「がはっ、は――はぁ!?」
「おっ、気絶させるつもりだったんだけど思ったよりも頑丈だな」
船で相手した水賊連中なら今ので十分だったが、あいつら以上にタフらしい。一応、体つきや動き、さっきの威力でどの位までイケるのか予想して手加減しているのだが、どうやら素の身体能力とマナアーマーのスペックの傾向はあまり関係ないのかもしれない。
男子中学生は上半身を起こすと尻餅ついた姿勢で信じられないといった顔をして俺を見上げる。
「な、何しやがった!?」
「殴っただけだっつーの」
「う、嘘つけ! そんな筈あるか!」
男子は地面から立ち上がると再び俺に殴りかかって来る。そんな拳振りかぶったままの姿勢で突進とかテレフォンパンチどころじゃないんだが。
向かって来る男子の腹に喧嘩キックをくれてやる。リーチの勝利だ。
「ぐはっ!」
自分から半ば突っ込む形で腹を蹴られた男子はその場で膝をついた。腹にダメージあると結構足に来るもんだ。
「こ、このっ!」
腹を押さえたまま動かなくなった男子を見て、お仲間が動く。内一人が武器入れに立て掛けてあった剣を掴んで斬りかかってきた。刃物とか簡単に出すなよな。後に引けなくなるだろ。
剣の腹を横殴りに砕き、何が起きたのか分からず間抜け面を晒す奴の襟を掴んで、両手の間に炎を作っていた別の奴に向けて投げつける。抵抗できなかった奴も受け止めきれなかった奴も、炎は消え揃って受け身を取れずゴロゴロと転がる。
ふと体に違和感を感じて最後に残った一人の方に振り向くと俺に向かって掌を向けたまま勝ち誇ったような笑みを浮かべるのがいた。
感覚としては自称神が使った金縛りに似ているが、拘束力に天と地の差があった。
「あ、あれ?」
「あれじゃねえよ。効かないって気付いたんなら逃げるか別の手を使うべきだろ」
金縛り少年の頭上に拳骨を落とすと、簡単に白目向いて気絶しやがった。
はぁ……勘弁しろや。中坊を俺が虐めたみたいになってるだろ。
殴りかかって来るのがいなくなって、周囲を見回せばそこにいた全員が驚きを隠しもしないで俺を見ているのだった。




