実は僕、未来から来ました
十分弱で読み終わるくらいの短い物語ですので、良ければ、最後まで目を通してくださると幸いです。
実は僕、未来から来ました。
よくあるタイムリープものみたいに昔の体に現在の意識だけが没入しているわけでもないし、タイムマシンに乗って来たわけでもありません。
産まれてきて三十二年と九ヶ月を過ごしてきたわけですが、こうして今、僕がいるのは、かつて青春を共にした母校なのです。
体はおっさんのままです。声も変わりません。こんなのが青春真っ只中の学生達に混ざっていたら不審者扱いな訳ですが、どうやらそんな心配は要らないみたいです。
周りの人間からすると、僕は声も聞こえないし、もちろん体も見えてないみたいなんですよね。
僕自身、科学至上主義なんですけど、実際に自分自身の身に起きた出来事とあっては、この考えも大幅に変えなきゃいけないなぁと思います。
ちなみに僕は今、二人の人物を探しています。かつての旧友もちらほらと見つかり、家内との結婚式にも呼んだくらいお世話になった恩師を見つけた時には、挨拶をしてみました。
これらの証拠から十数年前に僕が存在しているという事がはっきりと分かったので、僕は、若い頃の僕と僕の家内を探そうと思い立ったわけです。
しばらく廊下を歩いたり、階段を上り下りしたりすると、やっと顔見知りが増えた気がします。それが二階だったということから、僕は三年生だった頃に戻ったという事になりますね。
ぼんやりと学校の配置も思い出してきました。
えーと、確かこの教室だ。
あ、僕が居ました。窓際で数人の友達と馬鹿騒ぎしています。この頃は最高に楽しかったんですけど、今見返してみるとバカなことばっかりしてて、すごく自分を恥じてしまいます。
おーい俺だぞ。いつのまにかこんなに年経ってしまった。
なんて目の前にいる僕に話しかけるんですけど、僕だけに僕が見えるなんてことはなく、無視されてしまいました。
僕に対する感動の挨拶も済んだところで、もう一つの目的である、家内を探す事にします。
三年生の時は確か同じクラスだったはず。
キョロキョロと周りを見渡してみます。すると思いのほかすぐに家内を見つけることができました。
休み時間だというのに、高校生らしく馬鹿騒ぎをするわけでもなく、静かに本の世界へと入り浸っているみたいです。
サラサラの黒髪ロングに包まれて隠れている顔は、僕が自慢したくなるくらい整っています。とても可愛い。そんな彼女の澄んだ瞳はまっすぐとファンタジーの世界を紡ぐ文字の羅列を見ています。ああ、この頃から優衣は可愛い。
あ、今まで家内と呼んでいましたが、せっかく顔を見ることができましたし、普段通りの呼び方で、優衣って呼ばせていただきますね。
クラス替えがあって僕は優衣に一目惚れをしました。まず、顔も整っているのもそうなってしまった要因ですが、なにより、僕の持ってない沢山の素晴らしいものを持っているんだろうなぁと思ったことがきっかけですね。
後々知った話ですが、やはり可愛いこともあって優衣の隠れファンは少なくなかったようでして。たまたま優衣と付き合えた僕はそりゃあ幸せ者だったわけですよ。
何ヶ月も掛けて地味なアプローチを続けていく内に、一緒に帰るくらいの仲になれました。
でも僕は、なかなか告白する勇気が出なかったんです。
でも、卒業したら就職する僕と違って、彼女は地元で一番の大学への推薦が決まってました。
ここで、ついに僕は決心をしたんです! 卒業式の日に告白をしようと!!
卒業式では楽しかった今までの高校生活を振り返って、少し涙が出だ記憶があります。
友達と写真を撮って卒アルにメッセージを交換して、泣きながら笑って友達と話して。そんなことをしている内に一人、校門から出て行く優衣の姿が見えたんです。すぐに僕は駆け寄り、そして告白をして付き合いはじめました。これが僕の持っている優衣に関する記憶です。
ーーおっと、なんだか目がぐるぐると回り出したぞ。
世界が歪み始めた。もう時間切れなんだろうか。元の世界に戻るの嫌だなぁ。
しばらくすると歪んでた世界は元に戻っていって、僕はまだ高校の中にいた事に安堵しました。しかし、さっきと違うところがあって、誰一人として校舎内に人がいないのです。
でも、騒がしい校庭を見ればその理由が一目で分かりました。世界が歪むまでは、蝉が鳴く夏だったはずなのに今は桜が咲く春になっていたからです。
卒業証書を黒い筒に入れて、はしゃいで、泣いて、笑う学生達。思い出していた記憶とは少し違うところもあるけど、みんなの表情はやっぱり記憶通りでした。
都合が良すぎる気もするけど、やっぱり卒業式の時のこと考えてたから時間が移動したのかなぁ。
だったらせっかくだし、僕の様子でも見に行こうと思います。
僕は早足で階段を降り、校庭へと出て僕を探しに行きます。
おっと見つけた見つけた。ちょうど校門で優衣を呼び止めているところみたいです。
めちゃめちゃ顔を真っ赤にしてるあの日の僕が見えます。
初めて女の子の手を繋いで、人影のない大きな木の裏に移動して行く若い頃の僕。ちなみに僕はその様子をニヤニヤしながら応援しています。
あー、思い出してきました。確かテンパりすぎて手を繋いだまま告白するんだっけ。
「あのっ、せっかく仲良くなったのに別々の道に進むのは嫌っていうか。そりゃあ、仕方ない事だけど、でもやっぱり、どこかで繋がってたいって思ってて」
ーーいいぞ、頑張れ!!
「何ていうか、つまり」
ーーもう一歩、もう一歩!!
「卒業しても隣にいたいです。好きです。貴方の事が、好きです」
そんなに手に力入れてたら優衣が痛がっちゃうぞ。でも、よく勇気振り絞ったなぁ。ご褒美に僕に教えといてあげるけど、歳を取っても優衣はべっぴんさんだぞぉ。
「その……。私も……。私も! 好きです。これから、よろしくお願いします」
優衣も顔を真っ赤にしてるし、なんだかむず痒くなってきました。自分の恋を直で見る経験をした事がある人って世界中を探しても僕だけなんじゃないでしょうか。
おっとっと、突然目が回り出しました。
ーーまた世界が歪んできます。
◆◇◆
世界が元どおりになると、景色は変わり見覚えがある場所にいました。
大きな機械音と共に聞こえてくるのは、楽しそうな絶叫。ジェットコースターに乗っている人たちは風を受け、滑り落ちて登って、そしてまた下っていきます。
滑らかに回る白馬と馬車は、子供にも大人気ですが、カップルもよく見かけますね。
大きなコーヒーカップはクルクルと回っています。ああ、そんなに回すと後で気分が悪くなってしまいますよ!
不気味な外装の建物の奥からは、叫び声と笑い声が聞こえて来ました。機械仕掛けのドッキリのおかげでカップル達はその距離を今まで以上に縮めている事でしょう。
ここは、隣町にある遊園地。千葉にあるテーマパークなんかに比べると人も多くないし、設備だって小さい。
でも、確かにここは夢と希望と笑顔に溢れる場所なのです。
今までの流れからして、この遊園地に来たということはーー。
ほら、いました。僕です。学生の頃よりも歳を取った感じがします。髪は短く切り揃えられていて、この頃は仕事を一生懸命頑張っていたなぁと、思い出してしまいました。
二人は今、ベンチに腰掛けて休んでいるところですね。元々僕は、絶叫マシンが苦手なんですが、今日を特別な日にするために、優衣に楽しんでもらおうと精一杯我慢して、付き合っていたわけです。その結果、気分を悪くしてしまったと。
申し訳なさそうに水を差し出す優衣。ほら、心配かけてたらこのあとの予定が狂っちゃうぞ。
まぁ、今の僕が心配をかけるな、なんて言えた立場じゃないんですけどね!
「大丈夫? ごめんね、楽しくって調子に乗りすぎちゃった」
「もう、気分も良くなって来たから大丈夫。もう立てるよ」
立ち上がって僕は時計を仕切りに確認しています。彼女といるのに時計ばっかりなんて思うかもしれませんが、理由があるのです。
なんてったって、貸切の時間はたった一周分。少しでも遅れてしまえば、二人っきりの時間が取れなくなってしまいます。
「よし、そろそろかな」
「ん? どうしたの?」
「優衣! 付いて来て!」
もう手を繋ぐことくらいなら、この頃の僕はなんてことないみたいです。
二人の後を追うと、見えて来たのは観覧車でした。少しだけ、僕は優衣を待たせると、ダッシュで係員の人の元へ寄っていきました。
「こっちこっち」と手を振る僕が見えます。優衣はというと困惑した表情で、ゆっくりと観覧車へと近づいていきます。
観覧車に乗っている人は誰一人いません。そんな特別な観覧車へと僕のリードで、二人は乗り込んでいきました。
「頑張ってくださいね」
係員の人は笑顔で手を振っています。なんていい人だ。
流石に、人生で一番最高の瞬間を邪魔するわけにはいかないと、僕は外で待っていることにしました。
二人が帰ってくるまでに少しだけ今の状況を思い出してみることにします。
今から、観覧車にいる僕は優衣にプロポーズをするんです。一ヶ月前から遊園地側には頼み込んで、三十分だけ観覧車を貸切にしてもらっています。
大学を卒業して、大手企業に就職が決定した優衣。タイミングはここしかないと意気込んで、僕は三ヶ月分の給料を握りしめ、小さいながらもダイヤのついた指輪を買いました。
おっと、しみじみ思い出に浸っている間にもう二人は頂上へ。一番景色のいいところに差し掛かった僕は、きっとポケットから指輪を取り出して、プロポーズをしていることでしょう。
「これから先も僕の隣にいてください。好きです。貴方の事が好きです。結婚してください」
今でもはっきりと覚えてる。僕の精一杯のプロポーズ。
観覧車は少しずつ降りて来て、終着点へと帰り着きます。
観覧車から出てきた優衣はとボロボロと泣いていて、でも薬指には僕からもらった指輪を大切にはめてくれていました。
「おめでとうございます。これからもお幸せに」
そう祝ってくれた係員の人に、二人はお礼を言って、また手を繋いで歩いていきました。
新たな関係となった二人。これから辛い事とかあるけど、楽しいこともあるから頑張ってくれよ!
僕は二人を見送りました。するとまた世界が歪み始めます。
視界がはっきりとしてくると、ショッピングモールに僕はいました。
ーーああ、やっとここか。
きっと過去を巡る旅もここが終着点。
この日は十回目の結婚記念日でした。僕はショッピングモールで、特別な日に相応しい贈り物を探しています。
優衣には内緒にしてるため、帰りが遅いことで怒られてしまうでしょう。でも、その理由を知った優衣は、また嬉し涙を流してくれるのです。
浮き足立っている僕がショッピングモールを出てきました。早く家に帰ろう。そんな気持ちでいたのは、はっきりと覚えています。
ここから先の出来事。つい最近起こった事なので、全てを覚えています。
僕はこのあと直ぐにトラックに轢かれてしまいます。すぐに意識は無くなり、助かる術はありませんでした。
青信号だと油断して左右を確認しなかった僕は、突っ込んできたトラックに気づく事が出来ませんでした。
トラックの運転手も暗い夜道にスーツ姿の男なんて見えずらい事だったろうと思います。まあ、信号無視はしちゃいけない事なんですけどね。
あ、この信号だ。ここで僕はーー。
◆◇◆
まるで夢から覚めたように景色が切り替わりました。
ーーここは、僕達の家。まだローンはたくさん残ってます。
死んでから二週間が経ちました。二週間もあると周りから認識されない、物が触れないなんて事を受け容れるには充分な時間でした。
それでも、この世に僕が存在出来ている限りは優衣を見守ってあげようと思うのです。だって、優衣は昔から涙もろくてすぐに泣いてしまいます。
過去の旅は終わった事だし、また優衣のところへ行こう。そう思って扉をすり抜けます。リビングに行くと優衣を見つけました。
ただ少し様子がおかしいみたいです。
なんだか目が虚でーー。
ちょっと待ってくれ! 優衣!!
「待っててね。今追いかけるから」
優衣は大量の睡眠薬を手に持って、そう呟きます。ダメだダメだダメだ!! とにかく早くどうにかしないと!!
睡眠薬を取り上げようとしても、僕の手は優衣の手をすり抜けてしまいます。
やめてくれ!! 頼む!! 早まらないでくれよ!!
声だってもちろん届かない。気持ちは伝わらない。
「楽しかった。貴方といる日々はすごく、すごく楽しかった」
俺も楽しかったさ!!
優衣といる時が一番楽しかった!!
幸せだった!!
でも、それだけじゃない!!
俺が居なくても、きっと楽しいことはあるからぁ!!
悲痛な叫び声は届かない。優衣は睡眠薬を一気に口へ押し込んでいく。僕はそれを見ていることしかできない。
死んでからも割と能天気に存在していました。だって優衣が僕のために泣いてくれたから。でも、通夜や葬式もあって優衣が動いている間には、彼女が死のうと思っているなんて微塵も感じ取れませんでした。
死んだ人より残された人の方が辛いとはよく言いますが、優衣の精神がそこまで衰弱していたなんて思いもしませんでした。
僕はバカでした。バカで間抜けなどうしようもない奴でした。
こんな結末は嫌だ。
どうか神様、助けてあげてください。
僕は優衣に生きていてほしい。
僕がいなくても、優衣には幸せでいてほしい。
どうかお願いです。
ほんの少しだけ、僕のお願いを聞いてもらえないでしょうか。
どうかお願いです。
ほんの少しだけ、彼女に生きる希望を持たせてあげてください。
どうかお願いです。
ほんの少しだけ、僕の気持ちを彼女に伝えたいんです。
どうかお願いです。
優衣には生きていて欲しい!!
◆◇◆
今までの世界が歪む感覚とはまた違う、光に包まれて僕は目を閉じました。
ゆっくりと目を開き、目が世界に慣れてきた頃、一つの人影を見つけました。
喪服を来て蹲っている黒髪ロングの一人の女性。喪服を来ているということは、きっと葬式の後ということでしょうか。
つまり、ほんの少しだけ時間が巻き戻った……?
彼女の嗚咽が聞こえて来ます。手に持っているのは、プロポーズの後に撮った記念写真。大事にその写真を抱いて、泣いていました。
「優衣……。そんなに泣かないでくれよ。僕は割と元気だからさ。君が悲しんでいるところを見る方がよっぽど辛いよ」
ボソッと優衣に向かって話しかけます。
すると優衣は、ハッと顔をあげました。
そろりと後ろを向いて優衣は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして、言いました。
「どうして……!? もしかして生きてたの!!」
飛び上がって僕に抱きついて来ます。
正直奇跡が起こったのだと思いました。この瞬間ほど神様に感謝したことはありません。
でも、直感的に分かりました。長くは続かないんだろうなって。
ーーだから僕は事実を言うことにしました。
「実は僕、未来から来ました」
胸元に飛び込んで離さない優衣を少しだけ遠ざけて、手を握ります。
「僕は死んだんだ。それから二週間くらい先の未来から来たんだ。僕は死んだけど、なんでか幽霊みたいな存在になってて、その二週間は優衣の様子を見てた。
二週間で君は凄いやつれちゃって、笑顔も見せなくなって、心配したんだ。
だから、僕は君に伝えたいことがあるんだ」
はっきりと目の前に写るのは、優衣の整った顔です。女優さんにだって全然負けていません。
「まず一つ。君に笑っていて欲しい」
優衣は首を横に振ります。
「無理だよ。私は貴方と一緒じゃないと笑えない。だって貴方の隣にいる嬉しさを知ってしまったから」
「大丈夫だよ。世界には楽しいことなんて満ち満ちている。生きていれば、必ず僕と遊ぶことよりも楽しいことに出逢えるから」
鼻の奥をくすぐるのは、優しくてあったかくて、安心する匂い。優衣の匂い。
「二つ目、僕のこと忘れないで欲しい」
優衣は体重を僕に預けて、顔を隠すようにもたれかかりました。
「当たり前だよ。絶対に、何があっても忘れたりしない」
「そんなに言われると舞い上がっちゃうなぁ。さっきも言ったけど、僕より楽しいことを見つけて欲しい。そして優衣がそれを見つけたら僕は、きっと嫉妬しちゃうと思うんだ。でも、優衣が僕のことを覚えてくれる限り、それさえも僕の喜びに変わると思うんだ」
鼓膜を揺らすのは、澄み切った優衣の声。吐息でさえ、僕の心は魅了される。
「そして最後。ずっとずーっと、僕は君の事を愛していたよ」
手はさらに強く握られ、優衣の愛が伝わってくるようです。優衣は顔を上げました。上目遣いで僕の顔を見ます。僕達の顔はお互いの熱を感じ取れるくらいに近づいています。
「私も、好き。大好き。世界で一番好き。これからだって大大大好きだからぁ」
気がつけば、僕の身体は薄く煌めいていました。足の感覚はもうありません。きっと時間切れなんでしょう。
おでことおでこを合わせ、僕達は距離をなくします。
「きっと生まれ変わったら、また君に会いに行くね」
「その頃には私、お婆ちゃんかな」
「うーん、そうかもね。でも関係ないんじゃないかな」
「うんそうだね」
「「嫌いになることなんてありえないもん」」
二人揃って同じ言葉を発すると、思わず笑いが出ました。
もうほとんど身体の感覚はありません。
「じゃあ、またね」
「うん、またね」
ーーそのまま僕は、光の粒となって消えてしまいました。
◆◇◆
気がつくと、目の前にはとても大きな人間? 悪魔? みたいなのがいて、周りには僕と似た白い格好をした人たちが溢れかえっていました。
「お前は、天国行きだ」
低く、ドスの効いた声で僕は天国行きを知らされると、そのまま長い階段へと導かれました。
ひたすらその階段を登り続けると、やっと天国へと着きました。周りにいる人から聞いた話なんですけど、天国は生まれ変わりを待つ人たちが集まるところなんだとか。ちなみに地獄の事情は分からないと言っていました。
お、どうやらここから地球のことを見れるみたいです。
どれどれ、優衣はどこにいるかなぁ。
と、思いの外すぐに見つけることができました。
どうやら無事立ち直って、職場に復帰したみたいです。安心しました。
僕は、生まれ変わるまではそっと優衣を見守ろうかなって思ってます。だって可愛すぎていくら見てても飽きないから。
そして、生まれ変わったら優衣を見つけて、こう言うつもりです。
ーーやっと見つけた、久しぶり!!
『実は僕、未来から来ました』
〜終わり〜