1-04 視線一つ
心の中で「床を濡らしてすいません」とギルド役員さんに謝りつつ、カウンターへと向かう。
そこに立っていた受付嬢さんは、一連のやり取りを眺めていたようで苦笑を浮かべていた。
「ようこそ冒険者ギルドへ。本日はどういったご用件でしょう?」
小さくお辞儀をしながら尋ねてくる。
僕も頭を下げつつ、早速本題へ切り出した。
「このギルドカード、七年くらい前に作ったものなんですが、まだ使えますか?」
先程の冒険者二人が知らなかった旧型であろうギルドカードを取り出し、茶髪ツインテールの受付嬢さんに提示する。
彼女は「七年前……?」と怪訝な表情で言葉を反芻。
疑惑、驚きの目で僕をマジマジと見てきた。
しかしすぐに失礼だと気付いたのか、一言謝ってからギルドカードを手に取る。
「これは一つ古い型のギルドカードですね……って、えぇ!?」
ギルドの証明である盾の紋章を見た後、カードを裏返した彼女は驚きの声を上げた。
まあ理由は分かる。
おおかた、そこに刻まれた最上位を示す『等級』が原因だろう。
受付嬢さんは僕とギルドカードを交互に見比べる。
……なんだろう、その見た目と等級が合っていないとでも言いたげな顔は。
気が動転しているのか、受付嬢さんが大声を上げてしまいそうに立ったところで、僕は自分の唇に人差し指を当てた。
「しっ。大声を出さないように。個人情報を漏らすのはあまりよくないのでは?」
「――あっ、も、申し訳ございません!」
受付嬢さんは表情を曇らせて深々と頭を下げる。
「いえ、大丈夫ですよ。次からは気を付けてくださいね?」
僕はそんな彼女を宥めつつ、話を進めようと先を促す。
「それで、このギルドカードは使えるのでしょうか?」
問いかけに、受付嬢さんは少し心苦しそうな表情で応じた。
「申し訳ございません。ギルドカードを新調する際、ギルドカードを読み取る【法具】も新しいものに差し替えた為、新規のギルドカードを発行する必要があります」
「……そうですか」
「ですが今回は紛失が理由の再発行ではなく、ギルド側の都合の再発行となります。以前のギルドカード所持者には無料で新規ギルドカードを発行しているので、料金は掛かりません」
「それはありがたいです。では、新しいものをよろしくお願いします」
「か、かしこまりました」
受付嬢さんはそう言ってから、「えっ……えっ?」とか呟いている。
ギルドカードに刻まれた登録日時や、型が新調された年を照らし合わせて、僕が今の等級になった時期を割りだそうとでもしているのだろう。
やがて彼女は、おずおずと尋ねてくる。
「あ、あの、フェンリット様は今、おいくつなのでしょうか?」
「……いくつだと思いますか?」
ここで正直に答えるのは釈然としないので、僕は意地悪な顔を浮かべて尋ね返した。
案の定、受付嬢さんは困った表情をして唸る。
「……じ、十五歳?」
「残念、少なくとも成人しています」
多分貴方と同い年くらいですよ。
素っ気なく返して受付嬢さんを軽く落ち込ませつつ、
「それで、後二つほど要件があるのですが」
「はい……なんでしょうか」
「先日、近くの山道で山賊を殲滅しました。全員気を失っていて、山道で倒れていると思います。ギルドに回収をお願いしたいのですが……」
受付嬢さんはキョトンとした顔を浮かべてから、ハッと気付いた様子で声を上げる。
「――あっ! そうです、山賊殲滅の話ですね。ええ、先日、三人の女性冒険者様からそのお話はお聞きしました」
「え?」
聞き返すと、受付嬢さんは人差し指を頬に当てたあざとい仕草を見せながら、
「確か……アマーリエ様、アリザ様、リーネ様でしたか。フェンリットという冒険者が来たら、山賊殲滅の報酬を渡してくれと頼まれました」
「そうだったんですか」
倒れた山賊を回収するのは早い方がいい。彼女達の選択は最良だ。
おそらく、既にギルドが確認に向かったのだろう。
「……それで今朝、ギルドから役員を派遣して確認に向かわせたのですが……既に山賊達の姿はありませんでした」
「既になかった……?」
どういうことだ。
【咆哮】の効き目が浅かった?
あの頭領も、それほどダメージを負っていなかった?
逃げる余力を残していたのか?
「彼等はおそらく、一人残らず魔物に喰われたのだと思います」
……運がいいのか悪いのか。
【咆哮】で昏倒している状態なら、痛み無くして逝けただろう。
「痕跡は見受けられましたし、山賊の長――オルダの得物も確認したので、報酬は支払わせて頂きます。ギルドとしては『誰が山賊を殲滅したか』よりも『山賊が殲滅されたという情報』の方が大事ですから。勿論、尊重されるのは『実際に討伐した方』ですが、それが魔物ならば話になりませんし、フェンリット様が殲滅したと言う証人しかいないので、ギルドはそれを疑いません」
「分かりました」
実際、山賊団の全ての構成員が死んだという『確証』は得られない。
しかし確認に出たギルド役員から見て、危険が薄れているのは確かなんだろう。
近辺の町の冒険者ギルドにはこの後、山賊出現の危険性が低くなったと報せが届き、時間経過と共に話が風化していくはずだ。
「これが報酬です」
受付嬢さんがカウンターに乗せたのは、両掌でやっと持てるほどの布袋。
結構な額が入っているだろう。
確かにあの頭領――オルダは実力者だった。
彼一人でも懸賞金は高かったはずだ。
僕はそれを受け取ってから、今度はこれまでに得た魔結晶を差し出す。
「これの換金もお願いします」
「承りました」
魔結晶は法具のエネルギー源として使われるため、その需要はなくならない。
そのため、こうしてギルドで換金することが出来るのだ。
渡された貨幣を布袋に詰め、ギルドでの目的は完遂。
受付嬢さんに礼を言ってから、僕らは踵を返す。
「さて、どうしようか」
「まずは食事をしませんか? 私、久しぶりにまともな料理が食べたいです」
「移動中は保存食がメインだったからね」
「こんにちわ、フェンリットさん」
適当にシアと話しながら歩いていると、聞き覚えのある声が耳に届いた。
視線で辿ると、そこにいたのは例の女冒険者三人組。
「こんにちわ、皆さん。次に会う事が、なんて言いましたが早速会いましたね」
アマーリエさんの呼びかけに応じて苦笑すると、アリザさんとリーネさんが言葉を続ける。
「まあ冒険者なんだし、ギルドにいれば見かけないなんて事は起きないわよ」
「フェンリット君を見つけてから、受付嬢さんと話し終わるのを待ってたの」
「そうだったんですか。少し長話をしてしまったので、待たせてしまったなら申し訳ありません」
「いいよ、それくらい気にしなくても」
僕は微笑むリーネさんに笑い返しながら、受付嬢さんから聞いた話を思い出す。
「そういえば山賊討伐の件、報告ありがとうございます。手間が省けました」
「最初は迷惑かと思いましたが、リーネが大丈夫と言うので」
「あ~リエ! さりげなく私のせいにしようとする!」
「いいじゃない、悪い事は無かったんだし」
三人とも凄く仲がよさそうだ。
なんてことを考えていると、アリザさんが一歩前に出てきて僕の肩に手を置いた。
彼女はギルドの出口に親指を向けて、
「もし昼食がまだなら、今日は昨日のお礼も兼ねていいお店を案内しようと思って。どうかな?」
「それはありがたいですね」
流石にどこで昼食をとるかは決めていなかったので、オススメを紹介してもらえるならば嬉しい限りだった。
シアも乗り気のようだ。
「ではよろしくお願いします」
「任せて」
リーネさんがいちいち楽しそうにしているので、つられて僕も笑ってしまう。
さて、昼食が楽しみだ。
■ 3rd person/???
冒険者ギルドの一角にて。
酔っぱらいを退けたフェンリットを見ている者がいた。
手に持っていた、飲み物が半分ほど入ったグラスをテーブルに置きながら呟く。
「あの人、『フェンリット』って呼ばれてたね」
《そうだな》
「偶然同じ名前の別人なのか、はたまた紛れもない本人なのか、どっちだろう?」
《さあな》
その者はグラスの中身を飲み干すと、小さく笑みを浮かべた。